第五十五話 裁きの庭Ⅱ
私は口の端を切った状態で裁きの庭で行われる断罪に参加していた。聖女はもちろん直ぐに負った怪我を治せる。あの第一聖女が言った通りだ。でも――この痛みが自分を奮い立たせる。平気で顔に平手を入れる女になんか負けたくない。
体重を乗せた拳を顔の側頭部に入れるという事は、鼓膜が破れるかも知れない、爪が目に入れば角膜が傷付くかも知れない、当たり所が悪ければ脳震盪を起こすかも知れない。脳震盪は脳の一時的機能停止状態を起こし、軽度損傷を起こす危険な状態。
あの女は人の体をなんだと思っているのだろう。殴った人間は殴った行為に責任なんか取れない。損傷した体を背負って行くのは殴られた者。第五聖女の場合も槍を刺した男は傷の責任なんて取れない。あの瞳の傷は彼女の人生が終わるその時まで彼女しか背負えないのだ。
故に私は第一聖女という人間に怒りを感じていた。確かに聖女等級というのは絶対だという教えがあるし、双子王子も第五聖女も私を立ててくれる。
今回は第三王子に厳しいことも言った。
だからって自分が言えば黒が白に変わるなんて思わない。そんな事、思った事もない。
聖女は健康である事の祝福と体は壊れてしまうものだという事を誰よりも知っている筈だ。それなのに人を殴った。怪我をする可能性があるのに暴力を振るった。そんな人間は聖女とは言わない。第一聖女など、聖女ではない。
私は涼しい顔をして立っている第一聖女を見た。何もなかったような綺麗な顔をしている。真っ白い第一聖女の制服に袖を通し、堂々としている。あれが第一聖女と言うのなら、このアクランドという国は終わっているということになる。
裁きの庭には各省庁の代表が集まっている。王、王太子、宰相、司法省長官、神官長、神官次長、上級神官、魔法省次官、そして魔法省官吏と近衛が王の周りから囲むようにこの場を埋めている。凄い錚々たる顔ぶれ。魔法省は長官ではなく次官。つまり――私は魔法省の蒼錆色の制服を羽織った自分の伯父をじっと見つめる。父にそっくりな伯父。髪の色が同じなら双子と言えたかも知れない。それくらい父と似ている。しかし父よりやや精悍というか……きちっとしている印象はある。
父より魔法素養が上というのなら、あの人も間違いなく天才魔導師だ。魔法省長官は家柄だが次官は世襲ではない。つまり自分の力一本で上り詰めたという事だ。私は伯父の顔はもちろん知っていたが、伯父の官位は知らなかった。魔法省の次官だったのか……。
その伯父が私を食い入るように見ていた。正確には私の頬の傷と腫れた瞳を見ているのだろう。何故怪我をしている? という事と、何故治さない? という疑問。そして、あからさまに泣いた後が窺える目元。その様子を見ているのだろう。
それは伯父だけではなく、王太子であるシリル様、そして魔法省官吏としてこの場にいる紅錆色の制服を纏ったルーシュ様も。その二人からも強い視線を感じる。特にシリル様の視線が突き刺さる。
傷を意図的に治さなかった私は、大変目立っていた。それは第一聖女には面白くないものかも知れない。そう思うと私は逆に嬉しかった。第一聖女の嫌がる事を出来た自分を褒めてあげたい。
だが、この議に参加する前に会った双子王子にはこっぴどく怒られた。
お姉様は本人の意志より神の意志に従えと先日言ったばかりではないですか? 傷は負ったら直ぐに治すべきです。何故治さないのですか!? と凄い剣幕。
本当に! その通り過ぎて言葉が出なかった。
ゴメンね、我が儘を許してね。と頭を下げる私に、第三王子はぶつぶつと文句を言いながら、女の子は直ぐにそうやって自分の我が儘を通す。結局僕は逆らえない。最悪。とか言っていた。……いや……ホントにごめん。
この儀が終わったら直ぐに治す事を約束して納得して貰ったが……。ちょっと彼の立場が理解出来た。第五聖女もかなり強く言ったんだろうなと今更ながらに想像が出来た。つまりは彼女は聖女の修行に全力を尽くさなかった自分に痛烈な後悔と嫌悪が働いたという事だ。それが強い意志となって私に知らせない事に繋がったのだろう。
第五聖女は……第二聖女である私には素直なのだが、第三王子に対しては結構我が儘を言える関係なのかも知れない。つまり彼らは気の置けない仲なのだ。そう思ったら私の胸に温かい感情が広がった。
第一聖女の左右には衛兵がいたのだ。
聖女に衛兵など本来は付かない。
つまりはそういうこと。








