【010】『紅の魔導師2(熟考)』
紅の魔術師こと、ルーシュ・エースは貴族の総本山と言うべきか、もしくは魔術師の総本山と言うべきか、六侯爵家の中でも筆頭のエース家に生まれた。そこの長男である。長男と言っても基本的に魔法省の長官になる家柄の為、領地には帰らない。領地を継ぐのは長男であるが、次男が名代となる。退官するまで事実上領政に関わる事は無い。
学園に入ったが最後、領地に帰るのは休暇か急用かというくらいである。なので基本的に王都のタウンハウスで過ごすのが日常だ。そもそも六大侯爵家の領地は全て辺境である。当たり前だが国防を担っているからだ。隣接地は海か隣国か。
海よりも国境線の方が圧倒的に危険な訳だが、エース家は代々一番の魔力持ちが長官になる家柄の為、海に面した領地を治めている。海と炎は相性が悪そうに感じるが、船の帆など燃やせる部分は沢山あるので、そんなに悪くはない。
何が言いたいかいうと王都から遠いという事だ。海沿いが故に、王都の次に大きな都市だ。本来は王の直轄地にした方が良いくらい重要な都市な訳だが、それ故に領政も複雑で負担がかかる。
今、治めているのは祖父と叔父である。次子は学生であり、四子はまだ学校に上がる歳ではない。なのでタウンハウスにはルーシュと弟達そしてエース家当主であり魔法省長官の父その正妻の母となる。母と学園に上がる前の子は領地のカントリーハウスと王都のタウンハウスを行ったり来たりしている。
ルーシュは学園を卒業してから、離れを一つ貰っていた。魔法省の仕事は時間が不規則だし、ゆっくりしたいという理由を付けて本館から離れたのだが、もちろんルーシュ付きのメイドと侍女は付いてくる。あまり大げさな人数は遠慮したかったが、少なすぎても微妙に不便。侍女の一人が実家に戻り結婚退職するというので、今回公に募集を掛けてみたのだ。
基本的には親類や紹介でしか受け付けないものなのだが、そうすると魔法素養のないものになる。あるものは学園に上がり魔法関係の職種に就くか、女子でも家を継ぐ。長男が継ぐのが貴族の慣例だが、魔術師の家柄の貴族は魔力量で跡継ぎを決めるのが暗黙の了解となっている。
魔法素養というのは気を付けていても年々弱くなっていく。魔力量の多い者は他家には出したくないのが心情の為、嫁がせるのは同量の魔力持ちの婿と交換であったり等の厳しい条件があるし、正妻に確実に子供が出来るとも言いがたい。ただし魔法師の家は基本正妻の子に強いこだわりがある。妾なら突然市井の中で魔法を発現した者という条件下のみ、我先にと妾にする。
その為、領地では孤児院を経営している貴族が殆どだ。孤児の魔力持ちを逃さない為だ。孤児でも魔力があれば養子にして、行く行くは子供の誰かに娶らせる。大変露骨な話だが、それくらいこの国では魔力を持っているか否かが重要になってくる。王家などその最たる者だ。建国の王の妻が聖女だった事を逆手に取って、聖女の囲い込みをしている。絶対に逃さないという強い執念を感じる。
王家の血統継承は雷だ。建国の王が雷と剣のハイブリッドの魔法剣士だった。雷は攻撃魔法では火と双璧を成す強さなのだが、これが大変に遺伝しにくい。全然といって良いほどだ。今期の王族では王太子殿下にしか遺伝していない。王の全てが雷の魔法が使える訳ではないのだ。
王子は妾腹を含め五人いるが、雷を使えるのは一人。第二、第五王子は魔法素養を持っていない。そこを補うために妃は必ず聖女な訳だ。聖女は王子の数だけ王家が所有出来る。仮令魔法素養のない王子であっても、妃が聖女であるならば、聖女の確保に大変有り難い存在になる訳だ。子に遺伝する確率もある。
第二王子は一体何を考えているのだろう? 自分の立場を何も理解していないのだろうか? ハッキリ言って、魔法素養が無く、聖女とも結婚しない王子というのは大変危うい立場ではないか? 馬鹿に違いない。王宮は何の力も無く生きていける場所ではない。馬鹿な上に卒業記念パーティーで婚約破棄を言い渡す等、単純な上に性格も驕慢。救いようが無い。
ルーシュがそう思うくらいだから陛下は開いた口が塞がらないだろう。第二聖女を逃したのだ。第一聖女に比べれば第二聖女は二番手と感じるかも知れないが、今期の聖女の中ではワンツーが飛び抜けていると聞いている。その上、実は大変な僅差であるとも。
ルーシュ自身も目の当たりにした。紅茶が顔にかかった時、魔法展開したのだ。しかも水魔法。水魔法を持っている聖女は第二聖女のみ。そうそう出ない。むしろ建国王の妃が水魔法も使えたという伝説があるくらいだ。
普通、顔に紅茶が掛かったくらいで、魔法展開なんかしない。ハンカチで拭くだけだ。なのになんだあの気軽な展開は? 展開式の構築が異常に速いのだ。息を吸うように魔術を使える者。びっくりし過ぎてカップを落としてしまった。職安には新しいカップを送ろうと思う。
早急にこの案件を適所に相談する必要がある。そうでなければエース家が不当に囲い込んだと思われかねない。いや別に思われても良いのだが。それくらい価値がある。上位聖女は王家が囲い込んで来ただけあって、滅多に一般貴族に流れない。
もうエース家で雇用したのだ。返せと言われても返さないつもりだが、正当な言い分が必要だな? 取り敢えず王太子殿下に会って来るか。同期な上に悪友だし。正式な婚約破棄証が欲しい所。そうと決まれば公然と訪問し、記録を残す為先触れでも出しておくか。








