第2話 ◇街へ◇
「では行きましょうか勇者様」
「…はい?」
俺はフリットさんの唐突の言葉に疑問を抱いた。
「行くって何処へ行くんですか?」
「この国の中心にある"王都"ですよ」
「……王様がいる所に行くんですよね?だったらここから歩いて1日はかかりますよね」
俺は言葉にはださなかったが心の中でだるさをかんじていた…そもそも魔王を倒す事すらめんどくさいのに街に行く為に歩いて1日かけなくてはならないなんて…
「大丈夫です!勇者様にはこれを渡します!」
そう言ってフリットさんはどこから取り出したのか分からないが、俺の腰より少し大きいくらいの剣を俺に手渡してきた。
「これは?」
「私の魔法を封じ込めている物なので、これを使えば一瞬で移動できます!」
「ほんとですか!?」
「はい!では早速使って見てください!まずは目を瞑ってください」
「こうですか?」
「次は深呼吸をして心を落ち着かせて下さい」
俺は言われた通りにやってみたが……
「あの~まだですか?」
「もう少しだけ待っていてください」
フリットさんは俺に背を向けてなにかをやっているようだったが、その背中からは少し汗が滲んでいるように見えた。
*
「はい!いいですよ!」
「……?」
俺の目を開けるとそこには大きな門があった。
「これは……」
「どうです!凄いでしょ!これが私が作った魔法の道具なのです!これであっという間に王都に到着です!」
「確かにこれはすごいですね……」
俺は目の前に広がる光景に圧倒されていた。中世のような街並み、そこを歩く人々、そして活気溢れる市場……
「あ、ちなみに勇者様はこれから王都で暮らしてもらうことになります」
ちょっと人が多い気がするけど…野宿するよりはましかもしれない
「え?でもお金とか無いんですけど」
「そこは私がなんとかするので安心して下さい」
フリットさんは胸を張って自信満々だ。
「じゃあ今日はもう遅いのでとりあえず宿屋に行きましょう」
「宿屋?」
「寝泊まりするところですよ」
俺はフリットさんに連れられて街の中を歩いていると、周りの人達から好奇の視線を浴びせられている事に気づいた。
「なんか……見られてません?」
「そりゃあこんな可愛い女の子と一緒にいれば注目もされますよ」
「そんなもんなのか……」
フリットさんはドヤ顔をきめながら意気揚々とした足取りで人混みを歩いている。
まぁ俺みたいな冴えない奴が美少女と二人でいるんだから仕方ないのかな?
「あ、着きました。ここが"ラ・ネージュ王国"で一番人気のある宿です」
フリットさんが指差した先には城のように高い建物があり、入口には看板に"ロイヤルホテル"と書かれている。
「ほぉー」
「では入りましょうか」
フリットさんの後に続いて入ろうとすると、扉の前にいた屈強そうな男が声をかけてきた。
「お客さん、ここは会員制なんで会員証がないと入れないよ」
「え?そうなんですか?」
「ああ、そうだ。それにお前さんは見た感じ学生だろう?未成年は入れねえぜ」
「えっと……実は私はこの方の付き添いなんですよ」
「ほう、それならなおさらダメだ。こっちの嬢ちゃんはともかく、あんたはダメだな」
男はそう言うと俺に近づきジロリと見つめてくる。
「失礼ですが……あなたは誰ですか?」
「ん?俺か?俺はこの街の衛兵長のガランドって者だが?」
「衛兵……ですか?」
「おう!俺がしっかり見張ってないとな」
なんだか面倒くさそうな相手が出てきたな……
「だからさっさと帰ってくれないか?」
「それはできません」
「ガランドさん。この方は神様に認められた勇者様なんですよ」
「嘘つくんじゃねぇよ」
「本当ですよ」
「じゃあ証拠を見せてみな」
「わかりました」
「えっ?ちょっ…ちょっとフリットさん?」
「勇者様は…」
しばらく沈黙し鼻から息をいっぱいに吸い込んだかと思うと....両手を大きく広げとんでもない事を言い出した。
「こー--んなくらいの大きな魔物を倒したことがあるんですよ!」
「へ?」
いやいやいや俺まだこの世界に来たばっかなんだけどぉぉぉ?
「ふっ…おいおい……冗談キツイぜ」
「いいえ!これは本当のことですよ!ね!勇者様」
「いっ…いや~どうだったかな?」
流石に無理があるというかフリットさん後先考えないよなぁ…
すると今度はガランドが試すかのようにカウンターの横に置いてあるみるからに重そうな酒樽を指さしながら…
「だったらよぉ.....あそこに置いてある酒樽を持ち上げて見せてみろよ」
と言ってきた。
「はい!わかりました!勇者様!頑張ってください!私応援してますから!」
フリットさんが目をキラキラさせながら期待してくる。
「えぇ……」
俺は心の中でため息をつきながらも、とりあえず持ち上げることにした。
「ふんぬぅ!!」
思いっきり力を込めて持ちあげようとするがびくともしない。
「……えい」
「ん?」
なにか小言が聞こえたような…あれ?急に酒樽が軽くなったような気がした。
「おっ⁉…おおおっ!」
いや、気がするだけじゃない本当に酒樽が軽くなってる!
俺は不思議と溢れる力を使い樽を頭の上にまで持ち上げた。
その光景を見たガランドとフリットさんは目を丸くしている。
「ほう…見た目に寄らずスゲーじゃねぇかお前」
「さすがです!勇者様!」
「あ、ありがとうございます」
なんかよくわかんないけど褒められたみたいだ。
「よし!わかった...ここは俺の顔に免じて入れてやる!ただし、変なことしたら叩き出すからな」
「あ、はい、それで大丈夫です」
「よかったですね!」
フリットさんは嬉しそうにニコニコしているが、俺はまだ少し不安があった。
「さあ行きましょう勇者様」
フリットさんに促され中に入ると、そこはまるで中世の西洋のような内装が広がっていた。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
あまりの感動に思わず叫んでしまった。
「勇者様!ここがロイヤルホテルの中ですよ!」
「こっ……これがホテルなんですか?すごいです!」
「ふふ、気に入ってもらえて嬉しいです」
「あの…フリットさん…」
「なんですか?」
薄々気付いていたがさっきの力はフリットさんの魔法による力だろう、急にあんな力が出るなんていくらなんでもおかしいそれに持ち上げた時に聞こえた小声は確かにフリットさんから聞こえたものだった。
「さっき樽を持ち上げた時のアレ…もしかしてー」
「あっ!見てください勇者様!星がきれいですよ~」
フリットさんにあの力の事を聞こうとしたが誤魔化されてしまった。
「……あれは勇者様の力ですよ……」
「えっ?」
フリットさんは窓を閉めたと同時に何かを呟いたように聞こえたがよく聞き取れなかった。
「そ・れ・と!私の事はフリットでいいですよ!」
元気にこっちを向くと笑顔でそんなことを言いだした。
「え?いや……でも」
「だめですよ勇者様、ちゃんと呼び捨てにしなきゃ」
呼び捨てって言われてもねぇ……。
俺は困った顔をしていると……
「ほら、呼んでみて下さいよ」
「フ…フリットさん」
「むぅ……もう一回」
「フ…フ、フリット」
「はい!もう一度!」
「…フリット」
「はい!」
「フリット!」
……なんだこれ?俺が悪いのか?
「フリット!!」
「はい!フリットです!」
「はぁ…はぁ…」
もう1日分の声を出した気分だ。
「今日はもう遅いのでまた明日呼んで下さいね!勇者様」
フリットはそう言って隣の布団に潜りこんだ。
「お…おやすみ」
俺も今日は疲れたし早く寝よう.....あの事はまた明日でもいいか…
「っ…」
珍しく日が昇る前の朝早くに目が覚めた。
やることも無いし街でもぶらつくかぁ…
「さすがに早朝という事もあって人っこ一人いないな…ん?」
ふと暗い路地裏を見てみると女性が男2人に絡まれていた。
「おい、姉ちゃん金貸してくれよ」
「い、嫌です……」
どう見てもカツアゲされてる感じだが……助けてあげるべきか?
「ぐへへ、あんまり抵抗すると怪我するぜぇ」
「いやっ!離して!」
俺は今にも襲われそうな女性の方に駆け出した。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
2人組の男と女性の間に割って入った。
「ああ?誰だよテメー」
「おっ、お前たちこそ誰だ!?その人は関係ないはずだろ?」
「関係あるんだよねぇ、こいつが持ってる財布には有り金全部入ってるんだからなぁ」
「ひっ!そっそれは……」
「や、やめろよ…その人…い、嫌がってるじゃないか!」
やってしまった.....こんな柄でもない事するなんて.....
いや、まてよ…ここは異世界しかも俺は転生者だ…だとするとこの後の展開は!
「あ?お前邪魔すんじゃねえぞコラァ」
「痛い目見たいか?」
来た!テンプレ展開キタコレ!
「う、うるさい!この人が嫌がっているのがわかんないのか?」
「はっ、じゃあやってみるか?俺達は冒険者の間でそこそこ腕は立つからな」
一人の男が力いっぱい殴り掛かってきた。
「ふっ…そんな攻撃目を瞑ってでもよけられー」
なかった…男の拳は見事に俺の頬にクリーンヒットし俺はそのまま後ろへ吹き飛ばされた…
「ぐはぁ!」
「けっ、口ほどにもない奴だったな」
アレ?…おかしいなここは俺が喧嘩に勝ってあの女性からチヤホヤされる展開のはず
「うぅ……いてて……」
「あ、あの大丈夫ですか?」
先程の女性は心配そうに声をかけてきた。
「あっ、はい……なんとか……」
俺は殴られた場所をさすりながら立ち上がった。
「おい!兄ちゃん!俺達に楯突いた覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
「あっ…はい、覚悟はできています……」
「はっはっはっは!いい度胸してるじゃねーか、それなら!」
俺は何度も何度もボコボコに殴られた…
「へっ!これに懲りたら二度と俺たちに逆らうんじゃねぇぞ!」
「さぁ…ねえちゃん有り金ぜーんぶよこしなあ!」
「いっ…イヤぁ!!」
男が女性の腕をつかみバックの中に手を伸ばす…
「待てよ…」
「あん?まだいたのか?いい加減諦めろよ」
俺はゆっくりと立ち上がる……
「なんだぁ?そんなボロ雑巾みたいな格好で何ができるって言うんだよぉ?」
何かできるわけないだが…男として目の前に困っている人がいるのに放っておけない!
「うぉぉぉ!」
フラフラになっている体を奮い立たせ勢いよく男の一人に飛び掛かった。
「この!…」
男は俺の顔面を殴ろうと拳を振り上げた。
「はっ……はっ……」
息ができない……。痛みは無いのに体が動かない……。
もうダメなのか?ここまで来て何もできないのか?
まだだ…俺はこんな所でくたばってたまるか!
ーー根性装填ー-
意識が朦朧したとき頭の中に謎の言葉がよぎった。
その瞬間!俺の体になぜかみるみると力が溢れてきた!
「な、なんだよこれ……」
「うわっ!こいつ急に動き出したぞ!」
男達が慌てふためいている。
俺は咄嗟に地面を思いっきり蹴って宙返りをした。
「えっ?……」
突然の出来事に男達も呆然としていた。
「おらぁ!」
俺は着地と同時に渾身の一撃を二人の腹にぶち込んだ。
「ごほっ……」
「ぐっ……」
2人ともその場に倒れ込み動かなくなった。
「はぁ…はぁ…大丈夫ですか?」
「は、はい」
「早く!今のうちに…」
女性の手を引いて俺は急いでこの場を離れた。
走って走って王都のお城の近くの小屋に身を潜めた。
「はぁ…はぁ…こっ…ここまでくれば…」
「あ、あの…大丈夫ですか?」
「はい……私は大丈夫です」
「よかった……」
俺は安堵のため息をつくとそのまま地面に座り込んでしまった。
「本当にありがとうございます…助けていただいて」
「いえ……当然のことをしたまでですよ」
「そんな事ありません!貴方がいなければ今頃どうなっていたことか」
「あっ!...良ければ家まで送りますよ」
「いえ、大丈夫です私の家この近くなんです」
「そうですか...お気お付けて」
女性はぺこりとお辞儀をしてそそくさと帰ってしまった...
「さて…と」
小屋からでると既に朝日が顔を出し鶏が鳴いていた。
早く帰らないとフリットさん心配してるよなぁ...
俺もあくびをひとつついてホテルへと戻っていった。
ーーーーーー
「あっ!大森様おかえりなさいませ」
受付の人が俺に気づいて挨拶してきた。
「お...おはようございます」
俺は少し疲れ気味で返事をした。
眠気を我慢しながら部屋への階段を一段ずつ登っていく
部屋に着くと少しずつ扉を開けフリットが起きているか確認した。
「あっ、勇者様お帰りなさ...っ!」
フリットは俺に気づくとはっ!っとしたひょうじょうで足早に駆け寄って来た。
「た、ただいま……」
「どうされたのですか!そのお怪我は!」
フリットは俺の顔を見るなり慌てて俺の体を見渡した。
「いや~散歩してたらころんじゃって...」
喧嘩の事やあの変な力の事はフリットには黙っておこう余計な心配はかけさせたくないし……
「とにかく!傷口を見せてください!」
「はい……」
俺は渋々上着を脱いでフリットに背中を見せた。
「うっ……酷いですね」
「まあ……うん……」
「ちょっと痛むかもしれませんけど……」
「ん?……」
「えい!」
フリットが呪文を唱えると手をかざすと傷口から痛みが取れていった。
「すげぇ……」
フリットは微笑みながら自分の服の袖を破って包帯代わりに巻いてくれた。
「これでよし!」
「ありがとう...フリット」
「勇者様!喧嘩は良いですがほどほどに!」
「あっ...はい…」
「あと、体も大切にしてください!」
「はい…」
バレてた...多くは聞かなかったがやっぱりあんなに傷だらけの体だとさすがに隠せなかった。
「さあ!勇者様朝食にしましょう」
「そうだね」
俺達はテーブルに着き食事をした。
「これって...フリットが作ったの?」
「いえいえ、ここのホテルサービスですよ」
豪華とはいかないがバケットいっぱいのパンと見たことがない美味しそうな果物がテーブルに置いてある。
「さっさっ!食べましょ!食べましょ!朝は元気をつけませんと」
「うん…いただきます」
俺より先にフリットはバクバクと果物やパンを口にほうばり幸せそうな笑顔を浮かべていた。
......根性装填あれは何だったんだろうか…魔法は使えるわけが無いし、もしかしてこれが神様からもらった神力なのか?
「勇者様?」
「えっ!?あっ……何?」
「ぼぉ~としてましたよ」
「ごめん……考え事してた」
「もしかしてまだお体が?」
「いや……なんでもないよ」
「そうですか...」
考えるのはやめよう...とりあえず今は腹ごしらえだ!
パンをほおばり,とにかくお腹を満たして今後の事、魔王を倒して元の世界に帰らないと!
「勇者様今日は街を散策されますか?」
「そうだね……でもその前に……」
俺はバッグから財布を取り出した。
「あのぉ...お金って使えたりしますかね……」
「あぁ!お忘れになってたんですね!」
「はい……」
「大丈夫ですよ!こちらの通貨はこの世界では通用しないんで勇者様が持ってても意味無いんですから」
「ああ…やっぱり……じゃあこれは預けとくよ……」
「かしこまりました!」俺は財布をフリットに渡すと少しだけ肩を落とした。
俺にとってはこの世界で唯一の収入源なのに…… そういえば昨日も思ったけど、どうしてこんなにも物の価値が高いんだろう…… それに、俺が寝てる間に何かあったのか?
「フリットさん……なんか物価とか上がってる気がするんだけど……」
「はい。実は数日前から少し値上がりしてまして……勇者様に少しでも喜んでもらおうと思って色々と買ったのですが……」
「あ…そっか……ありがと……ん?」
フリットのカバンから何かの魔術道具やら武器がどっさりと入っていた…
ふと部屋の扉の方を見ると誰かがいる気配を感じた。
フリットもその気配に気づいたらしく椅子から立ち上がり戦闘態勢に入った。
「誰です!?」
すると、ゆっくりと扉が開き一人の男が入ってきた。
「おっ!もう起きてたか!」
男は俺達を見てにっこりと笑みを浮かべた。
「あっ!ガランドさん」
「おう!おはよう!よく眠れたかい?」
「はい!ぐっすりでした!」
「どうしたんですか?こんな朝早くに…」
フリットの質問にガランドは真剣な顔をすると近くのベットに腰を下ろし、少し目を瞑った後、大きなため息をついた。
「最近、色んな物が値上がりしているのは知ってるか?」
「あ、はい今ちょうどその話をしていた所です」
「そうか……なら話は早い…原因はオトフって奴の仕業らしい…」
「…っ!」
"オトフ"という名が出た途端フリットは驚いた表情をしたまま固まってしまった。
「直ぐにでもそいつを懲らしめてやりたいんだが…」
今度はガランドが途方に暮れだした。
「俺は衛兵だからよ…国の命令がねぇと動けねぇんだ…」
あ、この流れからするにもしかして....
「そこでだ!昨日のお前の力を見込んでオトフをぶっ飛ばしてくれ!」
だりぃ…やっぱこんな所に泊まるんじゃなかった。
後悔をよそにガランドは話を続ける。
「なっ!頼むぜ~報酬は出すからよ!」
「いっ…いや~それはちょっと…」
「はいっ!引き受けます!」
断ろうと返事をしようとしたがフリットが勢いよく椅子から立ち上がり、二つ返事で引き受けてしまった....
「おぉ!やってくれるか!」
「えっ…いや待っー」
「じゃっ!俺も王様に掛け合って出来る限り早く合流するからよ!」
そう言ってガランドは急ぎ足でホテルから出ていった。
「なぁ、フリット?」
「なんですか?勇者様」
「オトフってどんな奴?」
「.....」
フリットはしばらく黙り込むとちょっとずつ口を開いた。
「魔王の四天王の一人…"色欲の王オトフ"です!」
「ええ!?」
「いきなり四天王!?そんな奴を倒せなんて...」
「大丈夫です!勇者様には私が付いてます!」
そう言うとフリットは微笑むと胸の前で拳を握った。
「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……」
まぁ、確かにフリットがいればなんとかなるかもしれないけど……それにしても四天王の一人とはね……
「勇者様、早速出発いたしましょう」
「ん?あぁそうだな……」
フリットはカバンを背負い直すとドアノブに手をかけた。
「あのさ、フリット」
「はい?」「やっぱり止めない?ほら、まだこっちに来たばっかりだし、もう少しこの世界を楽しんでからでも遅くはないんじゃないかなって思うんだよ」「いえ、勇者様。私はもう覚悟を決めました。それに、勇者様はこの世界の人達を守る為に戦うんですよ?だったらこの世界を楽しむ余裕などありません!」
「それにわたい契約の事もお忘れなく」
……はぁ……そう言われると反論出来ないな…… 俺はため息をつくとフリットと一緒に部屋を出た。
「ところでどこに向かうんだ?」
「あっ...」
予想はしていたがフリットは考え無しに何処かに行こうとしていたようだ。
「とっ、とりあえずまずは情報を集めましょう。何かしらの情報があるはずです」
俺達はホテルを出ると人通りの多い場所を探しながら歩き始めた。
「ん?」
「どうしました?」
「なんか……騒がしくないか?」
俺は人の声のする方に向かって歩いていくとそこには人だかりが出来ていた。
「すみません!何があったんですか?」フリットは近くにいたおじさんに話しかけた。
「それがよ!今朝早くに王都の近くに巨大なドラゴンが現れたらしいんだ!それで今、騎士団が討伐に向かおうとしている所なんだとよ!」
「へぇ~そうなんですか」
「あっ!おい!あんたら!危ねぇぞ!」
俺は興味無さげにその場を離れようとするとフリットがここぞとばかりに街の人達に自分たちの紹介をし始めた。
「みなさん!私たちはこの世界を救う勇者とその従者なのです!」
フリットは俺の手を引くと無理やり自己紹介を始めた。
「ちょっ、フリット!」
「いいから!こういう事は最初が肝心なんです!」
「はぁ……」周りの人が俺たちに注目し始める。
そしてフリットはさらに大きな声で言った。
「聞いてください!」
すると周りにいた人たちが一斉にこちらを見た。
「勇者様はとても強くて優しい方です」
「私達は今からそのドラゴンを倒しに行きます」
「どうか、勇者様をよろしくお願いいたします」
「……」
フリットが深々と頭を下げると、周囲の人は皆笑顔で拍手をしてくれた。
フリットは少し照れ臭そうにはにかみ、再び俺の手を引いて歩き出した。
「さあ、行きましょう!」
「えっ、あ、うん……」
「勇者様、どうかされましたか?」
「いや……なんでもない……」
俺は少し不安になりながらもフリットについていった。
王都を出てドラゴンを探しに道なりに歩いていると、突然フリットが立ち止まった。
「どうした?」
「あれを……」
フリットの目線の先には大きな山があり、山頂に煙が上がっている小さな村が見えた。
「あの村は……?」
「恐らく、ドラゴンに襲われた村のようですね」
「……行くしかないよな……」「そうですね……」
俺達が近づくと村の入り口で一人の少年が必死に助けを求めてきた。
「助けてください!お願いします!」
「……分かった君は何処かに隠れてて」
「うん」
「行きましょう勇者様……」
「ああ!」
俺はフリットと共に村に足を踏み入れた。
中に入るとそこは惨状が広がっていた。
家は焼かれ、建物は破壊され、人々は傷つき倒れている。
「ひどい……」
フリットは口元を押さえた。
その時!
「ガァアアッ!!」
ドラゴンが大きな雄叫びを上げながら上空から降りて来た。
「フリット!」
「はい!」
フリットが杖を掲げると、炎の柱がドラゴンを襲った。
「グゥッ!?」
「やったか……」
しかしドラゴンは大してダメージを受けていないのか、翼を広げ、空に飛び立った。
「…あれ?何処に消えたんだ?」
「勇者様!上です!」
ドラゴンは真上から猛スピードで俺の方に突撃してきた。
「うあああ!?」
俺は驚きのあまり尻もちをついてしまい目をつむってしまった。
「風よ!」
フリットは足に風の魔法をかけ、水平飛行し俺をドラゴンからかばってくれた。
ドラゴンはそのまま地面に突き刺さり、頭を抜けなくなっているようだ。
「あ、ありがとうフリット」
「それより勇者様、契約をお忘れですか?」
「えっ…えーっと」
フリットはため息をついて俺の手握りもう一度、契約の内容を説明してくれた。
「いいですか…勇者様は今わたしと"契約"しているのです」
「つまり勇者様は魔法を使えるようになっているのです」
「あっ!」
そうだった俺はフリットと契約して魔法がつかえるんだ。
しかし…
「魔法を使って下さい勇者様」
「でもフリットどうやって魔法を出せるんだ?」
グダグダと話しているとドラゴンが地面から頭を抜いて再び俺たちのほうを睨んできた。
「時間がありません私から離れずに!」
「分かった!」
ドラゴンはまたもやこちらに向かって突進してくる。
フリットはさっきの風の魔法を使いドラゴンの突進を避けた。
「勇者様まずは火です!手から熱い物を出すイメージです!」
「えっ!わ、わかった!」
俺は言われた通り火の玉をイメージした。
「火いい!」
だが…出たのはひのこ程の小さな火だった。
それをドラゴンは鼻息でかき消し、再びこちらに向かって突進してきた。
「ひぃいいい!」
勢いが一転して悲鳴に変わり、フリットは何も言わず風の魔法でまた回避した。
「仕方ありません次は風の魔法で攻撃してみましょう!」
「勇者様、手に風を集め押し出すイメージです!」
「う、うん」
言われた通り風を集め押し出してみた。
すると……
「おっ!何か出てきたぞ!」
「やりましたね!」
それは野球ボールくらいの大きさの小さな竜巻だった。
「今度こそ!」
竜巻はドラゴンに向かっていったが…ドラゴンが前足で軽く振り下ろしただけであっさりと消えてしまった。
「くそっ!」
「勇者様落ち着いて下さい!」
俺は悔しさのあまり、火の魔法と風の魔法を打ちまくった。
しかしドラゴンは魔法の事など気にもせずさっきの魔法に警戒したのか今度はゆっくりと近づいてくる。
「当たれっ…当たれっ!」
「もう、いいです勇者様一旦引きましょう!」
「あたれぇぇぇぇ!!」
これでもかと最後の力を振り絞って俺は同時に火と風の魔法を放った。
すると偶然なのか、竜巻の勢いに火の粉が上がりドラゴンの目に当たった。
「グギャアアア」
ドラゴンは目を抑えてその場で暴れまわっている。
「はぁ…はぁ…当たった…の…か?」
「いえ、まだです!」
フリットが言いかけた瞬間、ドラゴンが目を閉じたまま俺達の方を向いてきた。
「やばい、逃げろ!」
「はい!」
「フリット!あぶない!」
俺はフリットの手を引いて走ろうとしたがドラゴンの尻尾が俺達にむかって来るのがみえ思わずフリットを突き飛ばした。
「ぐあああっ!!」
「ゆ、ゆうしゃさま!?」
「だいじょうぶだ……」
俺は大丈夫だとフリットに言おうとしたが、ドラゴンは俺達を逃がすつもりはないらしく、そのまま上空に飛び上がり、急降下して突っ込んできた。
「光よ!」
フリットは光の魔法でシールドを作り何とかドラゴンの突進を防いだ。
「くっ!」
だが徐々にシールドにひびが入っていき破られるのも時間の問題だった。
くそっ!こんな時に限ってあの時力が湧いてこない…立て!俺!立ってくれ!せめてフリットだげでも逃がさないと!
「~~!」
「グウっ!」
もうダメだと諦めそうだったその時!
何処からか口笛のような音が響いた瞬間ドラゴンは急に止まり、空の彼方へと飛び立っていった。
「な、なんなんだ……一体」
「ゆ、勇者様……今の声は……?」
フリットは震えながら俺にしがみついてきた。
「分からない……けど、助かったみたいだ」
「は、はい……良かった」
フリットは相当怖かったのか、体が小刻みに震えていた。
俺は少しでも安心させようと両腕でフリットを抱きよせた。
「ありがとうございます…」
「…帰ろうか」
フリットに肩を貸して貰い村から出ようとすると…
「お兄ちゃーん!!」
一人の少年が手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。
その少年は村に入った時に助けを求めてきた少年だった。
「大丈夫!?お兄ちゃん!」
「ああ…大丈夫だよ」
「すいません、馬車を呼んでもらってもいいですか?」
「うん!まっててね」
少年はフリットからの頼みを聞くと急いで近くの馬小屋から馬車と大人の人達を呼んで来てくれた。
「はい!これに乗って!」
「ありがとう」
「じゃあ僕はこれで行くよ」
俺は少年に感謝と別れを告げると、彼は笑顔で手を振って見送ってくれた。
「またねー!」
少年の見送りに小さく手を振って俺は少々横になった。
「いててて」
「フリット…回復魔法お願いできるかな?」
「……」
「フリット?」
「あっ!はい!今すぐ治療します!」
戦いの後、フリットは元気がなくなったのか酷く落ち込んでいた。
ホテルに着くとガランドがビックリした顔をして俺達を迎えてくれた。
「おいっ…どうしたんだ若いの?」
「すいません…ドラゴンにやられてしまって」
「おいおいマジかよ……」
「とにかくお前らは部屋にもどってろ」
俺は部屋に戻るとフリットに包帯であばら骨を固定してもらいそのままベッドに横になった。
少しベッドが揺れたかと思うとちょこんと部屋の壁の方を向いていたフリットが座っていた。
「……ごめんなさい勇者様」
「私、色々と勇者様に押し付けてしまいました」
「いいんだよ別に……それに俺だって助けてもらったしさ……」
俺は起き上がってフリットの頭を撫でると彼女は驚いたのか体をビクッとさせた。
「俺の方こそごめん魔法…上手く使えなくて」
「そんなことありません!勇者様のおかげで私は……うっ……ぐすっ……」
フリットは涙を流しながら俺に抱き着いてきた。
「フリット……?」
「勇者様が死んじゃったら……私……私」
「……心配かけてごめん」
「本当に……無事でよかったです」
「俺もフリットが守ってくれなかったら死んでたかもしれない…本当にありがとう」
俺はフリットの背中をさすりながら感謝の言葉を述べた。
「あの、勇者様…」
「ん?」
「一緒に寝ても良いですか?」
「…ああ、もちろん」
フリットは俺の返事を聞いて嬉しかったのか微笑みながら隣にやってきた。
「えへへ……」
「フリット、明日はどうする?」
「そうですね……とりあえず魔法の特訓です!」
「勇者様にはもっと、もーっと!強くなってもらわないと」
「うっ…うんお手柔らかにね」
「それから…身だしなみもきちんとしてもらわいと」
「勇者様の服装はだらしなさすぎです」
「あははは、気を付けるよ」
「あとそれから…それ…から…」
気が緩んだのか、安心したのかすっかり眠ってしまった。
しっかりしているけどまだまだ子供なんだなぁ…
フリットの寝顔を見ながら俺も静かに目を閉じた。