プロローグ
「お兄ちゃーん」
―俺には妹がいた…
"大森 美穂"は俺よりも出来が良く、元気で明るい妹だった…
俺が親に叱られた時も学校のいじめに会って落ち込んだ時も妹はいつも笑顔で俺を励まして慰めてくれていた。
そんな妹に俺は元気を貰っていた。
ある日、妹からこんな事を聞かれた。
「お兄ちゃんは大人になったらどんな人になりたい?」
「えっ?…えっと…そうだなぁ…」
いきなり突拍子もない質問をされて少し考え込んだ。
「ヒーロー…かなぁ」
「ん?」
「誰にも負けないヒーローになりたい…なんてな」
特に思いつかなかったので咄嗟に思いついた言葉を言ってみた。
正直、自分でも馬鹿馬鹿しい答えだと思った。
「フフッ…お兄ちゃんらしいね」
「じゃあ、お兄ちゃんがヒーローになったら私がピンチの時は守ってくれる?」
「あ、ああ…もちろん」
「約束だよ!」
「ああ、約束だ」
何気ない会話のはずだったがあの約束が何故か忘れる事が出来なかった。
俺が中学を卒業しようとする頃、当たり前だった日常は簡単に崩れた。
美穂が入院した…医者は白血病という難病だと言っていた。
学校が終わると直ぐに美穂に会いに病院へと急いだ。
「あ!お兄ちゃん!」
「美穂…元気か?」
「もっっちろん!」
「そっか…」
日に日に衰弱しているはずなのに俺の前では美穂はいつも笑顔で学校から帰ってきた俺を迎えてくれた。
毎日のように俺は学校が終わると駆け足で美穂のいる病室へと走って行った。
こんな日々がいつまでも続く気がしていた。
だが、時間とは残酷にも幸せな日々を唐突に奪った。
いつものように学校から病院に向かい美穂がいる病室に入ると担当医が深刻な顔をしながら両親に話をしていた。
ふと妹の顔を見ると息を荒げて苦しそな表情をしていた。
「残念ながら…今日が美穂さんの…」
医者の言葉はよく聞き取れなかったが話が終わった後に母さんは泣き崩れた。
母さんの背中を見て今日が美穂の最後の日だと悟った……
気が付くと俺の目からポロポロと涙が溢れていた。
よろよろ歩き、美穂のそばに近づき痩せた手を握ると膝から崩れ落ち、急に息が苦しくなった。
俺は神様に必死になって祈った。
神様!妹の…美穂の命を助けて下さい!俺はどうなったって構わないから…どうか美穂の命を助けて下さい!
どうか…どうか…
それから何時間たっただろうか医師と看護婦は病室を後にし一緒に帰ろうと促されても泣いていた俺を見た両親は気を使って先に帰ってくれた。
夜なり祈りが通じたのか目を覚ましたが美穂は泣いている俺の頭を撫でてくれた。
「ひっぐ…うっ…美…穂?」
「はぁ…はぁ…どうしたの?お兄ちゃん…」
美穂は辛いはずの体を起こし、いつもの笑顔を見せてくれた。
俺は唯々泣きじゃくる事しか出来なかった。
「だって…うっぐ…お前は…今日で…」
「やだなぁ…お兄ちゃん…私は…まだ…大丈夫だっ…」
咳を何回も吐きながらそれでも自分の辛さを隠しながら美穂は何度も俺の頭を撫でてくれた。
そして、美穂はふとあの日に交わした約束を聞いてきた。
「お兄ちゃん…あの約束…覚えてる?」
「ああ…俺がヒーローになって…お前を守るって…でも」
妹の命はもう長くはもたないもうヒーローになったどころで意味がない、心の中で悔やみきれない思いがこみ上げてくる。
「お兄ちゃん…」
「……」
「私の…最後の…お願い聞いてくれる?」
「……」
美穂の口から最後という言葉が出た瞬間また涙が零れ落ちそうになったが歯を食いしばって何とか堪え美穂の言葉によく耳を澄ました。
「この先…どんなに辛い事があっても…例えどんなに情けなくても…お兄ちゃんは…私の…大好きな…一番のヒーローでいてくれる?」
弱々しく立てた小指を俺は握るように強く指切りをした。
「あ…ああ!約束する!約束するよ!!」
「よかっ…たぁ…」
すると満足そうな笑顔を浮かべた後、静かに目を閉じた。
「美…穂?」
それが美穂と交わした最後の会話になった…
俺はお葬式で妹の棺を見送りそれ以来、ショックで学校にも行かず、両親との会話もほとんどせず自分の部屋で寝て過ごす生活を送り始めた。
いつか部屋の扉を開けて元気な姿で美穂は帰ってくる…そんな気がしたー
あれから3年くらいたっただろうか…
妹を亡くした悲しみも段々と消え掛かっていたが俺は今でもたまに自分の部屋の扉を見つめながらボーっとした毎日を過ごしている。
「……」
気が付けばいつものようにパソコンに向き合ってゲームやネットを見る生活を送ってしまっていた。
「……はぁ」
だが、直ぐに飽きてしまい散らかったベッドに横になってしばらくしたら眠気が襲い始めた。
そのまま目を閉じると幸せだった日々が頭の中を駆け巡った。
「美穂…」