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「ソフィア。少し庭に出てみないか?」
殿下たちが到着し、広間がわちゃわちゃと落ち着かなくなる。
特にここ暫く屋敷に来ていなかったカイル様のテンションが凄まじく、お兄様はガッチリ捕まって質問攻めにあっていた。
ロベルト様はドルト公爵領の特産品をこれでもかというほどプレゼントしてくださり、お母様とローラ、エマはその中にあった真珠や珊瑚に夢中だ。
「 まぁ。これは素晴らしい真珠だわぁ」
「リリアンヌ様。やはりそうなのですね。宝石の善し悪しなど分かりませんが、この輝きが素晴らしいのは分かります」
「ええ。真珠の中でも極上の部類よ!そうだわ。この真珠で三人お揃いのアクセサリーを作りましょう!!」
「「ええっ!!」」
「リリアンヌ様……これは……ソフィア様へのプレゼントでは……」
「あらっ?……そうだったわ。では、四人になるわね!」
「「……、……」」
そんな騒がしさを縫うようにアルベルト様から庭に誘われたソフィアは、ニコリと微笑み
「ええ。喜んで」
と応えた。
「随分遅れてしまって申し訳ない」
「ふふふっ。大丈夫ですわ。両陛下に駄々をこねられた、のですね?」
「はぁ~~~~~っ。まったく……ソフィアのことになると、途端に子供のような我儘を言い始める。今日も変装したから一緒について行くと言ってきかなかった。実際、着替えて待っているのだから本気なのは伝わるのだが……」
「まぁ、本当に変装なさったのですか?」
「母上は今の街娘の流行りの格好だと言って、満足気になさっていた」
「ふふっ、王妃様らしいですわ」
「笑い事ではないのだぞ。その本気の二人を説き伏せて来るのは骨が折れる」
「そうですわね、申し訳ありません。ふふっふふふっ。お疲れ様でございました」
一瞬、じとっとした目で見られたが、ソフィアの笑顔につられたのか直ぐにアルベルト様も笑顔になった。
「後日、ソフィアを登城させるようにと約束させられたから、悪いが一度来てもらえるだろうか?なるべく早くだと助かるのだが」
「分かりました。そのように致します」
「ありがとう」
二人は公爵家自慢の花々が咲き乱れる庭の小道をゆっくりと歩き、ガゼボがある場所までやって来た。
爽やかな風がガゼボを吹き抜ける中、二人は向かい合って腰を下ろす。
すると、アルベルトが内ポケットから小さな箱をとても大切そうに、そっと取り出した。
「これをソフィアに」
「えっ?!ありがとうございます」
なにやら高級感漂う箱に戸惑ったが、きっと誕生日のプレゼントだろう。
昨年はシロだったわね。今年も何か可愛らしいプレゼントだろうとワクワクしながら蓋を開けたのだが……パカッ……、一瞬息が止まった。
「……アルベルト様。これは……」
「もちろん、誕生日プレゼントだよ。ほら、私とお揃いなんだ」
袖口を少し捲り、男性用らしい自分の物を見せてくれているが、ソフィアはそれどころではない。
箱に堂々と鎮座していたのは、ダイヤモンドが連なる中にソフィアの瞳のようなアメジストが花の形に配置されている超、超高級なブレスレットだった。
アルベルト様の物はもっとシンプルなデザインだったが、使われているモチーフや石の種類、カットからして、ペアであることは一目瞭然だ。
ぜ、全然可愛らしいプレゼントじゃない~っ!!
ソフィアの心の声は当然アルベルト様へは伝わらず
「手を出して。付けてあげる」などと言っている。
「ま、待ってください、、アルベルト様。このような高価な……それも宝飾品を!
私になど渡してしまっては、大変なことになりませんか……」
「んっ?婚約者と思われると言うこと?」
「は、はいっ。いくら私が子供でも、アルベルト様は第一王子でいらっしゃいます。変な噂の種になっては申し訳ありません」
この世界では、家族以外の男性が女性に宝飾品を贈るという事は、そういう事になる。
「ソフィア。私はね、そのつもりで贈らせてもらったんだよ。
……本当はもっと時間をかけて、ゆっくり形を整えてと思っていた……
けれど、ソフィアの状況がこの一年で随分と変わってしまっただろう?
私は、毎日毎日ソフィアに危険がないか心配で仕方ないんだ。だから、このブレスレットには私の魔力が注いである。ほらっ、見てごらん」
アルベルト様がブレスレットに手のひらをかざすと、一番大きいダイヤモンドの石の中に、王家の紋章がくっきりと浮かんだ。
ヒィィィーーー!!これはマジでヤバイ!!
オロオロしているソフィアの様子を優しい顔で見つめていたアルベルトは
「ソフィア、落ち着いて。
私は両親のように恋愛結婚をしたいと思っている。
そして、その相手はソフィア以外は考えられないとも思っているんだ。
私はソフィアが愛しくて仕方がない。
それはずっと前から感じていたことで、年々思いは膨れるばかり……
この先もこの思いは変わらないと確信している。
ソフィアは私のことが嫌いかい?」
今まで以上に穏やかな、優しい口調で話しをするアルベルト様……その熱がありながらも柔らかく、温かさのある雰囲気に次第にソフィアも落ち着いてきた。
ゆっくりとアルベルト様を見上げると、嬉しそうにソフィアを見ているアルベルト様の瞳とぶつかる。
「ソフィアが元気に誕生日を迎えられて、本当に嬉しいよ」
そんなことを言うアルベルト様に、ソフィアもだんだんと嬉しくなってくる。
アルベルト様のことはもちろん好きだ。
ソフィアが生まれた時からよくお世話をしてくれたと聞く。いつも優しく、守ってくれるアルベルト様はお兄様と同じように安心感を与えてくれる存在でもある。
でも、お兄様と決定的に違う部分があることをこの一年でソフィアは気付いていた。
そう、サラの記憶が戻ってからだ。
お兄様に抱きしめられると、ただひたすらに安心する……が、アルベルト様だと、それは少し違う。
前世、サラのわずかな恋愛経験を思い出すように気持ちが高鳴るのだ。
もちろん安心もするのだが、嬉しくて少し恥ずかしくて……とにかくふわふわした気分になる。
アルベルト様は第一王子という立場にありながも驕ることなく、努力を惜しまず、エドモント殿下をとても大切にしている。
往々にして険悪な関係になりがちな王家の兄弟であるが、そんな心配は全くないと言えるのだ。
国民の幸せを望むその姿は、この国の未来を明るく照らしているようで、そんなアルベルト様をエドモント様はもちろん、皆が慕うのは当然と言えるだろう。
容姿についても文句の付けようがない程に整っており、隙のない立ち振る舞いも洗練されている。令嬢たちからの熱視線を受けているのはいつものことだ。
そんな内面も外面も魅力的なアルベルト様にソフィアもいつの間にか惹かれ、特別な存在になっていたのだろう
が、……それに気付かないふりをしていたソフィア。
しかし、今このような話の流れでは曖昧にしておける時間も限られてるかも知れない。
私はアルベルト様を慕っている。
それは、認めてしまえば至極当然のことのように受け入れることができた。
だから、アルベルト様が望んでくださるのならば、もっともっと研鑽を積んで傍に居たいとも思う。
でも……私のような身体が弱い人間がアルベルト様の横に立つのは分不相応ではないだろうか……
そんなことを思い、顔を曇らせていると
「ソフィア。今すぐに応えてくれなくてもいいんだ。兄のように慕ってくれるというなら、それでも構わない。
今は、、なのだが……
しかし、ソフィアの創生の魔法を使う者としてのお披露目が決まっている今、私の想いを伝えておくべきだと考えた。
これから益々ソフィアの周りには人々が近寄って来るだろう。様々な思惑を持ってやって来る者も居る。だから私が今までどういう想いでソフィアに接してきたか、そして、これからもそれは変わらないということを知っていてほしかった。
だから、これは想いは変わらないという約束のしるしなんだ」
ソフィアの小さくまだ幼い手がとられ、左手首にブレスレットがはめられた。
陽の光を浴びて、キラキラと輝く宝石たち。
まさに幸せを象徴するような輝きだった。
「サイズ、ピッタリだね。良かった……
成長と共に石を増やそう。これはソフィアの御守りだよ」
そんなことを言って、アルベルト様は嬉しそうに微笑む。
その笑顔がとても優しくて、ソフィアは
「はい」
と素直に応えていた。
それを聞いたアルベルト様は驚いた顔をして
「ソフィア……はい……とは、つまり私の婚約者になるのを前向きに検討するという……」
と後半はモゴモゴ話すアルベルト様に
「まずは、やはり健康になって、体力をつけなくてはなりませんね。皆に心配をかけるようでは務まりません」
とソフィアが笑顔を向けた。
アルベルト様はビクッ!っと少し体を跳ねさせ目を見開いていたが、ソフィアに近づき直ぐに抱きしめると優しく頭を撫で
「ありがとう、ソフィア。嬉しいよ」
と呟いた。
アルベルト様と広間に戻ろうとすると、お兄様がバルトとステラを連れて、入口で待っていた。
チラッ、っとソフィアの手首を見て、複雑な表情をしたものの、直ぐに切り替えたのか笑顔で口を開く。
「ソフィ。二人から話があるそうだ」
「まぁ、そうだったわ。先程、途中になってしまって……ごめんなさい」
バルトが一歩ソフィアに近づき
「ソフィア様。この度、ステラと婚約することになりました。今後もステラと共にシリウス様とソフィア様にお仕えする所存でございます。これからも宜しくお願い致します」
バルトとステラは二人揃って深々と頭を下げ、恥ずかしそうな顔を隠しているようだった。
二人からの話という時点で予想はしていたが、改めて報告されると心が躍る。
「バルト!ステラ!!おめでとう!二人が益々幸せになることを祈っているわ。
それから、これからもよろしくね!
本当に、本当に良かったわ!!嬉しい!」
「バルト、ステラ、おめでとう。私からもお祝いを!」
「「ありがとうございます」」
二人は顔を見合わせ、嬉しそうに微笑みあっていた。
「では、これよりバルト・ステラの婚約を祝して~!!
婚約おめでとう!ハッピーラブラブ♡デラックスケーキを作りま~す!!」
ソフィアの張り切った声が上がった。
広間の中央に設けられたテーブルには、山盛りのケーキの材料が準備されている。
急遽、二人の婚約祝いにケーキを作ると言い出したソフィアは創生の魔法を使うと宣言した。
皆、テンション爆上がりでテーブルを囲み、好奇心旺盛な眼差しを注いでいる。
「それでは、バルト・ステラ~おめでとう~!お幸せに~~!!」
ソフィアのかざした手のひらから眩い光が放たれる。一瞬、視界が光に包まれたと思った次の瞬間、テーブルの上には三段重ねの巨大なケーキがドーンと置かれていた。
「「「「「……わっ、わぁーーー!!!」」」」」
「「「「「すごーい!!!」」」」」
「美味しそー!」
「いちごだらけだぁ~!すげ~!」
「創生の魔法、ヤバイ~!」
「ソフィア様、最高ーーー!!」
「バルト!ステラ!おめでとうーーー!!」
「「「「「おめでとう~~!!!」」」」」
ワァーーーーー!!!
……、……。
……。
最高潮に盛り上がるパーティーは夜中まで続き、招待されたさくらの皆やアルベルト様。エドモント様やロベルト様も皆が公爵家に泊まることになったのだった。