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「物凄く濃密な一年だったわね……」
ソフィアはポツリと一人で過ごす私室で呟く。
ステラはお茶の支度をしに行っているので、ソフィアは机に向かい記録の整理をしていた。
創生の魔法を使えるようになり、思いつくまま、必要に応じて、この一年は勢いにまかせて過ごしてしまった……
発熱し何度か寝込み、その度に身体は小さいし体質が変わった訳ではないと思い直しながらも……結局、イケイケで過ごしてしまった気がする。
駄目だわ。自分の体調をまずは完璧にしなければ……もっと計画的に……
コンコン「ソフィ!入るよ」
シリウスとお茶の支度を終えたステラが入って来る。
「お兄様。戻られていたのですね。おかえりなさい」
「ああ。ソフィ、ただいま」
シリウスは立ち上がったソフィアに近付くと、直ぐにぎゅっと抱きしめた。
「お兄様。ステラがお茶を淹れてくれましたわ。お掛けになって」
「ソフィ。今年の誕生日は家族だけでもいいだろうか」
ひと息ついたシリウスが申し訳なさそうに口にした。
「はい、勿論!どうして、お兄様は悲しそうになさるのですか?」
「それは……例年のように小規模ながらもパーティーを開いてあげられないから……」
「仕方ありませんわ。創生の魔法が知られたせいで、簡単に他家を招けませんから。
毎日、沢山の手紙が届くようになって……お母様やお兄様にはご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」
「ソフィアが謝る必要はない!!安易に我が家に取り入って、利益を得ることを考える輩が多いのが悪い!全く!今までドルトに媚びを売っていた家も平然と近寄って来ようとするのだからっ!信念がないのが一目瞭然だ!」
「フフフッ。お兄様ったら、お父様に似てきましたね」
「父上に?そうだろうか……」
「ええ」
「コホン……それはそうと、何かソフィの希望があれば聞いておこうと思う。
大切な誕生日だ、母上も何でも叶えると言っておられた」
「希望ですかぁ……うぅ~ん……、……あっ、そうだ!」
翌日、シリウスはバルトと共にさくらを訪れていた。丁度ランチ時間が終わって、休憩している頃……
「お邪魔するよ。やぁ皆、変わりないかな?困り事はないか?」
「シリウス様!
ようこそおいでくださいました。
私たちは元気に楽しく働かせてもらってます。特に問題もありません」
「そうか。どんな些細なことだろうが何でも相談してくれよ!」
「シリウス様……ありがとうございます。
でも、本当に大丈夫です。最近は騎士の皆さんも今まで以上に食事に来てくれるんですよ」
有難いことです……とテオが微笑んでいると
「あなた、いつまで立ち話してるの!
さあさあシリウス様、バルト様、こちらでゆっくりなさってください」
「おっと、ローラそうだな。
すみませんシリウス様、こちらにお掛けになってください」
ローラに叱られたテオが苦笑しながら奥の椅子を勧めた。
シリウスの来訪にテオとローラ夫妻。
ソルとエマ夫妻と二人の子供、ダンとララが勢揃いとなる。
「シリウスさま~。ソフィアさまはげんきでしゅか~?」
「ララ、おいで」ひょいっとララを膝に乗せたシリウスは頭を撫でながら優しく言う。
「元気だよ。今日はね、ソフィからお願いされてやって来たんだよ」
「ソフィア様が、我々に何かご要望でも?」
テオの言葉を聞いてシリウスはバルトに目配せした。
バルトはテオとソルにそれぞれ手紙を渡す。
二人は顔を見合わせてから、上質な紙に公爵家の家紋が印された手紙を恐る恐る開いた。
読み進めるテオとソルの顔が段々と強ばっていく。
訝しく思ったローラとエマも後ろから覗き込み、目を見開くと口元には手を添え、ヒュッと息を吸い込んだ。
「シ、シリウス様……我々がソフィア様の誕生日パーティーに招待された……ということで間違いないでしょうか」
「私たちが、ル、ルルヴィーシュ公爵家のお屋敷に招かれたということですか?」
テオとソルが何とか質問をしたのだが……
「ああ。間違いない。そのとおりだよ」
とシリウスは平然と答えた。
「シリウス様いくら何でも平民の我々が公爵令嬢の誕生日パーティーにとは、恐れ多くて」
「そ、そうです。それはあまりにも何と言いますか……世界が違うと申しますか……」
「心配要らない。今年はこんな状況と言うのもあって、家族や屋敷の使用人たちしか祝ってやれないからな。他に招待状は出していないのだ。
(招待状を出さなくても勝手に来る者は居るだろうが……いや、絶対来るだろうが……)
それで、ソフィに希望を聞いたんだ。その希望がいつも頑張ってくれてるさくらの皆を招待したい!だった」
「お嬢様が?我々を!?」
「ソフィア様……」
「しかし、公爵家に招待されるとなると……」
「あぁ、もう一つ。ソフィから頼まれ事があったんだ」
入口の扉が開いたかと思うと、公爵家のお着せ姿のメイドが二人入って来た。
「ソフィが皆に揃いの正装をと言っていてな。今後、さくらを代表して呼ばれる場面があるだろうし!だそうだ。何やらソフィが張り切ってデザインを考えていたから、受け取ってやってくれ。今は外出もせず屋敷に篭っているから、皆が来てくれるとソフィも喜ぶ」
「そんな、ご迷惑を……」
「迷惑などではない。ソフィが誕生日に望んだことだ。叶えてやってくれ」
「とーちゃん!みんなでシリウス様のお屋敷に行けるの?」
「そうにゃの?やったー!シリウスさま、ほんとー?」
「ああ、ララ。本当だよ。ドレスを着て益々可愛いララになれるよ!」
ダンとララは嬉しそうにはしゃぎだしたが、大人たちは困り顔……しかし、シリウスはそれには気付かぬ振りをして、メイドたちに採寸を指示する。場所を移して、どんどん進むメイドの動きに思わず必死に従えば、あっという間に終わっていた。
「パーティーの前日には衣装を届ける。当日は着付けの為にメイドを寄越すから心配は要らないよ。
ただ悪いが店は休みにしてくれ。すまないが共にソフィを祝ってほしい、頼んだよ」
「シリウス様……。
わかりました。私たちの日頃の感謝を伝える為にも、ソフィア様のお誕生日をお祝いに伺います」
「そうよね。私たち家族を救ってくださったソフィア様のお誕生日ですもの!
精一杯お祝いを伝えなければならないわ!」
「ありがとう。ソフィも皆が来てくれれば喜ぶのは間違いない。気楽に遊びに来てくれれば大丈夫だよ。
では、慌ただしくてすまないが私はそろそろ失礼する。ダン!ララ!またな!!」
その頃アルベルトは悩みに悩んでいた。
ソフィアの誕生日……
プレゼント……
父上は婚約者のように接して良いと言った……
やはり、装飾品か……
しかし、ソフィアはビビたちからのピアスと両親からもらったペンダントは常に着けている……髪飾りか?いや、ブレスレット?
他には……う~ん……
昨年はシロを贈った。現在のシロの様子を見ていれば、良い選択だったと自信が持てるが……
シロがぬいぐるみのままで、ソフィアがサラの記憶を持っていると知ってしまっていた場合を考えると……おそらく選択を間違えたと、落ち込んでいたに違いない。
今年は絶対に選択を間違えてはいけない気がする。
いっそ、母上に相談するか?
う~ん……
ソフィアの誕生日が近付く。
それぞれがソフィアの為に準備をしている。
ソフィアに恩を感じている者は、本人が気にしていないだけで実は沢山いるのだ……
公にパーティーは開かれなくとも、着々と思い思いに走り始めていた。