59
ドリエントル国、三大公爵の一つ。
フランシル公爵家のオリビアが結婚式を挙げたのは、今年の社交シーズンを目の前にした青空が目に眩しく、晴れ渡った空が殊更美しい……そんな一日であった。
オリビアをずっとお姉様と慕っているソフィアにとっては、自分の事のように嬉しい日であり、当然参列するだろうと皆が期待していたにも関わらず……ソフィアが結婚式に姿を現すことはなかった。
しかし、他人の目には触れずとも、ソフィアはオリビアの幸せ溢れる神々しいまでの美しい花嫁姿をしっかりと目に焼き付けていた。
「ぁぁ……オリビアお姉様……お綺麗」
『しぃぃー、ソフィア話しちゃダメ!』
ビビに注意されながらソフィアが隠れているのは、王都最大の教会、荘厳な祭壇に最も近く普段は教会関係者しか使えない特別な扉の裏だ。
今回ソフィアは創生の魔法を知られた為に参列を控えた……本当はずっと楽しみにしていたのだが、オリビアお姉様の晴れの舞台で迷惑はかけられない……
当然の事ながら、創生の魔法やトットの事は直ぐに王都にまで知れ渡り……社交界の噂の中心になるのに時間はかからなかった。
幸いなことに「さくら」へ貴族が訪れることはないので、営業に支障がないのは有り難かったが……それでも以前より忙しくなっているのが現実……
事情を知る騎士団の詰所が近くにある事、それが安心出来る材料になっていた。
あの時、あの場所を指示したお父様にソフィアは改めて感謝している。
「お姉様……お綺麗だったわぁ」
社交シーズンを前に王都邸に来たシリウスとソフィアは、披露パーティーに出席している両親より一足先に帰宅していた。
「そうだな。素晴らしい結婚式だった」
「やっぱり……本当はもっと近くでお会いして、お祝いを伝えたかった……」
つい本音を零したソフィアに、シリウスは一気に距離を詰める。
「ソフィ。何度も言うが、これからは出来るだけ表に出るな。もし危険があったらどうする!」
ビビたちが居てくれるので……危険など心配ないのだろうが……シリウスの心配は心身の危険を指していることはソフィアも理解していた。
貴族たちの中には、公爵家の娘が特別な魔法を持つことを快く思わない者も居るだろう。しかもソフィアはまだ幼い……実際はサラの記憶も有るのだが、それを知る者は限られている……心ない言葉をぶつける者や簡単に取り入れると考える者、利用するつもりで近付く者も少なからず居るだろう。
ましてやドルト公爵家の事があったばかりである……社交界は今、落ち着かない状況なのだ。
「いいか、外に出るなら必ず一緒に行く、必ずだ!そうだな……出来るなら早く領地に戻ろう。温泉のこともあるし、母上も例年より多く領地に戻られるはずだから」
「お兄様……魔法省とさくらには行かないといけません」
「ああ、分かってる。だが、回数は減らすように!!ソフィが傷つくことになっては元も子もない……分かってくれるな?」
「はい……」
最近はお父様とお兄様、そして何故かアルベルト様から言われる注意事項が多い。
心配してくれているのが分かっているので、従うしかないと思うのだが……自分が迷惑をかけていると思うといたたまれない気持ちになる。
陛下は創生の魔法を使う者として早くお披露目をした方がいいと考えておいでのようだが……何故かお父様が渋っているらしい。
どうしてかしら?
発表してすっきりさせた方が、私もいいような気がするのだけれど……
そんな事をぼーっと考えていたら、いつの間にかお兄様の膝に乗せられ、背中からがっちりとホールドされていた。
「ベン!……どうだ……そろそろ諦めがついたか?」
「はっ?……諦めるとはおかしな発言だな、アレク!既に、創生の魔法を使うソフィアのお披露目には従うと言っただろう」
「そっちではない!アルベルトとの婚約についてだ!!……まったく……分かっているくせに、しらばくれおって……」
「アレク!何度も言わせるなっ!!ソフィアにとっても、殿下にあってもまだ早過ぎる話だ」
「だが、お披露目と婚約を一緒にした方が今後のソフィアの安全の為にはベストなはずだろう!
それに、アルベルトとの結婚ならば安心だろう?
将来ずっと近くに居れるのだから、ベンにとっても悪い話じゃないはずだ。
まさか……!っっ、アルベルトに不満があるとは言うまいな」
「殿下に不満はない!今までもソフィアを大切にしてくれていたのは知っているし、私にとってはシリウス同様、息子のように可愛い存在だ。しかし、ソフィアに今の状況で婚約までさせるのは負担が大きすぎる!
サラの記憶を持ち、大人びてはいるが……私たちがソフィアにプレッシャーを与え過ぎているのは確かだ。ソフィアは当然のように応えようと努力しているが、身体は未だに弱く……幼い……いつか、許容量を越してしまうのではないかと心配で仕方がない……」
「身体の許容量……か……まぁ、確かにソフィアは真面目で努力を惜しまないが……
婚約をすることがソフィアの負担になると言うのか?」
「あの子は殿下の婚約者となれば、更に知識を得なければと努力するはずだ。益々、勉強に熱中し……しかし、現状どおり魔法の研鑽も怠らない……
ソフィアは創生の魔法を使ってこの国を、民を幸せにしたいと常に考えているからな」
「無理をし過ぎるか……、、だが、婚約者という肩書きを与えるだけで今以上に何も求めはしないのだが……」
「私はアレクの言うことが本音だと理解ができる……が、あの子は……ソフィアはきっと努力することを止めないだろう。サラの記憶がそうさせるのか……それとも他に何かあるのか……理由は分からないが……」
「そうだな。ソフィアは我々が想像も出来ない世界の記憶とともに今世に生まれたのだから……本来はこの世界で全てを理解してやれる者は居ないのかも知れない……だが、これは父親としての願いだ……アルベルトを、あの子をソフィアと共にあれる者として認めてやってくれ。
将来、ソフィアとの結婚を認めてやってほしい。
アルベルトはソフィアのことが愛しくて仕方ないのだ。ゆくゆくは王太子、国王となる者にとって、側で支えてくれる存在は特別……我がエリーを望んだように、あの子にも望む者と歩んでほしい」
「……、……わ、分かっている。ソフィアが成長し、身体の心配もなく、そしてソフィアが望むら、、、反対はしないさ」
「ソフィアが望むならか……
それでは、アルベルトがソフィアと親しくしても文句はないな!」
「はっ!!?待て!親しくとは何だ?!」
「親しくとは……そうだな、婚約者に対するように接するとかだな」
「はぁぁ?今までの話は何だった!!婚約はしない!!」
「分かってるさ。あくまでも親しくするだけだ」
「意味がわからん!今までどおりでいいだろう!!」
「望んでもらわなければならないから、今までと同じでは足りないだろう?」
「アレク!!」
「何だベン。そんなに興奮するな!あくまでも婚約者のように。よ、う、に、なのだから。ハハハハハ」
「今までどおりだ!!」
「ハハハハハ、ハハハハハ」
この会話がなされた日の夜……
「アルベルト。これからはソフィアに婚約者のように接していいぞ!」
「……、……はっ?……父上、意味がわかりません」
「んっ?わからない?そうだな、今までより親しくしてよいぞ。ベンに了承をとったからな」
「宰相にですか……?」
「ああ、そうだ。良かったな。ハハハハハ」
「ソフィア。アルベルト殿下とは今までどおり仲良くな……今までどうりだ」
「えっ?お父様。突然なんですか?アルベルト様と喧嘩したりなどしておりませんが」
「んっ?そうか……まぁ、なんだ、今までどおりであればよい」
何を言っているのか全くわからず、ソフィアは不思議に思いながらも「はい」と返事を返すのだった……