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カラカラカラ、カラカラ……
陛下がドルト公爵領への視察に出発して、二日目。
まだ移動中の一行だが、明後日には到着する予定。
騎士団長アーサーが第一騎士団を従え、陛下たちの護衛をしている。
視察団には陛下と二人の王子。
ルルヴィーシュ公爵家のシリウス、バルト、ステラ。
ドルト公爵家からの同行者は、ロベルトとトーマス。
ドルト公爵夫妻と娘のガブリエラが領地で出迎える事になっている……が、
ロベルトが出発するとの連絡を送って以来、父からの連絡が途絶えていた……
「何だか嫌な胸騒ぎがする……」
ロベルトは馬車の小窓から空を見上る。
どんよりと暗い雲で覆われた空が自分の気持ちと重なっているようで、重苦しさを感じた。
「……ルト、ロベルト」
「は、はい。シリウス様」
「大丈夫か……?今からそんなに力が入っていては、領地に着いてからが心配になる」
「すみません。父からの連絡がないせいか、つい悪い方に考えてしまって……」
「まぁな。ロベルトの心配はわかる……
しかし、陛下が動いてくださっているのだ。そうそう酷いことにはなっていまい」
「ロベルト様、そうですよ。今回は皆が居てくださいます。相談できるのですから、大丈夫です」
「あぁ、そうだなトーマス。
シリウス様、ご心配お掛けしました」
「ああ……。ロベルト、今一度ドルト領の特産品や庶民の生活ぶり等を詳しく話してくれないか?」
シリウスの提案に、バルトとステラもうんうんと首を縦に振っている。
今回、ソフィアは同行していない。
ルルヴィーシュ公爵領から王都に戻る日の前日、夜になってから発熱したのだ。
季節の変わり目の時期に、あちこちに気を配り、毎日走り回っていたソフィアなので、ある意味当然のような結果。
周りも納得の疲労による発熱である。
ステラは当然看病するつもりでいたのだが、アリーとサリーが居るから大丈夫……視察の方が心配で気になるから……と、ソフィアがステラに同行を託し、送り出されてしまった……仕方がない。
「「ソフィア様の看病はお任せください!!命にかけてお救い致します!!」」
と少々大袈裟に張り切っていた双子に細々と指示を出し、後ろ髪を引かれながらも出発した。
いよいよ最後の宿泊地を出立し、ドルト公爵領が見えて来る。
窓の外に流れる景色を見ていたロベルトは、突如ヒュッと息を吸い込んだ。
「どうした?大丈夫か!?」
シリウスが心配そうに顔を覗き込む。
ロベルトは目を見開き、体を強ばらせながら顔色をどんどん悪くしている。
「ロベルト様!」
トーマスも慌てて声を上げるが、ロベルト同様に顔色が悪い。
「ロベルト!息を吐け!深呼吸をして、まずは落ち着くんだ!!……ロベルト!!」
叫んだシリウスの声にハッ!として、ロベルトは震えながらも深呼吸をする……その間も目だけは外の様子を捉えていた。
「あ、りがとう、ございます。シリウス様……」
「いや……それよりどうした、何があった」
「集落が……集落が一つ無くなっています」
「集落?!……っ!!、丸々一つか!?」
「はい。建物……、民家や畑、店や教会の姿も全て……跡形もなく消えていました……」
「はっ!?全てなど……簡単に消える物ではないだろう!」
「……、…………」
「ロベルト?」
「父の、父の炎の魔法なら可能だと思います……」
「ドルト公爵、の……炎の魔法?」
「はい。魔力なので、操る人間の意思によって跡も残さず全てを綺麗に消し去ります。父の……父の影の頭は、闇の魔力を持つのです。おそらく魔力を増強させて放ったのだと……」
「闇の魔力。そのような者がいたのか?」
「ここ数年の事です。密入国者ではないかと思うのですが……素性は分かりません」
「そうか……まずは陛下に御報告せねば」
シリウスは併走している騎士に指示を出した。
一番近くにあった宿を借り上げ、緊急の報告会となった。
「……、やはりドルトは暴挙に出たのだな」
「父上、ご存知でしたか……」
「ああ、先行させた者から報告が来ていた。ロベルト、教えてやれなくてすまないな。だが、安心しろ。民たちは保護してある。逃げ出したところを我が直轄地に案内させた」
「陛下っ!ありがとうございます!……情報を明かせないのは当然の事、気にしておりません。それより、領民を救って頂いて、本当に本当にありがとうございます。あぁ、ありがとうございます」
ロベルトは涙を堪えながら、何度もお礼を口にした。
「実はな、我らが出発した頃にドルト公爵の姿が消えたとの報告がある」
「消えた?公爵が?」
「一瞬の事で、行先が分からなかったが……どうやら他国に逃げたようだ」
「先程聞いたのですが、影の頭が闇の魔力を使う者のようです」
「闇の魔力っ!本当か?ロベルト」
「はい。実際に見たことはないのですが、父が側近と話しているのを聞きました」
「そうか。それで逃げられたか……まぁ、今更考えても仕方あるまい。とにかく公爵家に乗り込んで、現状把握を第一に考える事とする」
「「「「はい」」」」
出発前に水分補給をと言って、ステラが紅茶を運んで来た。お嬢様が作られたチョコレートもありますよ!との言葉に緊迫していた雰囲気が軽くなる。
「ソフィアが我に作ってくれたのだな!頂こう!」
「父上!皆にですよ!ソフィアは優しいですから」
「あいつ、こんな事ばかりしてるから、疲れて熱を出すんだ」
「本当にソフィアは周りに気配りばかりしているからな」
皆、ぶつぶつ言いながらもアーモンドチョコレートやトリュフチョコ、オレンジピールチョコを我先にと口に運んでいる。
ひと息ついたことで、無駄な力が抜けたロベルトは決意も新たに出発した。
ドルト公爵家に着いてみると、屋敷はガランとしていた。
金目の物は慌てて持ち出されたらしく、あちこち荒らされている。
そんな中、ガブリエラだけがポツンと一人残っていた。
だらしなくドレスを身に着け、ボサボサの頭をしている。
「お兄様……殿下がお越しなのに侍女がいないのです。誰かにドレスを着付けてもらわないといけないのに」
「ガブリエラ……」
いつもの煩い勢いがないガブリエラにロベルトは戸惑う。すると
「私が致しましょう」
ステラがロベルトに申し出て、そのままガブリエラを連れて行ってくれる。
「ドルト公爵夫妻に置いていかれたか……」
エドモンドの呟きが玄関ホールに冷たく響いた。
早速、騎士団を導入し屋敷の調査が始まったがガブリエラ以外、誰も残っていなかった。
支度を整えたガブリエラに話を聞くと、両親は三日前、使用人たちは昨夜までは居たそうだが、今朝目覚めると誰も居なくなっていたと言う。
「私たち二人では何も出来ないのにね、お兄様?お父様もお母様も予定を忘れているのかしら?」
いつもの調子を取り戻しつつあるガブリエラが的外れな事を言っているが、ロベルトは妹のそんな様子にほっとしていた。
自分が……あれ程甘やかしてくれた両親に捨てられたなどと気付いてはいない。いずれ知る事になろうとも、今はその時ではないとロベルトは思う。
上がってくる報告を整理しつつ、陛下や両殿下そしてシリウスたちと話し合いをしていた。
コンコンコン、一人の騎士が騎士団長に報告にやって来た。聞き終えたアーサーが陛下に耳打ちする。
皆の視線を受けながら陛下が口を開いた。
「海の様子がおかしいと領民たちが訴えに来ている」
「海が?」
「何やら黒い靄が立ち込め、辺りも暗くなりつつあるようです」
アーサーの言葉にガタッとロベルトが立ち上がった。
「闇の魔法……」
「アーサー、領民たちを海から遠ざけさせよ。一部は我らと現地へ、急げ!」
「はっ!」
アーサーは第一騎士団隊長アレンに指示を出し、陛下を護衛しながら海へ向かった。
灰色の厚い雲の下、
海は黒い靄に覆われ、見渡す限り漆黒の闇が広がっている。
所々で炎がメラメラと渦を巻いていて、目にした者の恐怖を増幅させた。
一行が海辺を見渡せる高台に到着すると、そのおぞましい光景がまるで意思を持っているようにぐんぐんと一行に近づいて来る。
「なんだと!!」
「陛下、お下がりください。危険です!」
既に集まっていた民たちの悲鳴が響き渡る。
「アルベルト様!陛下を!!
エドモンド様!シリウス様!民たちに結界を!!
どうか、お願いします!」
「「「わかった!!」」」
ロベルトはそう言うやいなや高台の先端に立ち、雷の魔法を放った。
物凄い勢いで光が走り、闇に打ち付けられるが……まるで吸い込まれているかのように、光は消えていく。
くそっ!負けるもんかっ!ここの領民は僕が守る!!
ただひたすらに魔法を放ち続けるが、ダメージを与えられているのかすら分からない……
「ロベルト!闇の出処を探すんだ!」
アルベルトが叫んだが、留めているだけで精一杯、探すどころではない状況だ。
駄目だ!気弱になるな!やるしかない!!
ロベルトがもう一段、魔力の力を上げようとした時
「アルベルト、エドモンド、シリウス。
ロベルトと共に!我が結界を引き継ごう!」
陛下の威厳に満ちた声が響き渡った。
三人は直ぐにロベルトの横に立ち、
アルベルトとエドモンドは王家男子が引き継ぐ光の魔法、シリウスは氷の魔法を一斉に解き放った。
トーマス、バルトは主たちを背後から支え、魔力衝突で発生する風圧から必死に守っている。
パァ――ン、バァーーン……
何度もぶつかり合う魔力。火花が飛び散り、光が眩しく視界を遮る中、一瞬押し込めたはずの闇が炎と共に再び勢いを盛り返す……
皆が苦しそうな顔で歯を食いしばり、額に汗を滲ませている。
しかし、なかなか均衡が破れないばかりか……じりじりと闇が迫って来ている状況だ……
駄目だ!諦めてはいけない!!
魔力が尽きてしまうのも恐れず、四人はひたすらに魔法を放ち続けている……
あぁ、魔力が……、……そう感じた時
アルベルト、エドモンド、シリウス、ロベルトの頭を過ぎったのは……
「ソフィア!」
「ソフィア」
「ソフィ!!」
「ソフィア様――!」
四人のピアス。バルト、トーマスのピアス。
陛下の指輪が
キラッっと一斉に閃光を放った!!
と同時に、ロベルトたちの頭上に大きな光の玉が現れた。
バッサ、バッサ―――
羽ばたく音とターコイズブルーの光が海に向かって流れて行く。
幅広く、ゆっくりゆっくりと流れて行く光がぐんぐんと闇と炎を飲み込んでいる……
すると、闇の出処らしき一点が見えた!!
『ロベルト!アル!シリウス!エド――!
あそこだ――!!シュー、ズバーン!と打ち込め―――!!
ソフィアは空に向かって――、ドーンだぁ!!!』
「「「「トットォーーー!!」」」」
四人は探していた一点に、ソフィアは空に向かって魔法を放つ。
―――うぎゃあああ―――
遠くから地を這うような叫び声が響いて来た。
空からはキラキラと眩い光が、ゆっくりゆっくり雨のように降り注いでいる。
光は今までの光景がまるで夢であったかのように、空も海も全てを明るい世界に塗り替えていった。
人々は只々、その様子に心を奪われ、安堵と共に喜びを全身で味わった。
光が全てを覆い尽くした後、我に返った人々の目の前には、美しいターコイズブルーの5メートル程の鳥……
その背にちょこんと乗っている、可憐で美しい少女が佇んでいた。