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ルルヴィーシュ公爵邸の大広間。
アルベルト、エドモンド王子たちを始め、現在滞在中の面々や騎士たち、使用人が一同に揃いワイワイと食事を楽しんでしている。
高級なお酒も振る舞われ、騎士たちはテンション爆上がりだ。
「皆さん、ご苦労様。
まだ始まったばかりの温泉施設、大規模建設。
これからも作業は続き、より緻密な仕事になるでしょう……
が、……冷える中、今日まで安全に努めてくれている公爵家ファミリーに心より感謝します!!
今宵は日頃の疲れを癒し、楽しんでください。うふふっふふ。
さぁ、それでは始めましょう~!!」
「「「わ~っ!!」」」
お母様の発声で、大広間の熱気が一気に盛り上がる。
お疲れ様会と銘打って開催されているが、ソフィア曰く、邪気祓い行事の節分がテーマらしい。
開会はビビ、トット、ポポが鬼のお面
(ソフィア特製!性格悪そうで、不摂生の塊のような鬼の顔?と言われる物……実際はなかなか思い通りに書けなかったので、設定で誤魔化した……)
を被り、大きな虫取り網を担いで飛び回っていた。
「鬼は~外~!福は~内~!!」
ソフィアが升を手に炒り豆を投げている。
床に落ちる前にビビたちの網によって回収されているのだが、こういうのは気持ちが重要だ……邪気祓いだと聞いた参加者たちも代わる代わるやってみる。
「「鬼は~外!福は~内!」」
「福は~内~!!」
投げては直ぐに回収された炒り豆は、その後に美味しく食べられ(特に騎士たちにはつまみとして気に入られ皆、大きな手で豪快につかみ口に放り込んでいる)
節分の料理は、恵方巻きにけんちん汁、いわしの蒲焼やこんにゃくの煮物、白菜といわしのつみれ鍋などソフィアの前世の記憶で準備され、厨房では興味津々で料理人たちが準備をしてくれた。
デザートは豆大福にと話しているのを聞いて、ロックの妻ローズが嬉々として手伝ってくれたのだが、あまりにテンションが高かったので、ソフィアはちょっと怖かった……
ロベルトとトーマスは和気あいあいとした会場の雰囲気に、呆気にとられながらも楽しくて仕方がない。
「ロベルト様。こんな公爵家もあるのですね……」
「我が屋敷からは……考えられない……」
『ロベルト~!トーマス!こっちこっち~』
シロの頭に乗ったトットが呼んでいる。
トテトテトテ……
シロがやって来て、ロベルトの手を掴むとトットはトーマスの頭に移った。
「おとーしゃまたちはこっちでしゅ」
ぎゅっと手を繋がれシロに連れられて行く。
魔道具の上で鍋がぐつぐつと湯気をあげ、美味しそうな匂いがする。
テーブルの周りには心許せる仲間たちが待っていた。
「ロベルト、遅いぞ!早く頂こう」
「ごめんよ、エドモンド。慣れぬ雰囲気に呆然としてしまったんだ」
「ルルヴィーシュ公爵家はいつもこんな感じ
なんだ。楽しんだ方がいい」
「ありがとうございます、アルベルト様」
「さぁ、どうぞお掛けください。手巻き寿司も用意してあるので、お好きな物を巻いてくださいね」
ソフィアとステラは皆にせっせと料理を配ってくれた。
多くの魚が使われた料理にロベルトは自領のことを思い出す。
工夫を凝らせば、魚の調理法もまだまだあるのだろう。生活に必死の領民たちにも教えてやらねばな……
「ロベルト!まずは食べて楽しんで、ソフィの言う邪気祓いとやらが済んだら……その時に皆で考えよう」
シリウスは熱々のつみれを頬張りながら、チラリとロベルトを見ていた。
あぁ、そうだ。相談してよいのだった……
「はい、シリウス様!ありがとうございます。ではトーマス、頂こう!」
「え?……、……」
「……、……」
トーマスは既に恵方巻きに齧り付いていた。
「す、すみません。ロベルト様……あまりに美味しそうで我慢ができず……あのっ……」
「……ふ、ふふふっ、あはははっ……いいんだトーマス。そうだよな、我慢することはないんだ。私がいつまでも思考を変えられないのが悪い。ふふふっ……ふふっ。
それでは!いただきます!!」
初めて口にしたいわしのつみれは、ほかほかと温かい気持ちにさせてくれた。
「おとーしゃま。シロに巻き巻きしてくだしゃい」
「いいぞ。シロはどれが食べたいのだ?」
『トーマス~!あそこにフルーツが山盛りになってる!食べに行くぞー!』
「ぉお!ポポ様~!行きます行きます!待ってくださ~い」
『ロベルト!この黄色のカリカリしたやつは雷魔法のレベルアップになるかもしれない。この色から雷の魔力を感じる……う~ん、試してみるべきだよね!』
「ほ、本当か?トット!」
パリポリパリポリ……
「美味しいだけだが、これで本当に……」
『ゥッッ……キャハハハハハハ―!ロベルト~そんな訳ないじゃ~ん!』
「えっ!?嘘?……嘘!!……コラッ、トット騙したな!!トットの大福は没収だ!」
『え――っ、ロベルト~ごめん。ごめんってば~!また、特訓に付き合うから~』
「本当だな?」
『本当だよ!』
「『……うっっ、あははっははははっ!』」
「母上。皆、楽しんでいるようですね」
「公爵夫人、今宵はありがとう」
「まぁ、アルベルト様。恐れ入ります。
シリウスもご苦労様」
「父上から連絡がありました。ドルト公爵は随分と焦っている様子……
領民への被害を押さえつつ、このまま事態を見守るとのことです……」
「陛下が手を回されてるからには、領民の心配は要りませんね。ただ、領地はどのようになっているのか……」
「母上。ドルト公爵は炎の魔法を操るのでしたね」
「ええ。魔力は充分に操れるはずです。
このような状態ではありますが、これ以上の過ちを犯さないで欲しいと……そう、思います」
「アルベルト様。お母様、お兄様!どうされました?」
「ソフィア!節分と言ったか、楽しいものだな」
「アルベルト様、サラにとっての節分は季節の変わり目、今は春へ向けてですが……そんな時期にかかりやすい病気や起こりやすい災害を鬼というものに見立てて、家から追い払うという意味のものでした」
「なるほど。では、もっと本気でビビたちに豆をぶつけなければならなかったのだな」
「うふふっ、そんな。それではビビたちが可哀想です。今は楽しい晩餐でよいのですわ。ただ邪気祓いであると知っていれば、気持ちの持ちようが違うかと思ったのです」
「そうか……」
アルベルトは優しく微笑むとソフィアの頭を優しく撫でた。
『ソフィア~!この甘い豆もっとちょ―だ―い!』
ビビが皿を抱えて飛んで来た。
「甘い豆?」
「あぁ、炒り豆をアレンジしたのです。どうぞ!」
ソフィアが皿を受け取り三人に差し出す。
「まぁ!」
「「ぉお!」」
「ソフィア!これは美味しいわね!優しい甘さがいいわ!」
「お母様。炒り豆は様々な味にアレンジできますよ!これは砂糖を煮詰めたもので絡めただけです。豆はタンパク質が豊富ですから、身体を形成するのに重要です。ピーナッツやアーモンド、きなこ、胡桃なんかもアレンジして……」
「ローズ!ローズ!!大変よ!新しいお菓子の検討をしなければ!!」
「はい。奥様、只今。あ、新しいお菓子でございますか?」
「そうなの。これを食べてみて」
「はい。……、……まぁ、美味しい!」
「そうでしょう。それに身体にも良いのですって!」
「まぁまぁ、どうしましょう。今から準備しますか?」
「ローズ、待ってちょうだい。ソフィアによると可能性がありすぎるの。アレンジするにしても準備を整えたいわ。ひとまずローズに預けます。焦らずじっくり吟味してちょうだい」
「かしこまりました。奥様、このローズ、必ずや奥様に気に入って頂けるお菓子に仕上げてみせます!」
「あなたなら、そう言ってくれると思っていました。頼みましたよ!」
「はい!」
二人は両手でがっちり手を握りあっている。
どうやら、二人にはお菓子を通して深い信頼関係が出来ている。
あぁぁぁ、温泉施設にはきっと様々な名物お菓子が生まれることだろう……ソフィアは少しの不安と大きな期待を覚えたのだった。
大いに盛り上がり、沢山の料理やお酒が振る舞われたお疲れ様会は、鍋にソフィアがうどんを投入し、騎士たちが奪い合うように平らげたところでお開きになった。
翌日は午前中が休みと公爵夫人からの発表があり、大広間は大歓声に包まれる。
お疲れ様会が始まる直前、梟の里に大きな光が現れた。
里の中にやすやすと侵入できるなど、有り得ない。一気に緊張が走る中……
『『『とーりょーいるー?』』』
気の抜けるような叫び声と共に現れたのは
「はい。ここに!
ビビ様、トット様、ポポ様。
どうされました?……まさか!!?」
『違う違う~。ソフィアから、お使い頼まれたの』
『今夜はお疲れ様会だから、梟の里の皆にだって!』
『リリーからのお酒もあるよ!』
沢山の料理やお酒を積んだ荷車とビビたちだった。
「わ~っ、いい匂い~!」
「頭領!凄く美味しそうだよ!」
わぁーわぁーと子供たちは騒いでいるが、大人たちは戸惑っていた。
『どうしたの?嫌いな物でもあった?』
『味見したけど、どれも美味しかったよ』
『お酒も美味しいやつだって、リリーが言ってた!』
「あの……このように沢山の物を本当に?」
『あぁ、はいこれ!ソフィアから手紙ね』
カサカサと封を開けて手紙を読む。
― 梟の里の皆さんへ
いつも大変なお仕事、お疲れ様です。
私達が安心して生活できるのは、皆さんのお陰であると、日々感謝しています。
直接お会いして、お礼を申し上げられないのが心苦しくはありますが、皆さんが無事に過ごされますようにお祈りしています。
東の小国に昔から伝わる、節分という儀式があります。
その時に振る舞われる料理を今宵は準備致しました。どうか御賞味くださいませ。
節分に倣い邪気祓いとなりますように。
ソフィア ―
「お嬢様……。分かりました。有難く頂戴致します。ビビ様、トット様、ポポ様。御足労頂き、ありがとうごさいました。」
『『『は~い。じゃあ、楽しんでね~!またね~!』』』
お疲れ様会が終わった後、クマ兄弟は肩を組んで、気分よく森に向かおうとしていた。
「クマじろう!楽しかったな!大福食べずに持って来たんだ」
「クマごろうもか?俺もほらっ!あははっ、子供たちが喜ぶからな」
「それにしても幸せだな!人間も様々だと聞いていたが、ここの人達は皆よくしてくれる」
「あぁ、仲間として見てくれてるのが何より嬉しい」
「ほんとだな!」
「「あはははっ」」
「クマごろう~!クマじろう~!待って~!!」
「「えっ?!」」二人が振り向くと屋敷の裏手でソフィアが手を振っていた。
慌てて戻った二人にソフィアはニコニコと笑顔を見せる。
「ごめんなさい。これね、お土産なの」
見れば、荷車が二台。料理は勿論、野菜やフルーツ。穀物も沢山積んである。
「あのね、クマ兄弟のご家族はもちろんなんだけど、森の皆にも分けてもらえると嬉しいわ。何が好みがわからないから……あまりお料理出来なかったのだけど……」
「へっ?森の仲間にですか?」
「これを全部?」
「そう。ごめんなさいね。荷物運びをさせる事になっちゃうけど……お願いできる?」
「そ、それは全く構いませんが……こんなに頂いてもいいのですか?」
「ご家族始め、森の皆にも協力してもらってるし、当然よ!あぁ、お菓子はね、色々入れてあるけど……お子さんたちは好きかしら?」
「それは、もう。特にお嬢様が作られたと言うと大喜びで、はははっ、ほらっ!」
二人は持ち帰ろうとしていた大福を揃って手のひらにのせ、見せてくれた。
「まぁ!大福は沢山入れてあるわ!ふふふっ。良かった!」
手を振ったソフィアとステラに見送られ、足取り軽くクマ兄弟は帰って行った。
ソフィアが一安心して屋敷に戻ると、談話室にアルベルトとエドモンド、リリアンヌとシリウス、そしてロベルトとトーマス、バルトが集っていた。
「春になると今年はオリビアの結婚式ねぇ~!楽しみだわ~!」
「フランシル公爵も嬉しい反面、寂しいでしょうね」
「そうねぇ~いずれはソフィアもそうなるわね~」ほろ酔いでご機嫌なリリアンヌは、ウエディングドレスがどうとかと一人で話しながら、楽しそうに微笑んでいる。
「はっ?!母上!ソフィはずっと我が家に居るはずです!」
「えっ!?ソフィアに結婚をさせない気なのか?それでは、ソフィアが可哀想だろう!」
「なんだ、アル!ソフィを遠くに嫁がせるのに賛成なのか?」
「何も遠くとは限らないだろう!私も遠くにやるつもりはない!!」
ギャーギャーとアルベルト様とお兄様は言い合っているが、予定の影も形も全くないうちから、何を言っているのか……
エドモンド様とロベルト様は顔を合わせて苦笑いだ。
「そう言えばっ!ステラ!」
「はっ、はい。奥様!」
「オリビアも結婚するし、貴方はどうなの?」
「わ、わた、わたくしですか?!」
「そうよぅ。貴方だって結婚する歳よぅ。バーネット子爵家からお預かりしている大切な令嬢だもの!」
「わ、私に予定はありません」
「ない?!……そう……まだなの……、残念ね……、……
バルト!!しっかりなさいっ!!」
目を見開き、ビクッー!っと背筋を伸ばしたバルトを尻目に
「私、眠くなってきたわ。皆、おやすみなさい……」
軽く爆弾を落として、ほろ酔いリリアンヌは退室して行った。
遠く離れたドルト領では、
連日連夜止まることを知らないように続いていた炎の魔法がピタリと止まり、不気味な静けさが訪れている。
何かが変わる予感がしていた。