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ドルト公爵王都邸。
ロベルトの私室には銀色のクッキー缶を挟んで向かい合う、ロベルトとトーマスが居た。
この部屋まではと、二人は緩む口元をなんとか耐えた。
「トーマス。友達とは良いものだな」
「はい、ロベルト様。いい一日でした」
「「はぁ~」」
二人にとって、間違いなく今日という日が特別になった。酷く緊張し、重い身体を引きずるように出掛けた時は……期待もあったが……不安が大きかった。
この日を目指して覚悟を決めていたが、反応が怖かったのだ……しかし、友たちは全てを受け入れ、労り、励まして、力になってくれた。今は、身体まで軽くなったようだ。
いや、あれだけ気を配って準備してくれた料理のお陰で、殿下たちの言うとおり元気になっている。
別れ際にこの銀色のクッキー缶までくれた。
ソフィア様曰く、高栄養クッキーサクサクタイプとしっとりタイプらしい……執務室でも休憩と水分補給をしなければ、効率が悪くなるとビシッと言われた。陛下たちのソフィア様大好き病の原因が分かった気がする。
そっと缶の蓋を開けると丸いクッキーと四角いクッキー、更にキャンディが入っていた。
トーマスが淹れた紅茶を飲み、クッキーを食べてみる……優しい味がした……高栄養と言われたので食べにくいのかと思ったが、ただただ、美味しいだけ……よし、報告書の準備だと紅茶を飲み干し、キャンディを一つ、口の中に放り込む……、……えっ?……レモンスカッシュ!?……今日覚えたばかりの味がした……
本当にソフィア様には驚かされる……
陛下の執務室に王子二人が揃ってやって来る。
陛下は珍しい訪問に
「どうした?二人で……」と言いながらも嬉しそうだ。
宰相であるルルヴィーシュ公爵が席を外そうとしたところ、慌てて引き止められる。
「宰相にも同席願いたいのです」
陛下の了承があり、陛下と宰相。アルベルト殿下、エドモンド殿下の実に珍しい会談となった。
「父上。本日さくらにて、ドルト公爵家令息ロベルトより、ドルト公爵領の現状を聞きました」
「そうか。……それで?」
「ロベルトと侍従はかなり憔悴しておりました……しかし、ドルト公爵の方針をカバーするべく、何とか民たちを守っているようです。
知っている事は包み隠さず話してくれたと思います……ただ、港、貿易については公爵と側近しか関われないと……完全に秘匿されてしまい、手が出せないと言っておりました」
「ロベルトは相当な覚悟でやって来たのだな……」
「そうです、父上。僕もロベルトの覚悟をしかと感じました」
「……父上、明日ロベルトが報告書を持って参ります。どうか、彼の話を聞いてあげてください」
一拍の間があり、陛下は二人の息子の目を見る。
「分かった。我もベンも力になろう……そうだな?宰相!?」
「勿論です。よくぞ相談してくれたと感謝せねばならないでしょう」
「兄上!!良かったですね!」
「あぁ、本当に……。陛下。宰相。ありがとうございます!!」
陛下は目を細めて頷いた。
「それで?……そなたたちは何か考えがあるのか?」
「はい。私は今年の陛下の視察地に……、……、……」
夜も深くなり、ソフィアはすっかり夢の中。
父であるルルヴィーシュ公爵の帰宅には全く気付かなかった。
出迎えたのはローレンとバルト、そしてシリウスである。
「父上。お帰りなさい」
「ただいま、シリウス。話は一通り聞いてきたのだが……今から少しいいか?」
「はい。そのつもりでおりました」
公爵は頷き、二人は執務室へと向かって行った。
翌日の午前中。
「ソフィア~。年が明けたから可愛さが増しているな~!これでは際限なく可愛くなってしまう。我は困ってしまうな~!!あははっはははっ」
「あらっ~、可憐さと美しさに磨きがかかったのよね~!?ソフィア!うふふっ、会いたかったわぁ」
王城の応接室で両陛下がはしゃいでいる……
「……、……」
お二人共……そんなにすぐ、人の見た目は変わらないと思います……
王家家族とルルヴィーシュ公爵家だけなので、完全にOFFモード。
ソフィアの奪い合いを避ける為、今日はお父様の膝に乗せられた……うん、いつものことね。
「聞いたぞ、ソフィア。昨日は天ぷら大会だったのだろう?」
「大会?……ではありませんが、メインでした。沢山召し上がっていただいたので、とても嬉しかったです」
「良いわねぇ。サクサク熱々で、とにかく美味しかったと二人が自慢するのよ」
「そうなのだ。大福はもちもちだと言うし、やはり一緒に行けばよかったと後悔した」
「あっ、それでしたら大福は今日お持ちしましたよ」
控えていたステラがさっと箱を差し出す。
直ぐさま中に収めされている大福を見て、両陛下は更にテンショを上げる。
「まぁまぁ、色とりどり!苺が入っているのもあるわ!」
「えっ!僕が昨日、食べてない物もある」
「本当か、エドモンド……確かに……あるな」
「我は苺がいいぞ!それに三つは食べる!」
王家の元気な様子……臣下として何より安心である……外ではしっかりしているので、何も言う事はない……
大福を堪能したらしい陛下は満足そうにしながら話し出す。
「シリウス、ソフィア。足湯というものから建設するようだな。素晴らしい泉質だと、ジルが珍しく騒いでおった」
「はい。映像で見た限り、気軽に利用できそうな施設です。効能も幅広く期待できそうですし、少しでも早くお披露目できるよう、努力致します」
「足湯はじんわりと身体を温めるので、お喋りしながら楽しめます。周りの環境を整えて季節の移り変わりを感じてもらえるようにするつもりです」
「まぁ、素敵ね。リリーが張り切っている姿が想像できるわ」
しばらく温泉について真面目に話をしていたのだが……何やら陛下が膝を擦りだした……それを見た王妃様も同じように膝を撫で出す……嫌な予感がする……
「ソフィア……最近、我には悩みがあるのだ……」
「陛下……どうなされました?」
「実はな、この寒さで膝元が冷えてかなわないのだ……困ったなぁ」
「あらっ、あなたも!?私もそうなのよぅ。やっぱり歳には勝てないのかしらねぇ。悲しいわ」
周りを見渡すと皆、半眼だ……そうね、やっぱりそういう事よね……
「陛下、王妃様。お力になれるか分かりませんが……ひざ掛けを贈らせていただきたいです。私の手編みなどお恥ずかしい限りですが……」最後の方は声が小さくなってしまった。
「何?!編んでくれるか!そうか、そうか!これで冬は安心だな」
「ありがとうソフィア~!毛糸はね、、、準備してあるの。うふふっ、これで息子たちから奪わなくてすむわ」
殿下たちがびっくりした顔をしている。
「ソフィア……すまないな。父上と母上に編んでやってくれ」
「エドお兄ちゃんからもお願いするよ」
「かしこまりました」ソフィアが若干頬を引き攣らせて返事をすると、お父様が頭を撫ででくれた。
昼も過ぎた頃、ドルト公爵家のロベルト様と侍従のトーマスが訪れた。
ソフィアは話し合いの間、魔法省に行くことにする。ビビたちも呼び、迎えに来てくれたルイと魔法省に入ると、満面の笑みを浮かべたジル様が待っていた。
「ようこそ、おいでくださいました」
「ご機嫌よう、ジル様。お変わりありませんか」
「はい。ですが、ソフィア様。私は嬉しくて仕方ないのです。
黄金比率の温泉……魔法省として、私個人として好奇心が掻き立てられて際限がありません。私の生きている時代にこのような幸運!これも創生の魔法を使うソフィア様がいらっしゃるからこそ!と毎日感謝しております」
ジル様から勢いを感じる……あの温泉には未知の力が眠っているのね。
「温泉はビビたちとクマ兄弟のお陰ですわ。私は泉質について詳しくないので……ジル様たちに効果を引き出してもらえるよう、お願いする立場です」
「勿論、全力を尽くします!今は過去の文献をさらっていますが、可能性がありすぎて興奮しています!」
本当に嬉しそうなジル様に何度も感謝を述べられる。
う~ん。直接貢献していないソフィアは、居心地悪く感じるが……創生の魔法を使う者と守護する者が居なければ発見されなかった……かも……と思えば、受け入れられるかなと考えた。
そうね、そう思っていれば大丈夫。
納得したところで、お土産の大福を皆でいただいた。
王都にもルルヴィーシュ公爵領の大福配布話は伝わっていたようで、これが噂の!とか、あの有名な!!と言いながら喜んで食べてもらえる。
『美味いね~ジル~!』
「そうですね~。ポポ様!」
『ジル~!これ半分こにして~!』
「ビビ様。はい、どうぞ!あっ、餡子が頬に付いてますよ」
『ありがと』
いつの間にやら仲良しだ……
トットもルイの膝に収まっている。
領地でも一緒だった訳だし……ビビたちの遠慮のなさはいつものこと……
まぁ、いっか。
ドルト公爵が登城した日、陛下からの呼び出しがあった。
さくらでの食事会からは三日後の事である。