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年明けの賑やかさが少し落ち着いた頃。
今日はさくらの定休日。だが、貸切でもある。
前日さくらを訪れた、ソフィアとシリウスは領地のお土産を沢山持って来た。
お母様の大福配布計画も元はと言えば、テオとローラが材料を仕入れて、送ってくれたからこそ、成し得ることが出来たのだ。
「シリウス様、ソフィア様。お待ちしておりました!!」
「皆さん、元気にしていたかしら?困ったことはなかった?」
「ソフィア様。こんなに幸せな新年を迎えたのは初めてです!」
「そうなんです、ソフィア様!常連さんが沢山いらして……美味しい料理をありがとう、また来年も……と」
「年が明ければ……今年もさくらの料理で健康に頑張る!……って」
「騎士団の皆さんも来てくださいました」
「そう。良かったわ。皆の努力のおかげね!でも、忙しくて大変だったでしょう?」
「ソルさん一家がずっと頑張ってくれましたから」
「わたしもおてつだい、したのー!」
ララが胸を張ってアピールしている。
「ダンもララも偉かったな!これからも頼りにしてるぞ!」
お兄様に褒められた兄妹は照れたようにしながらも
「任せてください」と力強く頷いていた。
「さぁさぁ。お土産があるのよ!皆さん、座って!」
ソフィアの呼びかけと共にワイワイと賑やかな時間が始まる。
ソル一家は収入が安定したので、さくらの近くに家を借りたそうだ。家族で過ごす時間が増えたせいか、ダンとララの明るい笑顔が印象的に見える。
テオとローラもサチヨの店は親族皆で支えることになった為、この先の不安も解消できたと嬉しそうに話してくれた。
留守中の街の様子や新メニューの話をあれやこれやと話題にし、楽しい時間を過ごす。
「明日の定休日。一日さくらを使わせてもらうわね。皆はゆっくり休んで!!」
最後にそう伝えると
「働き過ぎるとソフィア様に叱られますからね」とテオが言い、皆で笑いあった。
朝食後、シリウスとソフィア。バルトとステラはさくらに向かう。
何を準備しようか悩んだが、エドモンド様が天ぷらを食べたいと言っていたのを思い出し、下ごしらえをして来た。うどんの準備もしてある。昨夜、屋敷で試食会をしたのだがとても好評だった。うどんなら焼いても煮込んでもいい。色々なメニューに使えるとソフィアは嬉しくなる。
そんな事を考えながら、三人を迎える準備をしているとロベルト様と侍従が一人、以前と同じようにお忍びの格好で現れた。
二人共に酷く疲れた様子に見え、思わず
「大丈夫ですか!?」
と声を掛けてしまった……あぁ……挨拶もせずに……と反省する。
「ソフィア様。ありがとうございます。大丈夫ですよ」とロベルトは笑顔を見せてくれたが……全く大丈夫ではなさそうだった。
「シリウス様。ソフィア様。今日はお招き頂き、ありがとうございます。シリウス様にご連絡を頂戴し、この日を待ちわびておりました」
「ロベルト。ようこそ。今日は友達同士の気楽な集まりだから、楽しんでくれ」
「!っ、あ、ありがとうございます……」
まずはお茶をと二階の個室に案内したが……二人の顔色の悪さが気に掛る……
「ステラ、甘酒にしてちょうだい」
「かしこまりました」
準備してきて良かったわ。
まずはロベルトの侍従にも促し、四人で席に着いた。
ステラが準備した、甘酒を皆で口にする。
「これは?初めて飲む物ですが……」
「これは、米麹で作った甘酒と言うものです。アルコールはなく、栄養価がとても高いのですよ。体力や免疫力が低下している時に適していて、身体も温まりますし、冬にはピッタリなのです」
「甘酒……確かに身体が中からじんわり温まります」
「ふふっ、良かったですわ。お二人は何かお嫌いな食べ物はございますか?」
「お、恐れながら……主人は好き嫌いはございません。わ、私のことはどうかお構いなく……こうして、同席させて頂くのも恐れ多い事でございます」
「今日は我家のバルトやステラと一緒に食事や会話を楽しんでほしい。妹は食事で健康をと願って、さくらを開いた。たまには家の垣根を越え同業者同士、主の悪口を言い合いながら食事するのも悪くないだろう?」
「えっ?悪口など、とんでも御座いません」
「ふふっ、お兄様。バルトやステラの私たちへの不満はあっても、ロベルト様に対しては無いのですわ。気になさらないで、お兄様の冗談ですから……でも、今日はロベルト様同様、ゆっくり過ごしてくださいね!」
困ったようにロベルトを見た侍従だったが、主人が頷いたのを見て少し嬉しそうな顔をした。
その後も雑談をして過ごしていると、二人の緊張した様子もだんだんと緩んできたのが分かった。
お昼も近くなり、慌ただしい足音と共に王子たちがやって来る。
バンッとドアを開け
「遅くなった!すまない」
「ソフィア~!エドお兄ちゃんだよ~!」
と勢いよく入って来た二人にロベルト様と侍従はビクッとしている。
「アル、エド!騒がしいな!」
「だって、時間だと言うのに父上と母上がごねて大変だったんだ!」
「また、ソフィに会いたいと言われたのか?」
「そうだ!こっそり出掛けるはずが、バレていた……ソフィアのことになると、執拗いのだ……はぁ」
「ソフィア~!エドお兄ちゃんに素敵なプレゼントをありがとう!毎日、抱いて寝ているよ~!」
「?っ、エドお兄ちゃん……ありがとうございます。お元気そうで良かったです」
「ソフィア!風邪ひいたりしなかったか?無理はしなかっただろうな!?」
「アルベルト様。ようこそ。お陰様で変わりなく過ごしておりました」
「あぁ、もう。まずは座れ!」
お兄様に促され、やっと本日の予定が始まる。
まずは昼食にしようとソフィアとステラで準備する。王子たちが連れて来た護衛も一階のテーブル席に案内し、交代で食事をするように伝えた。最初は戸惑っていたが、アルベルト様が指示したこともあり納得してもらえた。
皆、ロベルト様の憔悴している様子が気にはなったが……まずは食事をと二階の個室で待っている。
「さぁ~今日は天ぷらにしましたぁ~!」
ソフィアの明るい声と共に運ばれた熱々の天ぷらに、エドお兄ちゃんは席から立ち上がって喜んでいる。
バルトとステラの手伝いで次々と運ばれ、机に並ぶ料理にロベルト様を始め、王子たちも興味津々のようだ。
別に配置されたテーブルにはバルトとステラ、そしてロベルト様の侍従であるトーマスが座り、食事が始まる。
「ソフィア。これは?」
「うどんと言います。今日は鶏肉と野菜のスープに入れてありますが……焼いたりしても美味しいです」
「焼くのか?これを?……?……」
「炒めると言った方が良かったですね、ふふっ」
「昨日、屋敷では天ぷらをのせてなかったか?」
「あれは天ぷらうどんですね」
「ソフィア。念願の天ぷらで嬉しいよ!」
「もっと追加も出来ますから、お好きな物を食べてください!!ロベルト様、お口に合いますか?何かあれば遠慮せず、仰ってくださいね」
「ソフィア様、お気遣いありがとうございます。こんなに美味しく、温かい食卓は初めてです……」
「ロベルト!今日は気楽に過ごせ!」
「そうだ、アルのように何も気にせず楽しめばいい」
「ソフィアの料理は食べると元気になるんだ!ねっ、兄上」
「そうだな。食べ過ぎに注意せねばならんくらいだ」
ようやく肩の力も抜けたのか、ロベルトも自然な笑顔になっている。
もう一つの食卓では、トーマスが美味しそうに食事を楽しんでいた。
「このお料理は、ソフィア様がお作りになられたのですか?」
「そうです。お嬢様は様々な知識をお持ちで……私はお手伝いをするだけなのです」
「家のお嬢様とあまりに違うので……驚愕してしまいます。私は今日、この席に着けたことを生涯感謝するでしょう」
「トーマス様はおいくつですか?」
「年が明けたので、今年で18になります」
「まぁ、では私たちと一緒ね、バルト」
「あぁ、そうだな。主にも親交を深めるように言われたし、バルトと呼んでくれ。私は護衛も兼務している」
「私はソフィアお嬢様の専属侍女のステラ。私のこともステラと」
「では、私のことは是非トーマスと!嬉しいな……まさか仲良くしてもらえるなんて……」
「これからは主たちの許す限り、会えることもあるだろう。よろしくなトーマス!」
「あぁ、バルトこちらこそ!今度、護衛の仕方を学ばさせて欲しい……どうだろうか?」
「勿論いいさ。たまには飲みに行くとしよう!」
「あらっ?私も護身術の心得はあるのよ!私も仲間に入れてよね、トーマス!」
「当然さ、ステラ。あぁ、友達が二人も出来るなんて……今日はいい日だよ、本当に!!」
バルトとステラは顔を見合わせながら笑って言う。
「トーマス!家の主たちと出逢ったからにはどんどん楽しい事がやって来るぞ!!」
「新しい事に慌てない準備が必要ね……ワクワクすることに振り回されるから、ふふっふ」
「えっ?それはどう言う……意味?」
「そのうち、分かるよトーマス!まずは食べよう、疲れが顔に出ているぞ!!」
追加の天ぷらを揚げにステラと厨房に下りると護衛の騎士たちも勢いよく食事をしていた。
「追加の天ぷらはいかがですか?」
「……、……海老を……」「バカッ……」
「海老ですね。分かりました、遠慮なく言ってください」
「……では、私も海老を」
「私はこのかき揚げと言うものを……」
「分かりました。皆さん、身体が資本ですから、沢山食べてくださいね!」
余ったら持ち帰ってもらえばいいかと思い、準備した分を全て揚げた。
大皿に山盛り……
「余ったら持ち帰ってもらっていいですか?」ゴクリと騎士たちの喉が鳴り
「「「食べれます!」」」と今日一の返事があった。ふふっ、騎士たちには足りなかったのね……
ソフィアとステラが階段を上り始めると
「交代しろ」「待て、まだもうちょっと」と会話が聞こえる。護衛の騎士たちにも好評で良かったと思いながらソフィアは扉を開けた。
もう食べれないと言う王子たちの目の前に食後のデザートとして大福を出すと、直ぐに手が伸びたので可笑しくなってしまう。
「デザートは別腹なのだぞ」
「エドお兄ちゃん……それは女性が使う台詞では?」
緑茶を差し出しながら言えば
「男も女もお腹は一緒だぞ」と真面目な顔で返事をされた……ぷっ、うふふっふふ……
皆、笑顔で楽しそうにしている……いい雰囲気で嬉しいわ。
しばらくしてアルベルト様が切り出した。
「ロベルト……悩みがあるなら、皆で考えよう」
一瞬はっとした顔をするも
「隠しようがないですね……実は……私は今日まで、皆さんに相談できる事を支えに過ごしていました……正直に打ち明ける覚悟をしていたのです……」
「そうか。領地で大変な事があったのだな……ゆっくりで構わない……友達である私たちに話を聞かせてくれ」
「はい。実は……、……」
ロベルトは順を追って、領地の窮状について話し始める。
ドマフ商会をドルト公爵が潰したことも包み隠さず話してくれた。それにより、利益を得ているだろうことも……
父親の誤った行動を王家や他家に話すのには重い決断が必要だ……そして、決断をした理由の中には、そうせざるを得ない状況があるということになる。
相談をし解決する為には、王子たちやお兄様の力が必要なのだ。
「そうか。大変な思いをしながらも民の生活を守ってくれて、ありがとう」
「アルベルト様、とんでも御座いません。父が私欲のためにこのような状況にしてしまったのです。実際は港の情報がないので……分かりませんが……更に酷いのかも知れません」
「いや、ロベルトはやれる事を充分やってくれたと思う」
「そうだアルの言うとおり。ロベルトが手を打たなければ一気に状況が悪化していたかもしれない」
「僕も感謝するよ。ありがとう」
ロベルト様は拳を握りながら涙を堪えているようだった。
ソフィアはリラックス効果があるハーブティーを淹れて、一息入れるように促した。
「……ロベルト。父上に相談しようと思う。そして、今年の陛下の視察地にドルト公爵領を入れてもらうのはどうだろうか?」
「陛下にですか……」
「視察となればドルト公爵とて、領地経営を整えるだろう。治安悪化など以ての外だろうし……」
「陛下も宰相である父上も既にある程度は把握しているはずだ。今のロベルトの話を聞けば、きっと直ぐに対策を打たれる。ただ情報源がロベルトであることを外部には徹底的に隠さなければならない」
「ロベルトには兄上たち世代のドルト公爵領を盛り立ててもらわないといけないからね」
「アルベルト様。エドモンド様。シリウス様……ありがとうございます……私は家族から孤立した存在です。理解もできないし、してももらえない……しかし、今……本当に救われた思いです。心から感謝します」
「ロベルト!何度も言わせるな……私たちは友達であり、仲間だ」
トーマスの話を聞くと明日から二日、ドルト公爵は商談で首都を離れる予定だと言う。
では、明日の昼過ぎに陛下にご報告しようと決まり、ロベルトは報告書を準備することになった。
重い重圧から解放される希望が見えたせいか、ロベルトとトーマスはほっとした表情をしている。
「ソフィア~。エドお兄ちゃんはポップコーンが食べたい!」
「え~っ!もう食べれないのでは?」
「ポップコーンこそ、別腹だ!」
「分かりました。準備しますね」
「僕もあのフリフリをしたいんだ。ロベルトもやってみるといい。楽しいんだぞ!」
「私はレモンスカッシュが飲みたい」
「……分かりました。アルベルト様!ロベルト様も一緒に作りますか?ポップコーン!」
「ポップコーン……知らないものだが……やってみたい……かも」
「では、参りましょう」
ソフィアとエドモンド、ロベルトとトーマス、ステラを引き連れて厨房へ向かう。
残されたアルベルトとシリウス、バルトは今後の対策を話し合い始めた。