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王都より南に馬車で3日ほど移動する。

そこは港を有する広大なドルト公爵領。

領主たるドルト公爵の本邸では、連日パーティーやお茶会が繰り広げられていた。


「お母様。昨日のパーティーはお祖母様世代が多くて、つまらない話ばかりでしたわ」

「昨日?あぁ、仕方ないわね。昔からの高位貴族なんて、あんなものよ」

「何だかんだと教育係のような口調で、イライラしましてよ!」

「相手にしなければいいのよ。我が家は公爵家なのだから」

「そうですわね!イライラするなんて無駄なことでしたわ。私としたことが……」

「ガブリエラ。今日のパーティーは令息、令嬢ばかりよ」

「あらっ?では、お兄様も?」

「ロベルトは今日も領地内の視察。あの子にはしっかり働いてもらわないと」


普段から目に厳しい色合いが好きな母娘は、これまたギラギラする室内にて、今日も散財して過ごす話を高笑いしながらするのだった。


「ようこそ、ロベルト様」

「どうだ?最近の商売は……」

「それが……出稼ぎに来ていた者が……居なくなりました」

「居なくなった?」

「はい。実際は仕事がなくなったので、この地を離れたのですが……代わりにやってきた者はならず者ばかり……治安が悪いと……女子供はあまり外に出たがらないのです……」

「そうか、すまんな。直ぐに警備隊を増強する」

「ありがとうございます……どうか、お願い致します」


ここもか……ロベルトは馬車に戻ると唇を噛み締める。

ドルト公爵領に戻り、毎日のように視察をした……浮かない表情の領民たちを見ながら、話を聞く日々……ロベルトの心に何故?という疑問が渦巻き、やがて怒りの感情が湧き上がってきている。

「ロベルト様、予想よりも広い範囲に影響がありますね」

「あぁ。父上が潰した商会が、自領にこれだけ悪影響を及ぼすこと、予測しない訳がないだろうに……」

ドマフ商会は歴史のある大規模商会だった。王都には小さな支店を置いているだけだったが、領地ではドマフ商会に携わる仕事をしている者が多く居た。直接ではなくても間接的に影響を及ぼすのは想像に容易い。

商会勤めの客を相手にしていた、食堂や商店は客を失い、連鎖するように物価は上がる。

そればかりか、代わりに領地にやってきたのは、ならず者ばかりで治安は悪化……


何故だ!何故、父上はこのような馬鹿げたことをしたんだ!!


ドマフ商会最期の上層部だったクズ共は今も父上と繋がりがあるのを知っている。

切り捨てた人々の賃金を懐に入れる為、貿易の仲介は父上の手先になっている家に行わせていた。

一時期は輸入品の売り値が王都で上がり始めるほど大胆な愚行をしていたが、陛下や宰相の目が気になったのか……いつの間にか元には戻っているが……


領地経営をしろと言うばかりで、父上は港、貿易に関することは徹底的に秘密にしている。父上と側近だけが行い、外務大臣の職務に影響を与えない為と当然のように秘匿するのだ。


まったく筋が通らない話だが、自分にはまだ力も知識も足りていない……

領地に戻り、力不足を痛感し、尚更歯痒く思うロベルトは……今は自分のベストを尽くすだけだと気持ちを奮い立たせていた。


今まで働いていた人達の仕事を誰がやっているのか……

やらされている人がいるのか……それとも手抜きをして……、……ブルッ……背中に冷や汗が流れる。

こんな杜撰な貿易など直ぐに足元をすくわれるに違いない……

しかし、今は領民の生活が第一だ。安心して新年を迎えてもらわなければ。

何か……この状況を打開する方法を……




新年を迎えた。

ルルヴィーシュ公爵領では、大福なるお祝いのお菓子が大々的に振る舞われている。

紅白の大福や苺大福、豆大福、栗、さつまいも、胡麻、よもぎや生クリームまで……様々な大福が準備され、公爵家を訪れた貴族や有力者たちは勿論、各地域の管理者宅にも届けられた大福は領民たちにも配られた。


「大福は喜ばれたようね、うふふ」

「母上……これは大変な盛り上がりになりましたよ」

「あらっ、良かったでしょう?」

「良かったとは思います……が……厨房は疲れ切った料理人ばかりになっています」

「そうねぇ。負担を掛け過ぎてしまったわ。来年までには体制を整えないと」


厨房の一角には、炊き込みご飯を仕込むソフィアと生姜焼きの準備をしているステラの姿がある。アリーとサリーはソフィアに指示されたオレンジジュースをひたすら作っていた。

「お嬢様。オレンジジュースができました」

「まずは厨房の皆さんに配ってビタミン補給をしてもらって!」

「「ビタミン?」」

「オレンジジュースに入っている栄養素よ。疲労回復に効果があるの」

なるほどと頷く双子は直ぐに配り始める。

「疲労回復になりますから」

「疲れが癒えますよ」

聞いたばかりの知識を当然のように伝えながら、せっせと配り、早く飲むように促す様子は頼もしい。


ぐったりと作業台に突っ伏していた料理人たちの鼻先に、食欲をそそる、美味しそうな香りが漂ってきた。

「はっ!お食事の準備を!」

慌てて動こうとする料理人たち。

「大丈夫よ。今夜は私たちで準備するわ」

「そんな!お嬢様にご負担を掛けるようなことなど……」料理長は慌てている。

「皆さんは領民たちにお祝いのお菓子を準備してくれたでしょう?それに比べれば、負担でも何でもないわ。感謝の気持ちとでも言うのかしら」

「お嬢様……、お嬢様が一番お疲れでしょう?」

「うふふ。私には癒しのトリオが居ますもの。ほらっ、今もオレンジジュースを飲んではしゃいでいるわ」

普段、直接は調理に創生の魔法は使わないようにしていたソフィア。

一瞬で完成する食べ物は何となく味気ない気がしてしまう……きっと、サラの記憶によるものなのだろう……実際は、どちらも変わりなく美味しく出来上がるから……

しかし今回ばかりは使わざるを得なかった……領民に届けたいとのお母様の願いを叶えるために。

結果としてはそれでも足りず、料理人たちが疲労困憊となっているわけだが……


騎士団棟の厨房も本邸と変わらない有様である……

大福作りは公爵家総出で行われたのだ。

「料理長~そろそろ仕込みをしないと」

「あぁ、そうだなぁ」

何度目かの会話だ……しかし、さすがにもう時間がない……よし、やるか!と重い腰を上げた時

「「失礼します。オレンジジュースをどうぞ~」」

双子の明るい声がする。

「んっ?アリー、サリー、珍しいな」

「はい。お嬢様のおつかいです」

「そうです。疲労回復にビタミン補給をしてください」

「お嬢から?」

勧められるままにオレンジジュースを飲むと、爽やかな酸味が疲れた身体に心地よかった。

「今夜の夕食もお嬢様が準備なさっています」

「今日はゆっくりして欲しいとのことです」

「夕食まで?!そんな、お嬢だって疲れてるだろ?」

「ん~っ、もうすぐお嬢様がいらっしゃるので、それまでは休んでいてください」

申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、既に仕込みをしているなら、待つ他はない。


ソフィアは寸胴をいくつも乗せた荷車を騎士に引かせ、笑顔でやって来た。

「皆さん!お疲れ様です!!」

元気そうな様子に料理長はほっとする。

「お嬢~。どうして……お嬢だって疲れてるだろう?」

「あらっ、私は見てのとおり元気よ。今日のメニューは鶏肉としめじの炊き込みご飯、ニラと卵のスープ、そして豚肉の生姜焼き。デザートはフルーツ寒天ね。本邸にも準備して来たから、これは騎士棟分というだけだわ。あらっ?何かサラダもあった方が良かったかしら?」

「それは大丈夫っ!それより、貴重なお嬢の料理を……惜しげもなく……」

「ふふふっ、惜しむような料理ではないわ。皆にはスタミナをつけてもらわないと!」

次々と厨房に運び込まれた料理から、いい香りが漂う。

「生姜焼きだけはここで焼かせてね。騎士たちが来るまではもう少しあるかしら」

「それは、そうなんですが……」

「じゃあ、お茶でも飲んで休んでいましょう?あっ!!」

「えっ?!お嬢なにか?問題が?」

「ごめんなさい、違うの。私、ずっと、じゃがバターが食べたかったのだわ。皆さんにも付き合っていただくわね、うふふ」

「じゃがバター……」

鶏肉としめじの炊き込みご飯、ニラと卵のスープ、豚肉の生姜焼き……じゃがバター……

料理長はぶつぶつ繰り返しながら、ニヤニヤし始めた。

あれは疲れね……やはり皆、大変だったのだわ……じゃがいもはたくさん蒸かしてポテトサラダにしましょう。


ほくほくのじゃがいもには十字に切れ目が入り、バターがトロリと溶けている。

厨房では料理人たちが自分の前に置かれた、シンプルだが心躍る料理に夢中になっていた。疲れも忘れるようだと大袈裟なことを言いながら、好みで胡椒や醤油をかけてもいいと聞き、試している者もいる。

「お嬢。何で今までこの食べ方をしなかったか……俺は後悔してます」

「ふふふっ。美味しいでしょ?寒い季節にこのほかほかほくほくがいいのよ」

「これは騎士らが好きそうだな……」

「大人はおつまみにしたいんじゃない?子供はおやつかしらね」


そんな休憩を終えると、ポテトサラダも難なく仕上げ、じゃんじゃん生姜焼きを焼きあげて、ソフィアとステラは騎士棟を後にした。


「お嬢たちすげー!今日の料理、最高―!」

公爵夫人からの労いのお酒も加わり、その晩は遅くまで盛り上がるのだった。




時間は少し遡り……

日々、奮闘しているロベルトにシリウスから手紙が届いた。

時候の挨拶から始まる手紙には、約束どおりにさくらで皆で会おうと書かれていた。

ロベルトは一瞬呼吸を止めた……そして、もう一度読み直す……

間違いはなかった……あのダンスパーティーの日……ロベルトは家族には絶望したが、希望の仲間を得たのだ。忘れかけていた、それほど前のことでもないのに。そうだ、相談出来る人達が居る。そう思っただけで、心が軽くなる感じがした。

領地には父上よりも既に自分に期待をして、協力してくれる人達は少なからず居る。しかし、上に立つ人間として、どうすべきなのかを悩んでしまう場面はいくつもあった。経験値が足りない……焦りが募っていたのだ。

シリウスからの手紙には新年を迎えてからの日程が書かれていた。

何としても、無事に領民たちに新年を迎えさせ、さくらに向かわなければならない。

ロベルトの瞳には、力が漲っていた。




シリウスとソフィアは、新年を迎えたら一度、王都に行く予定でいた。さくらの様子が気になっている。

シリウスはアルベルトとさくらを訪れる約束があり、アルベルトはエドモンドに、シリウスはロベルトに連絡していた。

そして、ロベルトからは必ずさくらを訪れる旨の返事が届いてる。

「明日からあなたたちは王都に行くのねぇ」

「母上……父上と似てきましたね」

朝食の席には、明日から王都に行く兄妹にぐずぐず愚痴る母親がいた。

「お母様。お土産を買って来ますわ」

「あなたたちが居てくれる方がいいのだけれど……そうねぇ王家御用達の洋菓子店の……」

……母上……お土産は欲しいのですね……


コンコンコン。

「奥様。王家より荷が届いております」

食後のお茶で和んでいるとルーカスが恭しく運んで来る。

手紙を読んだお母様は

「アルベルト殿下滞在のお礼と言ったところね」

と手紙をお兄様に預ける。

それほど大きくない箱に入っている物の方が気になるらしく、いそいそと開けていた。

「んっ?!えっ?えっ!え―――っ!!」

とお母様には珍しい叫び声だった。

慌ててシリウスとソフィアが箱を覗く。

中には陛下、王妃、王子二人の家族の肖像画がある。つまり王家の肖像画、それ自体は珍しい物でもないのだが……

「ひっ?!」

「はっ?」

ソフィアとシリウスも声を上げた。

肖像画は向かって左から陛下、アルベルト殿下、エドモンド殿下、王妃と並んで座っている様子。問題は四人の膝の上だ……

陛下とアルベルト殿下の膝にはアルベルト殿下に贈った、青紫のような毛糸のひざ掛けが仲良く半分ずつ掛けられている。

エドモンド殿下と王妃の膝にはエドモンド殿下に贈った青緑のひざ掛けがこれも仲良く掛けられていた……

何で?

私の手編みなどと贈るのさえはばかられた、ひざ掛けが!王家で仲良く掛けている図などと!!意味がわからない……ありえない……いや、実在しているが……信じたくない!!

ソフィアは動揺を隠しきれない……

「シリウス!ソフィアを王家に奪われないようにするのよ!!いざとなったら逃げなさい!」

「はい。母上!」

お母様とお兄様も訳が分からないようだ。



箱の中から


― リリー。ごきげんよう~!

ソフィアからの贈り物は息子たちの宝物なの。ちょ~っと借りて、記録に残しました。これは、両家仲良しの証で~す!!

うふふっ。 エリーより ―


と能天気なカードがヒラリと落ちてきた。






いつも

読んでいただき、ありがとうございます。


作者名の表記を

ユーカリ➝eucaly

に変更しました。


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