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お父様とアルベルト様が王都に戻る日がやってきた。


昨夜、アルベルト様とお父様は

「時には王子が王都外の年越しを見届けるのも、ありだと思う」

「そうですな。私もお供いたしましょう」

などと……往生際悪く無駄な会話を繰り返していた。

周りは相手にせず、普段より豪華な夕食を楽しんでいたので……段々と諦めもついたようだ。


「ベン、殿下をしっかり城までお連れしてくださいね」

「分かっているさ。私は宰相、本邸が楽しかった分、しっかり努めるよ」

「それでこそルルヴィーシュ公爵。私も領地を守りますわ」

「ああ。リリー、皆を頼む」

「はい」


「シリウス。リリーとソフィアを頼んだぞ」

「父上。お任せください。父上はどうぞお身体を大切にしてください」

「わかった」


「ソフィア。頑張り過ぎないでくれよ。体調が心配だから……」

「はい、お父様。無理はしないとお約束します」

ソフィアを抱き上げたベンフォーレは娘とのしばしの別れを惜しんで、ぎゅうっと抱きしめた。


「アル。エドによろしくな」

「ああ、シリウス。世話になった。楽しい時間だったよ」

「何だよ、暗いな。楽しかったなら笑顔で帰れよ」

「そうだな。お土産も沢山もらったし、エドにも教えてやらないとな」

二人は軽くハグをし、親友同士の繋がりをみせる。


「ソフィア」

「はい、アルベルト様」

ベンフォーレから解放されたソフィアは、アルベルトに向き合った。

「楽しい時間をありがとう。寒さが厳しくなる時期、くれぐれも身体に気を付けてな。

夜更かしはいけない。睡眠時間をしっかりとって、食事も残さず食べて、身体を冷やさず……」

「ふふふっ。アルベルト様、分かっております。ご心配をお掛けしないよう健康第一に過ごしますわ」

「そ、そうか」

「はい」

アルベルトの手がうろうろと彷徨っている様子を見て……何かしら?……ソフィアは、こてんと首を傾げた……

背中をぐいっとシリウスに押され、前のめりにアルベルトの方へ倒れ込む。

慌てたアルベルトがソフィアを抱き留めると、そのままぎゅっと力が入る。

「す、すみません。アルベルト様」

「……ソフィア……、頼むから無理せずにいてくれ……」

心配が滲んだ、消え入るような声……

ソフィアは驚き、戸惑いを覚えたが……アルベルトの心がそのまま伝わってくるようで

「はい」と応えるのが精一杯だった。


アリーとサリーの元からシロがトテトテと走ってくる。

「おとーしゃま、シロはいいこにしましゅ。おとーしゃまもげんき、してくだしゃい」

「あぁ、シロ。いつもいい子だから安心しているよ。また、元気に会おうな」

アルベルト様に撫でられて、嬉しそうにしたシロはアリーとサリーの元へ戻り、再び二人と手を繋ぐ。シロも成長したようだ。


『『『アル~!ベン~!またね~!!』』』

ビビたちは上空からあっさりと見送りをしている。まぁ、彼らはいつでも会いに行けるので……そんなものだろう。


馬車に乗る直前、お父様に屈んでもらいフワッとマフラーを巻いた。

お父様はびっくりして一瞬停止していたが、ソフィアの手編みだと聞いて狂喜乱舞している。

「アルベルト様。こちらはアルベルト様に」

ソフィアはステラが持っていた箱をアルベルトに手渡す。

「私にもプレゼントが?」

「はい。殿下が使うには些か……というか私の手編みなど恥ずかしい限りなのですが……目立たない所で……もしよろしければ、使ってください。エドモンド様にもそうお伝えくださいね」

ステラはもう一つの箱をアルベルトの侍従に渡していた。

「ありがとうソフィア。大切にするよ」

先程までとは一転、嬉しそうに微笑んでいる。良かったわ。


ソフィアの横に並んだシリウスは自慢げにマフラーを巻いていた。そう、アルベルトが以前ソフィアの私室で目にした、編みかけだったマフラー。

でも今は、自分もソフィアの手編みのものを手にした喜びがある。だから羨ましくない。


アルベルトとベンフォーレは笑顔のまま、公爵家を出発した。多くの護衛、温泉施設の計画書、様々な思い出の品、プレゼントと共に。



カラカラカラ。順調に馬車は王都へ向かう。

目の前のベンフォーレは、マフラーを顔を埋めるように巻いて至福のひとときを味わっている。

アルベルトはソフィアにもらった箱を膝に置き、開けようかどうか悩んでいた。

開けたいのはやまやまだが、城の私室に着いてから一人で楽しみたい思いもある……

う、う~ん、悩ましい……

「ご覧にならないのですか?」

一緒の馬車に乗り込んだ侍従が聞いてくる。

「開ける!……開けるか?!……開けるぅ?」

侍従は苦笑いをし、口を噤んだ。

いや、落ち着こう。このまま一日我慢は無理だ……どうせ開けてしまう気がする。それなら、早く開けてしまった方がいい。よしっ。

アルベルトは綺麗に結ばれたブルーのリボンを解き、丁寧に蓋を開けた。

ベンフォーレがマフラーの隙間から密かに見ているのが気にはなったが……無視することにする。


青色の毛糸。かぎ針編みの美しいものが目に飛び込んできた。

あぁ、素晴らしい……少し紫かがった青がソフィアの髪色に見えた……

(ソフィアには全くその意図はないのだが……)

アルベルトはひと目で気に入ってしまった。そもそも気に入るもなにも、ソフィアが作ったものは宝物なのだが……

編み目の揃った綺麗なものは、ひざ掛けだった。


― 冷える季節にお風邪など召しませんように。ひざ掛けが、アルベルト様を温めることの役に立てれば幸いです。 ソフィア ―


嬉しいメッセージカードが入っていたのだ。

アルベルトの想像を軽く超える素晴らしさ

「ほんとうにソフィアは何でもできるのだな……」と思わず言葉が漏れた。

こっそり見ていたベンフォーレだったが

「我が娘ながら、何度も驚かされますね」

と言うと、再びマフラーにすりすりして嬉しそうにし始めている。

優しく広げて見たひざ掛けは、やはり美しく、手触りが良かった。男性用にとの気遣いからか大きさも充分でソフィアの負担を心配してしまう程だ。

ひざ掛けの下にはミントタブレットの補充品と煌びやかな紫の瓶が見える。そっと瓶を手に取り、蓋を開けると最近覚えた香りがする。ベルガモット……既にアルベルトとシリウスには届けられていたマッサージオイルだが、追加で準備してくれたようだ……これは持ち運びが便利なようにしてくれたのだな……ソフィアの細やかな気配りで、穏やかな気持ちが満ちてくる。

ありがとう、ソフィア。

アルベルトはひざ掛けを再び箱にしまい、マッサージオイルの瓶を内ポケットに入れた。




年越しの準備で公爵家は忙しくしている。

年始には貴族が挨拶に訪れる為、掃除も念入りに行われた。

また、お母様の強い要望で大福も大量に準備する事となり、中の餡を何にするかの検討会もあった。

そんな中、シリウスとソフィアは護衛の騎士を連れ、孤児院を訪れている。


「シリウス様。ソフィア様。ようこそおいでくださいました」


教会に併設された孤児院は牧師夫妻が主に管理・運営を行っていた。

住み込みで手伝っている者も居るが、大きな施設ではないうえ、子供たちの手伝いもあるので、アットホームな雰囲気がする。

公爵家からの援助で殆どを賄っている孤児院は、過不足がないか確認する必要があり、定期的に訪れる場所なのだ。


牧師夫妻と娘の三人が笑顔で出迎えをしてくれている。

「お邪魔する。暮れの忙しい時期になってすまないな」

「お久しぶりです。皆様、お変わりないかしら?」

「シリウス様、とんでもございません。子供たちは今日を、それはそれは楽しみにしていました」

「シリウス様、ソフィア様。お寒い中、ありがとうございます。さぁ、お早く中に入ってくださいませ。皆、元気にしておりますよ」


軽く急かされるように中に入ると、子供たちが並んで待っていてくれた。

「まぁ皆、大きくなったのね。元気そうで安心したわ。ねぇ、お兄様」

「そうだな。皆、困っていることはないか、今日はゆっくり聞かせてくれ」

下は2歳くらいから、大きくても8歳くらいの子供たちが嬉しそうにきらきらした瞳で

「は―い」と答えた。



「シリウス様。オセロ楽しいね」

「そうか、それは良かった。これは知力が必要だからな。勉強になるぞ」

王都で準備していたオセロ、領地で創ったおはじき。それに、竹とんぼやお手玉は子供たちにとても喜ばれた。

ある程度様子を見てから、ソフィアはステラと一緒に厨房に立つ。

やはり、子供人気は唐揚げだろうと生姜たっぷりのたれに漬け込んで、鶏肉を準備してきたのだ。様々な具材を準備して、おにぎりを握り綺麗に並べる。やはり冬は豚汁と思っているソフィアは野菜たっぷりのものを準備した。サラがスキー場で食べた記憶が強いのかも知れない……

だし巻き玉子も作り、どんどん食卓が準備された。


「は~い。皆、手を洗ってご飯にしましょう」

わ~っと、声を上げて子供たちが食堂にやって来た。

「うわ〜っっ、どれも見たことない~っ」

「すご~い、いい匂いがするぅ」

「はいはい。皆でお祈りして、いただきますね」

「は~い」


ふーふーと熱いのを冷ましながら、皆が美味しそうに食べている。ふふっ、良かったわ。

「お嬢様。お噂は届いておりましたが……さすが王都でお店を開いていらっしゃるだけございます。手際も見た目も味も一流でございますわ!」

「まぁまぁ、そんなに褒めてもらえて嬉しいわ。材料は多めに持って来たので、使ってくださいね」

「お、お嬢様。レ、レシピなんかは……」

大人しそうな牧師夫妻の娘がソフィアを見ている。

「もちろんレシピも書いて来ました。よかったら、参考にしてくださいませ」

「やったーっ!!」

一転して、娘は椅子から飛び上がって喜んだ。

「こらっ、はしたないぞ!」

牧師の叱責に、すみませんと顔を赤らめた娘はおずおずと椅子に座り直す。

「おねーちゃん。猫かぶりしてるのバレちゃったね!」

男の子の暴露を皮切りに食堂には笑い声が溢れた。


帰宅する時間になり、一人一人が感謝を伝えてくれた。シリウスは男の子たちにプレゼントを渡す。温かそうな毛糸の帽子と防寒着。「風邪ひいたりしないようにな」と声を掛けていた。

ソフィアは女の子たちに毛糸のマフラーと防寒着を渡している。

「何か困ったら、相談してね」

「ソフィア様、ありがとう。また、遊んでね」

「また来るわ。元気に過ごしてね」



皆から賑やかに見送られながら、笑顔で帰路に就いた。









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