48
朝食後、ジル様とルイは報告書を携えて王都に戻って行った。早く報告したくてうずうずしている……落ち着いて帰ってくれることを願うばかりだ……
「ソフィア。温泉の整備について話し合いがあるのだが、同席してくれないか」
「お父様。私でよろしければ喜んで」
「……、そこでルーカス、アリー、サリーにも……昔の話をしてもいいだろうか?」
「ええ。大丈夫です。皆、信頼する人達ですから」
「……そうか……。何か負担があれば直ぐに言うのだぞ!一人で悩むのはやめてくれ、これだけはお願いだ、ソフィア!」
「はい、お父様。分かっています」
談話室に集まったのはアルベルト様、両親、兄、バルトとステラ。ビビたちとシロ。そしてルーカス、アリー、サリー。
お父様から前世についての話を聞くと、ルーカスは目を見開き、姉妹は涙ぐんだ。
「「お嬢様……」」
「何も怖いことはないわアリー、サリー。サラというもう一人の記憶が残っているだけ。お陰で創生の魔法を活用できるのよ!この世界より進化しているものは役に立つかもしれないもの」
『僕たちも見てた世界だから、心配ないよ』
『『ね~!!』』
「……、そうですか。そうでございましたか、お嬢様。随分成長なされたとは思っておりましたが……」
「ああ。ルーカス、ソフィアは随分と頑張ってくれているのだ」
お兄様がぎゅうっと抱きしめてくれる。
アルベルト様は頭を撫でてくれた。
皆、心配してくれているのね……私はたくさんの愛情を受けているから、大丈夫なのに。
「心配はいらないですよ!私は今、幸せなのです。多くの知識が身について、この世界に還元できる魔法がある。私は希望に満ち溢れているのです。早く丈夫な身体を手に入れて、必ずや活躍してみせますわ!!」
「あらあら、ソフィアらしいわね。
さぁ、ソフィアもやる気みたいだし温泉について話しましょう」
お母様の一言で皆が気を引き締めた。
「温泉を引く経路は確保できるとして、どのような施設とするかも考えておかなければならない」
「そうねぇ。素晴らしい効果があると魔法省が判断したみたいだったし、領民たちが利用しやすい方がいいのではないかしら」
「かと言って、今ある共同浴場を温泉に切り変えるのは時期尚早ではないか?」
「ですね」「だろうな」
「あの。先ずは足湯として普及させたらどうでしょうか?」
「足湯?ソフィ。足湯とはどのようなものなのだ?」
「言葉どおり、足だけ湯に入れるのですが……全身の血流が良くなります。疲労回復に役立つと言われ、じんわり温めることによって、副交感神経が活性化され、関節痛や筋肉痛など痛みを和らげる効果も期待できます」ソフィアは顎に指先を添え思い出すように答えた。
「それに、規模も小さいので設置しやすいと思います」
「なるほど……。それならば比較的早く工事ができるな」うんうんと皆、頷いている。
「大規模なものを計画すると、今からの時期では難しい。それはじっくり準備するとして、先ずは足湯。いいかもしれないな」
「はい。配管はしっかり工事して、しばらくは湯量に影響がでないか、確認した方がいいと思うのです。失敗はできませんから……」
それからも足湯についての質問が続く。どうも想像するのが、難しいらしい……。この世界にないようなので、まぁそうなるのだろう。
ソフィアがふとビビたちを見ると、ニヤリとされる。あっ、もしかして、できる!?やった!!
『はい。ではルーカス。アリー、サリーはこちらへ』
戸惑った様子をみせたが、三人はビビの前へと出た。壁際にはトットとポポにより、またしてもどこからともなくスクリーンが準備されている。
『ルーカスは指輪。はい、嵌めて』
言われるままに嵌めると七色の石がルーカスの瞳の色に染まっていく。
「「わぁー!」」アリーとサリーはそれを見て歓声をあげる。そして、この部屋に居るメンバーの指や耳を見て気付いたらしい。
「私たちはピアスでも?」
『大丈夫だよぉ』
「ええ~。サリーどこがいいかしら?」
「同じ場所にする?」
「鏡、鏡……う~ん、悩むわね」
二人はキャッキャッと騒いでいる。うん、せっかくのピアスだものね。
なかなか決まらない二人にルーカスがイライラしだした……
「お前たち、殿下や旦那様たちをお待たせしているのだぞ!いい加減にしろ!!」
「うふふ。ルーカス、大丈夫よ。アリーもサリーもお年頃だし。それに、いくらお金を積んでも買えない、とっても貴重な石よ!!私たちはビビたちやソファアのお陰で着けられるのだもの、悩むのは当然よ!!殿下、そうでしょう?」
「あぁ、気にしなくてよい」
「殿下。奥様。ありがとうございます……皆様、申し訳ありません」ルーカスは溜息をつきつつ、甘やかして育てた覚えは無いのにどうしてこうも……とぶつぶつ言っている。ふふっ、普段は冷静沈着なルーカスもやっぱり父親なのね。
二人はようやく決まった場所にピアスを着け、ソフィアによる上映会の準備が整う。
サラは何度か足湯温泉に行っていた。
何処がいいかしら?一度、紅葉の中で楽しんだ温泉があったなぁ……そこにしよう!!
ソフィアは久しぶり、二回目の上映会に少し緊張しつつ、記憶を呼び起こすのだった。
「なるほど。足湯とはなかなか良さそうな設備だな」
「手軽に利用できそうだわ。御夫人方にも人気がでるのではないかしら」
「そうですね。ゆっくり会話を楽しんでいながら、身体にも良いとは素晴らしいと思います」
「父上が聞いたら飛んできそうだな」
皆、実際に様子が分かって納得している。
「……、お嬢様があのような世界をご存知とは……」
「お嬢様の知識は、やはり進んでいるのね」
「私たちのお嬢様は素晴らしい!」
……ルーカス親子は感想がズレているが、初めてだから仕方ないわね……。
お父様とお兄様、ルーカスとバルトは設計や資材についての打ち合わせを始めた。アルベルト様も相談役として参加している。シロはそんなおとーしゃまに付き添う。
アリーとサリーは興奮冷めやらず……。
このままでは他の使用人にばれてしまいそうなので、ハーブティーで一息つくことにした。
「ステラ。アリー、サリーもお掛けなさい。ソフィアの前世には刺激を受けるものね、うふふ」
「お嬢様。お疲れではありませんか」
「大丈夫よ、ステラ。ありがとう」
「ソフィア。あの……もみじと言っていたかしら?あの紅葉は綺麗ね~!あれほど真っ赤に染まるものは初めて見たわ~!」
「そう言えば、この世界でもみじは見ませんね。四季はあるのに、残念ですね。あらっ、でもカエデはありますよね。紅葉狩りはできるはずですわ」
「「もみじがり?」」
「そうです。秋になり紅葉する景色を楽しむのです。公園や郊外、森へ行かないとなかなか楽しめないでしょう?イチョウも黄色に色づいて綺麗です」
「なるほど」
「前世は観光地として訪れたりしていました。観光果樹園もありましたね」
「まぁ。植える木々によって観光地になるのね!果樹園とは収穫するのかしら?」
「そうです、お母様。収穫したてをその場で食べたり、お土産に持ち帰ったりと老若男女を問わず楽しめました」
「温泉だけでなく、領地に観光地を増やすのもいいわね」
お母様はそう言うと考え込んでいる。そして「ちょっとベンのとこに行ってくるわ」と席を立った。あら~っ、お母様の土魔法が疼いてしまったわ……
しばらくおしゃべりをして、ソフィアは私室に戻ると、今度は編み物に忙しい。
そう、アリーとサリーに言われたのだ……
アルベルト様がソフィアの部屋へ来た日。
「お嬢様!殿下に編み物をプレゼントなさいませ!!」
「はっ?アルベルト様に?……何故?」
「先程、殿下がいらした時、じっと羨ましそうに編みかけのマフラーが入った籠を見ていました」
「そうだったかしら?気のせいじゃない?アルベルト様がマフラーなくて困っている訳がないもの」
「お嬢様!そう言う理由ではございません。殿下はお嬢様が編んだ物が欲しいのです」
「ん~っ、そんな話は聞いていなくてよ」
「言う訳がありません。自分に編んでくれなどと」
「いいですか?!あれは色合いからみて、男物です」
「そうね。お兄様用だから」
「そうです。だから、殿下にもプレゼントするのです!!」
意味がわからない……。しかし、アリーとサリーは殿下が可哀想だとか、陰で泣いているとか、ものすごく欲しそうだったとあまりにも言うので……段々とそうなのかしらと刷り込まれた。編むとなれば、ちゃんと毛糸から吟味して、アルベルト様だけでなくエドお兄ちゃんにも編まなければならない。
……という訳で、ソフィアは忙しいのだ。
プレゼントすれば誰に見られるか分からないし、下手なものは渡せない。アルベルト様が帰るまでに二人分……なかなか大変だと思いつつ、色違いのひざ掛けを編むことにした。マフラーより人目につかないだろうとソフィアが思ったから。
「ステラ。あなたもアルベルト様に渡した方がいいと思う?」
「まぁ、そうですね。お嬢様がお渡しになれば、それはそれは喜んで大切になさるでしょうね」
「そんなに?!ステラもそう言うなら、頑張るわ……」
お兄様のマフラーは編みあがっていたが、アルベルト様のができるまでは渡すなとも言われた……。はぁ、兄的存在が多いと大変ね……時折、ストレッチを挟みつつソフィアは編み物に没頭するのだった。
その日の夜、ソフィアは肉まんを作った。熱々のものをトレーに乗せ、コンコン。
「お父様。ソフィアです」
直ぐに執務室の扉を開けたルーカスが驚いた顔をしている。
「どうした、ソフィア。こんな時間に!何かあったのか?」
ソフィアの持つトレーには10個ほど肉まんが乗っている。
「お父様。ルーカスも遅くまでお疲れ様でございます。肉まんを作ったので、夜食にどうぞ」
「あぁ、ありがとう。しかし、多くはないか?」
「よければ、これからやって来る梟さんにもと思いまして。外は寒いでしょうから」
二人はビクッとしてソフィアを見たが、にっこり笑って
「ビビたちから聞いたのです。忙しいようだと……、では、私はこれで」
ソフィアが退室しようとすると
「ソフィア。ありがとう。ゆっくりお休み」
お父様が微笑んでいた。
「はい。おやすみなさいませ」
「旦那様。お嬢様はなんと素晴らしい心根の持ち主で御座いましょう」
「あぁ、無理はさせたくないと気を付けているのだが……既に様々な経験値があるからな……まだまだ子供でよいのに……」
その直ぐ後。
執務室を訪れた梟は報告を済ませると仲間の肉まんを懐に抱えて、再び闇夜に帰って行った。