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翌日の朝、ソフィアは爽やかに目覚めることができた。疲れも残ってはいない。
ビビたちに癒されながら眠ったお陰だろうと感謝する。
正直、昨日は張り切りすぎたと自分でも反省していたのだ。
朝のまだひんやりした空気の中、温泉に向かう人達が集まっている。すれ違う騎士たちが何故かニコニコしていて、ソフィアは首を傾げた……んっ?何だろう?
今日は馬での移動になる。
公爵家は家族総出。アルベルト様、ジル様とルイ。ビビたち、クマ兄弟を含めた騎士団員となかなかの人数。
シロはお留守番になったので、うさたんを胸に、アリーに抱いてもらっている。サリーも横から頭を撫でていた。
「シロ。うさたんをよろしくね!」
「ゔぅ―ゔ―」なかなか涙が止まらない様子のシロを可哀想だと思いつつも、今日は連れて行けない……アリーとサリーにお願いをして、その場を離れた。
お父様の方へ行くと……
恒例行事が始まっていた……はぁぁ。
「今日は私がソフィアを乗せて行く。公爵もシリウスも忙しいだろうからな」
「いえいえ。アルベルト様。ここは父親の私が乗せていくのが当然でしょう」
「父上は調査の指揮があるでしょう?ならば兄の私が乗せるべきです」
「シリウス!私は王城に帰ったら、ソフィアと会えなくなるのだぞ!」
「私も一緒ですから、条件は同じです。私もしばらく会えなくなるのだ、シリウス!」
「そうは言っても、一緒に居る時間が長い私の方が、ソフィアも安心するでしょう?」
「「何だと――!!」」
あぁ、もぅ。これは無理してでも自分で行った方がいいのではないかしら……
お母様のイライラも爆発しそうになる中……
「お話中、大変恐縮なのですが……
お嬢様と同乗する御役目をどうか私に与えてくださいませんか」
深く頭を下げて申し出てくれたのは騎士団長だった!!ぉお―!
「あっら~っ、それはいいわね!騎士団長の馬は大きくてしっかりしているし、何より安全だわ~!ソフィア、そうしなさい!」
「はい、お母様。
騎士団長。どうぞ宜しくお願いします!」
「有り難き幸せ、しっかり努めさせていただきます」
「「「ゔぐっ!!」」」
お父様たちは不思議な音を発したが、お母様のひと睨みにより戦意喪失した。
騎士団長は自らの前にソフィアを横向きに座らせると、難なく馬を操りながら進んで行く。
森の入口までは公爵家の広大な庭を走るので、各自バラバラと走っていた。
騎士団長の馬は艶やかな漆黒の青毛馬、大きくてとても存在感がある。それに跨る騎士団長も凛々しく勇ましい風格だ。
「お嬢様。昨夜はありがとうございました」
「いいえ。少しでもお役に立てていたならよろしいのですが……」
「もちろんです!今朝は私をはじめ騎士たちがすっきりと目覚められました」
「まぁ、本当ですか?良かったですわ!
とんかつは脂質が多いですが……ビタミンが豊富で疲労回復の効果があるのです。
騎士の皆さんはエネルギーも必要でしょうから!」
「なるほど。お嬢様は広い知識をお持ちなのですね。マッサージも女性のものとしか認識していませんでしたが……実際このように効果があると、我々も日頃の体調維持に活かさなければと思います」
「そうですね。皆さんは筋肉の疲労が溜まりやすいでしょうから。朝のストレッチや入浴後のマッサージは効果があるかもしれません。少しマッサージオイルを塗って行った方が負担がないでしょうから……何か良いものを考えてみます」
「そのようなことまで……よろしいのですか?」
「もちろんですわ!ルルヴィーシュ領は皆さんの力で守られているのです。それに比べれば些末なこと……女性のように花の香りというのは嫌でしょうからね、うふふ」
「まぁ、確かに。騎士棟が花畑のようでは困りますね……ははは」
やっと森の入口に着き、隊列になって進み始めた。ビビたちやクマ兄弟への挨拶なのか、動物たちがちょこちょこ姿を見せてくれる。可愛らしい。
途中から横道に逸れ、道が細くなった。ここから先は騎士団が整備してくれたのだろう。樹木の密度も高くなり、少し暗く感じるほどだ。しばらくすると、今度はぱっと視界が開ける。水の音が聞こえはじめ、動物たちが温泉にしているエリアが近づく。
なるほど……本当に動物たちの温泉としてしか使われていないようだ。やはり、源泉から人間の生活エリアまで管で引くのがベストだろう。
目的地に着き、馬から下ろしてもらうとジル様とルイがやって来る。
「ソフィア様。もう一度、直接成分分析をお願いできますか?」
「はい。大丈夫です。」二人の後について、源泉付近までやって来た。もうもうと湯気が上がり、温度が高いことが分かる。
「これは先日のデータです。違いがないか確認してください」
ソフィアはデータを見ながら、成分分析の為に創生の魔法を使った。
「……、間違いないです」
「ありがとうございます。これはやはり……」
「?!何か問題があるのですか。」
「いいえ違います。この大陸には昔から温泉における理想の成分表というのがあります。現在確認できている温泉では、どれも当てはまりませんでした。それ故、あくまでも理想とされていたのです。しかし、この温泉は実に理想に近いのです!まさかここまで酷似することがと……現存するのかと私は驚いたのです!!」
「まぁ、そうなのですね!素晴らしいですわ!」そういえば、図書館から借りた本にも確かにそのようなことが書いてあった。
「まさに黄金比率の成分!」
「ジル様に見せてもらって、私も何度も確認するほどでした!!」
珍しく、魔法省二人のテンションが高い。
「明日、私たちは一足先に王都に戻り、陛下への報告を致します」
「そうなのですね」
「アルベルト様と私は、温泉を引く計画書を作ってから戻ることになる」
いつの間にか側にお父様が居た。
それにしても、黄金比率……これは健康にいいってことよね……何て喜ばしい!!
でも、それならば……尚更気を付けて計画しなければならないわ……
どこから、温泉を引けば影響が少ないか。
動物たちの温泉温度を維持するには。
様々に考えながら調査は進む。この世界に写真があったなら……どんなにいいだろうと思ったが……皆、鉛筆が便利で役に立つと言ってくれていた。
トットは上空から、お母様の調査結果と見比べて指示を出している。ビビは動物たちに温泉の改良について、要望がないかの聞き取りだ。ポポは地形の傾斜についてお父様やお兄様、アルベルト様と調査中。
手が空いているソフィアは周りを気にしつつステラと一緒に準備する。こっそり持って来た卵を籠に入れて、とぽんと温泉に入れたのだ。んっ~、どの位なのかしら?今日はしっかり白身が固まらないと食べにくいわね……
バルトとステラに頼んだ人数分の卵。この世界で初めての温泉卵だ!!ほんとはとろっとしたのを食べたいが、今日は我慢しよう。
もうそろそろかなと籠を上げ、火傷しないように殻を剥く……ぉお、いい感じではないだろうか!全ての籠を上げて冷ましていると、調査終了の知らせがあった。
ステラと一緒に籠を抱えて行く
「ソフィ。それは何だ?」
「卵だな。どうしたのだ?」
「アルベルト様。お兄様。温泉卵ですわ!」
「「温泉卵?」」
「はい。どうぞ皆さん食べてください!殻を剥いて、塩をかけてから。あっ、塩はこちらです。火傷しないでくださいね!」
ざわざわとした中、皆に卵を配る。
「さぁ。お父様とお母様もどうぞ!今日は固ゆで卵になってますが、温泉に浸けて作りました」
「温泉に浸けて?卵を?」
この世界にない文化だったようだ。
「お嬢様。温かいうえに、塩によって抜群に美味いです!」
「小腹が空いていたので、嬉しいご馳走ですよ!」
「ありがとうございます!」
騎士たちが口々にお礼を言う。ふふっ、卵を浸けてただけなのに、こんなに感謝されて申し訳ないくらいだ。
「ソフィア。これは……、昔から知っていたものか?」
「(昔……?)あぁ、はい。そうです。今日はしっかり固まってますが、浸す時間によって違ってきます。お父様。いかがですか?」
「あぁ、浸すだけなら誰でも出来そうだな。それに、この自然の中で食べるのはとても美味しい」
帰り道。騎士団長に聞いてみる。ずっと気になっていたのだ。
「騎士の皆さんは以前から肉まんを知っていたのですか?」
「あぁ、ははっ。騎士たちの間ではお嬢様の料理は有名なのですよ。」
「えっっ!!そうなのですか?」
「ええ。公爵家の騎士団と国家騎士団は合同訓練もありますし、友誼を結んでいる者も多いですからね。休みでさくらに行ったと言っている者もおります」
「さくらに……」
「お嬢様の作る料理は斬新で健康によい。そしてとても美味しいのだと評判なのです」
「えっ、何だか褒めすぎではないですか?」
「そんなことはありません。私も昨夜、体験しましたから。間違いありませんでした」
「……ありがとうございます」
そうか、テオやローラの頑張りが広まりつつあるのね!とっても嬉しいわ!!
「ところで、騎士団長にはお子様がいらっしゃいましたよね?」
「はい。男女の双子でシリウス様と同じ10歳になります。しかし、シリウス様やソフィア様のようにしっかりはしていません。喧嘩をして、騒がしいばかり……妻は毎日愚痴を零しております、はぁ……」
「あらっ、騎士団長の言う事も聞かないなんて大物ですわね!ぜひ会ってみたいわ」
「いやいや、恥ずかしくて……お嬢様の前になど」
「でも、お兄様と同じ歳なら今後も繋がりがあるでしょう?機会があれば、お願いしたいですわ」
「そうですね……わかりました。今日から厳しく躾ます!」
「ふふっ。そんな必要はありませんよ」
無事に屋敷に着き、騎士団長にお礼を言うとソフィアは私室に戻った。
やるべき事があるのだ。アリーとサリーに言われて、間に合うように頑張っている。
はぁぁ、本当に必要かしら?でも、やるからには心して!!
まずはシロを甘やかして、ソフィアは取り組むのだった。