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「ルルヴィーシュ家は領地に戻ったか。
ふん。馬鹿め。この時期の王都に居る者が王家に近づけるというのに。
ガブリエラには再び王城に通わせる。」
「では、奥様とロベルト様に領地へお戻りいただくとの事でよろしいですか。」
「ああ。ロベルトにはしっかり領地経営をさせよ。妻は……どうせ勝手にパーティーでもするだろうからな。」
「はい、かしこまりました。では、手配いたします。」
ドルト公爵の側近は静かに執務室を後にする。
『ソフィア~!ちょっと領地の森に行ってくるー!!』
「ポポ、森に?王都邸より遥かに広いけど……奥まで行くの?!」
『大丈夫だよ、ソフィア~!みんな、もう集まって来てるんだ!』
「みんな?ビビ、みんなって……?」
『あれだよ!ソフィア、こっちの窓から見て!!』
トットが窓から見えるギリギリのところ、黒く蠢く何かを見ている。
も、もしかして……。
『みんな、守護する者たちに挨拶に来てるんだ。つまり行かなきゃいけないの。』
「そ、そうなの。ビビ、トット、ポポ。気を付けて……。」
『『『は~い!!夕食までには帰るからね~!』』』
三人は窓からぴょ~~~んっと飛び立ち、あっという間に小さくなっていった。
公爵領に着いて三日が経った。
お母様は仕事に忙しく、お兄様も学びながら手伝っている。ソフィアは厨房に居たり、図書室に行ったり。
後は本邸の使用人たちにも!と化粧品や簡単な薬を創ったり、それなりに忙しくしている。
「お嬢様。せっかく戻ってらしたのですから、少しのんびりしてくださいませ。」
「そうですよ。今日はステラ様もお休みですし、疲れが出て寝込んでしまわれますよ。」
今日のソフィアの側には専属メイドのアリーとサリーが控えている。
二人は本邸家令、ルーカスの双子の娘。
一卵性双生児でとてもよく似ている。
さすがに身近な人間には区別がつくのだが、分かりやすくするためか前髪の分け方が違う。姉アリーは艶やかな黒の前髪を右に流しているのに対し、妹サリーは同じ黒の前髪を左に流している。瞳は二人共にココアブラウン。可愛らしい雰囲気の双子は15歳、とても仲が良く休みの日もいつも一緒に居るのだ。
「アリー、サリー。お母様もお兄様もお仕事をなさってるのに……私だけのんびりなんて……出来ないわ。」
「お嬢様は真面目ですからね。」
「私とアリーはお父様が忙しくしてても気になりませんのに。」
「「ねー!!」」……ふふ。仲良しはいいけれど、ルーカスが可哀想ね……。
「では、私室で出来ることにしましょうか。アリーとサリーは編み物は得意だったかしら?」
「「うぐっ!!」」
んっ?苦手?
「お嬢様。私たちはあまり編み物をする機会なく、過ごしてきたというか…何というか……。」
「そうなのです。学ぶ機会がなかったというか…他が忙しかったというか……。」
「つまり苦手なのね?」
「「…はい。その通りです……。」」
「では、せっかくですから一緒に学びましょう?私、マフラーや手袋、ひざ掛けくらいは編めるわよ!」
「まぁ、お嬢様。素晴らしい!」
「アリー!早速準備しましょう!」
二人は道具と毛糸の準備をと、廊下に出て行った。
「シロ。おいで。」
最初は人見知りしている様子だったシロもだんだん慣れてきた。
ソフィアの寝室にずっと置いてあった、薄いピンク色、シロがちょうど抱っこできるサイズのうさぎのぬいぐるみを妹のように可愛がっている。
「ソフィア。うさたん、おんぶしゅる。」
「はい。じゃあ、シロは後ろ向いてね。」
シロから『うさたん』を預かって、シロの背中におんぶさせる。シロのうさたん専用おんぶ紐で固定すると、シロは嬉しそうにしてぴょんぴょん飛び跳ねた。
可愛らしい様子に癒されていると、アリーとサリーが戻って来る。
三人でソファに座り、毛糸を選ぶ。
「お嬢様は何を編まれるのですか?」
「そうねえ。お兄様にマフラーとお母様にはひざ掛け。お父様にもマフラーを編んで、送って差し上げたいわ。」
「うっ、そんなに。」
「アリーは何を?」
「私は……、何がいいでしょう?お嬢様。」
「ふふ。まずはマフラーから編んでみたら?」
「お嬢様。私もマフラーからにします!」
「なら、両親に二人でプレゼントしたらどうかしら?」
「「!はい、そうします!!」」
アリーが父親のルーカスに、サリーが母親にと決まった。
予想以上に編めなかった二人に教えつつ、
ソフィアは小さいながらも一生懸命に手を動かし、丁寧に仕上げていく。
いつの間にかシロはうさたんと、ソファの上でお昼寝していた。
王城。ドルト公爵家の控え室にはガブリエラが居た。
窓から外を眺め、王子たちの姿を探す。
「どうして!!こんなに会えないことあるかしら?ちょっとあなた、王子たちの日程調べて来てよ!」
声を掛けられた侍女はビクッとして困った様子をみせる。
「ちょっと聞いてるの?早く行きなさい!」
「…お嬢様……。それは…ちょっと、難しいのですが。」
「城の使用人に片っ端から聞いて来ればいいじゃない!ほら、早くしなさいよ!」
侍女はおどおどしながらも、仕方なさそうに部屋を出て行った。
侍女はどうしようかとウロウロしていた……戻るに戻れず、かと言って使用人に聞くのもはばかられた……動揺していたせいか、気付くのが遅れる。
護衛と宰相を連れた陛下が角を曲がりやって来る。慌てて頭を下げたが、明らかに城の使用人と違う制服、驚いている様子が目についた。
「こんなところに貴族の使用人か?その制服はドルト公爵家だな。」
侍女はウロウロしているうちに、随分と奥の方に入り込んでしまったらしい。鋭くベンフォーレに指摘されビクビクとしている。
「ドルト公爵家だと?」陛下も声をあげた。
「も、も、申し訳ございません……。迷ってしまいまして……。」
「何処に行くつもりだった。」
「あの……、…。」
侍女は動揺のあまり声が出せない。
「公爵の付き人ではあるまい。誰に付いている。」
「お、お嬢様の…ガブリエラ様の侍女でございます。」
陛下とベンフォーレは顔を見合わせた。
はぁ、と息を吐き
「ガブリエラ嬢が来ているのか?」
ベンフォーレが尋ねると
「はい。」と小さい声で返事があった。
「ベン。ドルト公爵とガブリエラを呼べ。」
「かしこまりました。」
侍女は護衛の一人に連れられて、控え室に戻された。
王城、会議室の一室に国王陛下と宰相、外務大臣のドルト公爵と娘のガブリエラが居た。護衛も壁際にずらりと並んでいる。
「陛下。私と娘、ガブリエラに御用件とは何でございましょう。ドルト公爵家として全力で当たらせていただきます。」
「ふむ。最近、貿易港の方はどうだ?」
「はい。順調でございます。国外からの輸入も増えておりますので、年越しの王都は例年になく賑わうでしょう。」
「ほう。それは楽しみだな。
ところで、ガブリエラは何故ここに居る?」
「はい。今年は特に勉強させようと王都に残しました。他の令嬢たちが領地で休んでいる間も、自分は努力したいとの本人の意思でございます。」
チラリとベンフォーレを見遣り、ふんっと勝ち誇った顔をする。
「なるほど勉強を、か。では、何故城に居る必要があるのだ。」
「屋敷には妻も息子もおりません故、幼い娘が安心できるよう私の側にと思いまして。」
「自ら努力したいと残ったのに、屋敷に居るのが不安なのか…随分と甘い決意だな。
それに、我は屋敷で勉強させよと言った。」
「そ、それは……申し訳ございません。」
ドルト公爵は一転、慌てて頭を下げる。
「お父様。勉強ではなく、王子たちと仲良くなれるように城にいるのではなくて?
勉強よりも重要な事でございましょう?
それなのになかなか王子と会えなくて、先程も侍女に探しに行かせたのですわ。私がせっかく仲良くしようとしてるのに。」
陛下のこめかみにピキっと青筋が浮かぶ。
「ガ、、ガブリエラ!!」
……、……。
「ドルト公爵。二度も言うのが忌々しいが……娘をしっかり教育せよ。
我が呼ばぬ限り城には連れて来るな!!
いいな!!」
「か、かしこまりまして、ございます。
陛下、申し訳ございません。娘は幼いがゆえに……」
「うるさい!!黙れ!貴様もしばらく我の前に顔を見せるな!!」
会議室にはがっくりと項垂れたドルト公爵とガブリエラが残された。
「陛下は短気ね。そもそもなんで怒られるの?
お父様、王子たちの予定って分からないの?ねぇ、お父様!
ソフィアを出し抜くチャンスでしょう?
私の方が綺麗だし、話す機会さえあれば大丈夫なのよ!
お父様?お父様ってばっ!!」
「ガブリエラ……少し黙ってくれ…。」
「ベン。輸入は順調だとヤツは言っていたな。」
「ああ。しかし、輸入品の市場価格が上がっていて、ドマフ商会は潰れた…。
そしてドルト公爵の息のかかった家が輸入品仲介に入っている。ドマフ商会の上層部だった者はその家に出入りしているらしい。」
「仕入れ値は変わらないのに、値段を吊り上げているのか。」
「おそらく……。何も知らない下の者を切るために倒産して、楽に利益を上昇させる為の会社にしたのだろう。」
『『『ソフィア~!!ただいま~!』』』
ビビたちがいつもの光と共に戻って来た……
何故かムキムキの屈強そうなクマを二頭連れて……。
「おかえりなさい…。あの、どちらのクマさんたちかしら?」
ビ 『発表します!!公爵領の森を管理する事になった二人です!』
ト 『今後は公爵家の騎士団とも協力したいそうです!』
ポ 『名前は、クマごろう!クマじろう!です!!』
「ソフィア様。双子の兄、クマごろうでございます。今後は森を守りつつ公爵家の警備に尽力いたします。どうぞよろしくお願いします。」
「弟のクマじろうです。兄と力を合わせて、精一杯頑張ります。ソフィア様!よろしくお願い致します!」
二人はこげ茶色の毛並みだが、兄の方が少し濃い色をしている。
そして、ビビたちと同じく七色のようなピアスを兄は右耳。弟は左耳にしていた。
兄がごろうで弟がじろう……、
不思議だなと思ったがきっと名付けはビビたちだろう……なにせ、ごろうじろうは日本的だ……。
何はともあれ、守護する者が決めた事。
きっと必要だと判断しての事だから、受け入れるしかない。
「クマごろう!クマじろう!
ソフィアです。
これから宜しくお願いしますね。そうだわ!夕食を共にしてお母様やお兄様たちにも紹介しましょう!」
驚いて固まっていたアリーとサリーに手配を頼む。二人は慌てて準備に向かい、程なくして夕食が始まった。
母、兄、公爵家騎士団長、そして、ソフィアとシロ、ビビ、トット、ポポ、
クマごろう、クマじろうが席に着き、
ルーカスと休みを切り上げたバルトとステラの二人。アリーとサリーが後ろに控えていた。
「クマごろうとクマじろうはずっと森で育ったの?」
お母様が聞くとクマごろうが答える。
――ちなみに、二人には何とか着れる服を用意した。後日、騎士団に準じた騎士服を用意する――
「はい。私たち双子の先祖は代々公爵家の森で生命を繋いできております。」
「そう。森で何か不足している物はなくて?」
「もちろんです。公爵家の森は自然が無駄に壊されることもなく、豊かな森ですので。」
クマじろうは嬉しそうに答えた。
「屋敷に近いところで暮らしているのか?」
お兄様の質問に
「「温泉の近くに寝床があります!!」」
と二人が言った。
!!!!!お、温泉???!!
今、温泉って言った?森に温泉あるの??
人間たちは驚いているが……。
『いい温泉だったよねぇ。トットはしゃいでたもんね。』
『何よ。ビビだって耳でバシャバシャしてたじゃない。』
『湯量も豊富で気持ちよかったね~!僕、明日も行きたい!』
ビビたちは堪能して来たらしい。
「ビ、ビビ!温泉が森にあるの?」
『あれっ?ソフィアたち知らないんだ。あ~っ、ちょっと途中の道がないからかなぁ。』
『そうね。人には分かりづらいかもね~。』
『こっちまで、引けるんじゃない?ソフィアなら。』
『『『そうだね~!!』』』
「騎士団長!ルーカス!知っていて?」
「いいえ。」
「奥様。私も存じませんでした。」
「シリウス!ベンに連絡しなくては!」
「母上。分かりました。急ぎ、手紙を。」
『何か大変なんだね。僕、手紙置いてこようか?』
「ポポ。行ってくれるの?」
『だって、一瞬だし。パパッと行ってくるよ。ソフィアも行く?』
「えっ?私も行けるの?」
『ソフィアなら大丈夫だよ!』
「ソフィア。お願いするわ。一緒に行ってベンから返事をもらって来てちょうだい!」
「お母様。分かりました。」
夕食後。
お母様の手紙を携え、聞き取った温泉の位置も地図に印して、ソフィアとポポは光と共に消えた。
突然、光の中から愛する娘とポポが飛び出して来てびっくりするベンフォーレ。
それは屋敷の執務室に居た時だった。