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王家主催のダンスパーティーまで一週間と迫ってきたこの日。
アルベルト様とエドモンド様がルルヴィーシュ公爵家にやって来ている。というか……逃げて来ていた。
「はぁ……毎日毎日パーティーの準備で騒がしいし、挨拶の勉強だとうるさいし、早く終わってほしいよ。」
「兄上は僕を囮にして、直ぐに逃げようとするではないですか。」
「一緒に連れて来ただろう?」
「まぁ、今日は感謝しますが……。」
「アル。エド、お疲れ様。」
「おとーしゃま。エドおにーしゃま、おちゅかれさまでしゅ。にくまんどうじょ!」
「アルベルト様。エドお兄ちゃん。
外は風が冷たかったでしょう?肉まんで温まってくださいね。」
「そうだ。肉まんはソフィの新作だが、美味いぞ!」
屋敷の談話室は王子たちの訪問により、わいわいと賑やかだ。ビビたちももちろん肉まんにかぶりついてるし、バルトやステラも巻き込んでおやつ時間になっていた。
「最近ドルト家のガブリエラが、城内を我が物顔で闊歩しているようだ。
ほんとだな!これは美味いぞ!……!!
護衛に頼んであるから私もエドモンドも鉢合うことはないのだが、あまりにも目に余ると陛下も気にしてるらしい。」
「あぁ。父上も仰っていた。騎士団にも夕食を提供したいとごり押ししたとか……。」
「まぁ。ガブリエラ様もお料理なさるのね?凄いわ!」
「……違うよ、ソフィア。作ったのはドルト家の料理人たち。ガブリエラは恩着せがましく、ドルト公爵家の豪華な料理を提供してあげたと騎士たちに威圧的に接しているだけだ。」
「……そうなのですか。不思議なことをなさるのですね?」
「ソフィにはない感覚だろうね。勝手に偉くなったつもりになっているんだよ、ガブリエラは。」
「最近はダンスパーティーにも出席させたいとドルト公爵が言っているよ。」
「はっ?意味が分からないな。アルたちに会わせたいからか?」
「多分ね……僕は絶対にごめんだ。」
「ガブリエラを出席させるなら当然兄のロベルトもだろうし、そうなったらシリウスとソフィアもだろう?」
「断固拒否だな!社交デビュー前から面倒事に巻き込まれたくない!!」
「まぁ、あと一週間しかないし実現はしないだろうさ。」
そうだな、そうね、と笑いながら話を終えたのだったが……
「シリウス。ソフィア。
今度のダンスパーティーだが、参加してもらう……。」
日中、ないなと言っていた話をお父様が夕食時に話し出す。
「……、はぁぁ。ドルト家ですか?理由は何と?」
「フランシル公爵家のオリビアが婚約したのだから、三大公爵家が揃って祝うべき……だそうだ。」
「陛下はそれに了承を?」
「アレクは、最近のドルト家の横柄な態度を諌める機会と捉えているようだ。」
「……、そうですか……ならば参加せざるを得ないですね……。」
「すまんな、シリウス。ソフィアも時間がないが頼んだぞ。」
「お父様。心配は要りません。ルルヴィーシュ公爵家に恥じぬよう、しっかり務めます。」
「ふふっ。そうですよ、ベン。シリウスもソフィアも心配要らないわ。
それよりドレスね!シリウス、ソフィア!
明日は仕立て屋と打ち合わせよ!
ふふっふふふふふ。完璧な姿に仕上げてみせるわ!!お―――っほほほ!」
お母様、怖いです……。
母上……。
次の日からダンスパーティーに向けて、怒涛の日々が始まる。ダンスの練習。
貴族名鑑を読み込んで、参加者の情報もできる限り詰め込む。体調管理も忘れず、睡眠時間はしっかり確保。時間をみつけ栄養ドリンクを創り、公爵家一丸となって一週間を乗り切った。
当日……。
朝からピカピカに磨き上げられたリリアンヌとソフィア。昨夜はパックも特別仕様でしておいた。お母様が試行錯誤し、ソフィアも協力したネイルも完璧。百合の花を立体的に描き出せるまで進化している。王妃様は薔薇の花にしたそうだ。
落ち着いた紫色のドレスのリリアンヌ。ソフィアはスカイブルー、兄の髪色と同じだ。
シリウスはソフィアの髪色と同じ、光沢があり光の加減で紫とも青とも見える。
ベンフォーレは黒、あちこちに繊細なシルバーの刺繍が施され優雅な雰囲気。
今日はルルヴィーシュ公爵家当主として参加するよう陛下から言われたらしい。
四人で馬車に乗り込んで王城に向かう。
会場に呼び込まれ、大広間に入ると、煌びやかなシャンデリアの下に華やかに着飾った貴族たちが出揃っている。
どの貴族も今シーズン最後のダンスパーティーに気合いを入れているのは明らかだったが、ルルヴィーシュ公爵家の優雅で高潔な雰囲気には及ばなかった。
「ぉお。流石!」
「ソフィア嬢にお会いするのは初めてだが、何と可憐な!」
「シリウス様もソフィア様も既にデビューしているかのような落ち着き!」
「絵になる公爵家の皆様ですわ!」
貴族たちの囁きがそこかしこで聞こえる。
と……フランシル公爵とオリビア様、婚約者の侯爵家令息がやって来た。
「この度は婚約おめでとう。オリビアもそんな歳なのかと驚いてしまうよ。」
「「「おめでとうございます。」」」
「ふふっ。ありがとうございます、おじ様!ソフィアも直ぐにそんな歳?になりますわよ!」
「うぐっ!……ソ、ソフィアはまだまだ幼いぞ!」
「ベンフォーレ。そう慌てるな!確かにまだ時間はある……がいつかはくるな。はははっ。」
そんな会話で楽しく過ごしていたのたが、ビリビリと視線を感じる……恐る恐る見てみるとドルト公爵一家。
ロベルトはソフィアに気付きぺこりと頭を下げたが、公爵、公爵夫人、ガブリエラは血走った目でこちらを見ていた。
こ、怖い、怖すぎる……。ヒィィー。
その時、王族の入場を知らせるラッパの音。皆、入口に向きなおり頭を下げた。
コツコツと足音が鳴り響き、席に着いたところで
「皆の者、楽にしてくれ。
今シーズン、締め括りのダンスパーティーを開催する。
主催として有意義な時間を提供したいと思うと同時に、交流の中では生産的な話を期待している。
今宵が楽しい時間となるように!!」
陛下の声が響く。
今シーズンデビューした貴族たちが中央に出ると、奏でられる音楽に合わせて踊り始めた。次々と踊る人数も増えていく。
王族への挨拶が始まると、
フランシル公爵家が最初に向かい、改めて婚約のお祝いを伝えられていた。
オリビアお姉様!すごく幸せそう!!
ルルヴィーシュ公爵家が続くと
「ソフィア。初めてで緊張していないか?」と心配された。
「陛下、本日はありがとうございます。このような華やかな場所に御招き頂き、感謝申し上げます。今日は見聞を広めるべく過ごさせていただきます。」
「そうか。ソフィアと話したがっている者も多いからな。」陛下の護衛として少し後に控えている騎士団長も「うん。」と一度頷いている。
「シリウス。お疲れ様。やっぱりこうなったな……。」
「アル、ベルト殿下。そうですね。詳しい事は後ほど……ゆっくり。
エドモンド殿下。ご機嫌麗しゅうございます。」
「ありがとう。シリウス様、また後で。」
「リリアンヌ、ソフィア。いらっしゃい。
ほら、見て!昨日はパックしたし、ネイルも!!」王妃様は輝く笑顔で迎えてくれた。
「ふふっ。王妃様。後ほど私のもお見せしますわ。」
「陛下。それでは、そろそろ失礼します。」
「あぁ。ベンフォーレも今日は楽しんでくれ!」
ルルヴィーシュ公爵家の後はドルト公爵家だ。ゆっくりしていると、また睨まれる。
「陛下。今宵はドルト公爵家のロベルトとガブリエラを連れて参りました。
嫡子のロベルトは優秀でして、将来は必ずや殿下たちのお力になるでしょう。」
「ロベルトにございます。本日は御招きに預かり、ありがとうございます。」
「うむ。歓迎する。」
「こちらはガブリエラ。見ての通り容姿に恵まれ、淑女となるべく日々成長しております。」皆、隠しきれず眉間に皺を寄せる。
今日のガブリエラは真紅の髪をグルグルに縦ロール。ドレスの赤と同じ薔薇の花の髪飾りを派手に飾り付けている。そして極めつけは化粧。大人と同じようにバッチリしっかり塗っている。そう、施してるのではなく塗りたくっている。
……誰がOK出したのか……夫人の顔を見ても同じようなレベルだったので、ドルト家の方針か……。
「陛下。王妃。アルベルト様!エドモンド様!ガブリエラでございますわ。やっと出逢えましたわね!!あらっ、団長!先日の料理、またいつでも提供いたしますわね。おほほほ。」
ガブリエラ、先ずは陛下にご挨拶だ!それに殿下とお呼びしなさい!
ロベルトが小声で注意するが、ガブリエラには通じない……。そして父親も……。
「アルベルト様とエドモンド様にガブリエラは会いたがっていたのです。今宵はダンスの相手でもしてやってください。」
「そうですわ。王妃様!我がドルト公爵家で化粧品を開発しましたの!それを使えばお美しくなれましてよ!」母親も通じないらしい……ロベルトは一人青くなり、頭を下げた。
すっと、陛下が立ち上がる。
「ドルト公爵は随分と偉くなったのだな。
初めて会う王子たちに、娘は馴れ馴れしい態度。
王妃にはまるで今は美しくないような言い方をする、夫人。
そ、れ、に、ダンスを踊れだと?!
貴様に指図される覚えはない!!
騎士団にも今後、余計な邪魔はするな!」
はっ!!
「へ、陛下。申し訳ございません。娘をお見せできる喜びで、舞い上がっておりました。どうか、どうかお許しください。」
深々と頭を下げるドルト公爵に
「ドルト家の次期公爵よりも礼儀を知らない娘が大事とはな!!散々娘の参加を望むからには、さぞ素晴らしい令嬢かと思いきや何を教育している!城に連れて来る前に屋敷で勉強をさせろ!!もう、よい!下がれ!!」
と言い放った。
「「「申し訳ございません。」」」と
謝る一家の中で、ガブリエラだけは何で?と不思議そうな顔をしていた。
ドルト公爵の件でざわついたパーティーもその後は穏やかに進行している。
皆が挨拶を終え、シリウスとソフィアのところにアルベルトとエドモンドがやって来た。
「お疲れ様~。」
「アルベルト殿下。エドモンド殿下。お疲れ様でした。」
「はぁぁ。想像以上に酷かったなア、レ!」
「ロベルトが気の毒になったよ、僕……。」
「二人は初めてだからな。もっと幼い頃からああだった。恐ろしいくらいだよ。」
三人がはぁぁと再びため息をついていると、
ロベルトがやって来て深々と頭を下げた。
「アルベルト殿下。エドモンド殿下。
申し訳ございませんでした。我が家族の事で御不快な思いをさせてしまいました。
心よりお詫び申し上げます。」
「ロベルト……。分かってるから大丈夫だ。それよりお前の方が大変だろう……。
ここで一緒にひと息ついて行け。」
「アルベルト殿下……。」
「ロベルト様、そうですわ。このお菓子とても美味しゅうございました。さぁ、御一緒にどうぞ!」
「ソフィア嬢、ありがとうございます。貴方は妹と同じ歳なのに……。」
「ほら。座れ、ロベルト。ソフィ曰く、ストレスは健康の敵だそうだ!」
大広間の端の一角、華やかな音楽が聞こえる
ソファの設置してある場所。
そこで静かにお茶会が始まった。