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「さくら」がオープンした。
初日は混雑で厨房は大慌てだったが、二週間経ってようやく流れも落ち着いた。
お昼の開店前には10人程が並んでくれているらしく、テオとローラは毎日メニューを考えるのが楽しいと言っている。
社交界では今年最後のダンスパーティーの話題が中心になっている。
王家主催の豪華な締めくくり。
頻繁に化粧品の問い合わせがあるようで、お母様に頼まれた分については創っている。
シロはメイドさんごっこブーム。
「おじょーさま。このけしょーひんはおくしゃまにとどけましゅか?」
「シロ、お願いね。」
「かしゅこまりゅましゅた。」
ふふ。ステラとソフィアでメイド服を作ってあげたところ、シロはますますやる気になってしまった……。
シロはステラとお母様の元へ向かったので、
ソフィア一人で紅茶を淹れる。
『ソフィア僕たちのもー!』ポポが光ともにやって来た。ビビとトットも直ぐに来る。
ビ 『ソフィア~。冬はどうするの~?今年も公爵領に行くの?』
ト 『今まではソフィアを森から見送ってたけど、今年は一緒に行けるよね?』
「そうねぇ。まだお父様たちと話してないけど……一緒に行きたい?」
ト 『行かなきゃいけないんじゃないの?』
「お母様のように仕事がある訳ではないから
……。王都よりはのんびり過ごすことになるわ。」
『『『ふーん。ソフィアが居るとこに、一緒でいい!』』』
久しぶりに家族揃っての夕食。
最近の両親は忙しいのだ。
「ソフィア。ジルが騎士団長からサッカーのルールについて問われたと言っていてな。」
「はい。」
「ジルでは分からないところもあるらしい。一度、騎士団に行ってみてくれないか。」
「勿論構いませんが、前世のルールでよいのですか?」
「騎士たちがすっかり夢中なようだ。訓練後に対戦したりしている。ルールブックも皆、読み込んでいて、走力、持久力が付きそうだと団長も言っている。そのまま採用しても問題ないだろう。」
「分かりました。日程をお知らせくだされば大丈夫です。」
「すまないな。」
「ソフィア。私もネイルのことで相談したいのよ。」
「お母様。仰っていた試作品できたのですか?」
「そうなの。でも、やっぱり思い通りに発色しなくて……。」
―――
――
『ソフィアは王都に居ると、ゆっくりできないよね。』
『ビビもそう思う?もう少し成長して体力が付けば、魔法も楽になるのにね。』
『ビビ、トット。
やっぱり冬は公爵領に行って、のんびりしようよ!』
うんうん、そうしようとビビたちは話をしていた。
騎士に説明するには、どうにも不自然になるので発案者はソフィアと伝えることにした。
読書好きの公爵令嬢が異国の本からヒントを得たという体である。
朝からパンツスタイル(乗馬用)にポニーテールで気合い充分。この時期、コートを羽織れば分からないのが助かる。料理長が差し入れにと、沢山のパウンドケーキを準備してくれていた。公爵家のパウンドケーキは美味しいのだ!
ビビたちをバスケットに入れ、見てるだけにしてねと何度も念を押すと、おやつたっぷりくれるならと言われた。普段も好きなだけ食べてるのに、貰えてないような口振り……いやいや、あげるけども……いつも通りね。
シロが付いて行けなくて不満そうだったので、メイドさん留守を任せていいかしら?と言えば「おまかしぇください。」と張り切り出した。ごめんね、シロ……。
今日は騎士団の施設入口まで馬車だ。お父様が許可を取ってくれていた。お兄様、バルト、ビビたち、ステラで馬車を降りると、
アレン隊長と第一騎士団の騎士二人が迎えてくれている。
「お待ちしておりました。」
「アレン隊長。お邪魔する。」
「アレン隊長。今日は宜しくお願い致します。」
お兄様に続き挨拶すると、アレン隊長は嬉しそうな笑顔で応えてくれ
「あのサッカーなるものが、ソフィア嬢の発案と聞いて皆、驚きました。さくらの料理にも関わられ、サッカーまでも!!
第一騎士団では毎日話題にしているほどです。」
「ははっ、恐れ入ります。」
「ジル長官とルイ様も来ておりますので、さぁ、参りましょう。」
アレン隊長に続き、施設内に入って行く。
今日はお兄様も鍛練着にスニーカー姿。勿論アルベルト様、エドモンド様にもスニーカーを創った。騎士たちに創って、お兄様たちに無いなど……黙っている訳がない。
ソフィア、バルト、ステラの分もある。
トコトコと騎士たちの側を通っていく。
ザワザワしてる中……
「あの女の子が発案者だって?あははっ。笑わせてくれる。」
「おぃ、聞こえるだろ。声を抑えろ。」
「はっ、いいじゃないか。どうせ宰相様に恩を売ってこいとでも言われてんじゃないの?」
「兄妹揃って強かなのかね、ははは。」
「あんな格好して、見本でも示してくれるんじゃないか?楽しみだな。」
兄は拳を握りしめていたが、外仕様なので、詰め寄って行ったりはしない。ソフィアも勿論気にしていない。生まれ育った環境や現在の派閥の状況がある。考え方は様々だろう。
しかし、一番怒りに震えたのはアレン隊長で、声がした方を鋭い眼光で睨んでいる。
「アレン隊長。大丈夫ですわ。皆それぞれ立場も考えも違いますもの。私たちは気にしておりません。ご心配ありがとうございます。」
アレン隊長は眉尻を下げて申し訳なさそうだった。
団長室で一息ついて、訓練場に出た。
ラインを引きゴールも設置され、ルールどおり2チームが試合をしている。
ボールの蹴り方が丁寧で、あまり飛ばせていないのが気になった。騎士たちが思いっきり蹴り飛ばしても大丈夫なように創ってあるのだが、まだおっかなびっくりなのだろう。それなのに楽しんでくれているならば、もっと鍛練にもなるように上達して欲しい。
休憩になったところで、お兄様とパスをしてボールを蹴り始める。サラは病弱ではあったが運動は得意で体育はいつも5、クラス代表のリレー選手にも選ばれていた。
ソフィアはまだ身体が小さいが身体の使い方と体重移動、バランスを考えて動けば、それなりにボールを蹴りばせると分かっていた。サラの経験値がある。
少しずつ兄と距離を置いてパスを繰り返す。よし、いけそう!!
「お兄様!ゴール前へ!シュートです!」
ソフィアは走り出した兄に向けて思いっきりボールを蹴り飛ばした……予想以上にポーンと高く上がったボールは兄の少し前まで真っ直ぐに飛んで行った。全力で走り込んだ兄は思いっきり足を振り抜く……先程のイラつきも乗っかったようなボールは勢いよくゴールに突き刺さった。
「お兄様!ナイスシュート!」
ソフィアが駆け寄ると抱き上げクルクルと回される。兄の顔は満面の笑みだ……ふふ、ストレス発散したようね。
……、……おお―――!!お――!すげー!!!
「えっ?」後ろを振り返ると休憩中の騎士たちが叫んでいた。
あんなに小さい身体であそこまで飛ばしたぞ!
あんなふうにパスしてシュートか!!
もっと練習しようぜ!
それからは兄も混ざりながら試合をした。ソフィアは審判のように走り、騎士たちの質問に答える。ちょこちょこ休憩を挟みながら、水分補給をし差し入れお菓子も食べた。さすが公爵家のパウンドケーキ!こんなに美味しいのは初めてだと褒めてもらえたので、料理長に報告しなければ!とソフィアも嬉しく思った。
あっという間に昼食の時間になる。
もう大丈夫だろうとジル様とルイに言ってもらえたので、終始じっと見守っていたアーサー団長に挨拶に向かう。丁度、騎士団施設からジャック副団長も出てきたところだ。
「アーサー団長、ジャック副団長。無事にルールも理解できたようですし、シリウス様とソフィア様はこれで……。」ジル様が帰宅を促すように言ってくれたところ
「いや。いや待ってください。是非とも昼食を召し上がっていただきたいのです。」
ジャック副団長が慌てて言っている。
「実は騎士団の料理長からも願いが出ておりまして。是非ともアドバイスをもらいたいと申しております。」
「アドバイス?ですか……。」
「はい。その、さくらの料理にソフィア嬢が関わられていると聞いておりまして……。料理長が噂を聞き付けて定食なるものをいただいたようです。それで、いたく感動したそうで何がなんでもこの機会に厨房にもお越しいただきたいと言っております。」
あらっ、嬉しいけれど随分と噂が早いですわね。あっ、第一騎士団!そうだったわ……。
「ソフィア。どうする?」
「さくらにお越しいただき、気に入っていただいたのでしたら光栄ですわ。アドバイスなどと恐れ多いですけれど、お話させていただけるのは嬉しいことです。」
「ありがとうございます。是非とも皆様!!さぁ、こちらにどうぞ。」
ジャック副団長はほっとしている。
ソフィアはこてんと首を傾げて……もしかして、料理長って怖い人なの?と不思議に思った。
ははっ、まったくと小さい声がする……と、アーサー団長だった。ソフィアが見ている様子に気づくと
「すまないな、ソフィア嬢。ジャックと料理長、あぁバロンというのですが……幼なじみでして、ジャック夫妻の仲を取り持ってやったものですからジャックはバロンに弱いのです。」
「まぁ。そうですの。料理長が怖い方なのかと疑ってしまいました、ふふっ。」
アーサー団長はソフィアの言葉を聞いて更に可笑しそうに笑っていた。
ソフィアたちは控え室を借り、汚れた服を着替えてから食堂に入って行く。
用意されていた席に座ると、今日の騎士団の昼食が運ばれて来た。
ボリュームたっぷり厚切りベーコンのソースがけ、サラダ、オニオンスープ、パンと騎士たちも満腹になるメニューだ。味付けもしっかりしていて、身体を動かす騎士たちに合っている。ソフィアは前もって少なめにとお願いしていたから、食べきれた量だ。
食後に紅茶をいただきながら団長、副団長と話しをしている食堂の一角、調理服を身に着けてはいるが、がっちりした体型の男性がやって来る。
「初めまして。本日はありがとうございます。騎士団料理長を拝命しておりますバロンと申します。」少し緊張した様子をしているのがバロンのようだ。
「ルルヴィーシュ公爵家のシリウスだ。今日は美味しい昼食をいただいた。ありがとう。」
「妹のソフィアです。私も美味しくいただきました。ご馳走様でございます。」
バロンはソフィアを見てポカンとしている。
ぽんっ
「バロン。さくらの料理はソフィア嬢のレシピだぞ。可憐な御令嬢で驚くだろうが……間違いない、しっかりしろ。」
バロンの肩を叩きながらアレン隊長がやって来た。
「ソフィア嬢!サッカーの腕前も素晴らしいものでした。シリウス様とソフィア嬢。兄妹揃ってなんとご立派なのかと今日も驚かせてもらいましたよ!」
「アレン隊長は大袈裟ですわ。また、差し入れに参りますわね、ふふっ。」
はっ!とバロンが我に返ったようにしている。今の会話で目の前の
思ったより小さく、華奢で繊細な雰囲気の令嬢がソフィアだと理解できたようだ。
「失礼しました。私は先日さくらで定食をいただき、あの旨味溢れる丁寧な料理に感動したのです。是非とも何かアドバイスをいただけないかと、図々しくもお願いに参りました。」
「そんな風に言っていただけて、光栄です。具体的にと言われますと、今日は何も準備がないのですが、よろしければ厨房にお邪魔しても?」
「はい、勿論です。むさ苦しいかもしれませんが、お許しください。」
ソフィアは兄に合図して、ステラを伴いバロンの後に付いて行く。
厨房では、後片付けを終えたばかりの料理人が10人ほど残っていた。
「何をお知りになりたいですか?」
「実は……サチヨの店にも寄って、使われていると言われたものも買って来たのです。」
見ると一通り全て買って来ている……料理長……本気ね。では、応えなくては!!
「では味噌汁の出汁と味噌汁、だし巻き玉子。ボリュームある物では、生姜焼きに唐揚げとチーズ入りハンバーグでどうでしょう?」
「そんなに?!教えていただけるのですか?」
「はい。食から健康になってもらう為にさくらでも様々な料理を作っています。普及するのはいい事ですわ。」
ソフィアはステラにお兄様への言付けを頼む。思ったより時間がかかりそうになったからだ。
「さぁ、それでは始めましょう。」
当然ながらだし巻き玉子で皆、熱くなりどんどん玉子が増えていく。
途中で料理長に夕食は大丈夫かと聞いたが、作った物を並べると言われた……味噌汁は野菜たっぷりけんちん汁にしようかな……。
浅漬けも作るか……まだまだ、だし巻き玉子に納得しないようだ。
何とか夕食までにはけりをつけて、ワンプレートに生姜焼き、唐揚げ、ミニチーズ入りハンバーグ。浅漬けにだし巻き玉子。けんちん汁とステラとソフィアで握った焼きおにぎり(ちなみに醤油である)が今日の夕食になった。はぁ、やっと終わったわ。
ゾロゾロと食堂にやって来る騎士たちに料理を渡して、再びお昼のメンバーで夕食となった。お兄様とバルト。ジル様とルイもせっかくの機会だからと、午後も騎士団で視察のような事をして過ごしたらしい。ビビたちは騎士団の控え室に居たため、ステラに料理を運んでもらったりしていた。食べ物ないと、騒ぎそうだもんね……気をつけないと……。
初めてのメニューに不思議そうにしていた騎士たちも、食べ始めたと同時に満足そうな声を上げ出した。
「料理長―!コレなんだ?美味いな!」
「随分、豪勢だがどうした?」
「チーズがトロトロで入ってるぞ!美味い!」
ガヤガヤする中、アーサー団長とジャック副団長も食事を始める。
「!これが、バロンが言っていた味か!!」
「玉子の中から旨味が出てくる!」
「ソフィア様。今日の唐揚げは、また違った味付けなのですね!今日のも美味しいです!」
「私もさくらに行ってみたいです!」
まずまずだったかな?良かった……。
安心したところにバロンがやって来た。
「ソフィア様。ありがとうございました。今日の夕食はことのほか好評です。あのように丁寧に教えていただき、感謝致します。」
「いいえ。私もこのように騎士団の皆様に食べていただける機会に感謝しています。基本的な事しかできませんでしたが、様々にアレンジしてみてくださいませ。」
「はい。精進致します。」
バロンと微笑み合い、沢山の見送りを受けながら、暗くなってしまった公爵家への道を急いで帰る。
馬車の中でビビたちから不満をぶちまけられながら……
屋敷ではシロが不機嫌にしているだろうと思うソフィアだった……はぁ。