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魔法省長官室。
ソフィアは生育に適した土についての成分分析を報告した。
薬草からの抽出方法は担当者たちが検討中らしい。
「ソフィア様。陛下からサッカーボールを預かりました。魔法省から騎士団に提供することになるようなのですが……。」
「そうですか。わかりました。できれば、サッカー用に靴も改良したいのですが……。騎士たちの靴では、扱いにくいと思います。試しに創ってみたいのですが、よろしいでしょうか。」
「はい。是非、拝見したいです。」
ジル様とルイで手際良く材料を準備してくれる。
今日は久しぶりの魔法省訪問だった。
各部屋の前を通り過ぎる際、挨拶をしてまわったが、皆が鉛筆を楽しそうに削っている様子に驚いた。他の人のものと区別する為か、名前を彫っていたり、リボンを結んでいたり、キャップを作っていたりと様々。
消耗品なのに、大切にしてくれていて感動する。
今日も忘れず創ってきて、本当に良かった。
赤と青の鉛筆も定番だろう!とのソフィアの考えにより、沢山持ってきた。
騎士たちの靴のサイズって、どうなのかしら?と悩んでいたが、支給した記録があるので心配いらないらしい。
サッカー選手ではないし、多目的に使えた方がいいよね。スニーカーのようなデザインにしよう!
普及する際にどんどんお洒落になればいいなと思いながら創った。
まずはジル様とルイにと創って、履いてもらう。
「どうです?痛いとかないですか?」
「大丈夫です。軽いですね?」
「滑らないような靴底と履きやすさに驚きました。」
「ふふ。良かったです。少し動いてみてください。」
「では、散歩に行きましょう。魔法省の周辺の森は初めてではないですか?」
「はい。嬉しいです、ジル様。」
サッカーボールを持って行く。魔法省の裏側には芝生の広場があり、野草やハーブの畑も広がっていた。時折吹き抜ける風で草花が波打つ中、職員たちが手入れをしている姿も見える。
魔法省に着いてから姿が見えなかったビビたちが、芝生でのんびりしている様子があった……自由……。
ソフィアたちに気付くと、駆け寄って来て
『『『ボール遊び~!』』』とサッカーボールを奪われる。
「ジル様。ルイ。すみません、一緒に遊んでスニーカーの具合をみてもらえますか?」
「スニーカーというのですね。わかりました。」
二人はビビたちの輪の中に入って行った。
芝生に置かれているベンチに座り、控えているステラと一緒に皆の様子を眺める。
太陽は高くなってきていたが、緑生い茂る大きな枝の陰にあるベンチは暑くなかった。
いつもはお兄様たちと遊んでいるビビたちなので、大人の、しかもスラッと背の高い紳士二人と居る姿が新鮮。でも、ボール遊びをしている……ふふ、不思議な景色。
しばらく経つと、皆がソフィアの元に戻って来た。
「いかがでした?」
「はい。ボールを蹴っても痛くなく、動きやすいので運動に適しているとよく分かりました。」
「私もです。いつもより足が軽くて、楽でした。」ジル様とルイ、二人の感触は良さそう!良かった!!
『『『ソフィア!喉乾いた~!!』』』
こういう時の三人はいつも息ぴったり!
「中に入って、ジュースでもどうぞ。」
ジル様がそう言ってくれると、ビビたちは喜んで建物に向かって行った。
ソフィアたちはどのようにスニーカーを創っていくかを話しつつ、ビビたちの後を辿って戻る。
魔法省の食堂。ソフィアは鉛筆の他に、今日もお土産を持って来た。
公爵家お馴染みのアイスクリーム。職員の数が多いので、バニラアイスクリームだけにしたのだが、正解だった。
せっかくなので炭酸水を作り、クリームソーダにする。職員たちの昼食デザートにしてもらおうと厨房スタッフにも手伝ってもらい、先に味見をと頼んだら喜んでいた。今日の食用色素はブルー。目でも涼しい。
バニラアイスクリームがのった、初めての飲み物は好評のようだ。
ビビ・トット・ポポは青い飲み物が気に入ったようで
ビ 『毎日飲みたい!』
ト 『シュワシュワ大好き!』
ポ 『僕の魔力が回復する!!』などと言っている。ポポのは適当な発言だな……まったく……。
ジル様とルイも気に入ってくれたようで、
美しい飲み物?デザート?ですねぇ。
運動後には最高です!と言ってくれた。
後は騎士たちのスニーカー準備の打ち合わせがあるのだが……サッカーのルールを伝えるべきか、否かという点についてソフィアは悩んでいた。
ボール自体は、それなりにソフィアが知る前世のものに近い完成品だと思うのだが、何もソフィアが知る前世どおりにルールを決める必要はない。
ジル様たちに相談すると、参考資料としてルールを教えて欲しいと言う。後はトレーニングに役立つよう、騎士団に任せる事になった。
ルールを書き出し、スニーカーをある程度創って、今日は終了。
ちょっと疲れたわ……。ジル様と一緒に魔法省を出ようとすると、多くの職員たちが見送りに来てくれていた。皆、お土産の御礼を伝えてくれる。
「皆様が喜んでくださったのなら、それだけで充分ですわ。次回お会いするまで健やかにお過ごしくださいね。」
ソフィアがにっこり微笑んで挨拶すると、
ほわぁ~と謎の声がホールに響き、皆小さく手を振っている。ソフィアは職員たちと距離が縮まったようで嬉しかった。
王城のジル様の長官室に戻ると、留守番の職員と共にお父様が待っていた。
今日はステラとビビたち、ソフィアで来たのだ。
「お帰り、ソフィア。」
「お父様。只今戻りました。お仕事はどうなされたのでしょう。」
「はは。今日はもう終わりだ。一緒に帰ろう。」
「まぁ、嬉しいです。ありがとうございます、お父様!」
ベンフォーレはソフィアを抱き上げ、疲れただろうと背中をさすってくれる。
流石は父親。ソフィアの疲れを見抜いたようだ……。
ジル様に挨拶をして、お父様とステラ、ソフィアの三人で馬車に向かっている。
ビビたちはお父様が一緒なのに安心して、先に帰って行った。
秋も近いこの時期は夕暮れも早まってきている。足早に帰ろうとしていると
「おやおや、宰相。お早いお帰りですなぁ。」後ろからのいや~な声……。
「これはこれはドルト外務大臣。このような場所でいかがされましたか。」
お父様はソフィアを抱きながら、振り向きざまに言った。何故いつも一緒なのか不思議だが……ガブリエラも居る。
「なんと!身体が弱いソフィア嬢が一緒とは!王城になど連れてこず、屋敷で大切になされた方がよいのでは?」
「いやいや。心配には及ばない。今日は陛下から、是非とも!とソフィアが呼ばれていたのでな。陛下の要望に充分応えた娘を私が甘やかしているだけなのだ。」
お父様……煽らないほうが……。
ギリッと歯を食いしばったドルト公爵が見えた……やっぱり……。
「陛下の要望とは?」
「それは言えませんな。内々の頼みですから。」
ますますドルト公爵の顔が歪む。
「それより、ガブリエラ嬢はどうなされた?よくお見かけしますが、勉強の時間は夜にでも?
この時間からでは大変ですな。流石ドルト公爵家。厳しく教育なされていますな。
我が公爵家で真似すれば、私が屋敷の者から叱られますわ。ははは。」
ガブリエラの貼り付けた笑顔も引きつっている。
お互い睨み合いが続きそうだった中
「あれっ?皆、揃ってどうしたんだい?」
全く空気を気にしない明るい声がした。
声の出どころは……フランシル公爵!!
隣には
「オリビアお姉様!」
ソフィアは思わず叫んでしまう。お父様から下ろしてもらい駆け寄ると、両手を広げて抱きしめてくれた。
フランシル公爵家はこの国の三大公爵家の一つ。そう。
ルルヴィーシュ公爵家、ドルト公爵家、フランシル公爵家がこのドリエントル国の三大公爵家になる。
フランシル公爵は陛下やお父様たちより世代が上になる。若い頃からフランシル公爵に教えを受けていた陛下、お父様は頭が上がらないらしい。
オリビアはフランシル公爵の娘でソフィアがお姉様と呼ぶほど大好きな人だった。
今年17歳になるオリビアは幼なじみの侯爵家令息と婚約したと聞いている。
オリビアには兄がおり、次期公爵として父に付いて勉強中。
フランシル公爵家は元来学者タイプの者が多く、非常に優秀。フランシル公爵も鉱石の研究を若い頃からしており、現在は鉱山大臣となって国の鉱山を一手に研究・管理している。
「オリビアお姉様!御婚約おめでとうございます!!」
「まぁ、ソフィア。ありがとう。
ソフィアはますます可憐になって、顔色も良くなった気がするわ。」
「ふふ。お姉様!最近は前より元気に過ごせているのです。お姉様は美しさに磨きがかかって輝いて見えますわ!!」
「あらあら。ソフィアも成長して言葉が巧みになったこと。」
「オリビア。ソフィアの言う事は本当だよ。幸せが表れてるのかもしれないな。
婚約、おめでとう。」
「ルルヴィーシュ公爵閣下。ありがとうございます。」
「あはは。以前のようにおじ様と呼んでくれ!」
すっかり場の雰囲気が変わり、ドルト公爵とガブリエラは我々は急ぎますので、と帰って行った。
ドルト公爵は年上世代のフランシル公爵が苦手らしい。
「ソフィア。久しぶりだなぁ。」
フランシル公爵にひょいっと抱き上げられる。
「フランシルおじ様。お会いできて嬉しいですわ。」
ソフィアはニコニコと笑顔を見せていると、
頭を撫でて微笑んでいたフランシルおじ様が「おやっ?」とソフィアのペンダントを見ていた。魔法省への鍵となっているペンダント。鉱石の研究をしていて、魔力が豊富なおじ様には違いが分かるのかもしれない。
おじ様自身が鍵を持っている可能性もある。
ドキドキし始めたソフィアに
「不思議なピアスもしているね。」
と追い討ちをかけるような呟きが聞こえた。
ビクリとしたソフィアの反応に、再び頭を撫で始めたおじ様。
優しく微笑んで、大丈夫だと言っているようだった。
「ベンフォーレ。ソフィアに大変な事はないかい?忙しい思いをしているのでは?」
どこまで知ったのかは分からないが、何かを悟ったらしいおじ様は、お父様を見ている。
「フランシル様。お気遣いありがとうございます。大丈夫です。陛下もソフィアの体調を第一になさってくれますゆえ。」
「そうか。私で力になれるなら、いつでも言ってくれ。今度、ゆっくり食事しよう。」
「はい。」
ソフィアは黙って聞いていた。
オリビアはステラに気付いて、駆け寄っている。
「ステラ~、久しぶりね!変わりないかしら?バルトも元気にしてる?」
オリビア、ステラ、バルトは同じ歳。
オリビアが社交や婚約の準備で忙しくなる前は、ルルヴィーシュ公爵家によく遊びに来ていた。
「オリビア!婚約おめでとう!!良かったわね、私も嬉しいわ!」
オリビアとステラは楽しそうにはしゃいでいて、コソコソと
「バルトとステラはどうなの?」と聞こえたが、ステラは焦ったように
「そ、そんな、まだまだ。私は……まだ。」と言っていた。恥ずかしそうにしている姿が可愛らしい。
それぞれ暫し雑談を交わし、近いうちに食事を共にすることを約束して別れた。
馬車の中。お父様の膝の上でコクンコクンと眠そうにしているソフィア。お父様が眠っていいよと言ってくれたのを遠くに聞きながら、ソフィアは眠りにおちた。
ソフィアを抱きながら、ベンフォーレは屋敷に入る。出迎えたローレン。
「ドルト家がソフィアの登城に探りを入れてくるかもしれない。今後の事もあるし、梟を増やしておいてくれ。」
「かしこまりました。」
「守護する者たちも居るから大丈夫だろうが……一応な。」
「はい。厳重にお守り致します。」
ソフィアを大切に抱き直し、ベンフォーレは屋敷の中に歩を進めた。