26
ここのところ慌ただしく過ごしていたソフィアは、少し休むようにと2.3日の休養を指示され、屋敷で過ごすことになった。
定食屋の予定地も見に行きたかったし、サチヨの店にも早くもう一度訪れたかったが、仕方ない。確かに疲れは感じていたのだ……。
コトコト、コトコト。
厨房の一番端の鉄板の上に鍋を置き、ソフィアは温まり過ぎないように気を付けながら、中身をゆっくりとかき混ぜる。冷ましている間は椅子に腰掛け、読書をしていた。
夏を迎えた時期ではあるが、魔道具があるこの世界での屋敷は快適そのものである。
「お嬢様、今日は何をお創りなのですか?」
料理長は鍋を覗きながら、不思議そうに聞いた。
「甘酒よ。」「お酒なのですか?!」
「違うわ。これは米麹だから、アルコールはないの。大丈夫よ!」
流石に5歳児がお酒はないわね、ふふ。
ソフィアは微笑みながら鍋を確認する。
そろそろ良さそうね!
カップに甘酒を注ぐと「どうぞ!」と料理長に手渡した。自分用にも注ぎ、飲んでみる。
優しい甘さが口に広がる。ふぅ。
前世では飲む点滴と言われていたのだ。
疲労回復や腸内環境の改善、ビタミン豊富などの効果が……あっ、あと美肌効果!!
「美味しいですね。酒と聞いたので、ビックリしましたが……。自然な甘みとトロミがあります。」
「とても栄養価が高いの。疲労回復効果があるし。甘さが気になるなら、割って飲んでもいいわね。美肌効果も期待できるわ!!
ただこれ以上温度を上げると効果が下がってしまうから気をつけて!!」
「なるほど。効果を活かすには調理法も大事なんですね!」
「そうね。材料によって様々あるわね。あと、甘酒は糖分が多いから、毎日多量に飲んでも駄目ね。一日カップ一杯くらいよ。」
周りに居た女性陣が、美肌と聞こえたところで目つきが変わった……ふふっ。
この時期は暑さが堪えるから、皆で飲んでねと言ってソフィアは厨房を後にした。
自室に戻ってステラとビビたちに甘酒のお土産を渡す。
皆、美味しいと喜んでくれた。
一週間後、お母様主催のお茶会が開かれる。
お母様は公爵家改良アイスクリームのお披露目だと張り切っている。
甘酒のアイスクリームもいいかも……。
なんと我が公爵家のお茶会にぶつけるように、ドルト公爵夫人もお茶会を催すらしい。
……、子供か……。
しかし、実際の招待客は被らない。
ドルト公爵は外務大臣。貿易を主要の収入源にしている貴族が、ドルト公爵家の取り巻きになっている。
我が公爵家は宰相。国政を担当する幅広い貴族との交流があり、王家とも良好な関係……というより、かなり親しい。
お茶会に参加したい貴族はかなり多いのだ。
その為に暑い季節ではあるが、ガーデンパーティーとし、当日は建物と建物や木々の間にサテン布を張り巡らせ、テントのようにするらしい……だいぶ張り切っている、お母様……。
ソフィアもお母様の役に立ちたい。
う~ん、やっぱり得意分野がいいわよね!!
ソフィアは夏場に適した化粧水、美白美容液、日焼け止めの3点セットを作成するべく成分の検討を始めたのだった。
屋敷で休養?して(ステラには休養になっていないと叱られた……。)3日が経った。
ソフィアは自室でこっそり試作した3点セットを持って、お母様の部屋に向かう。
試作と言っても綺麗な菫色の絹張の箱に入っている3本のビン、グラデーションになって緑のビンが並んでいる。美しい、母の色。
改めてぎゅっと抱えて廊下を歩いていると、お兄様がソフィアを見つけて走って来た。
「ソフィア、何処に行くの?」
「お母様のところです。」
「母上?母上なら、談話室でローレンたちと打ち合わせしてたよ。」
「あらっ、ではお邪魔になってしまいますね……。」
「大丈夫じゃない?お茶会の話し合いでしょ?一緒に行ってあげるよ!」
そう言うとソフィアの手を握り、手を繋いで歩き出した。
ふふっ、お兄様は優しいわね。嬉しくなってぎゅっと握り返し、兄妹は微笑み合った。
談話室に着くと、丁度終わったのかローレンが出て来たところだった。二人を見たローレンが「どうぞ。」と扉を開けてくれた。
「お母様。」ソフィアが呼ぶと、お掛けなさいとソファを示した。
二人で並んでお母様の向かい側に座ると、ステラが紅茶を淹れてくれた。
「ソフィア。ゆっくり休めて?体調はどうかしら?」お母様から問われた。
「はい。疲れもすっかりなくなりました。」
「そう。良かったわ。」
「シリウスは今日のお勉強は終わり?」
「はい。先程、先生はお帰りになりました。」お母様は頷くとソフィアの持って来た箱に目を向ける。
ソフィアは恐る恐る箱をお母様に差し出した。(まさか、ステラと同じように叱ったりしないよね……休んでないとか……。)
「開けても?」
「はい。」
お母様はゆっくりと箱の表面を撫でた後、蓋を開けた。
「まぁ、綺麗ね!」1本ずつ手に取り、刻印された文字を見る。化粧水、美白美容液、日焼け止め。
「ソフィアが創ったの?」
「はい。夏場に適したものを。今度のお茶会のお土産にいかがかと思いまして……。」
段々と自信がなくなり、声が小さくなった。
――私の色――
お母様がポツリと呟き、俯きかけていた顔を上げる。
満面の笑みが見えた。
「ソフィア!!とても素敵だわ!お土産は定番のお菓子にしようと思っていたのだけど、これより素晴らしいものはないわ!!是非、この化粧品にさせてちょうだい!」
「ほ、ほんとですか?」
「えぇ、寧ろ準備が大変になるソフィアに申し訳ないけれど……。お願いするわ!」
「はい。任せてください。実は準備は始めていまして……あの……。」
「はぁぁ。部屋で作業して過ごしてたのね……。まぁ、いいわ。体調も大丈夫みたいだし、今回は何も言わないわ。」
良かったな、ソフィア!凄いぞソフィア!!などと言って、お兄様は抱きしめてくれた。いつも、ありがとう。お兄様!!
それから、お茶会の当日までは屋敷中がバタバタしていた。
化粧品については創生の魔法を使っているが、ソフィアが造形の深い薬草やハーブを使って化粧品を改良したと伝えることを条件に、お土産OKの許可を陛下がくれた。
先日お父様経由で届けられた、王妃様専用化粧品の評価が予想以上に良かったのも後押ししたと思う。
良いものは皆で共有すべきだ。
今回のお茶会には社交デビュー前の10歳前後の子供たちも参加する。子供が好きなアイスクリームを少しでも多くの人に食べてもらいたいというお母様の意見だ。
とはいえ、貴族の令息・令嬢が母親とやって来るということである。ソフィアは一番年下だろう。ちょっと緊張するし、気が重い……。
でも、やるからには喜んでもらいたい。子供向け、大人向け。様々な味のアイスクリームの試作を手伝いもした。
ビビたちはここぞとばかりに試食しまくっている。当日は創生の魔法がバレないように森で待機なのだ。
軽食も紅茶も、もちろんお菓子も試食している。あれだけ食べれば充分だろう。
子供用のお土産に高栄養クッキーも準備する。毎日、甘酒を飲みながら皆で頑張った。
お茶会、当日。
天気に恵まれホッとしつつ、会場となるエリアには氷と風の魔法を使った室外エアコンのような魔道具も設置される。
お父様とお兄様の共同作品だ。あはは、やっぱり魔法……凄い!!
公爵家総出で準備したお茶会!!
お母様とお兄様と一緒に来客のお迎えをするべく、ソフィアは自室を後に歩き出した。