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二日後。お父様の予定に合わせて、サチヨの店の店主夫妻がガチガチと緊張した様子で訪れた。
店主はテオ。奥さんはローラ。
穏やかそうな雰囲気をもつ二人は美男美女、元々は幼なじみだったそうだ。
「テオ様。お久しぶりです。
今日は突然お呼び立てしてしまってごめんなさい。」玄関で二人を迎えたソフィアはペコリと頭を下げた。
「お嬢様!お止めください。こちらこそ沢山ご注文頂けるようになって、感謝しております。」テオは深々と頭を下げ、隣の女性を妻のローラだと紹介してくれた。
「ローラ様、初めまして。お逢いできて嬉しいです。」
「お、お嬢様。ローラと申します。宜しくお願い致します。」
可哀想なくらい、緊張させてしまっているようだ……うぅ、そうだよね。ごめんなさい……。でも、今後の為に慣れてほしいの、と思いながらお父様の待つ談話室に向かった。
「ルルヴィーシュ公爵閣下。お初にお目にかかります。王都でサチヨの店を営んでおります店主のテオと申します。隣は妻のローラです。」
談話室に入ると直ぐに二人は深々と頭を下げ、挨拶していた。指先はカタカタと震えてさえいる。うん、更に緊張MAXだね…ほんと、ごめん。
そんな様子があったからか、お父様は座っていたソファから立ち上がり、
「忙しいところ、すまないね。今日はソフィアの父として同席させてもらうよ。」と言うとソファを勧めた。
ステラがお茶をテーブルに並べ、ローレンと共に控えたところで、
「手紙にも概要は記したとおり、ソフィアからサチヨの店の姉妹店として食堂、定食屋という形らしいが、それを開店させたいと言われている。それには当然サチヨの店の二人の承認が必要となるわけだが、率直にどうだろうか。」
テオとローラは顔を見合せ、不思議そうな様子をみせていた。
「恐れながら、手紙によると定食屋は私たちの店の姉妹店。経営も共同で、その為の初期投資は全て公爵家が負担して下さると……。私たちには願ってもない事で御座いまして、逆に申し訳ないくらい、何故そこまでの事をして頂けるのか不思議だと話しておりました。」
お父様は微笑んで、私を見た。
祈るように手を組んでいた私は、微笑みを返し改めて姿勢を正す。
「テオ様。ローラ様。サチヨの店の商品は大変素晴らしく、貴重なものです。公爵家で購入したもので、厨房スタッフたちと様々な料理に使わせていただきました。今では味噌汁は定番料理となっております。」中には体調改善したと言う者も少なくないのですよ!と伝えると驚いていた。
「この素晴らしい調理方法は、ぜひ広めるべきだと思うのです。
定食屋という場で王都の皆さんに知ってもらい、皆で美味しくいただく!
そして栄養バランスを整えて―!
健康管理に役に立てる!!だって、
なんと言っても!健康は正義!!!」
ソフィアはアメジストのような瞳輝く、清楚な公爵家の令嬢なのだ……テオとローラはそのアンバランスな勢いに顔を引き攣らせていたが、
「そうなのですね……。」と言っていた。
こほん。
「まずは認知度を高め、生産体制を整えなければなりません。その為に定食屋を開き、公爵家が支援するとの申し出になりました。」
改めて、
「どうだろうか?」とお父様は訊ねた。
テオとローラは答えは決まっていたのか、
揃って立ち上がると
「どうぞ宜しくお願い致します。私たち二人、精一杯努めさせて頂きます。」
とお辞儀した。
「こちらこそ。」とお父様が言い、
「サチヨの店を代々受け継ぎ、商品製造の技術あってこそ、今回の企画なのです。どうぞ宜しくお願い致します。一緒に頑張りましょう!!」とソフィアが言った。
皆が笑顔をみせ、後はローレンと話を詰めてくれとお父様は仕事に戻る様子をみせたが、
「あぁ、申し訳ないが店の場所については私に決めさせてほしい。」と言う。
んっ?と思って話を聞くと、
騎士団が王都の巡回時に使う詰所の近くを指定された。
……。うん。私が通うところですものね。安全第一ってことですね……。
場所的には職人街や商店街も近く、悪くはない。騎士たちも来てくれそうだ。
はい。OKでーす。
了承すると、父は安心したように王城に向かった。
場所は決まったと言ってもまだまだ開店までやることは山積している。
サチヨの店の営業もあるしと思っていると、店番を親戚の者に任せて、テオとローラは生産体制の拡充や定食屋の準備に集中すると言う。
今後のことにやはり不安があった二人にとって、今回の話は夢のような話だったらしい。代々受け継いだものをこの国に根付かせたいと意気込んでいるようだ。
それでも新たに人を雇わなければならない訳で、とりあえずは公爵家の使用人が交代で手伝うこととした。
今後の打ち合わせをして、最後に厨房のスタッフと顔合わせをする。テオ、ローラ。ローレンとステラと一緒に厨房に行き、使用人用の食堂で皆で休憩をすることにした。
ソフィア考案の高栄養クッキーと紅茶、作り置きしてあったアイスクリームを食べた。
シンプルなクッキーでアイスクリームを挟んで街で売ったら夏場に人気がでるかもね……などと考えながら、和気あいあいと話し出したテオとローラにほっとする。
「お嬢様は、まだお小さいのにしっかりなさっておいでで、私、驚くばかりです。」ローラが厨房スタッフに言っているのが聞こえた。
「我らがお嬢様はあんなに可憐で妖精のような容姿ですが、真がしっかりして逞しいのです!!」
「そうです。年齢とは掛け離れた知識をお持ちで、いつも私たちを助けてくださいます!」
「思いやりがあって、いつも私たち使用人にも優しく接してくださる、最高のお嬢様なのです!!」
いやいや、皆さん聞こえてますよ。褒められ過ぎて、居た堪れないし……中身、前世の社会人も入ってますからね、すみません……。
そんな時間を楽しんでいたらバタバタと廊下を走る音が聞こえた。
アルベルト王子、エドモンド王子、お兄様、バーネット子爵家令息でステラの弟である、カイル様の四人とそれを追いかけてきたバルトだった。うっっ、今日はエドモンド王子まで来てる!!暇か?暇なのか男子よ?
「なんだ?アイスクリーム食べてるのか?」
アルベルト様はすっかり公爵家のアイスクリームにハマっている。
「ソフィア!エドお兄ちゃんにもおくれ!!」ギョッとカイル様がエドモンド様を見たが、いつもの騒ぎが起こる前にと、慌てて了承しすぐさま準備した。
納得いかない様子のカイル様だったが、初の公爵家の改良アイスクリームに直ぐに夢中になった。
王子二人の登場と予期せぬ事態にテオとローラは再び固まってしまったが、使用人たちの受け入れ具合をみて、これが公爵家の普通なのだと理解したようだ。
賑やかにしていたら、夕食の仕込みの時間になる。ローレンに確認したら、お父様は今夜は仕事で遅いので夕食は要らないし、お母様は夜会に出掛けるとのことだ。
お兄様と私だけの夕食なのかと思い、お兄様に皆で一緒に食べてはどうかと提案した。
それなら私たちもと王子たちが言い出し、直ぐに城に遣いをやっていた。
仕方ない……。お出掛け前のお母様にも了承を得て、皆で夕食をすることにした。
そうと決まれば!せっかくだから、
あれを!!料理長に確認を取り、本日は
『天ぷらパーティー』だー!!
ビビたちも森から帰って来た。厨房スタッフ、テオ、ローラ、ソフィアにステラ。
皆で次々と天ぷらを揚げる。味見として食べた人達の評価は上々だ。
まずは第一段と揚げたての天ぷらをテーブルに並べる。
野菜、魚介、肉と様々。かき揚げも出来たし、天つゆ、塩、おろし生姜、醤油、大根おろしと好みで食べてもらう。
熱々を食べてもらいたいと、次々と揚げては出しを繰り返した。
おにぎりと味噌汁も準備していたので、テオとローラは定食屋のイメージも出来たようで感激していた。
そろそろ皆、満足かと最後まで厨房に居たスタッフと共に最後の皿を持って行く。
食堂はまったりとした雰囲気で男性陣はお腹をさすっていたりする。
皆、満腹みたいね。美味しかったかしら?と思ったら、
「お嬢様!私たちが先に頂くなんて申し訳ありません。」と数人のメイドに囲まれた。
「いいえ。天ぷらは熱いうちに食べてもらいたかったの。どうだったかしら?」
「はい。あのさくさくとした歯触り。熱々を天つゆでいただく美味しさ。最高です!!」
「いつものおイモも甘みが増したようにほくほくでした。」
「かき揚げというものも本当にさくさくで野菜の旨みが凝縮されたようで!!」
うんうん。満足してくれたようで嬉しい。
メイドたちと別れ、王子や兄たちのテーブルに行く。
「皆様、いかがでしたか?お口に合いましたでしょうか?」
「あぁ、ソフィア。お疲れ様!!いやぁ、美味しかったよ。初めての食感でどれも凝縮した味がした。自分好みのつゆに浸けて食べれるのもいいな!!」
「僕もとても美味しかった!!海老が一番好きだったが、どれも好みのものだった。ありがとう!」
「もっと沢山食べたいくらい美味しいのに、お腹がいっぱいで食べれなくなってしまった。」とカイル様は残念そうに言うので、
またご用意しますわと応えると、その時は誘ってくれと王子たちに言われた。アハハ……。
「ソフィア。ありがとう!!まだ、ソフィアは食べてないだろう?
さぁ、ここに座って!」とお兄様は椅子を引いてくれた。
大人しく座って、ソフィアは持ってきた天ぷらで食事を始めた。周りは微笑んでソフィアを見ているので、ちょっと恥ずかしい。
突然決まった、天ぷらパーティーは無事に成功した。
王子たちは護衛と共に帰城し、カイル様もまたね!と言って馬車で帰って行った。
テオとローラは公爵家の馬車で帰ってもらった。最後まで恐れ多いと拒まれたが、遅くなったのでそのまま帰したら父に怒られると兄と一緒になって馬車に押し込めた。
ふぅ、終わったわね……。
明日は屋敷に居るが、明後日は魔法省に初めて行くことになっている。
今日は疲れた……。
早めに休もうと思っていると、さっきまで飛び回りながら何故か天ぷらコールをしていたビビたちがソフィアのもとにやって来た。
『『『ソフィア~!美味しかった!!お部屋戻ろう~!』』』
「ビビ、トット、ポポ。美味しかったなら良かったわ。そうね、お部屋に行きましょう。」
お兄様がソフィアを優しく抱きしめて
「ソフィア。今日はお疲れ様。とっても美味しかったし、幸せな気分になれた夕食だった。ありがとう!ゆっくり休むんだよ!!おやすみ。」と言う。
ソフィアは抱きしめ返して
「お兄様、ありがとうございます。私も喜んでもらえて幸せな気分です。お兄様もゆっくりお休みくださいませ。おやすみなさい。」と微笑んで応えた。
さぁ、明日は魔法省に行くための準備をしなければ!!と考えつつ私室へと向かったのだった。