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北側に聳えるイビヴィル山脈。
東西に連なり、越えるには厳しいが豊富な雪解け水が流れ込み人々の営みを支えていた。
南側には海に面する領地もあり、多大な恩恵をもたらしてくれる。
ドリエントル国。
大陸の中央近くに鎮座し広大な土地を有する大国だ。
永くに渡り、近隣諸国との争いもなく商業を通して交流も盛んに行なわれている。
ドリエントル国民は魔力を持って生まれる。大陸全域に魔法は存在するが、ドリエントル国ほど民に浸透してはいない。
魔力があるといえ、大きな魔法を使えるのは王族や貴族が中心で高位貴族は魔力量の豊富な者が多かった。国民は日々の生活に使えるようなものだ。魔力を込めると使える日用品としての魔道具が数多く存在し、当たり前に普及している。
朝食後、父と兄のお見送りを終えたソフィアは宣言どおり厨房でクッキー生地を練っていた。
ルルヴィーシュ公爵家では令嬢が厨房で作業をすることに誰も驚かない。そう、日常なのだ。
手の空いている者は手伝いをスルッと始め、厨房の端にはソフィア専用作業台さえある。
チームのような手際のよさで、あっという間にできた高栄養クッキー・サクサクタイプがいくつかの皿に分けて山になっている。
ソフィアは満足だ。
カッッ!!と眼を見開き、身体中に血をグルグル巡らせながら力を込めて胸の前で両手を握りしめる。
(今日も皆の健康の手助けが!!今日もやれたわ、やったのよ。やれば出来る子、ソフィア。健康は正義、正義よ――!!)と嬉しさに震えているのだ……が
使用人たちの眼は、
『あぁ、お嬢様があの様にまた瞳をキラキラと輝かせていらっしゃる!!』
『使用人の身体を思って労力を惜しまず、あの様に祈りさえも!!』
『ありがとうございます、お嬢様!!公爵家に仕えられることに感謝します!!!』
と叫んでいる。
昼下がり、ソフィアは与えられている広い作業場に居た。作業場とはいえ屋敷の一角を改築して造ってもらったシンプルで作業効率重視のスペース。直接、庭に出ることも可能だ。
壁に巨大な木製棚が備え付けられ、大きな蓋付きガラスビンには液体、陶器の壺には粒子状物質がしっかりと蓋をされ、それぞれ大量に収まっている。
部屋は大きい作業台が等間隔に並び、人の行き来の妨げにならない程のゆとりある幅が作業台の周りを確保。作業台の上、天井からは横長の木のプレートが下がり商品の名前がわかるようになっている。
商品制作担当者としては、6名もの専属メイドが配置されていた。
ルルヴィーシュ公爵家の人間はとにかくソフィアに甘いのだ。父と兄は激甘、母も甘いのだろうが、男性組と比べると普通に見えてしまう。公爵令嬢としての教養を身に付けられるように手配しているのも主に母だ。
「皆さん、今日もお願いしますね。正確・丁寧な商品を!!」
メイドたちは一斉に綺麗なお辞儀をし、それぞれの担当作業台に向かった。
「ステラ、私は不足しそうな材料制作をします。庭から届いてるハーブをお願いね。」
「かしこまりました。」
ソフィアも自分専用の作業台に座ると必要な商品と成分を頭の中でグルグルフル回転させながら、集中力を高めていった。