ちょっと待て! これは転生じゃないよね?
日本での記憶の最後は、夜、電波時計が変な動きをした事だった。
私は本当に何の気無しにベッドに入る直前左手の窓の上にある壁掛けの電波時計を見た。別に今時間が気になったわけでもないのだけれど、何故か、時計を見たら、おかしな動きをしていた。
「(…あれ?電池無くなったのかな?)」
時間は10時7分18秒で針が止まっていた。そのままじーっと見ていると秒針が動き出した、と思ったら23秒のところで止まり少ししてまた動き出す。そしてまた33秒で止まったと思ったら今度は長く止まったままだ。
「(とうとう電池が切れたって事かな?)」
などと思ったら、やっぱり動き出した。
「(これは…電波を探してるとか、拾ってる最中なのかも知れない…。ま、携帯あるし明日止まってても急ぐほどの事でもないから…寝よ…。)」
私はそのままベッドに入って深い眠りについた。
いつもは、目覚ましが鳴る少し前に目が覚めるのだけど、今日に限ってビックリするほどぐっすり寝てしまったのかスッキリした感覚で意識が覚醒した。大概こんな時は寝坊した時だが、寝坊するのは仕事がお休みの日。体がちゃんと覚えてくれているから、今まで会社に遅刻することは一度もない。
だがちょっと待て、今日は月曜日、祭日だけど出勤日だった!!
「うわっ!やばい!まじ寝坊した!!」
慌ててガバッとベッドから飛び起きたら、腰と首と背中と肩と手首と…もうあちこちに激痛が走った。
「うぎゃっ!ってててて!っく〜!」
まるで全身ぎっくり腰のような痛みが走ったのだ。
「!!!」
言葉にできない痛みで、歯を食いしばるしかなかったんだけど何とかベッドにそのまま寝直すことに成功した。全身の痛みはまだあるけど先刻よりはまだ我慢できるくらいの痛みだ。
「もう〜…。やんなっちゃう。今日は会社休まないと。課長に連絡して、医者には直ぐに行けそうもないから暫く様子見だなぁ…。」
とりあえず携帯で会社に連絡しないと…。って枕の下に置いてる携帯を探るけど、手の届く範囲に何もない。おかしいなと思って反対の手でも探すけど無い。気持ちは焦ってるけど、身体が痛くて思うように探せてないのかもしれない。もしかしてベッドの横に落ちたかも知れないし、なんて思って身体を横にしようとしてハッとする。
「…ここどこ…?」
よく見れば天井が違うよね、あれ?窓もない?壁も時計もクローゼットも何もかも…知らない部屋じゃん…。心臓がバクバク音を立ててるのが聞こえる。これは私の心臓の音に違いないと思う、周りに誰もいないし。
ズキンと今度は心臓が痛いし、どうしちゃったのあたしの身体!ズキンズキンと心拍打つ度に痛いし、胸を押さえてもあんまり変わらないけど両手で押さえたその手がガサガサの骨張った手だった…。
「え…?これ、私の、手、なの…?」
手を顔の前に出したら痩せ細った老人の様な手があった。私の思う通りに動くその手は紛れもなく私の手だった。よくよく冷静に確認してみれば、喉は乾燥してなのか張り付く様な感じだし、顔もカサカサで肉の薄い年寄りな感じの感触、髪の毛は白髪、果ては髭まで長いのがあった。
「(…これは紛れもなく、私の身体じゃない…。何処かのお爺さんの身体だわ。)」
私は、どれくらい頭がフリーズしていたか分からないけど、頭の中でこの身体の持ち主であろうおじいさんを探して、一生懸命頭の中で呼びかけていたけど、何にも応答はなかった。何やってんだろ、とか思ったけどやらずにはいられなかった。だって、この身体の人が何でこうなったか知ってるだろうと思うから。じゃなかったら、同じように訳わからない仲間になるだろうから。でも、いくらやってみても変わらないし誰も返事をしない。
「このお爺さんもきっと一人暮らしなんだろうな。人が近くに活動している感じもしないし、何とか動けるようにならないと。」
どこかに痛み止めがあれば、少しはマシになるんだろうけど…。私は湿布だと身体を動かせないから、飲み薬で直ぐに効いてくれるといいな、なんて考えていたら、握っている手のなかに何かが急に現れた。ビックリして手の中を確認すると、錠剤が三錠あった。何故かそれが痛み止めなんだと理解した。
「あ、水がないと…。」
と思えば、空中に水の塊がぷかぷか浮かんでいる。今度こそ、頭がフリーズしていい筈なのに私は自然と薬をその水で飲んでいた。
「(誤嚥しなかったな…。)」
何とも間抜けな感想だけど、事実そう思ったんだから仕方ない。鏡もないから自分がどんなお爺さんなのか確認できないけど、このシミまでがっつりあるハリのないしわくちゃな手。サンタさんとは言わないけど結構長い真っ白な髭。どう考えても後期高齢者以上の年齢でしょ?
「私、女だったんだけどここまで現実離れしてると一周回って冷静なもんだわ…。」
この声には慣れないけど…。段々痛みも引いてきたからベッドから起きれそうだし、ちょっと動けそうかも。
「あらよっこらっしょっ…と。」
この掛け声は年齢関係なく、私の口癖みたいなもの。昔から年寄りくさいって言われてたし、その所為でお爺さんに?なる訳ないけどね。
ベッドに座った状態にはなれた。何じゃこのパジャマは?お爺さんなのにワンピースみたいなパジャマって…。そりゃ飾りも何もないただのロンTみたいな物だけど、ガリガリのシワシワ、骨に皮みたいな足が丸見えで、歩けるのこの足で?杖なきゃヤバそうだよ?じゃなかったらアレだ。病院で足腰が悪い人がリハビリに使う様な半円のやつがあれば大丈夫だろうけど…。なんて眼を閉じて考えてたらやっぱり、眼を開けた時にはありましたよ、ソレが。
「うわ~、やっぱりね。このお爺さんはアレかな?魔法使いってやつかな?薬や水は出るし、この名前も知らないけど、今まで無かったものが出てきてるし。便利っていうかなんて言うか…。」
私は元々理系女でも何でもないから、こんな事おかしいだのなんだのとは言わない。便利なんだからソレでいい。かと言ってこういう事に夢も見ていない普通女子なんで深く考えるのもしない。何事もなる様にしかならないモンだと思うから。
「(実際、慌てるべきだと思うわけよ。ここはどこなの?私の身体はどうなってんの?会社は?仕事は?夢じゃないの?これからどうすれば良いのよ〜!、的な?)はっ!そんなの今はどうでも良いわ!今は動けるのか生きていけるのかが大事。動けなきゃ何もできないし、生きてけないじゃん。私はとりあえず生きていたいんだから。」
私は何とか歩行補助具?に手を伸ばし、ギリギリ捕まり立ちして、ゆっくりだけど歩くことができた。身体が重いと言うより、筋力なさすぎでプルプルしてる感じで、力が入りにくい。く〜、情けないけど身体がお爺さんじゃこんなもんかも知れない。ヨタヨタ歩いているのがよくわかるが、こんな風に歩きたい訳じゃないのになっちゃうんだから、次に何処かのお年寄りがこんな歩き方をしてたら遅くてもイライラしないで見守ろうと思った。次回があればね。
『…えい……じゃ……い…おい…貴様!!』
「は?幻聴?」
『幻聴などではないわ、この愚か者!!』
「はん⁉︎ 知らない奴に罵倒される覚えはないけど⁉︎」
姿は見えないけど、スピーカーから流れてるように声はハッキリ聞こえた。思わず天井なんかに内蔵スピーカーでもあるんじゃないかと思ったくらいにキョロキョロ見回してしまった。
『ハァ〜、何をキョロキョロしておるのじゃ、情けない。ワシが引き寄せた魂は何故にこの様に頭が悪いのじゃ…。』
「はぁ⁉︎アンタの所為でこんなボロボロの身体に私が入ったって言うわけ⁉︎ふざけんじゃないわよ!!」
『…おや?意外に状況把握は悪くないのか?…ふむ…しかし、魔法で大した事はできない様だが能力が低いのか?魔力の強い魂を探したと言うのに…。』
「何言ってんの?魔法なんか使えるわけないじゃない、そんなもの使ったことも教わった事もないのに。私の世界じゃ魔法なんて本の中だけの話よ。」
『は?魔法がない世界などないじゃろ?ソレこそ本の中だけの話じゃ。』
私は固まった。聞き流そうとしたけど聞き流せなかったからだ。“魔法がない世界こそ本の中だけの話“って?
「…何言ってんの?ある訳ないじゃん魔法がある世界なんて…。ってことはここは夢ね。夢を見てるんだ私。」
何だか思考がおかしい、ぼーっとしてる様な、色んなことを一気に考えて頭がフル回転してるかの様などっちか分からない感じがする。
『何を言っておる?ここは其方の夢の中でもないし勿論ワシの夢の中でもない。其方の魂がワシの身体に違和感なくハマる故連れてきたに過ぎない。尤も探すのに手間取った故ワシの身体も大分くたびれておるがな。』
「あぁ、身体が骨と皮なのはその所為なのね。」
『し、失礼な事を申すでない!魔力枯渇以外は大して変わっておらんぞ!!』
「じゃあ、歳のせいだね、ごめんごめん。きっと年相応だよ、何歳か知らないけど。」
『キー!!全く無礼な奴じゃ!ほれ!もう良い。其方は自分の身体に還るが良いぞ。』
「え?帰れるの?如何やって?」
『ベッドに横になり、眼を閉じて心を落ち着かせ自身の世界の生活を思い起こせ。さすれば自身の体で目覚めるだろう。ワシはその辺で待っていよう。』
「わかったわ。」
私は言われた通りベッドに横になって静かに眼を閉じた。心も落ち着いて静かに会社の事とか仕事の事とか、日常の他愛ない事を思い浮かべながらスーッと一瞬寝付いたかのように気が遠のいた後、ゆっくり眼を開けると、そこの世界は私の知っているいつもの世界ではなく、お爺さんの姿のままだった。
『「…何で(じゃ〜)よ〜!!」』
ハモった。そりゃハモリもするわよ、私だけじゃなくてお爺さんにもわからないなんて。お爺さんの姿形、霊魂でも何でも見えないけど、相変わらず声だけはハッキリ聞こえる。そのお爺さんの分析と仮定からすると、どうも私の魂がお爺さんの身体にフィットし過ぎて、離れられないくらい吸着してしまっているらしい。でもって私の身体にお爺さんの魂が合ってはいるけど、私の身体が拒否反応を示して入れないらしい(ちょっとざまぁな気分)。なのでお爺さんは今、どこにも行けない浮いた状態なんだって。
「それにしても、何だって私の魂を?」
『ワシも高齢になって魔力がスカスカになってきてのぅ。ピッチピチの魔力を補充しようとしたんじゃが、ワシに合う魔力がなかなか見つからずにいた所、其方が見つかったと言う訳じゃ。』
つまり、骨粗鬆症のようにスカスカになった魔力を骨密度バッチリの魔力にする為に私の魂を呼び寄せ、身体に魔力をみっちり良い感じに補充して私の魂に帰ってもらおうとしたら、このお爺さんの身体と私の魂が馴染み過ぎちゃって離れなくなっちゃった上、私の身体の方はお爺さんの魂の侵入を拒否。お爺さんは何処にも行けず浮遊状態、って事らしい。え?それって私ってばこのお爺さんの身体で、これから生きていかなきゃいけないって事じゃん!
「うっわー!!ふざけんなぁ!!余命何年だよ!!」
『失礼な奴じゃな、本当に。ワシは既に145年生きておる。魔力も補充したし、そうじゃなぁ、あと50年は楽に生きるじゃろう。』
「う、嬉しくな〜い。日本じゃ女は85歳以上生きるとして、私の年齢ならあと60年はいけるのに〜。短くなってるじゃ〜ん…。」
『⁉︎いやいや、もっと長くなると思うぞ?』
「お爺さんになってからの50年なんて、何が楽しいのよ〜。私はまだ20代だったのよ!何が嬉しくて140代からを楽しめって言うのよ!!」
『!!いや、ほれ、その、何じゃ、えぇと、もう誰かに仕える必要もなく自由じゃぞ?人生の煩わしいことは大概終わっておる故、人間関係もスッキリしておるし、魔法で好きな事ができるぞ?どうじゃ?』
「隠居生活ってことでしょ?私はまだ恋人もいなかったし全部これからだったの!隠居生活がしたい訳じゃなーい!」
私とお爺さんの言葉での攻防は続いたけど、浮いたっぱなしのお爺さんが可哀想になったから言い合いも終わりにした。私の身体に入られるのは絶対嫌だけど、お爺さんがこの身体に戻れないのも可哀想だし、何だかんだと、この身体にお爺さんの魂が細く長く凧糸のようにくっついているのだから、仲良くして行くしかない。
『何事もなる様にしかならないんだよね、うん。」