第三話「大聖女、国王に叱責される」
帝国兵達に罵声を浴びせられたガラクティカは味方の援護を中止して敵兵に攻撃魔法を放ったが、空中から落ちる。
◇
「クリストは天幕や輿を片付けて」
「え~、広げたままだと収納しているのに魔力を食われるんだけど?」
「緊急事態なんだよ! でも、仕方ない。皆、天幕を片付けよう。クリストはまず輿と小物を収めて」
「タイトはガラクティカ様のこととなると人が変わるな……」
「…………」
人が変わって当たり前じゃないか。ガラクティカ様は我らの主で恩人なんだから。私は無言で片付けにかかった。
クリストは空間魔法の才を見込まれて抜てきされた侍姓だ。
魔力で拡張された空間に物を出し入れでき、中の物はほぼ経年劣化しないと言う収納魔法が使える。
非常に便利だが収納する嵩や重さによって継続消費される魔力が変わる。
彼は魔法演習を怠りがちで位階が低く多くは収納できないのが玉に疵だ。
私達侍姓は大急ぎで支度すると戦場に駆けた。
護衛騎士二人の馬に一人ずつ、輿を牽いてきた馬車馬二頭に二人ずつ分乗して急ぐ。
味方が避難してくる中をかき分けて進むと赤土の広がるただ中に白い塊とそれを見守るように囲む騎士姿の味方兵が目に映る。
一人は場違いに煌びやかな甲冑姿だ。
恐らく王太子殿下だろう。二人の隆々たる丈夫が控えている。
「殿下! ご無事ですか?」
「殿下、ガラクティカ様をお護りいただけたのですか? ありがとうございます!」
「あ、いや……。まあ、そうなるか? 私は無事だ」
下馬してひざまずき礼を執ると、何やら歯切れが悪く王太子殿下が答える。
控える将軍と思しき二人は苦笑いしている。
「われら侍姓どもは、ガラクティカ様のお世話したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わぬ」
「ありがとうございます。皆、ガラクティカ様の許へ」
殿下の許可を得てガラクティカ様の許に進み、お体を観察する。ケガはされていないようだ。
私は、息の少し荒いガラクティカ様を抱えて頭を膝に乗せる。彼女はことのほか膝枕が好きでそうしてしまう。
「ガラクティカ様、大事ごさいませんか?」
「なんともない……。それより水。のどが渇いたわ」
「よかった。水、ですか? クリスト」
「はいはい」
ガラクティカ様が落ち着かれるのを確認して具合を聞くと水を所望された。
クリストに用意を頼むと彼は生返事をして湯冷ましの水筒ではなく魔法薬の瓶を収納から現出して差出してくる。
彼はガラクティカ様の墜落を魔力切れと判断したのだろう。いい判断だ。
「さあ、どうぞ……」
「うぇえ? 魔力回復の魔法薬じゃない? ただの水でいいのよ」
「魔力を回復させねば、この地を離れられませんよ?」
「うぐっ、仕方ない……。うぐぅ、うえぇぇぇ……にぐぅわいぃい」
「よく飲めました。立てますか?」
「うむ、たぶん……。ってタイト、子供扱いするな!」
私はほほ笑み、ガラクティカ様を支えて立たせると、レオットに彼女の洗浄を頼む。
レオットは生活魔法の使い手で便利魔法の洗浄を使いこなす。
発動した洗浄は汚れた衣装ごとガラクティカ様をキレイにした。
「殿下、戦はどうなりますでしょうか?」
「うむ、不測の事態だ。このまま終結であろうな。あちらは継戦不能であろう。
よしんば続けるにしても立て直すに一刻(約二時間)はかかる。
こちらも気がそれて今さら戦をする気にならん──」
「ちょうどいいじゃない。浮き足立ったところを攻めて追っ払えば」
カルスと王太子殿下、二将軍が後の見通しを話しているところにガラクティカ様が割って入った。
「──そなた、この戦は互いの練度を示す戦だ。帝国が本気を出すと我らは早晩滅ぶ。
そうならぬよう探り合う戦いなのだ。それを──」
「はいはい。毎年飽きもせず、戦ごっこをしているのでしたね?」
「聖女殿、こちらも帝国の弱体化をつかむ機会があるかも知れぬのです。口を慎んでください」
「はいはいはい。で、もう戦をしないなら帰っていいでしょう。暑くてたまらないわ~」
「はあぁ……。ああ、帰るがいい。そなたの用は終わりだ」
「では、お先に失礼いたします。タイト、帰る用意を」
「はい!」
私達は、王太子殿下に辞去を申し出ると、現出させた輿に乗り戦場を後にした。カルス達二人も人馬で護衛に就く。
輿とは言っているが、実のところ屋根組みを取っ払った箱馬車に近い代物だ。
移動の際は天幕地を屋根代わりに張っている。
ガラクティカ様は、何かにつけて囲まれる場所を嫌われる。
七日余りで帰るところ、日延べして十日とかかり王都に戻る。
途中、あれこれとガラクティカ様がわがままを申され時間がかかってしまった。
取るものも取りあえずクリストと共にガラクティカ様のお供をして王城に参内する。
国王陛下に謁見を申し入れると執務中だった。
侍従に案内され執務室に隣接する待機部屋に通される。
秘書官が二人、机に向かって陛下への取り次ぎをしている部屋だ。
しばらくするとガラクティカ様が執務室に通される。
われら侍姓はそれをお見送りする。あとは秘書官のいる待機室で待つのみしか出来ない。
お咎めが軽ければよいと祈るばかりだ。
◆
ガラクティカが執務室に入ると軽く礼をする。
国王はそれを見てとると片隅に据えられた楽椅子へ促し、机から離れ自分も座る。
「聖女ガラクティカ、何やらやらかしたそうだが……」
「いいえぇ、さして何もしておりません」
「ウソをつくな。神聖な戦に横槍を入れて帝国を壊走させたそうではないか?」
「……戦が早く終わり好うございました──」
招いた戦の不首尾を国王が責めるが、ガラクティカはひょうひょうと躱す。
「ばかもん! この倣いの戦は双方損害を軽微にしてこともなく終わらせれば良いのだ。
真に構えて争えば互いに引くに退けない戦に発展し国を傾ける争乱となる──」
「はいはい。お話は分かりますが、毎年やる必要はありませんわ」
国王の激昂を不敬にもさえぎり、ガラクティカは変わらず受け流す。近しい二人の間柄が窺われる。
「毎年することで我が国が軍備に注力していると示す意味があるのだ。こちらに手を出せば手痛いぞと。
そして相手の軍備を測る意味もあるのだ。
小娘が口を挟むでない、ガラクティカ・ルサルフィア!」
「まあ! わたくし、家を捨てた身ですのよ、従伯父様。
家名を呼ばれるのは不本意ですわ」
「ならば、お前も従伯父呼ばわりするでない」
「謁見ではないのですから構いません、でしょう?」
「ハアぁ~、そなたが出家し回復・援護魔法の修練に明け暮れれば静かになると思っておった。
聖女と謳われ戦支援の一端を担えるまでに成長したかと安堵しておれば……。
国内ならばまだしも国外に醜聞を撒き散らすことになろうとは」
国王は反省を見せないガラクティカの姿勢に彼女の旧名で呼び諭すが通じない。
落胆のため息をついた国王は、彼女の昔が口からこぼれ出てしまう。
「大丈夫ですわ。エセ聖女などと吹聴する輩は成敗いたしましたから。
これからは大聖女と畏れられ帝国からの圧力が減ること請け合いです」
「逆だ、逆。帝国が脅威と見れば本気でお前を潰しにくる。
ひいては我が国に宣戦してくるやも知れぬ。
どうして援護に専念できなかったのだ。ハアぁ~」
思い悩み国王は、頭を抱える。
「左様ですか……一層わたくしを追放、帝国に売りますか?」
「……それができればしておるわ。ハア、困った……。
そなたは沙汰があるまで自重して聖女宮に籠っておれ」
「是非もありません。それでは、お暇いたしますわ。
ため息ばかりついておいででは老けてしまわれますわよ、陛下」
ガラクティカの不敵な提案にギクリとする国王は気を取り直し話を切り上げ謹慎を促す。
ガラクティカは、軽口を放って執務室を退出していく。
「このため息は誰のせいだと思っている。……次の聖女が育ってくれれば……。
早く、一刻も早く。こればかりは日にちを追うしか仕方ないか」
国王は、呟くと一層大きなため息をついてガラクティカを見送った。
執務机に戻ると机上の書簡に目を移す。開封された書簡には帝国皇帝の封がされている。