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第一話「大聖女、倣いの戦場に出る」

 よろしくお願いします。


 歩く砲台──いや、脚のあるせんさいかも知れない、聖女ガラクティカ。

 いくさの上空に浮かびかんする。

 既に魔法を励起させた体は魔力光をまとい、いつでも発動させられるに見えた。

 逃げまどう敵──帝国兵達を見下ろし不敵に微笑むと編んだ指を解き前方にかざした。


「食らえ!」


 ガラクティカの体から幾つもの魔力の塊が放たれると敵兵に降り注ぎ小爆発を起こして吹き飛ばす。

 地上は破裂音と怒号が入り雑じり砂煙を伴って阿鼻叫喚の様相だ。


 その余波を受けて味方の兵達も被害を受けていた。魔法に敵味方の区別などない。

 逃げ遅れた兵達には痛惜を禁じ得ない。


 いかにして、このような事になったのか、少し時間をさかのぼる。


 ◇


 戦陣の奥深く、ガラクティカ様は日射しをさえぎる天幕の下で優雅にお茶をたしなんでいらっしゃる。

 采配を振る王太子殿下のいらっしゃるほうを見通せば、今まさに平原で敵味方が競り合っている。


「サイト、戦況はどうなっているかしら?」


「ハッ! ……ただ今、探査スキャンいたしたところ一進一退のようです」


「……退屈ね。早くおしまいにならないのかしら?」


「前線の二将軍とも獅子しし奮迅ふんじんに攻めたてておりますが敵軍もさるもの、しのいでおり天晴あっぱれでございます」


 ガラクティカさまの問いを受けて、私はすぐさま探査を働かせ戦場を調べてお知らせする。

 それを聞いた護衛騎士カルスは戦況を評するとガラクティカさまは表情をゆがませた。

 彼は神聖騎士の中からガラクティカさまの護衛に就いた新参者の神殿騎士だ。


「カルス、敵をめるなんて余裕ね。確かに、今日はすぎるお天気だけれど、相手も(ハレ)では困ったものね」


「いえいえ、決してそういう意味では……勇猛ゆうもう果敢かかんな我が国の二将にかかれば敵軍など、たちまち追い返してくれましょう」


 毎年のこととは言えくにさかいの平原で繰り広げられるいくさは遊戯のごとく、国威を示さんとする戦いで互いの国力を測っている。

 全く、国民の事情をかえりみず繰り返される事にうんざりする。


 とは言え、ならいのことをおろそかにすれば、たちまち国のおとろえを見透かされ攻め滅ぼされるはひつじょうだろう。


「……援護付与はまだ効いていそうかしら、サイト?」


「まだ、そのような兆候はございません」


 護衛カルスの釈明じみた返答を不機嫌に流して、ガラクティカさまは私に聞かれた。

 戦端が開かれてから一日と少し、ガラクティカさまが味方に付与された援護魔法が切れる頃合いだった。


「そう。でも、そろそろ重ねて付与しないといけないわね?」


おっしゃる通りの頃合いかと存じます」


「仕方ない。重ねがけし続けると反動がひどいのだけれど……」


 輿こしえられた楽椅子ソファーに横たえたガラクティカさまは体を起こされた。

 我ら侍姓じしょう達はすぐさま彼女のかたわらに座布団クッションを並べる。


「さて……」


 ガラクティカさまは、とう(とう)うたい始める。

 それは味方を鼓舞する呪文──援護の魔法。かけられた者の身体能力を底上げしていつも以上の速さと力で動く事が可能になる。


 我が小国の兵士が対する精強な帝国兵にこうするには不可欠な助力なのだが、その反面手痛い代償がある。

 魔法の効力が切れると並み以下の兵士になり下がるのだ。


 しかし、この援護なしでは早晩われらは帝国の軍門にくだっていただろう。

 それほどガラクティカさまのちからにわれらは支えられている。



 天幕は八方を柱で支えられただけで壁となるよこ幕は張られていない。

 陣地の奥まったところでは所在を知られても危険はないとのお考えなのだ。


 まあ、それは建前でガラクティカさまが太っ──ふくよかで風通しよくないと暑がることと囲われたところをお嫌いだからだ。


 そよ吹く風を押し返してガラクティカさまから風があふれる──飛翔魔法を発動された。

 屋根にあたる天幕があおられて波打つ。

 ふわりとファからお体が浮き上がるとたえなる旋律を残しながら戦場へ向けてゆったり進む。


 飛翔魔法は原理が簡単なのだけれど制御が難しい。

 さいあやまちで墜落して命を落とす。いかなる時も平常心を保っていないと不慮の対処ができはしない。

 その点、ガラクティカさまほど卓越した胆力とすべをお持ちの方はいないだろう。


 単に重心が──げふんげふん、おっとそれは横に置いておいて……。

 気のせいか視線を感じて寒けがした。


 進む勢いをあげつつ敵陣に向かうガラクティカさま。その姿は舞い降りた天のつかいのよう。

 まとうゆったりとしたすべらかなうすぎぬがひるがえり美しい。


 程なく味方の中ほどに達すると、敵味方が騒然とする様が見てとれる。

 中空に浮かぶガラクティカさまを見上げて固まっている兵士達。

 恐らく味方は勇気づけられ、敵はおののいているのだろう。


 こちらからは分からないが、ガラクティカさまは援護魔法をいまだ唱えていらっしゃるはずだ。

 浮かぶガラクティカさまを見て敵軍は、散開しつつ……後退。

 味方は……敵を追わない……ここぞと追撃できるはず、なのだろうが、どうしたことだろう?


 平原の盤上に散らばる敵兵達がガラクティカさまを見上げて何か……叫んでいる? ……のだろうか。 


「サイト、敵の動きが怪しいぞ?」


「ひゃい。そ、そうです、ね……」


「あれは何をやっている?」


「……まさか──」


 ──中空のガラクティカさまがわずかに揺らいでいるような……。

 まさか、まとったきぬがレースのカーテンと兵達に分かったのでは? 

 ……いや、大丈夫の、はず。敵ならず味方であっても知られてはいけない侵されざる秘密。


 敵兵は広がったままでよろいや盾を打ち鳴らしおのおの叫んでいるような……。

 益々、ガラクティカさまが揺らいでいた。

 私の探査では離れていてつまびらかには分からない。


「──まずい。なんとか敵を黙らせられないでしょうか!」


「無茶を言うな二十()(約三キロメートル強)は離れているのだぞ?」


「でなければ、大変なことに……」


「大変……とは何だ?」


 カルスの問いに答えられず、私は感に震えてその場にうずくまる。

 ああ……悪い予感。ガラクティカさまのガラのお心が痛みませぬように祈るしかありません。


 しばし後、いくさきょうかんに包まれるのでした。

 敵のみならず味方まで。


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