第080話 合宿が終わり……
俺は旅館の部屋で膝を抱えている。
ニュウドウ迷宮でゾンビ増加の原因と思われるシャーマンは、その姿を見ることなく倒した。
しかし、それには多大な犠牲があったのだ。
俺はダンジョンからの帰り道、ずっとユリコに手を引かれ、旅館に連れて帰ってもらった。
その道中、ユリコはずっと慰めてくれていた。
あのクレイジーサイコレズに感謝する日が来るとは思わなかったな。
……と思っていたのだが、旅館とは違う方向に連れていかれかけた。
どこに連れて行く気だったのかは聞く気力はなかったので、とりあえず、殴っておいた。
旅館に着くと、部屋に上がり込もうとするユリコを死闘の末、なんとか帰らせ、少し、早かったが、チェックインした。
そして、俺は自分の部屋で、一人で膝を抱えている。
時刻はまだ午後4時のため、人はいない。
お姉ちゃんは遊んでいるだろうし、ちーちゃんは他のパーティーメンバーと共にダンジョンだろう。
俺もそっちが良かった。
2日目に皆で、魚の種類当てゲームをしていた時が懐かしい。
あいつらは今も魚相手に戯れているのだろうか?
それなのに俺はゾンビと戯れて……
おぇ……
俺は急に込み上げてきたため、トイレに駆け込み、吐く。
帰ってきてから、何度も吐いているため、もう吐くものなんかない。
それでも、吐き気がおさまらない。
ここには俺しかいない。
シロもいない。
シロは協会への説明に連れ出されてしまったのだ。
俺は一人で自室にいる。
寂しい……
気持ち悪い……
おぇ……
俺は再び、吐く。
ようやく吐き気がおさまったため、定位置の部屋の隅に戻り、膝を抱えて座る。
どれだけ、こうしていただろう?
気づくと、外が騒がしくなってきている。
時計を見ると、すでに午後5時を回っており、学生達が帰ってくる時間になっていた。
俺が膝を抱えていると、ドアが開いた。
「ただいまー。ルミナ君、帰ってきてたんだね」
天使が部屋に降臨した。
「お姉ちゃん……」
「ルミナ君? どうしたの?」
お姉ちゃんが俺に近づいてきて、俺の前でしゃがむ。
「お姉ちゃん……」
「何で泣いてるの?」
「お姉ちゃん……」
俺が壊れた機械のように、お姉ちゃんとしか言わないでいると、お姉ちゃんが俺を抱きしめてきた。
「よしよし」
「おねーちゃん!!」
俺はお姉ちゃんに抱きついた。
「よしよし、どうしたの?」
「ゾンビがー、ゾンビがー!」
「る、ルミナ君?」
「ゾンビがー、ぞん……おぇ……」
俺はお姉ちゃんを押し退け、トイレに駆け込む。
吐くものはないが、吐き、ある程度、すっきりすると、俺は再び、部屋の隅に戻り、膝を抱える。
「る、ルミナ君?」
「ゾンビが……」
「お、おーい……」
「ゾンビが……」
「………………」
お姉ちゃんが困っている。
でも、ゾンビが……
「お疲れー。何だ、ミサキも帰ってきてたんだ」
ちーちゃんが戻ってきた。
ちーちゃんの頭の上にはシロがいる。
「あ、ちーちゃん、お帰り」
「ルミナちゃん、さっき、そこで1年の江崎からシロを預かってきたよ……って、どうしたの?」
「あちゃー、相棒の精神が完全に死んでる」
シロはちーちゃんから降り、俺の所までやってくる。
「相棒、大丈夫か?」
「大丈夫に見えるか?」
「見えない」
大丈夫なわけねーだろ。
「どうしたのさ?」
ちーちゃんがお姉ちゃんを見る。
「さあ? さっきからゾンビがー、ゾンビがーって」
「ああ、ゾンビにでも囲まれたの?」
ちーちゃんが今度はシロに聞く。
「うーん、大量のゾンビと戦ってたからなー。まあ、最後のゾンビシャワーで心が折れたんだろうな」
「ぞ、ゾンビシャワー?」
お姉ちゃんは不穏な単語に引いている。
「大量のゾンビを爆破したんだ。そして、ゾンビの血肉が相棒に降り注ぎ、さらに……」
「いい! 言わなくていい!!」
「やめてよ!!」
シロの言葉にお姉ちゃんとちーちゃんは嫌がる。
「ま、まあ、そんな目にあえば、こうもなるか……」
「……お前らは?」
「9階層まで行ってきたよ」
「そうか、良かったな」
まあ、手こずるようなダンジョンではないからな。
「ああ……死にたい」
「ルミナ君、お風呂に行ってきたら? すっきりするよ」
お風呂……
そういえば、俺の髪は大丈夫か?
「なあ? 俺の髪、どす黒くない?」
俺は顔を上げ、2人を見る。
「え? いつもの髪だよ」
「うん。ルミナ君の髪って、綺麗だよね」
ダンジョン内で付いた汚れは、ダンジョンから帰還すれば取れる。
よって、俺の髪や体にはゾンビの血肉は付いていないはずだ。
しかし、付いている錯覚に襲われる。
「俺、汚くない? ゾンビの血肉にまみれてない?」
「怖いことを言わないでよ」
「いいから風呂に行って、心と体を清めてきな」
「……行ってくる」
俺はノロノロと立ち上がり、替えの下着と浴衣を用意する。
「あんたがゾンビみたいだよ」
ノロノロと動く俺を見ていたちーちゃんがひどいことを言う。
「あー……うー…………うっうっ」
「ゾンビのモノマネ? 泣くくらいなら、やらなきゃいいのに」
死にたい……
「ルミナ君、大丈夫かな?」
「風呂で溺れないといいけど」
「ルミナ君、お姉ちゃんも着いていこうか?」
「…………うん」
俺はお姉ちゃんに手を引かれ、貸し切り風呂に行く。
そして、お姉ちゃんと何年か振りに一緒にお風呂に入った。
お姉ちゃんのおかげでちょっと元気が出た。
変な意味じゃねーぞ!
風呂から上がり、部屋でボケーとしていると、晩飯の時間になった。
「ルミナ君は……食べる?」
「いらない」
「でも、何かお腹に入れたほうがいいよ」
「じゃあ、あたしのお菓子をあげる」
ちーちゃんはそう言って、チョコ菓子をくれた。
「おい、相棒、俺の飯は?」
そういえば、俺の晩飯をシロに譲るって話だったな。
「ちーちゃん、悪いんだけど、シロをシズルの所まで連れていって。俺の飯をあげる約束してたわ」
「ついでだし、いいよ」
「お願い。俺は部屋でチビチビやってる」
お姉ちゃんとちーちゃんはシロを連れて部屋を出ていった。
俺はちーちゃんに貰ったチョコ菓子を食べると、嫌なことを忘れようと思い、ジュースを飲みだす。
しばらく飲んでいると、お姉ちゃんとちーちゃんも帰ってきたため、3人で飲む。
本来なら、こういう修学旅行みたいなイベント時は女子部屋に遊びに行くのが理想である。
しかし、俺はすでに女子部屋にいるため、その気になれない。
シズルの部屋に遊びに行きたいなと思うが、シズルと同部屋の女子が邪魔である。
そういったことから、この合宿遠征の夜はずっと3人で飲んでいた。
「修学旅行って、男子が女子部屋に来るもんじゃないの?」
「急に、何さ?」
「いや、かわいいお姉ちゃんがいるのに、男子が来ないなーって」
「あんたがいるからだろ。男子達だって、死にたくないだろうし」
もし、俺が同室じゃなかったら、来てたのかな?
殺す!
「それに男子部屋と女子部屋は離れているし、先生達が一晩中、見張ってるらしいよ」
「一晩中? 大変だなー」
「昔、問題が起きたらしい」
問題ねぇ……
大体、想像がつくな。
じゃあ、男子は来ないし、安心だなと思っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
俺達はその音を聞くと、反射的にジュースをアイテムボックスにしまった。
「はーい」
ジュースをアイテムボックスにしまい終えると、お姉ちゃんが立ち上がり、扉を開けにいく。
ガチャ
「こんばんは。ルミナ君、います?」
「あ、シズルちゃん、こんばんわ。ルミナ君ならいるよ」
男子が来たかなと思っていると、シズルが来たようだ。
そして、シズルの頭にはシロが乗っている。
そういえば、シズルの所に預けたままだった。
「お邪魔しまーす」
シズルはお姉ちゃんに招き入れられて、部屋に入ってきた。
シロはニョロニョロと俺の所に来て、テーブルの上にあるつまみを食べだす。
まだ食うのか。
「よう! シロを届けにきてくれたのか?」
「うん。それとルミナ君、大丈夫? かなり、大変だったみたいだけど」
「かなりキツかったけど、大丈夫。まあ、座れよ」
俺はシズルに座るように促した。
シズルが席につき、お姉ちゃんも座ると、俺達はアイテムボックスからジュースを取り出した。
「飲んでたの?」
「まあ、せっかくの旅行だし。あと、ゾンビを忘れたい」
「そ、そっかー……まあ、仕方ないよね」
そう。
仕方ないのだ。
グビグビ。
「お前も飲むか?」
「私、飲んだことない」
「大丈夫。軽いのだから。ジュース、ジュース」
「そう? じゃあ、ちょっとだけ……」
俺はシズルに軽いのを渡すと、皆で飲む。
「ハヤト君は大丈夫そうだったか?」
「うーん。何か変なテンションだったよ。あと、ゾンビが怖くて、何も出来なかったって、後悔してた」
ん?
むっちゃゾンビを倒してただろ。
「あいつ、 最後のほうは自棄になって、ゾンビを斬りまくってたけど」
「相棒、ハヤトは記憶がないみたいだ。そっとしておけ」
あちゃー。
ハヤト君も心に大ダメージを負ったみたいだ。
「そんなにすごかったの?」
「すごかった。あのダンジョンには二度と行かない!」
依頼があっても断る!
「そ、そうなんだ」
「ルミナちゃん、さっきまで死んでたもんね」
「当分は肉が食えねーわ。まあ、これで安眠枕をゲットだ」
割りの良い依頼だと思ってたら、とんでもない依頼だったが。
「うん。これで奥まで行けるね。そういえば、今日、チサトさんは眠そうでしたけど、昨日も飲んでたんですか?」
「昨日はルミナちゃんがねー……」
「そうそう。ルミナ君がねー……」
あ、また、からかわれそう。
「どうかしたんですか?」
「昨日ね、告白されたの」
お姉ちゃんがあっさりと答える。
「え!? 男子!?」
「ちげーよ! 後輩の女子だ! お前だって、お祭り状態らしいな!」
「えー……別にそんなんじゃ……」
シズルは人の告白には食いつくくせに、自分に振られると、ゴニョゴニョしだした。
「えー、やっぱり!? シズルちゃん、モテモテー!」
「誰にコクられたん?」
そんなシズルにお姉ちゃんとちーちゃんは食いついた。
今日も昨日と同様に恋愛話で遅くまで盛り上がっていく。
そんな楽しい合宿遠征の最後の夜も終わり、残すはバスで帰るだけとなった。
俺は昨日、今日と遅くまで起きていたせいで、寝過ごし、バスの集合時間に遅刻してしまった。
そして、行きと同様に一番前に座らされ、土井の面倒をみるはめになった。
もちろん、山崎のバカも遅刻したため、行きと同様に土井の面倒をみていた。
車酔いをする土井の面倒をみつつ、長い時間をかけて、昼過ぎには学校に到着した。
俺達はその場で解散となり、俺はシロと共に家に帰宅する。
家に戻ると、洗濯物などを済ませ、体を休めた。
そして、夜になり、テレビを見ながら、晩飯を食べている。
『緊急速報です。アメリカにあるカブラ迷宮からモンスターが溢れ出ました。モンスターは街を襲い、多数の死傷者を出している模様です。繰り返します………………』
「あー、スタンピードだわ」
シロがテレビを見ながら言った。
はい?
攻略のヒント
アメリカのカブラ迷宮はアメリカで最も不人気なダンジョンである。
なぜなら、出てくるモンスターがアーミーアントと呼ばれる蟻のモンスターであり、このアーミーアントは戦闘中に仲間を呼ぶ面倒くさいモンスターだからである。
そのうえ、魔石も安く、ドロップ品も安価なものしか落とさないため、トップクラスのエクスプローラはカブラ迷宮には常駐していない。
『週刊エクスプローラ 世界のダンジョン特集』より
ここまでが第4章となります。
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