第060話 仲良しな神条姉弟(妹)
俺は協会内の帰還魔法陣で目が覚めた。
ダンジョン内で死んだ場合、パーティーが全滅しない限り、本当に死ぬことはない。
俺がこうして生き返って(?)帰還したということは、パーティーが全滅しなかったということである。
まあ、ハヤト君達が先に帰還しているから、死なないことはわかってたけど。
しかし、気分は最悪だ。
俺も何度かダンジョン内で死んだことがある。
それはおそらくリアルな死と変わらないだろう。
今回はパンプキンボムを至近距離で食らったため、痛みはほとんど感じなかった。
失った右腕は元に戻っているし、レッドオーガに散々殴られた傷も癒えている。
しかし、精神的に来るものがある。
自分は本当に生きているのだろうか?
エクスプローラの中にはダンジョン内で死にすぎて、生と死の境界線がわからなくなり、病んでしまうことが多々ある。
これはダンジョン病と呼ばれ、年に数人程度だが、自殺者が出る病だ。
気持ちはわかる。
俺は強いからあまり死んだことはないが、この辛さを何回も受けたら精神的に病んでしまうだろう。
「そういえば、死んだのはいつ以来だ?」
俺はこれまでにピンチは幾度となくあったが、結果的には生還してきていた。
少なくとも、東京本部に来てからは死んでいない。
「ハァ……きつい……」
俺は思わず、ため息が出るが、なんとか立ち上がり、自分の失ったはずの右腕をグー、パーで何度も握る。
「こんな時は肉を食って、飲むに限る」
大人のエクスプローラはこんな時には大人のお店に行くらしい。
未成年の俺は行けないし、彼女もいないので悲しい。
「シズルは……ダメだ、まず、俺が女だったわ」
女エクスプローラはこういう時にどうするんだろう?
スイーツでも食べに行くのかね?
今度、ショウコにでも聞いてみるか。
「ハァ……帰ろ」
俺は再び、ため息を吐き、帰還魔法陣の部屋を出た。
部屋を出ると、警備員も誰もいなかった。
「誰もいねーじゃん。榊のバカはともかく、鈴村もいねーな」
俺はいつものアホと年齢詐称の警備員コンビを思い出す。
「俺様が帰還したのに、出迎えなしかよ。まさか、レッドオーガが生きていたってことはねーだろうな?」
とはいえ、俺はヤツの頭が吹き飛ぶのを見ている。
あれで生きているはずはないし、確実に倒したはずだ。
「チッ! サボりか?」
俺はいつもシロといたので、独り言が増えている。
しかし、この場にはシロがいないので、反応はない。
俺はむなしくなったので、さっさとロビーに行くことにした。
「最悪、マイちんがいるだろ」
俺は空間魔法の早着替えで≪知恵者の服≫から魔女のコスプレに戻りながらロビーへの扉を開けた。
俺がロビーに入ると、そこには大勢の人間がいた。
ダンジョン内で見た顔もチラホラ見えることから、どうやら、あそこにいた人間もすでに帰還していたようだ。
俺より先に帰還しているのは、ダンジョン内で死んだ場合、復活には若干のタイムラグがあるからだろう。
「お兄ちゃん!!」
「ん?」
その人混みからホノカが出てきた。
「よう。無事で何より」
俺は手を上げ、軽い感じで近づく。
ホノカは走って俺に近づいてくる。
お兄ちゃんがそんなに恋しかったのか?
やれやれ。
俺は可愛い妹の抱擁を受け止めるため、腕を広げて待つ。
しかし、ホノカの勢いを見て尻込む。
……あいつ、ダッシュすぎないか?
「お兄ちゃん!!」
「ゴフッ!」
ものすごい勢いで来たホノカは俺の腹に抱き着く。
俺のみぞおちにホノカの肩が当たり、むせてしまった。
そして、そのまま後ろに倒れ、
尻餅をついてしまった。
「ゴホッ! おい、少しは加減しろよ。愛が重いぞ」
俺はホノカに文句を言う。
「おにーちゃーん。うえーん!」
ホノカは泣いてしまった。
「ホノカ……」
俺は泣いているホノカを抱きしめ、背中をさする。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫に決まってんだろ。ってか、レッドオーガはどうした?」
「お兄ちゃんと一緒に爆発して死んだ」
「じゃあ、なんで泣いてんだよ」
俺は悪くないぞ!
「だって、お兄ちゃんが死んじゃったから……」
「いや、生き返るわ! 伊藤先生以外はすでに帰還してんだよ」
「そういうことじゃない!!」
お、怒るなよー……
「心配かけてごめんな」
「……うん」
納得はいかないが、謝ることにした。
「あと、アカネちゃんのこともごめんな」
「サイテー」
あれ?
もしかして、タイミングが違った?
「いや、アカネちゃんが哀れだったから……」
「哀れって言わないで。あと、今、言わないで」
やっぱり、タイミングを間違えたらしい。
「お前が無事で良かった」
俺は誤魔化すために、ホノカの頭をなでながら言う。
「本当にひどい……」
「いや、本当に……ね?」
あわわ。
感動の雰囲気が殺伐としてきた!
「お帰り、ルミナ君……」
俺とホノカの空気が悪くなってくると、抱き合っている俺達をお姉ちゃんが抱きしめてきた。
「うん。ただいま。お姉ちゃんは大丈夫?」
お姉ちゃんはレッドオーガに殺されていたから心配なのだ。
「私は大丈夫。ルミナ君は?」
「俺は慣れてる(嘘)。お姉ちゃんを殺したゴミは死刑にしといたから」
「うん。ホノカちゃん、お兄ちゃんに言うことがあるでしょ?」
「う、うん。お兄ちゃん、ごめんなさい」
何を謝っているんだ?
何のことか、よくわからんが、空気を読んでおこう。
「うん。俺の方こそ本当にごめんな」
「ルミナ君、ホノカちゃんはルミナ君とケンカした時に、悪口を言ったことを謝っているの」
わかっていないことがバレたらしく、お姉ちゃんからホノカが謝っている理由を説明された。
悪口?
嫌いって言われたことしか覚えてない……
ま、いっか!
「良いんだ。俺も言いすぎたし、アカネちゃんを変に庇ったのが悪かったんだ」
「ううん。ごめんなさい」
ホノカは俺を強く抱きしめ、謝罪してきた。
お姉ちゃんはうんうんと頷いている。
仲直りできたぞー!
やったね!!
俺はホノカを抱きしめ、お姉ちゃんのいい匂いを嗅いで、幸せな気分に浸っていた。
「神条、仲睦まじいところを悪いが、ちょっといいか?」
幸せな気分をぶち壊す男がやってきた。
本部長である。
「消えろ! 空気を読め! あと、ここにいるのは全員神条だ」
「すまん。男の神条だ」
「ここに男はいない。あっち行け!」
俺は自虐をしながらシッシッと本部長を追い払う。
「ルミナ君、本部長さんは説明を聞きたいんだから、そんなこと言っちゃだめだよ」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんって呼んだほうがいい?」
お姉ちゃんに窘められ、ホノカはアホなことを言っている。
俺達は邪魔者のせいで、家族愛の確認を終え、立ち上がった。
「チッ! 何だよ?」
「とりあえず、本部長室に来てくれ」
本部長はそう言って、本部長室に向かった。
「説明って何だろ? どっか全滅したん?」
俺は本部長から何の説明を求められているかわからず、姉と妹に聞く。
「全滅をしたところはなかったよ。ほら、行ってきなよ!」
俺はホノカに急かされて、本部長について行った。
◆◇◆
俺と本部長が本部長室に入ると、そこには伊藤先生とダンジョン学園の学園長がいた。
学園長は優しそうな爺さんだ。
「先生、先生から貸してもらった剣、食べられちゃいました。すみません」
俺は伊藤先生に剣を紛失してしまったことを謝った。
「気にするな。壊してもいいって言っただろ。あのオーガ相手では仕方がない」
伊藤先生は首を振りながら、許してくれた。
「神条、まずはよくレッドオーガを倒してくれた。感謝する」
本部長が俺の肩に手を置き、礼を言ってきた。
「俺は自分の姉と妹を守っただけだけどな。まあ、礼は受け取っておくわ。金でいいぞ」
「謝礼は払う。それと、説明が聞きたい。レッドオーガとは何だ? 何故、オーガがあそこにいた?」
俺に聞くなよ。
「伊藤先生から聞いてないん? 先生もシロの説明を聞いてただろ?」
俺は伊藤先生に話を振る。
「もちろん聞いていた。だが、こんなことはこれまで一度たりともなかった」
「じゃあ、俺に聞かれても、知らねーわ。シロに聞け。ってか、シロはどこだよ」
そういえば、あいつ、どこにいるんだ?
「あの蛇はお前の仲間と一緒にいる。少し待て。呼んでくる」
伊藤先生はそう言って、本部長室を出て行った。
伊藤先生が出ていった後、俺は本部長に説明を求めることにした。
「逆に聞きたいんだが、あれからどうなった? 全滅したパーティーはいないと聞いたが」
「ああ。お前がレッドオーガを倒した後は、即座に帰還したらしい。当然、ダンジョン祭は中止だ」
まあ、あの状況で続けられるわけがない。
「よく全滅しなかったな。プロ連中は真っ先にやられたと聞いたが」
あと、お姉ちゃんを始めとしたヒーラーも。
「ああ。レッドオーガが現れ、その危険度を把握した補助員がパーティーメンバーに帰還の結晶を使わせたんだ。補助員は万が一のために、帰還の結晶を持たせてあったからな」
「帰還の結晶は安くねーぞ。太っ腹だなー」
「本来なら、使う予定のないものだ。使ったのは初めてだよ」
確かに、学生連れとはいえ、プロのエクスプローラが低階層で帰還の結晶を使うことはないだろう。
「保険をかけておいて良かったな」
「そういうことだ」
コンコン
「失礼します」
俺と本部長が話していると、伊藤先生が戻ってきた。
「よう、相棒。元気そうで、何よりだぜ」
シロが軽口をたたきながら、俺の体を這い上がり、定位置の肩まで登った。
「死んじゃったけどな」
「まあ、仕方ねーよ。灰の化身を使ったんだし、どのみち死ぬ」
「まあな。それで、なんか本部長があのレッドオーガについて聞きたいんだとさ」
俺はシロに呼んだ理由を説明した。
「何を聞きたいんだ? ってか、そこの先生に説明しただろ」
「これまで低階層にオーガが出ることはなかった。特異種とは何だ? これからも出てくるのか?」
「特異種はそんなに頻繁には出ないし、あそこまで降りてくることはない。せいぜい2~3階層までしか動けないからな」
そうなん?
「では、何故、あそこにいた!? オーガが6~7階層で生まれたとでも言うのか!?」
本部長は語気を荒げる。
「本部長、落ち着きなさい」
「学園長……すまん」
学園長が珍しくいきり立っている本部長をたしなめた。
たしなめられた本部長はシロに謝罪をする。
「まあ、気持ちはわかるから気にすんな。何故、レッドオーガがあそこにいたか、だな。そりゃあ、ワープの罠で来たんだろ。俺っちもそうやって移動したからな」
シロが大人な意見を言い、説明をする。
俺は地道に歩いてきたと思っていたが、ワープで来たらしい。
「ワープでたまたま低階層に来たのか……」
「だろうな。運が悪かったんだよ。まあ、相棒と出会ったレッドオーガのほうが運が悪かったけどな」
フフン!
俺、強い!
「じゃあ、今後もこのような事態が頻繁に続くわけではないのだな」
わかった。
こいつらは≪勇者≫というジョブの出現で不安になっているんだ。
今回の事もダンジョンの異変か何かだと思っているんだろう。
「まあ、そうだな。絶対ではないが、滅多にはないだろう」
「そうか……」
本部長は安心したのか、ふうと息を吐いた。
「神条君、君のおかげで生徒達に被害が出なかった。ありがとう」
本部長の話が終わると、学園長が礼を言ってきた。
でも、帰還の結晶を使ったらしいし、俺が倒さなくても、被害は出なかったと思う。
俺は内心、たいしたことしてねーなと思ったが、素直にお礼を受け取ることにした。
「いえ、私もプロのエクスプローラですので、やるべきことをやっただけです」
内申、上がらねーかなー?
「うむ。君のようなエクスプローラが我が学園の生徒で嬉しい!」
ふひひ。
これで成績に色がつくぞ!
「ありがとうございます。私もこの学園で多くのことを学ばさせてもらってます。大切な仲間も出来ました。これからも精進していく次第です」
「素晴らしい! 君のような者がこれからのエクスプローラ業界を背負っていくのだ!」
ほ、ほう……
そうだったのか!
俺がこれからのエクスプローラ業界のトップに君臨するのか!
悪いな、瀬能。
「あ、あの学園長、それは言いすぎでは……」
本部長が水を差してくる。
「何を言うか!! 神条君は学校でも、教師や中等部の生徒からも評判が良い。それに、今回の事や前の暴行事件も解決したではないか!!」
そうだ、そうだ!
「そ、それはそうですが……」
「ましてや、君は先週、自白のポーションを彼から受け取っただろう。暴行事件に関わった彼なりに考えがあってのことだろう」
そう……だ?
……そうだ、そうだ!
「ま、まあ、そうですか……ね?」
「彼が昔、何をしたかも知っている。川崎支部で問題行動を起こしたことも知っている。誰だって、若いうちは過ちを犯すものだ。しかし! 彼はこうして更生し、真面目に学生をしている!!」
そうだ、そうだ!
「はあ?」
「はあ? じゃない!! 君は彼の何を見てきたのかね!? やはり危険度認定制度が間違っているのだ。だから、私はあの時に反対したのだ! うーむ、そうだ! 神条君の赤を取り消そう!!」
え?
いいの!?
ってか、出来るの!?
「学園長、お待ちください!! 赤や黒は二度と戻れないと決まっているではありませんか!?」
危険度判定制度は白→青→緑→黄→黒→赤と変わっていき、赤や黒になると二度と戻れない。
「彼が赤になったのは小学生の時だろう? 未成年の、しかも、まだ善悪の区別もつかない小学生ではないか! その時の過ちで彼のエクスプローラ人生を決めても良いのか!?」
「いや、それはそうなんですが……」
まあ、小学生に免許を取らすなって、話なんですけどね……
「学園長、良いのです。私は≪レッド≫になるようなことをしました。私はこの罪を背負い、これからの行動で贖罪をしていく所存です」
『お前、ホント、すげーな』
シロが念話で褒めてくる。
もちろん、嫌味なのはわかっている。
「いかん! いかんぞ、神条君! 君はまだ学生だ。わしの学園の生徒だ。よし! 本部長に話しても埒が明かないし、わしが上に掛け合おう!」
この爺さん、お偉いさんみたいだ。
よし! もっと評価を上げておこう!!
権力、最高!!
「学園長……ありがとうございます。私は長年、≪レッド≫と呼ばれてきたので、私自身は気にしておりませんが、家族や仲間に悪いと思っていたのです」
「……お前、ひどいな」
伊藤先生がこっそりつぶやく。
「ん? 伊藤君、何か言ったかね?」
「…………いえ、私も担任として、元エクスプローラとして、神条の成長を感じておりました」
伊藤先生は権力に屈した。
「そうか! 君もそう思うか! よし、では、上に掛け合おう! 本部長、いいかね?」
学園長は有無を言わさない様子で本部長に確認する。
「…………はい。学園長がそう判断したのなら私が言うことはありません」
本部長も権力に屈した。
「ありがとうございます!!」
俺は深々と頭を下げた。
ふひひ。
暴行事件も今回の事も、ほぼ自分のためだったが、良いことはしておくものだ。
俺は頭を下げつつ、ニヤニヤが止まらない。
ふっ……
Aランクが見えてきたな!
『相棒は本当に嘘つきだなー』
うっせー!
攻略のヒント
ダンジョン学園東京本部のダンジョン祭の最中に4階層でオーガの特異種が発見された。
そのオーガはワープの罠により、低階層に転移してきたと思われる。
今後は同様な事象が起きる可能性は低いが、各ダンジョンを管理する協会及び学園は十分に留意するように。
なお、そのオーガは現場に居合わせたCランクの神条ルミナが撃破した。
神条ルミナはこれまでの貢献度と模範的行動を評価し、危険度判定制度における色を赤から黄に変更する。
『ダンジョン学園東京本部 緊急通達』より
ここまでが第3章となります。
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