第174話 武器選びは大切でっせ?
ダンジョン50階層攻略に向けて、順調に進んでいた。
今日はダンジョン探索は休みとなったので、シズルと共に武器を新調することに決めた。
朝、目が覚めると、隣にシズルがいる。
当然だ。
シズルは昨日、ダンジョンから帰還し、解散となったその足で泊まりにきたのだから。
シズルは最近、よく泊まりに来る。
それは別にいいし、嬉しいことなのだが、若干、外堀を埋められているような気がするのは気のせいだろうか。
昨日、シズルに親には何て言って来たのかを尋ねた。
回答は『普通にルミナ君の家に行くって言ってるよ』だった。
『言ってるよ』
これって、昨日だけじゃなくて、いつもってことかな?
気のせい?
こいつは寮生だから親に言わなくても、無断外泊が出来る。
寮では実家に帰ると申請をすれば、それで終わりだ。
別に親に連絡がいくことはない。
俺だって、川崎支部の時は、その手口で友達の家に泊まりにいったりしていた。
というか、寮生の常套手段だ。
それなのに、わざわざ親に言うって……
シズルのお母さんはどう考えているんだろう?
いや、これは深く考えない方がいい。
少なくとも、俺のスキル≪冷静≫はそう言っている。
よし! 知らない!
どうとでもなるだろう!
そんなことよりも重大な悩みがある。
今はもう3月に入った。
実を言うと、今週末にはトランスリングさんが復活を果たす。
俺は当初、テスト勉強があるし、テストが終わった春休みに使おうかと考えていた。
だが、状況は変わった。
テストは延期し、春休みは消滅するのだ。
だから、このトランスリングの使いどころに悩んでいる。
短絡的に考えれば、今週末に使い、見事なハッピーエンドを迎えることだ。
ガチの朝チュンである。
しかし、それに使っていいのだろうか?
今は50階層に向けて攻略中だ。
トランスリングで男に戻れるということは≪グラディエーター≫に戻れるということである。
男女の素の力の違い。
バリバリ後衛職の魔女とバリバリ前衛職のグラディエーターの違い。
これによる力の差は大きい。
その証拠に魔女になった直後はハルバードを使えなかった。
レッドオーガには苦戦した。
そして、立花の残党であるマッチョマンには手も足も出なかった。
50階層のボスであるデュラハンがどんな強さかはわからない。
だからこそ、トランスリングは切り札にもなりうるのだ。
そして、なによりも50階層を攻略すれば、『いつでもどこでもヤレますチケット』であるトランスバングルを入手できる。
シズルの身体に溺れる日が続くのだ。
これはもう使わないことが正解だろう。
それは頭ではわかっている。
でも…………ほら、ね?
したいじゃーん。
砂漠をさまよい、喉が渇いている状況で、目の前に水があれば飲むじゃん。
たとえ、この先にオアシスがあるとわかっていても飲むじゃん。
俺は横で寝ているシズルに抱き着く。
ほら、柔らかいし、いい匂い。
これはもう、しょうがないよね?
『それで失敗するお前が目に浮かぶわー。トランスバングルを手に入れることが出来ずに、荒れるお前が安易に想像できる』
やっぱり?
俺もそんな気がする。
『ここは我慢の時だぞ』
雌伏の時か…………フッ。
『あの歴史小説のフレーズか……』
詳しい意味はよく知らんがかっこいい。
ハァ……諦めるか……
俺は二度寝することにした。
◆◇◆
俺がそのまま二度寝をしていると、シズルに起こされた。
そして、朝食を取り、準備を終えたので、協会に隣接する武具販売店に向かう。
今日は平日であるため、あまり人が歩いていない。
いつぞやの停学期間中を思い出す風景だ。
俺達は警察に声をかけられるという、よくあるイベントにも遭遇せずに、武具販売店に到着した。
武具販売店に入ると、武器を売っている3階に向かう。
エレベーターで3階に着くと、知っている顔を2人見つけた。
瀬能と≪正義の剣≫のおっさんAである。
実はこの2人がここにいることは知っていた。
というのも、朝、武具販売店に向かう前に瀬能を誘ったのだ。
今回の攻略で一番苦労をしているのは、タンクである瀬能である。
だから、武器や防具を新調しないかと、提案した。
だったのだが、瀬能も同じことを考えていたらしく、≪正義の剣≫のタンクであるベテランのおっさんAにアドバイスを頼んだらしい。
「よ!」
「おはようございます」
俺とシズルは2人に挨拶する。
「ああ、おはよう」
「おはよう」
瀬能とおっさんAも挨拶を返した。
「どうだ? いいのあった?」
俺は瀬能に聞く。
「なかなかね。良いのは高いな。当たり前だけど…………」
「そりゃそうだ。アカネちゃんの槍なんか、売れば800万もするんだぞ」
豚に真珠。
アカネちゃんに800万。
「たっか!」
「お前、そんなのを上げたのか……高いとは思ってたけど、予想以上だ」
シズルが驚き、瀬能が呆れている。
あ、内緒だったんだ。
「まあ、拾いもんだし、使わんから」
「そんな高いのをよく誕プレで渡すな」
「いいじゃん。戦力が上がるし、ひいては自分のため」
これでアカネちゃんがどっか行ったらすげー損だけど、アカネちゃんはそんなことをしない。
というか、脱退は死罪。
お漏らししたことをネットに書き込む。
「ああ……あの≪フロンティア≫にいたヒーラーか……確かに、ダークナイトを簡単に貫くから変だと思った」
おっさんAも思うところがあったようだ。
「それでお前はどうするんだ?」
「武器は似たようなものにして、防具を強化しようかと思う」
それがいいかもしれん。
どうも、41階層以降は王宮っぽいから、武器を持った兵士っぽいのが多そうだし、こいつは防御力を上げるのを優先にした方が良さそうだ。
「うんうん。じゃあ、これから2階か?」
武器はこの3階だが、防具は2階なのだ。
前にホノカと来たのも2階だった。
あ、そういえば、あいつ、マジで金を返さない気かな?
うーん、まあいいか。
「ああ。君らは武器って言ってたな」
「だなー。まあ、選んでくるわ。じゃあ、明日な」
「ああ」
俺とシズルは瀬能とおっさんAと別れ、剣のコーナーに行く。
瀬能とおっさんAは2階に向かった。
「ルミナ君はどんな剣にするの?」
「まあ、普通のロングソードかな」
本当は新選組の本を読んだから、日本刀が欲しいけど、あれって、高いくせにすぐ折れちゃうんだよな。
俺は展示されているロングソードを見比べる。
「ふむ。なるほど」
相変わらず、わかんねー。
もう折れなきゃなんでもいいよ。
俺は全然、わからないので、店員さんを呼び、一番丈夫なのを選んだ。
「こちらになりますが、重いですよ?」
「大丈夫、大丈夫。それください」
「ハァ……? わかりました」
どうせハルバードに比べたら軽いし、何でもいいや。
俺はロングソードを購入し、アイテムボックスに入れた。
「お前はどうすんの?」
自分の剣を買い終えたので、次はシズルの短剣だ。
「ダンジョン産か、普通の加工品か……」
シズルは短剣コーナーのショーケースを見ながら悩んでいる。
「お前はもうダンジョン産で良いと思うぞ」
「そうかな? うーん、しかし、高いねー」
ダンジョン産は加工品と比べて値段が天と地だ。
まあ、物によるけど。
「なんだったら、ダンジョン産の短剣をやるぞ。しかも、アカネちゃんのやつより高い」
「それって、例の呪われたやつでしょ。嫌」
また、断られちゃった。
ってか、≪血塗られた短剣≫は呪われてねーよ。
多分!
「お前、金あるん?」
「私はルミナ君に防具をもらったし、消耗品といったら投げナイフくらいだからねー。貯金しているお金もあるし」
そういえば、こいつは歌手をやっていたから金持ちだったわ。
なにせ、自力でポーションを買おうとしていたくらいだし、持ってるんだろうな。
「どうしよっかなー」
シズルは悩んでいる。
まあ、悩みなさい。
俺とは違ってメインウェポンだし、後悔しない選択が望ましい。
シズルは時たま、店員さんを呼び、話を聞いたり、実際に持ってみたりする。
そして、かなりの時間をかけて、悩み抜き、2つの短剣に絞った。
2つともダンジョン産である。
値段もほぼ変わらず、正直、差がわからない。
「うーん。ねえ、どっちがいいかな?」
それって、デートで服とかを聞くやつじゃないの?
服を選ぶのはいい。
無理やりにでも、自分の好みを押し通すからね。
でも、短剣はわからん。
「差があんの?」
「微妙に長さが違う」
俺はシズルにそう言われたので、ショーケースに貼られている短剣情報の紙をみて、長さを確認する。
片方が65センチ、もう片方は70センチだ。
なるほど、5センチ違う。
「今使っている短剣は?」
「60センチ」
「じゃあ、65センチにしな。長くするにしても、徐々にしろよ」
たいして変わらんが、そっちの方がいいだろ。
「うーん、じゃあ、そうする」
そうしなさい。
シズルは店員を呼び、短剣を購入した。
その後、瀬能の様子を見にいった後に2人で帰宅した。
このまま出かけたいと思うが、さすがに平日の昼間なので、やめておいた。
シズルは1日中、俺の家にいたが、夕方には実家に帰っていった。
俺はシズルを駅まで送った後に帰宅し、翌日の準備をして、就寝する。
明日からは43階層である。
どんなモンスターが出てくるかは知らないが、楽だといいなと思いながら、すやすやと夢の世界に落ちていった。
攻略のヒント
ダンジョンで使う武器は必ず協会に隣接する武具販売店で購入しないといけません。
よくネットとかで販売しているのを見かけますが、違法であり、購入した人も捕まるので注意しましょう。
もちろん、むき出しのまま、町を歩くのも違法ですよ!
『武具販売店の張り紙』より