第153話 外人さんは不幸です
瀬能とちーちゃんの合格発表があり、ファミレスでお祝いをした。
それからも28階層や29階層でレベル上げをしている。
始めはゴーレムの硬さに苦戦していたが、1ヶ月以上、ゴーレム相手に戦っているため、さすがに慣れてきた。
俺達のレベルが上がり、能力が向上したおかげもあるが、倒し方のコツを掴んできたのである。
カラーゴーレムは魔法で倒せばいいし、ゴーレムナイトの厄介な盾は、誰かが囮攻撃をしてる隙に攻撃をすればいいのだ。
ゴーレムは知能が低いというか、機械的な行動しかしない。
だから、適当な攻撃をしても、必ず、盾で防御してくる。
その隙にガラ空きの胴体を攻撃する。
それでも堅いが、関節を狙ったり、足を狙ったりと、創意工夫をしてきたので、最初のころと比べると、撃破時間は大いに短縮できている。
儲けも悪くないし、何よりも経験値が大きい。
おそらく、すでに30階層のボスであるタートルゴーレムは倒せるだろう。
とはいえ、まだ挑んでいない。
俺のマジカルテレポートの制限を考えると、早めに倒すべきだと思う。
しかし、時間が取れないのだ。
20階層から28階層に行くまでに3時間かかる。
学校が終わり、5時から探索を始めても28階層に到着した時はすでに8時だ。
俺達は学校の規則で申請をしないと、夜の9時までしか探索を出来ない。
そして、申請をしようとしたのだが、却下された。
伊藤先生いわく、現在はアメリカのエクスプローラが滞在しているため、学生が遅くまでダンジョンにいるのはマズいらしい。
別にトラブルが起きるとか、そういうことではなく、対外的な問題らしい。
日本はダンジョン学園創立時、クリーンさをアピールするために、未成年のダンジョン探索は夜の9時までと発表していたようだ。
しかし、当然、これはまったく守られていない。
というか、守るヤツなんていない。
学校が終わった後の4時間で、一体、どこまで行けるんだ?
人にもよるだろうが、下手をすると、10階層すら届かない。
普通は週に2、3回ほど、夜の9時を越えて、奥まで行く。
その他は休んだり、適当に低階層でレベル上げだ。
それが一般のエクスプローラのルーティーンであり、先生達も推奨している。
そうでないと、いつまで経っても、レベルは上がらないし、効率が悪すぎる。
普段なら、申請も申請書に適当に書いて、先生に渡すだけだ。
先生も頑張れーとか、気を付けるようにとか、言うだけで、申請を却下することはなかった。
しかし、アメリカのエクスプローラが来てからは俺達だけでなく、全学生が却下されている。
これにより、俺達1年生はともかく、2、3年生は不満が溜まっているらしい。
なにせ、先輩達はこの時期こそ、就職活動の終盤であったり、始まりなのだ。
それなのに、制限を加えられると、かなりきついことになる。
ちーちゃんや瀬能から聞いたのだが、先輩達にとっては死活問題なので、どうにかしてほしいと頼んだのだが、却下されたらしい。
それならば、いつまでこの制限が続くのか、聞いたみたところ、返ってきた答えは”わからない”だそうだ。
詳細は知らないが、どうやら、アメリカのエクスプローラは何かの目的があって、日本に来ているらしい。
それは、同盟国との親睦か、日本のエクスプローラやダンジョンの調査か、スタンピード対策か、もしくは、他に何かあるのかはわからない。
とにかく、当初、1ヶ月も滞在しないだろうと思われていたアメリカのエクスプローラは今でも滞在しているし、帰る気配もない。
正直、先輩達が可哀想だと思う。
俺は卒業後もこのメンバーでやっていくし、なにより、もうすでに生きていく以上の金を稼げているから問題はない。
だが、そういう学生の方が少ない。
曲りなりにも3年もダンジョンに通っていたら強くはなる。
しかし、ダンジョンには一人では行けない。
絶対に仲間が必要なのだ。
そして、その仲間の解散はどうしても付いて回る。
就職時期になると、パーティーやクランからの誘いが来るからである。
そして、それはパーティー単位とは限らない。
個人だけというのも大いにあるのだ。
これは他のパーティーメンバーから見たら引き抜きである。
本来なら、引き抜きは暗黙の了解でダメなのだが、学生の場合は当てはまらない。
プロではないからだ。
アマチュアを引き抜くのは問題ないし、学生もいいところに行きたい。
よくある話である。
実際、瀬能やちーちゃんも引き抜きは来ていたらしいが、試験に合格し、プロになると、一切、なくなったようだ。
これは学生ではあるが、リーダーもプロで、引き抜きをかける対象もプロの場合はさすがに暗黙の了解の対象になるからである。
暗黙の了解を破ると、評判が一気に下がる。
これはエクスプローラにとっては致命的になるのだ。
というか、俺は報復する。
絶対に許さない。
話を元に戻すと、とにかく、アメリカのエクスプローラの滞在は俺達にとっては非常に迷惑なのだ。
俺は職員室で、伊藤先生に申請を却下された時に、舌打ちをした。
内心、追い出そうかな、と思っていたのだ。
すると、伊藤先生は俺の心の内がわかったのか、頼むからやめてくれと懇願してきた。
そして、周りにいた先生達も同調し、そのまま保健室に連れていかれ、小一時間ほど懇願されてしまった。
先生達も対応に疲れてるみたいだった。
こうなると、土日休みに行くしかないのだが、それも出来なかった。
単純に誰かしら用事があったのだ。
探索なら誰か一人くらい抜けても問題ないが、さすがに、ボスに挑むのは全員が必要だ。
今日は日曜日だが、昨日、今日もダンジョン探索は中止となっている。
俺が用事があるのだ。
用事というのは病院である。
別に誰かが入院しているわけではないし、俺の体調が悪いわけではない。
俺の検診があるのだ。
エクスプローラには年に1回、病院での検診が義務付けられている。
ダンジョン病などの身体の異変がないかを見るためである。
学生はさらに定期検診がある。
つまり、プロである俺は無駄に年に2回も検診を受けないといけない。
実にアホらしい。
俺は朝早くから駅で電車を待っている。
こんな寒い日曜の朝から意味のない検診のために早起きしたのだ。
気分は最悪である。
そして、その気分をさらに悪化させる女が歩いてきている。
そいつはでっかい旅行鞄を転がし、頭にはサングラスをかけ、浮かれた旅行者の女だ。
どっからどう見ても、ユリコである。
「よーす! 奇遇だなー」
ユリコは俺の所に真っすぐやってきて、気軽に声をかけてきた。
また、ストーカースキルを使ったな。
「帰れ。なにが奇遇だ。白々しい」
「いや、マジで偶然。オーストラリアから帰ってきて、今から家に帰るところだよ。あ、そうだ、お前に土産をやろう」
ユリコはそう言って、旅行鞄から箱を取り出した。
「どうも。何これ?」
「チョコ。ちょっと早いが、バレンタインにやる」
そういえば、来週にはバレンタインだわ。
お姉ちゃんとホノカから手作りをもらい、アカネちゃんから10円のチョコをもらう日。
「変なのじゃないだろうな?」
「いや、空港で買ったやつだから普通だと思う」
「ほーん。お前、年末に海外旅行に行ったって聞いてたけど、今までずっとか?」
「ああ。オーストラリアのビーチでナンパしてた。向こうは夏だし、解放的だわー。あ、動画見るか?」
「いい」
その動画は未成年が見たらダメなやつだろ。
それを俺に見せてどうしたいんだよ?
いや、答えなくてもいいや。
どうせ、ゲスな答えが返ってくる。
「お前は気楽だなー。お前がいない間に高橋先輩が襲われたんだぞ」
「聞いた、聞いた。ミスったわー。私がいれば王子様が出来たのに」
ピンチを救い、見返りに身体を要求するゲス王子様か?
でも、お前がいれば、もっと楽に勝てたわ。
俺なんか、吹っ飛ばされるわ、大事な髪を掴まれるわで最悪だったのに。
「お前、高橋先輩とヤったん?」
「いや、あと一歩で、あの井上青年に邪魔された」
高橋先輩、良かったね。
まあ、その直後に、男3人にマワされそうになってたけど。
「ふーん。もうあきらめたん?」
「それなんだよー。サヤカちゃん、大阪に移ったんだよなー」
マジで?
最近、見てないなーと思ったら、大阪に帰ったんか。
「知らんかった……」
「なんか、大阪で一からやり直すらしい」
絶対に嘘だ。
あいつらはそんな殊勝な人間じゃない。
ユリコから逃げただけだろう。
「追うん?」
「悩み中。東京本部は私の噂が回りすぎて活動しにくくなってるしなー。大阪も悪くないと思うんだが……うーん、サエコ……」
そりゃそうだ。
こいつはもはや伝説にまでなってる。
クラスメイトをはじめ、俺の知り合いの女エクスプローラ達のビビりようは半端ない。
「名古屋に帰れよ」
「あそこはちょっと無理かなー。最後にパーティーしたからちょっとマズい」
何、そのパーティー!?
聞きたくない、聞きたくない!
「お前、ヤバい薬とかやってないよな?」
なんか怖い……
「んー? 違法なのは使ってないぞ。せいぜい睡眠薬くらいかな。あ! でも、オーストラリアではなんかすごい――」
「黙れ!」
俺はユリコを遮った。
こいつ、こえーわ。
マジで怖い。
よし!
「大阪に行けよ。高橋先輩を追え。それに大阪は≪マギナイト≫があるだろ」
≪マギナイト≫は大阪で一番大きいクランだ。
そして、メイジが集まったクランであり、女エクスプローラが多い。
「なるほど。大阪には行ったことないし、いい機会かもしれんな」
「そうそう。遠征しな」
俺は高橋先輩と≪マギナイト≫を生贄に捧げ、平穏を召喚するのだ!
「ふむ。いいかもしれん」
ユリコはその場で悩みだした。
よしよし。
高橋先輩には悪いが、俺は自分が一番なのだ。
「ハーイ! Mr.神条?」
俺がしめしめと思っていると、後ろから声がした。
そして、振り向くと、そこには赤い髪をした背の高い女が俺を見ていた。
外人さんかな?
「ノー。ミス、神条」
ノーミス神条(笑)
「ソーリー……いや、ちょっといいかしら?」
女は片言の日本語をやめ、流暢になった。
「えーっと、トイレはあっちです。ゴー、ストレート!」
俺は線路に向かって指さしながら言った。
「飛び降りはちょっと……」
いいから飛び降りて、消えろ。
今の時期に外人が俺の所に来るなんて、トラブルの匂いしかしない。
「知り合いか?」
ユリコが耳打ちしてくる。
「知らない。俺は外人さんに知り合いはおらん」
「ふーん……」
ユリコは外人さんを舐めまわすように見ている。
気持ちはちょっとわかる。
胸元がざっくりと開いているし、何かエロい。
「急に話しかけてごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあるの。ここではなんだから静かなところに行かない?」
静かなところと言った瞬間、ユリコから負のオーラが見えた。
もうユリコに押しつけるか……
「すみませんが、これから病院に行くんです。何を聞きたかったんですか?」
「病院? どこか悪いの?」
「妊娠したか?」
ユリコは死ね!
「いえ、エクスプローラに義務付けられている定期検診です」
「そうなの……実は私はアメリカのエクスプローラでね。日本のエクスプローラがどんな感じなのかとかを知りたかったの。あなたは有名みたいだし」
「そうですか……すみませんが、時間が取れません。おい、ユリコ、お前、暇だろ? 付き合ってやれ」
ユリコの目が光った。
わかりやすいヤツだな……
「い、いや、私はあなたに聞きたいのだけど」
「こいつも有名なエクスプローラです」
「そ、そうなの? えーっと、お仲間さん?」
「いえ、昔からの知り合いですね」
「親友だろー」
何をほざいてんだ。
妄言にもほどがある。
「…………親友」
外人さんは下を向き、悩んでいる。
「あ、すみませんが、電車が来ましたので……」
「あ……」
俺は来た電車に乗り込むために、歩き出した。
後ろから外人さんの声が聞こえたが、無視する。
「まあまあ。私が聞きますよ。寒いですし、暖かいところに行きましょうか」
「いや、ちょっと、待って…………」
2人の声が遠くなっていく。
静かで暖かいところに行ってらっしゃい。
そして火照ってらっしゃい。
グッバーイ。
俺は電車に乗り込み、外人さんの命運とユリコの幸せを祈りつつ、席に座った。
攻略のヒント
宛先 紳士代表,お肉魔人
差出人 マリリンの生まれ変わり
件名 私は死んだ……
対象者の接触に失敗。
何も聞かないで…………
宛先 マリリンの生まれ変わり
差出人 紳士代表
件名 Re:私は死んだ……
お、おう…………
宛先 マリリンの生まれ変わり
差出人 お肉魔人
件名 Re:私は死んだ…
もう詰んだなー。
手がない…………
『とあるメール』より