第141話 後悔先に立たず
俺達は高橋先輩を救出し、帰還の結晶で帰らせた。
そして、極悪クズ3人組と対峙している。
クーフーリンがひょろ長いキモ男。
あきちゃんがハゲたキモ男。
そして、俺がマッチョなキモ男を担当する。
俺の前に立つマッチョは身長180センチはありそうで、腕なんかはオークのような太さだ。
多分、身長が160センチもない華奢な俺よりも2倍は重量がある。
武器を持たずに構えてる姿から格闘家かなんかだろう。
自慢の筋肉で戦う脳筋だな。
いくら力自慢でも俺のパワーには勝てまい。
「ふん」
俺は敵の姿を見て、鼻で笑う。
俺はこういう脳筋が大の得意なのだ。
なぜなら、脳筋は特殊なことをしてこない。
そうなると、単純な力比べとなり、俺の方が強いから余裕で勝てる。
俺は左足に力を込めると、そのまま大地を蹴る。
そして、マッチョの腹に蹴りをぶち込もうとした。
それを見ていたマッチョは特に避けもせず、ボーっと立っているだけだ。
「バカめ! 吹き飛べ!」
俺が放った蹴りはそのままマッチョの腹に突き刺さった。
しかし、マッチョは吹き飛ぶどこらか、ピクリとも動かない。
俺はそーっとマッチョの顔を見上げる。
マッチョは全然、痛そうなそぶりも見せずに笑っていた。
「な、中々、やるな……」
「今のは何だ? 蹴りか?」
「うん、まあ」
俺はすぐにバックステップで後ろに下がった。
うん。
今のは偶然だ。
きっと俺が足を滑らせたのだろう。
「よし、今度こそマジで蹴ってやる」
俺は再び、左足に込めると、そのまま大地を蹴った。
そして、もう一度、マッチョの腹に蹴りをぶち込んだ。
しかし、マッチョはやっぱり微動だにしない。
「あのー、痛くないの?」
俺は蹴りをぶち込んだまま、上目遣いで聞いてみる。
「全然。俺はレベル47だ。しかも、≪鉄壁lv8≫。小娘の蹴りなんぞ効くわけがない」
はえー。
カッチカチやん。
ゾックゾクするヤツやん。
「帰ってもいいかな?」
「ダメ」
マッチョはそう言って、俺の足を掴んだ。
「は、離せ!」
当然、マッチョは俺の懇願を聞かず、足を引っ張り、そのまま放り投げた。
放り投げられた俺はすごい勢いで壁にぶつかった。
「ゴホッ! 痛ったー……」
背中を強打したため、非常に痛い。
しかも、むせる。
俺はすぐに立ち上がったのだが、目の前にはマッチョがいた。
そして、マッチョは丸太のような腕を振り回してきた。
「ひえっ!」
俺はしゃがんで躱す。
俺の頭の上をすごい風圧が通っていった。
すげー力だ。
俺はしゃがんだ反動を利用し、立ち上がりながら飛んだ。
「ムーンサルト!!」
後方宙返りをしながらマッチョの顎を蹴り抜いた。
さすがに顎を蹴ったら脳震盪を起こすだろう。
しかし、俺が華麗に着地をすると、目の前に丸太のような腕が迫ってきていた。
「うそー……」
俺はこれは躱せずに地面に叩きつけられた。
ラリアットである。
これをまともに食らった。
後頭部を打ち付けたので、くらくらするし、単純に首らへんが痛い。
マッチョの腕が太すぎたため、首には直撃しなかったが、胸から鎖骨にかけてがめっちゃ痛い。
「な、なんで顎を打ち抜いたのに動けんの?」
俺はしゃがみながら聞く。
「俺の≪自然治癒≫はレベル8だ。この程度のダメージならすぐ治る」
あかん。
こいつ、完全に俺の上位互換だ。
勝てっこない。
よし、逃げよう!
俺はアイテムボックスの中から帰還の結晶を探す。
あれ? ないぞ……
『相棒、帰還の結晶はさっき使っただろ』
あ……
高橋先輩に使った。
え?
じゃあ、俺はどうすれば?
「どうした? もうギブか?」
マッチョは俺を見下ろし、あざ笑う。
カッチーン!
俺をなめんな!
「死ね! ラブリーアロー!!」
俺はしゃがんだまま、手を出し、魔法を放った。
ちょっと俺より強いからって調子に乗るな!
俺様は魔法も使えるんだよ!
しかし、マッチョは俺が手をかざしたと同時に、横に避けており、俺のハートの矢はあっさり躱されてしまう。
「俺はメイジを狩るのも得意なんだ。メイジの魔法は手の動きを見ればいいからな。無詠唱には驚いたが……」
マッチョはまったく驚いてなさそうに言う。
こっちの攻撃は魔法も殴りも効かない。
勝ち目ないじゃん。
俺はこうなったら仲間だ、と思い、周囲を見る。
クーフーリンは槍で攻撃しているが、ひょろ長が剣で上手くさばいており、苦戦している。
あきちゃんはハゲに殴りかかっているが、ハゲが上手くかわしているため、苦戦している。
両者ともに、とても援護に来てくれそうにはない。
「あいつらは俺よりレベルは低いが、クーフーリンや≪モンコン≫に遅れはとらん」
お前が一番強いんかい!
なぜに、俺は貧乏くじを引くんだろう……
「よーし、そろそろ本気でいこうかな」
俺は≪自然治癒≫で回復したため、ようやく立ち上がった。
「さっきまでは本気じゃなかったのか?」
「もちろん、だ!!」
俺はスキル≪気合≫の≪青の化身≫を使った。
これでパワーを底上げするのだ。
「ほう」
マッチョは感心したようにつぶやくが、油断大敵だ。
俺は油断しているマッチョの腹に前蹴りを放つと、マッチョの腰が落ちた。
そのまま顎をアッパーで殴ると、今度はのけ反る。
そして、ジャンプし、マッチョの顔面に跳び蹴りを食らわせた。
マッチョは地面に仰向けになって倒れた。
完全勝利である!!
いえーい!
「効くなー」
俺は勝利のピースをしていたのだが、マッチョは普通に立ってきた。
そして、首をさすってはいるが、余裕そうだ。
「そろそろ俺も攻撃しようかな」
ダメ!
「女の子を殴っちゃだめって教わらなかった?」
「教わらなかったな」
ひえー。
マッチョは腰を落とすと、低く構えた。
だが、その瞬間、これまで一切、俺と目が合わなかったマッチョと目が合った。
俺の魅了魔法を警戒していたマッチョだったが、攻撃に転じた瞬間に油断したのだ。
バカめ! 食らえー!
……。
…………。
………………。
『相棒? おい、相棒! 体当たりだ! 避けろ!!』
それはわかっているんだけど、体が動かないのはなぜ?
『は?』
俺は魅了魔法をかけようとしている。
なのに、発動しない。
それどころか、体がまったく動かないのだ。
マッチョは低く構えたまま、突撃してきている。
俺はそれがスローモーションに見えた。
何で体が動かないんだろう?
避けないと、ヤバいのに……
そして、マッチョの大きい体が目前に迫った。
直後、目の前がチカチカし、気付いたら、地面に伏していた。
「――カハッ!!」
わけがわからない。
体が動かないと思ったら地面に伏している。
頭が痛い、腕が痛い、足が痛い、お腹も痛いし、胸も痛い。
ただただ、痛い。
「終わりだな。一発で沈むとは……噂ほどではないようだ」
上から声が聞こえると思ったら、俺の視界が急に開けた。
そして、目の前にはマッチョがいる。
マッチョが俺の髪を掴んで、起こしたのだ。
痛い……
「クソが……俺の髪にさわんな……キューティクルが痛むだろ」
「自慢の髪だったかな? 安心しろ。後でいくらでも汚してやる」
絶対に嫌だ。
「ハァ……ハァ……クッ、俺に何した?」
俺は息も絶え絶えに聞く。
「魔眼が自分だけのものだと思ったか? 俺も使えるんだよ。俺の魔眼は相手をマヒにする。時間は短いがな」
魅了魔法のマヒ版か。
俺の魅了魔法が発動する前に、使われたのだ。
それで体を動かなくされ、身構えることも出来ず、まともにタックルを食らった。
そりゃあ、こうなるわ。
俺の防御力は紙なのだ。
「……ずるいぞ」
「いや、お前が散々、使ってた手だろう」
俺がやるのはいいが、他人が使うのはダメ。
ダメージがでかすぎて、体が動かない。
気を失いそうだ。
このままだと、マジでヤラれて、殺される。
でも、体が動かない。
赤の化身を使うか?
それとも灰の化身?
それを使って、こいつに勝てるか?
いや、勝てる気がしない……
それほどまでに戦力差がある。
今、思えば、立花はローグだった。
いくらレベルが高いとはいえ、アタッカーじゃない。
だが、こいつは完全なアタッカーだ。
『なんか手がない?』
俺はシロに念話で助けを求める。
『あるぞ』
ほらね。
シロは役に立たない。
いっつもだよ。
こいつは肝心な時に役に立たないのだ――って、あんの!?
『あるにはある』
『教えろ』
ってか、はよ言えだし!
『うーん、お前、絶対に怒るもん』
『怒んねーよ。怒るわけないだろ。このままだと、エロゲ野郎がエロゲの主人公じゃなくて、ヒロインになっちゃうんだぞ』
『まあ、そうだなー。じゃあ……トランスリングを使え。いくら、そいつが強くても、≪グラディエーター≫の相棒の方が強い』
………………なるほど!
『お前、賢いなー!! 勝てるじゃん!』
『……まあ、勝てるな』
『はよ、言えよー。無駄に痛い思いをしちゃっただろ』
『うん……悪いな。でも、いいのか?』
『何が? このマッチョをぶっ飛ばすんだから、いいに決まってんじゃん』
『…………そうか。頑張れ』
歯切れの悪いヤツだな。
俺の勝利を喜べや!
「ふっふっふ」
俺は不敵に笑う。
「どうした? 絶望して、狂ったか?」
「お前の負けは決まった」
「本当に狂ったか……いや、元々、狂ってるような人間だったな」
誰が狂人じゃい!
「お前に俺の真の姿を見せてやろう。ルミナちゃん、チェーンジ!」
俺はそう言うと、アイテムボックスの中からトランスリングを取り出し、指にはめる。
そして、祈った。
男に戻りたい、と。
ついでに、早着替えで服を着替える。
すると、髪を掴まれていた頭の痛みが消えた。
マッチョの手から解放された俺はそのまま赤の化身を使い、立ち上がった。
視野がさっきまでとは違う。
さっきまではマッチョに完全に見下ろされていたが、今はほぼ変わらない。
「なっ!!」
マッチョは急に変わった俺に驚いている。
「よくも俺様をボコにしてくれたな! お返しじゃい!!」
俺はそう言うと、拳を握りしめ、マッチョの顔面を殴った。
「グッ!」
殴られたマッチョはなすすべもなく倒れた。
俺がそれを見下ろすと、マッチョは鼻血を流しながら見上げる。
「ば、ばかな。俺は≪鉄壁≫がレベル8もあるんだぞ!」
「その程度で俺のパワーを防げるわけねーだろ」
俺は≪怪力lv6≫だが、バリバリの前衛で、しかも、レアジョブである≪グラディエーター≫である。
さっきまでの≪魔女≫とは違うのだ。
こいつがいくら強かろうが、スキル≪気合≫で超強化された俺には勝てない。
「く、くそ!」
マッチョはすぐに立ち上がり、俺を殴ってくるが、俺はその拳を悠々と掴んだ。
「遅いなー」
「離せ!」
いや、お前、そう言ってた俺の髪を離さなかっただろ。
俺は腹が立ってきたので、掴んでいた拳を引き、マッチョをこちらに引き寄せた。
すると、マッチョはバランスを崩し、完全に無防備となる。
俺は空いている拳を握りしめ、これまでの怒りを込めた。
「死ね!!」
俺はマッチョの顎にアッパーを食らわせると、マッチョは浮き、そのまま地面に仰向けで倒れる。
それを見た俺はジャンプし、膝をマッチョの頭に落とした。
完全なる手ごたえが俺の膝に残る。
そして、マッチョはピクリとも動かなくなった。
「ふっ……俺様のニードロップの前に沈んだか……」
俺は勝利を確信し、カッコつける。
しょせんは弱いものを狩るしか脳のないカスだ。
この俺様の敵ではない。
「相棒、すげー」
何で棒読みなんだい?
「見たかね? 俺の強さを」
「見た、見た。さすがだぜー」
そうだろう、そうだろう!
ところで、他の連中はどうなったんだ?
俺は気になったので、クーフーリンを見るが、未だに戦っている。
使えんヤツ……
俺は次にあきちゃんを見ると、あきちゃんは倒れているハゲの頭ぐりぐりと踏んでいる。
「何してんの?」
俺はそんなあきちゃんに近づき、声をかける。
「いや、ハゲの分際で手こずらされたから――って、ルミナ君!?」
ハゲの頭を踏んでいたあきちゃんが目を開いて驚く。
「ルミナ君がルミナ君になってるー!?」
こいつ、語彙力ないな……
「一時的にだよ」
「ほえー」
語彙力ないな……
「あきちゃんも勝ったか……じゃあ、あとはクーフーリンだな」
「瀬田君、まだやってるのか……何してんの?」
俺とあきちゃんはクーフーリンとひょろ長を観戦することにした。
「は? あれ?」
俺とあきちゃんが戦っている2人に近づくと、ひょろ長は俺達に気付いた。
そして、すぐに自分の仲間が倒れていることに気付き、動揺した。
ほれ、チャンスだぞ。
「食らえ! グングニル!!」
クーフーリンはひょろ長が動揺した隙を見逃さず、槍を突き出した。
槍から衝撃波が出ると、ひょろ長の頭と胴体はお別れを告げた。
「あ、本当に殺しちゃった」
「ってか、なんでグングニル? クーフーリンのくせに」
間違って覚えてない?
「ふぅ……中々の強敵だった」
「お前が一番遅いぞ」
俺達はとっくの前に終わったぞ。
「いや、お前、ボコボコにされてただろ。なんとか援護しようと思ってたんだが、こいつが防御に徹するから時間がかかった。そしたら、お前が急に男になったからびっくりしたわ」
どうやら救助に来るつもりだったらしい。
いや、救助は後でいいから、まずは倒せ。
救助はそこからでいい。
「てか、本当に殺したな」
「いや、生き返るって。お前らが殺さずに倒してたから、もう手加減はいらねーだろ」
まあねー。
「これからどうする?」
クーフーリンは槍をしまいながら聞いてくる。
「俺はもうすぐで、赤の化身の反動で動けなくなる。クーフーリンはそのゴミ2人を縛って無力化してくれ。あきちゃんは協会に戻って、本部長に報告。多分、自衛隊が来る」
「はいよ」
「まかせてー」
俺が指示を出すと、クーフーリンとあきちゃんは動きだした。
それを見て、俺は地面に座り込む。
赤の化身の反動はまだだが、さすがに疲れた。
しかし、今年最後であろう激戦が終わった。
あと残っているのはクリスマスとまったり冬休み。
「明日はついにか……」
俺がこれまでに温めておいた計画が発動する。
紆余曲折あったが、終わり良ければすべて良しなのだ。
俺は明日のクリスマスで、ついにシズルと結ばれる。
我が栄光のクリスマス計画(ver.2)の集大成である。
明日、ケーキを食べ、プレゼントを渡す。
そして、距離を詰め、トランスリングを使う………………………………
ん?
トランスリング………………………………?
使う?
あれ?
あれれ?
トランスリングを、使っ、た……?
明日、クリスマスなのに?
………………………………………………………………。
「シロ、どこに行くの?」
俺は俺のそばから逃げようとするシロに聞く。
「俺っちは確認したぞ。でも、お前がいいって言ったじゃん」
俺の目の前が真っ暗になった。
攻略のヒント
人生とはうまくいかないものだ。
『エクスプローラ名言集 神条ルミナ』より




