第131話 23階層のスズメバチ
21階層、22階層の探索を終えた俺達は23階層へとやってきた。
23階層を歩いていると、ブーンという音が聞こえてきた。
「何か来たね」
「まあ、この音は蜂だろ」
蛾が出す音じゃない。
俺達は羽音からヘルホーネットと予測し、構える。
すると、通路の奥から50cm程度のスズメバチが2匹やってきた。
しかも、速い。
「チッ!」
俺と瀬能は前に出て迎撃しようとする。
しかし、ヘルホーネットは俺達の頭上を越えていき、後衛目掛けて、襲い掛かった。
あ、まずい。
ちーちゃんが死ぬ。
俺は雑魚筆頭のちーちゃんがピンチだと思い、ちーちゃんの方を襲い掛かっている1匹に向かって、ショートソードを投げる。
しかし、ヘルホーネットは前を向いているのにもかかわらず、俺が投げたショートソードを横に躱した。
そして、ホバリングしながら俺をチラッと見るが、すぐに前を向き、ちーちゃんを見た。
あー、さよならー。
俺はちーちゃんが死んだと思った。
だが、ちーちゃんに狙いを定め直し、ホバリングしながら一瞬止まったヘルホーネットに槍が突き刺さる。
いつのまにかアカネちゃんが槍を刺したのだ。
ヘルホーネットは槍が刺さったまま、暴れるが、アカネちゃんは力が強いため、逃げることが出来ない。
アカネちゃんは槍に刺さったヘルホーネットを槍ごと地面に叩きつけた。
ヘルホーネットはピクピクしながら煙となって消えていった。
俺はすぐにもう1匹を確認するが、もういなかった。
「もう1匹は?」
「シズルさんを襲ったんですけど、投げナイフで落として、切ってましたよ」
カナタが経過を教えてくれる。
「俺らはやることなかったな」
「飛ばれて、上を抜かれたらどうしようもないよ」
俺と瀬能は肩をすくめる。
「アカネ、あんがと」
「いえー。私の方をまるで見てませんでしたから」
ちーちゃんがアカネちゃんに礼を言う。
そういえば、ヘルホーネットは俺らを無視して、ちーちゃんに真っすぐ飛んでいったな。
「ちーちゃん、嫌われてんのか?」
「何でスズメバチに嫌われないといけないんだよ」
「ちーちゃん、黒いじゃん」
ちーちゃんは黒髪のうえ、黒いコートだ。
「なにそれ? 関係あんの?」
「蜂は黒いのを襲うじゃん」
「いや、それは知ってるけど、モンスターもそうなの?」
「知らね」
お前が知らないのに俺が知るわけないだろ。
「うーん、あー、でも、シズルも襲われたのか」
ちーちゃんは悩みながら、同じ黒髪、黒衣装のシズルを見た。
シズルは肌色も多いけどね。
「うん。僕の方は見向きもしてなかったから魔法を使おうと思ってたんだけど、その前にシズルさんが倒した」
シズルも黒い。
だって、忍者だもん。
まあ、ピンクの忍者もいるけどね。
えっちな方になっちゃうけど。
「あきちゃんに聞いてみるわ。あいつ、詳しいし」
≪モンコン≫の二つ名は伊達ではないはずだ。
「あきちゃんって、≪モンコン≫?」
シズルが聞いてくる。
「そう。俺の同期。この前、散々、貸しを作ってやったから快く教えてくれるはずだ」
キララをあげたし、≪Mr.ジャスティス≫に話を通してやった。
写真?
それはそれ、これはこれ。
「まあ、もうちょっと行ってみようよ。次は別の人を襲うかもしれないし」
「そうだな」
俺達は再び、探索を開始した。
その後、ヘルホーネットに何度も襲われたが、ちーちゃんとシズルがよく襲われた。
もちろん、俺達も襲われることもあったが、頻度は黒い2人の方が多かった。
「やっぱり黒い方が襲われるね」
シズルが自分のドスケベな服を見ながら言う。
「お前らが蜂の嫌いなフェロモンを出している可能性もあるがな」
「どんなフェロモン?」
知らなーい。
「あきちゃんに聞いてみよう。もし、仮説が当たりなら対策は簡単だ」
「どんなの?」
「瀬能の盾をスプレーで黒く塗ればいい」
「えー……」
瀬能が嫌がる。
そらそうだ。
大事な盾をスプレーで塗りたくはないだろう。
「水性のやつを使うから大丈夫だよ。後で洗い流せばいいだろ」
「まあ、それなら」
瀬能はしぶしぶ了承した。
「どうする? まだ続ける?」
先ほどから戦闘の連続でちょっと疲れてきた。
他のメンバーにも疲労の色が見える。
「帰るか……ヘルホーネットもだが、食人蛾の方もうざいし」
俺達がヘルホーネットだけでなく、食人蛾とも遭遇した。
食人蛾はヘルホーネットほど速くはないが、1mもあり、デカくてキモい。
しかも、鱗粉をばらまくのだが、これが微妙に邪魔。
視界が微妙に遮られ、一緒に出てくるヘルホーネットの位置を掴みにくいのだ。
ただでさえ速いヘルホーネットがさらに厄介になる。
「この階層はキツいよね」
「まあ、しゃーない」
これくらいは覚悟の上だ。
「疲れたし、帰ろうぜ」
「僕はトイレに行きたいです」
マナポーションを飲んでいたかわいい後輩も限界らしい。
「んじゃ、帰ろう」
俺達は帰還の魔方陣まで行き、協会へと帰還した。
◆◇◆
俺達が帰還すると、カナタはトイレに駆け込んでいった。
そして、俺達は先にマイちんの所へ行き、清算を済ますと、ソファーで話し合いをする。
「成果が微妙」
ちーちゃんが明細表から支出と収入を計算し、つぶやく。
「まあなー」
「これって、15階層前後でレベル上げしてた時の方が稼ぎはいいな」
瀬能もちょっと落胆している。
まあ、あんだけ苦労したのに、この成果はちょっとへこむ。
「これが東京本部ではDランクが多い原因の一つだ。誰だって、これを見たら20階層まででやる」
「他のダンジョンは違うのか?」
「他はオーガとかが出るから報酬が良いんだ。雑魚だし」
「だから、オーガは雑魚じゃない」
ちーちゃんがツッコんでくる。
「これはちょっと気持ちがわかりますねー。強いし、キモい虫系モンスターを倒しても、15階層の方が収入が良いなんて」
槍でスズメバチを串刺しにしまくったアカネちゃんも嫌な顔をする。
基本的にここにいる全員が虫は嫌いなのだ。
「ここを突破しないと上には行けない」
俺の目的を無視しても、このパーティーはここで留まるようなパーティーにするつもりはない。
「だな」
「ウチの場合は30階層まで行けば、もう行かなくていいわけだし」
「そう考えると希望が持てますね」
「元々、私達には過ぎたお金ですしねー」
俺の言葉に皆が頷く。
「ふう…………トイレが混んでて大変でしたよ……何の話です?」
カナタが戻ってきた。
「頑張ろうぜって話」
「ですね!」
カナタはおそらく何もわかっていないだろうが、元気よく返事をする。
カナタはどうでもいいや。
気にもしてないだろう。
「じゃあ、今日は解散な。明日は休みにする。俺はヘルホーネットのことをあきちゃんに聞いてみるわ」
俺達はその場で解散し、久しぶりのダンジョン攻略を終えた。
解散となり、皆が帰っていったのだが、俺は残ってソファーに座っていた。
ヘルホーネットについてあきちゃんに聞こうと電話をしたのだが、キララと一緒に近くにいるということで直接会うことにしたのだ。
しばらく待っていると、あきちゃんとキララがやってくる。
俺は2人と合流すると、昼にも来た協会向かいのレストランに入った。
「お前らはこれからダンジョンか?」
俺は2人が協会の近くにいたので、ダンジョンに行くのかと思っていた。
「うんにゃ。ダンジョンへは午前中に行ったよ。午後から買い物してた」
あきちゃんはハンバーグを食べながら答える。
「疲れた」
キララはお疲れみたいだ。
「キララは本当に雑魚いわ」
「あんたと比べんな! あきちゃんはレベル38だろ! 私はようやく8なんだぞ!」
キララはレベル8になったらしい。
頑張っているようだ。
「キララには1年で追いついてもらうからね」
「無茶言うな! 今でさえ、スパルタなのに、これ以上やったら死ぬわ!」
「大丈夫。ダンジョンでは生き返れるよ」
「こいつ、マジか…………なあ、≪陥陣営≫もそんくらいなレベルなのか?」
友達を二つ名で呼ぶんじゃないよ!
「ルミナ様と呼べ」
「ルミナ様のレベルはいくつなんだよ」
なげやりだー。
「俺は30だな」
「あれ? 低い……」
いや、高いわ!
「お前の4倍くらいはあるんだぞ」
「いや、そりゃそうだけど、あんた、めっちゃ威張ってるくせに30なの? あんたと同期のあきちゃんは38なのに」
「俺はお前らと違って、学校があるの!」
「ルミナ君はレベルが低いのに、私達と同じトップクラスだからすごいんだよ。ルミナ君のスキルを見ると、ちびるよ。まあ、ユリちゃんもなんだけどね」
ユリコのレベルは俺とほぼ変わらなかったはずだ。
あいつはダンジョンを女を落とすためのデートスポットとしか見ていない。
吊り橋効果を狙っているらしい。
「へー。あー、そういえば、≪Mr.ジャスティス≫を倒してたな」
「ほえ!? ルミナ君、木田さんと決闘したの? バカだねー」
「色々とあったんだよ。そのおかげでキララはお前の仲間になったんだぞ。感謝しろ」
「よくわかんないけど、ナイス!」
あきちゃんはとても現金だ。
「そんなことより、あきちゃんに聞きたいことがあるんだよ」
「んー、なあに?」
俺は今日のダンジョンでのヘルホーネットについて、説明した。
「あー、それね。ルミナ君達の推測であってるよ。ヘルホーネットは黒色に興奮するんだ。前に≪教授≫と実験して調べたから確実」
結構、マジで調べてるみたいだ。
こいつ、すごいな。
≪教授≫は刺されて、なんちゃらショックになればいい。
「それは協会も知ってんの?」
「え? 知らないんじゃない? 言ってないし」
言えや!
「報告したら? 評価が上がんじゃない?」
「いやー、こういった情報はストックしておかないと。あきちゃんのランクがダウンしそうになったら小出しで報告するんだよ」
あきちゃんは本当にダメだなー。
貴重な情報はこいつにとっては、ペナルティの埋め合わせらしい。
「お前らって、マジでクズだな」
だから、”ら”はいらんちゅーに。
「キララもそのうち、クズの仲間入りだよ。ルミナ君はそんなこと聞きたかったの?」
もうすでに、そいつはクズの一歩手前にいるぞ。
常識人ぶってるが、ハイエナをやらかしたうえに、金儲けしか頭にない。
いや、もう十分にクズだったわ。
「まあなー。あ、それと例の記者だけど、ショウコが掴んだぞ」
俺はショウコから聞いた情報をあきちゃんに伝える。
「ほうほう。さすがショウコさん。でも、私らを叩いても、その人達が強くないと意味なくない?」
「強いらしいぞ。今日会ったし、学園の先輩だから仲間が知ってた」
俺は今日会った二人組についても説明する。
「ふーん。ルミナ君、よく殴んなかったね」
「シズルやマイちんがいたからな。俺は先月にやらかしてるから、今は良い人キャンペーンをやっているんだ。いなかったら、立場っていうのをわからせてやるんだが……」
「相変わらず、あの受付嬢の事が好きなんだねー。Rainさんもか……うーん、私達の脅威になりそうだった?」
「なるわけない。もし、なるんだったらショウコがとっくの昔に消してるよ」
ショウコは邪魔するヤツを容赦しない。
「まあ、そうだねー」
「あの人もヤバい人なのか…………優しそうな人だったのに」
優しいぞ。
よく奢ってくれるし。
「でも、俺に絡んできたから、多分、あきちゃんやクーフーリンの所にも来るぞ」
「はん! 返り討ちにしてくれるわ」
さすがはあきちゃん、強気だ。
しかし、あきちゃんとクーフーリンっていうだけで、負けそうなオーラがビンビンなのは何故だろう?
あ、小物だからか……
しかも、2人とも、お荷物がいる。
「頑張ってー」
「任せときなさい! 第2世代の荒波を超えたこのあきちゃんに敵はいない!」
荒波を起こしていたのが、俺たち自身なのはご愛敬。
「私、乗る船を間違えたかな…………」
間違いなく、泥船に乗ってるぞ。
俺は意気揚々なあきちゃんと不安たっぷりなキララと別れ、家に帰った。
そして、翌日、ダンジョン探索を休みにしたため、俺はシズルと2人でお出かけをした。
もちろん、デートだよ。
女同士だけど、デートだよ。
まあ、特に進展もなく、買い物などをして、遊んだ。
とても良い一日だった。
家に帰った俺は夜、晩飯を食い、風呂に入った。
そして、風呂から上がると、あきちゃんからメッセが届いた。
『うえーん。私もクーフーリンも負けちゃったよー』
ふん! 所詮、あいつらは第2世代の中でも最弱よ…………
次は第2世代最強と言われた、この≪陥陣営≫が相手をしてくれる!
俺はあの第2世代の恥さらしのようにはいかんぞ!
「お前らって、本当におもろいな」
攻略のヒント
ダンジョンは10階層ごとに様相が変わる。
また、10階層単位でボスがいる。
『はじまりの言葉』より