第119話 ミレイさんの本気
俺は夢の転移魔法を手に入れた。
これにより、俺達のダンジョン攻略はずっと楽になり、俺が男に戻るためのトランスバングル入手に向けて、ぐっと近づいた気がする。
とはいえ、まずは目の前の依頼をこなすことが大事だ。
一歩ずつ、地道にやることこそがエクスプローラとしての心得なのである。
昨日、その依頼であるミレイさんへの指導は休みだった。
しかし、今日は何とか時間を作ったようなので、俺は予定通り、ゴブリン軍団に襲われるミレイさんを見ようと思っている。
やはり、今回もちーちゃんと瀬能はエクスプローラ試験に向けて、勉強をするらしい。
正直、付き合い悪いなーとも思わなくもないが、あの2人が来たところで、9階層程度ではやることもないし、試験の方を頑張ってほしいので、仕方がない。
となると、残りはシズルとカナタとアカネちゃんだが、この3人も今日はダメらしい。
シズルとカナタは用事があるようで、今日は行けないと、直接言われた。
シズルは同じクラスだが、カナタは中等部だ。
昼休みにわざわざ俺のクラスにやってきて、報告してきたのである。
携帯に連絡すればいいのに、実に律儀なヤツだと感心した。
一方、アカネちゃんは、携帯のメッセで、『昨日、疲れたので休みまーす』とハートマークをつけて、送ってきた。
同じ後輩のカナタとは違い、実になめたヤツである。
まあ、アカネちゃんがそういう人間なのは、付き合いも長いので、よくわかっている。
今さら、どうのこうの言うつもりもない。
とはいえ、俺1人は寂しいし、嫌だ。
ましてや、あのポンコツリンゴ女と2人きりは御免被りたい。
嫌いではないが、ドジが移りそうだ。
そこで、俺はクラスメイトの土井から≪勇者パーティー≫がダンジョン探索が休みなことを聞き出し、絶対に暇しているであろう双子を捕まえることにした。
俺は放課後、ヤツらのクラスに来た。
すると、双子と同じクラスであるハヤト君を発見した。
「よう。アヤとマヤはどこだ?」
「ん? 神条か。アヤとマヤならその辺にいるだろ」
ハヤト君は帰り支度をしながら答えた。
俺は授業が終わり、喧騒としている教室を見渡すが、アヤとマヤは見当たらない。
「あのチビ共、見えねーよ」
「前の方の席だぞ」
チビだから前の席かな?
ウケる。
俺も前の席だけど……
「アヤー、マヤー。いるかー?」
俺は教室の前の方の人ごみに声をかける。
すると、俺の声が聞こえたのか、アヤとマヤが人ごみの脇から顔を覗かせる。
「こっち来い」
俺は手でおいでおいでしながら2人を呼び寄せる。
2人は俺が贈った白と赤のバレッタを鞄から取り出し、それぞれ装着しながらこっちにやってきた。
「…………お姉さま、こんにちは」
「…………なあに?」
アヤとマヤはいつもの感じで、俺を見上げながら聞いてくる。
「お前ら今日はダンジョン探索がなくて暇だろ」
「…………暇人扱いはよくない」
「…………まあ、暇なんだけど」
「そうだと思ったわ」
俺はうんうんと頷く。
「…………どっか行く? 遊ぼ?」
「…………カラオケ? 買い物?」
「アイドルとゴブリンツアー」
行きたいだろー。
「「やだ」」
アヤとマヤは口を揃えて、否定してきた。
「いいから来い! 俺を一人にすんな!」
俺は2人の首根っこを掴み、両脇に抱える。
「…………強引」
「…………拉致」
「大人しくしな。そうしたら無事に家に帰してやるよ」
へっへっへ。
「…………助けてー」
「…………やられるー」
「じゃあな、ハヤト君。このロリ2人は俺が頂いていく」
俺は微妙に抗議しているアヤとマヤを両脇に抱えたまま、ハヤト君に言った。
「お、おう。じゃあな」
「……お前も来る?」
「俺は用事があるんだよ…………あ、サイン貰ってきてくれない?」
「いいぞー。頼んどくわ」
それくらいなら余裕だ。
「…………ミレイさんのサインで売られた」
「…………人身売買」
お前らも貰っただろうが。
「よし、じゃあ、行くぞ」
「…………おー」
「…………あ、寮に寄ってもらえる? 装備ない」
その後、女子寮に寄り、2人の装備を取りに行き、協会へと向かった。
協会に着くと、待ち合わせしているミレイさんを探す。
すると、ソファーに腰掛け、携帯をいじっているミレイさんを発見した。
「お待たせ」
俺はミレイさんに近づき、話しかける。
「こんにちは…………って、何で、その2人を抱えているの?」
ミレイさんは俺の両脇にいるアヤとマヤが気になるらしい。
「今日はウチのパーティーが全員不参加だから連れてきた」
「いや、無理に連れてこなくても」
「こいつらも行きたいって」
なあ?
「…………カラオケ行きたい」
「…………買い物行きたい」
「ほらね」
「あれ? 私の耳がおかしいのかな?」
ミレイさんって、アイドルだから歌も歌うんだろ?
気をつけな。
「よし、行くか」
「クーフーリンは?」
「連れて行かないの? あいつ、どうせ、暇してるよ」
いらねーよ。
あいつがいたところでトラブルと≪正義の剣≫を呼ぶだけだ。
「女子4人で女子会するからいい」
「女子会でゴブリンは嫌だなー」
「そもそも、女子じゃない人が1名」
「確かに」
俺とアヤマヤ姉妹はじーっと、ミレイさんを見る。
「私!? ルミナ君じゃないの!?」
25歳が何をほざいてんだ。
「ミレイさんは素敵なレディーだから。今日は頑張ってもらおう」
ゴブリン! ゴブリン!
「う、うん」
ミレイさんから了承を得られたので、俺達はダンジョンの9階層へと向かった。
ダンジョンに来た俺達は歩いて、9階層を目指している。
俺にはマジカルテレポートがあるため、9階層まで一気に飛ぶことが出来る。
だが、本部長に人がいる前では使うなと言われたので、歩いて、9階層に行かないといけない。
めんどくさいが、遭遇するモンスターはミレイさんが中心となって相手をし、アヤとマヤが援護する形で進んでいるため、俺は楽ちんだ。
9階層に向かうまでに何度かオークに遭遇したのだが、前回で槍による戦い方を覚え、自信がついたミレイさんは危なげなくオークを倒した。
中には武器を持った2体のオークが同時に現れたこともあったが、ミレイさんはこれすらも上手く倒していた。
やはり、元々、レベル18のCランクであるため、一度、コツを掴んだら成長は早いようだ。
ミレイさんの成長も早いようだし、今日、ゴブリン相手に上手く戦えたら、次でレッドゴブリンに挑ましてもいい気がする。
俺がミレイさんの様子から指導の計画を早めることを考えていると、俺達はついに9階層までやってきた。
「ミレイさん。知ってると思うけど、この階層はボス部屋の前だから、出てくるのはハイゴブリンとゴブリンメイジだ」
「うん。でも、同時に出てきたら、ハイゴブリンはともかく、ゴブリンメイジはきついよ。ハイゴブリンと戦っている最中に魔法を撃ってこられても対応できないし」
この階層はハイゴブリンとゴブリンメイジが同時に現れることが多い。
その場合は、ハイゴブリンの後ろにいるゴブリンメイジを先に倒すことが定石なのだが、前衛のミレイさんだけでは、それが出来ない。
普通は仲間のメイジや飛び道具を使えるローグが倒すのだ。
もしくは、タンクが足止めをして、その隙に倒すというのもある。
「わかってる。その場合、ミレイさんはハイゴブリンだけを倒せばいい。後ろのゴブリンメイジは俺かマヤがやる」
「わかった」
ミレイさんが頷いたので、9階層の探索を始めることにした。
正直、ミレイさんがこの階層で苦労することはない。
なぜなら、今回はパーティーによる戦闘だからだ。
ミレイさんはパーティーで13階層まで行っているんだから当然、出来る。
俺がこの階層でミレイさんにやらせたいのはハイゴブリンとの実戦である。
今回の依頼の目標である10階層のボス、レッドゴブリンはハイゴブリンと同様に魔法を使ってこない。
すなわち、ハイゴブリンのおっきくて、強くしたものがレッドゴブリンなのだ。
いきなりレッドゴブリンとやらせるよりもハイゴブリンで、ある程度慣れてもらってからのほうがいい。
「ミレイさん」
俺は≪索敵≫のスキルでモンスターを感知したので、一応、ミレイさんに声をかける。
「わかってる。ハイゴブリンとゴブリンメイジが1体ずつ来てる。マヤちゃん、ゴブリンメイジをお願い」
「了解」
パーティー戦とわかった途端にミレイさんが光りだした。
索敵を忘れ、モンスターと遭遇し、腰を抜かしていたポンコツはどこに行った?
「――来るわ!」
ミレイさんは俺達をかばうように前にでて、槍を構える。
何でだろう?
あのミレイさんがカッコよく見えてきた。
俺がいつもより大きく見えるスーパーミレイさんの背中を信じられない目で見ていると、前方から醜悪なゴブリン2体が見えてきた。
俺達よりも大きいゴブリンがハイゴブリンであり、小さく普通のゴブリンと同じくらいのサイズがゴブリンメイジである。
ハイゴブリンは何も持っていないが、ゴブリンメイジは枝みたいな棒を持っている。
ゴブリンメイジと普通のゴブリンの違いはこの枝を持っているかどうかで見分ける。
ミレイさんが槍の矛先をハイゴブリンに向け、挑発する。
すると、明らかにハイゴブリンのヘイトがミレイさんの方に向いた。
そして、マヤとゴブリンメイジが魔法の詠唱を始める。
「プリティーガード」
俺はアヤとマヤに魔法を防ぐことが出来るプリティーガードをかけた。
アヤとマヤは借りものなので、傷一つ付ける気はないのだ。
ミレイさんは頑張れ。
俺が防御魔法をかけ終えると、ミレイさんが動いた。
ミレイさんは槍を前に突き出し、ハイゴブリンを威嚇する。
倒す気のない攻撃だが、ハイゴブリンはイラついて、槍を払おうと腕を振る。
それを見たミレイさんはすぐに槍を引き、後方に1、2歩後退した。
見てるだけでもうざいな。
やられている方はもっとうざそう。
ハイゴブリンは明らかに怒っている。
気持ちはわかる。
「――ギャ!」
「――深淵の闇の炎よ! ファイアー!!」
ミレイさんのハイゴブリンに対する牽制(挑発とも言う)が続いていると、ゴブリンメイジとマヤは詠唱を終え魔法を放つ。
ただし、シンプルなゴブリンメイジと違い、マヤは余計な言葉がついているので、その分、魔法の発動が遅かった。
ゴブリンメイジの火魔法がヒーラーであるアヤの方に飛んできたが、アヤに当たる前にピンクのもやが火魔法を防ぐ。
俺のプリティーガードは9階層程度のモンスターの魔法ではびくともしないのだ。
一方で、マヤの深淵の闇の炎はゴブリンメイジを焼く。
ゴブリンメイジは魔法を使ってくるだけで、それ以外は普通のゴブリンと変わらない。
攻撃が当たれば、すぐに終わるのだ。
ゴブリンメイジが倒れたのを見たハイゴブリンはイラつきがピークに達したようで、ミレイさんに襲いかかった。
ハイゴブリンは腕を振り上げ、ミレイさんを叩き潰そうとする。
ミレイさんは腕を上げたことで、ガラ空きとなったハイゴブリンの心臓(多分)を突いた。
それでも、ハイゴブリンは腕を振り下ろしてきたが、ミレイさんは槍を手放し、ハイゴブリンの脇をすり抜け、背後に回った。
後ろに回ったミレイさんはアイテムボックスから短槍を取り出し、ハイゴブリンの後頭部を突き、とどめを刺した。
ハイゴブリンは煙となって、消え、胸に刺さっていたミレイさんの槍が地面に落ちた。
スーパーミレイさんの完勝である。
「あの人、だあれ?」
俺の横にいるアヤがスーパーミレイさんを指差し、聞いてくる。
気持ちはわかる。
アヤとマヤは情けないポンコツミレイさんしか知らないのだ。
「きっとミレイさんは進化したんだよ。あれはスーパーミレイさんだ」
「すーぱーみれいさん」
アヤはまだ信じられないようで、首を傾げた。
気持ちはすごくわかるぞ。
攻略のヒント
魔法は詠唱さえ、出来ていれば、魔法が発動することが出来る。
そのため、エクスプローラの中には変な魔法名を言う者が多い。
危ないのでやめようと言いたいが、そういう楽しみも重要だ。
何を隠そう筆者もよくドラグ〇レイブをやり、仲間に怒られたものである。
これもいい思い出なのだ。
『週刊エクスプローラ 特集! 魔法をカッコよく!?』より