第109話 頼るべきは幼なじみ
俺は現在の自分が置かれている状況にようやく気が付いた。
午前の授業を終え、昼休みになったので、俺は飯も食べずに、教室を飛び出す。
そして、中等部の校舎に行き、待ち合わせ場所である中庭のベンチにたどり着いた。
そこには待ち合わせ人であるアカネちゃんが座っていた。
「アカネちゃん、お待たせ」
「遅いですよー。頼んできたのはセンパイなんですから、私よりも早く来てください」
めっちゃ急いで来たわ。
お前は自分の教室がすぐそこだろうけど、校舎が違う俺は遠いんだよ。
「悪い、悪い」
「で? 話ってなんです? どうせ、放課後に協会に行くんですから、その時でいいじゃないですか。私、お腹空いてるんですけど」
「まあまあ。すぐ済むから」
「はあ?」
アカネちゃんはめんどくさそうに首を傾げた。
「アカネちゃん、この1ヶ月の俺をどう思う?」
「センパイですか? いつも通りでしたよ? まあ、心ここにあらずって感じはしましたけど」
あれ?
「俺、感じ悪くなかった?」
「そりゃあ、感じ悪かったですけど、いつもの事じゃないですか」
えー……
「アカネちゃん、実は俺の事、嫌いなん?」
「嫌いじゃないですけど、センパイの性格が悪いのなんて、今さらじゃないですか……何でそんなことを急に聞いてきたんです?」
「実はね……」
俺は午前中にシロから指摘を受けたことを説明した。
「なるほどー。確かに、それはマズいですねー。ってか、センパイ、そんなことを考えてたんですか? 本当にクズですねー」
言い返す言葉もないわ。
「まあ、男の子だし、しゃーない。ちょっと浮かれてただけなんだよ」
「浮かれてダメなところがよりピックアップされたんですか……シズル先輩だけじゃなくて、他の人達も心配してたんですよ?」
「そうなのか……悪いことをしたなー。ちなみに、お前は?」
「うーん、どうせ、すぐ立ち直ると思ってたんで、あんまり…………」
まあ、お前はそうだろうな。
そういうヤツだよ。
「立ち直るもクソもねーけどな」
「シズル先輩とえっちしたいだけですもんねー」
はっきり言うんじゃありません。
オブラートに包みなさい。
「まあ、それはもういい。それで、これからどうすればいいかな?」
「どうするもなにも、謝ればいいんじゃないですか?」
「なんて言って謝るん? 正直に言えばいいのか? めっちゃ軽蔑されそうだが」
「正直には言わない方がいいですね。適当に嘘をつけばいいじゃないんですか? センパイ、得意でしょ」
まあ、せやな。
「うーん、お前と付き合えそうだったのに、遠のいたから、ちょっと落ち込んだだけとでも言っておくか…………」
「それでいいと思いますよ。正直は美徳ですけど、今回は嘘をついた方がいいです。シズル先輩が傷つくので」
ふむふむ。
「なるほどね。さすがアカネちゃん。頼りになるわー」
「でしょー。ちなみに、私のセンパイに対する好感度は地に落ちましたけどね!」
だよね…………
「アカネちゃん、ごめんね?」
「私は別に構いませんけど、マイさんと木田さんには謝った方がいいと思いますよ」
「マイちんは分かるけど、なんで≪Mr.ジャスティス≫なんかに謝らないといけないんだよ」
絶対に嫌だぞ!
「センパイ、あんだけ挑発しておいて、よく言えますね。掲示板を見てます? センパイの評判、ヤバいですよ?」
「そうなん?」
「センパイって、よくもまあ、あんなに悪口が思いつきますよね。掲示板では『クソガキ、うぜえ!』の大合唱ですよ?」
アカネちゃんは『クソガキ、うぜえ!』のところをすごい力を入れて言った。
お前の本心じゃねーよな?
「チッ! 今度会ったら言っとくか……」
「なるべく、シズル先輩の前で言ったほうがいいですよ。反省アピールになりますし」
他人の事を言えないけど、こいつって、ほんと黒いな……
「なるほどねー。それでなんとかなるか……」
「でも、実際のところ、これからどうするんです? 男に戻るのに時間がかかりそうですけど……」
「こればっかりは地道にやるしかないなー。アカネちゃんは付き合ってくれるよね?」
ね?
ね?
「私は構いませんけど、瀬能先輩とチサト先輩は微妙だと思いますよ」
「だよな……」
あの2人は2年生だ。
あと1年ちょいで卒業する。
卒業後はプロのエクスプローラになるんだろうが、生活リズムが異なる学生の俺達とパーティーを組み続けてくれるんだろうか。
「一応、センパイに伝えておきますけど、あの2人、最近、コソコソと話し合ってますよ?」
え?
俺が悩んでいる間に?
「…………そういえば、今朝、ちーちゃんがエクスプローラの免許を取るって言ってた」
「あー、ついに愛想をつかされましたかねー」
えー……
あのマウント大好き女、かわいい後輩を見捨てる気か?
「……どうしよう?」
「どうしようもないですねー。泣いて縋りついたらどうですか?」
「最悪、それでいこう。ちーちゃんはチョロいからなんとかなるだろ」
「瀬能先輩は?」
「あいつは大丈夫。秘策がある」
あいつの性癖をばらしたる。
『お前、ほんとクズだな』
黙れ!
リーダーを裏切るヤツには制裁じゃ!
「あとは、カナタは大丈夫だろうし、アカネちゃんは大切な幼なじみを見捨てるわけないから大丈夫か」
チラッチラッ。
「完全に余裕がなくなってますねー。ものすごくうざいです。センパイ、もうちょっと仲間を信頼した方がいいですよ」
信頼?
フッ……
「身から出た錆って、知ってるか?」
「…………知ってます。涙で錆しか見えません」
◆◇◆
アカネちゃん様に助言を貰った俺は、自分の教室に戻ってきた。
「どこ行ってたの? 教室を慌てて出ていったけど」
俺の席の隣に座っているシズルが聞いてきた。
「アカネちゃんに相談があってな。お前、ちょっといいか?」
俺はシズルにこれまでのことを謝ることにした。
「いいけど、昼ご飯を食べようよ」
シズルはそう言うと、自分のカバンから弁当を取り出す。
え? 待ってたの?
「まだ、食べてなかったのか?」
「うん。一緒に食べようと思って」
アカネちゃんと話していたため、昼休みの時間はもう半分も過ぎている。
その間、弁当を食べずに待っていたらしい。
良い女だなー。
……ちょっと重いけど。
そして、そんなシズルを見ていると、ものすごい罪悪感を感じる。
胸が痛い……
「待たせて悪いな。食べよう、食べよう」
俺はそう言って、弁当を取り出す。
「いただきます」
「……いただきまーす」
俺とシズルは弁当を食べだすが、シズルは俯いているし、なんか空気が重い。
こいつ、俯いてると、絵になるよな。
ほんと罪悪感がやべーわ。
『……相棒。ここ最近はずっとこんな感じだったぞ。お前はまったく気付かず、ふざけてたけど』
俺って、もしかして、ひどい人間じゃね?
『そのポジティブさと明るさがお前の良い所でもある…………いいから、はよ話せ。余計なことは言うなよ』
はいはい。
「なあ、シズル」
「なーに?」
シズルはさっきまでの暗い顔を消し、顔を上げて、明るい笑顔を俺に向けた。
そんな顔すんなよ……
俺がすげー悪者みたいじゃん。
『ツッコもうか?』
分かってるから、ちょっと静かにしてろ。
「ここのところ、俺って、変じゃなかった?」
「え? …………うん。なんか上の空というか、自棄になってる感じはしてたよ」
また、暗くなった。
「ちょっと、トランスバングルの入手時期を見誤っててなー。俺の予定では来年くらいには手に入るかなーと思ってたんだわ。でも、実はまだ先になりそうってんで、ちょっと思うことがあったんだよ」
「うん。トランスリングが40階層ならトランスバングルはもっと奥になるんだろうなとは思ってた」
やはりシズルも気付いてたらしい。
「それでな…………さっきアカネちゃんと話してたんだが、お前ら、俺が男に戻れないから落ち込んでると勘違いしてるんじゃないかな?」
「…………え? 違うの?」
違うよ。
まったく違うわけじゃないけど、本当はゲスな考えを持ってたんだよ。
言わねーけど……
「あー、前にも言ったと思うけど、女になったことは気にしてないし、そんなに焦ってもない」
「そうなの? 最近、髪を巻いて来たり、小物を身に着けたりしてたし、今日だって、爪を自慢してたじゃない」
ん?
それのどこに問題があるんだ?
「別にいいじゃん」
「そ、そう? 自棄になったんじゃないの?」
「自棄になんかなってねーよ。それとこれとは関係ない」
『それはそれでどうなんだ?』
うっせー!
黙ってろ!
「あのな、先月、公園で色々と話したろ? 男に戻ったら付き合おう的なやつ」
「う、うん」
「俺はそれで浮かれてたんだけど、その矢先に付き合うのが遠くなったから、やる気がちょっと落ちただけなんだよ」
『ヤル気しかなかったけどな』
お前、今日、飯抜きな!
「そうなんだ……」
「ああ。それでちょっとやさぐれてて、周りにも迷惑かけちゃった感じなんだ。それを今朝、気付いた」
「うん。ルミナ君、ひどかったよ。≪正義の剣≫の人達がものすごく怒ってて、マイさんが謝って回ってたし」
衝撃の事実が判明した。
やべー……
めっちゃやべー……
あいつら、全然、言い返さないなーと思ったら、マイちんがフォローしてたんだ。
それに気付かず、俺は…………
マイちん、俺を見捨てないよね?
「そうか…………マイちんに後で謝っておく」
土下座しよ。
「うん。マイさん、頭を抱えてたよ」
「だろうな。俺は今、ものすごく罪悪感に襲われている。お前も悪かったな。迷惑をかけた」
「ううん。私は気にしてないから……」
嘘つけ……
「まあ、今日からちゃんとするから、頑張ろうな」
「うん!」
シズルは綺麗な笑顔で頷いた。
俺は胸が張り裂けそうなくらいに痛い……
1ヶ月前に時を戻したい……
俺は俺を殴りたい……
攻略のヒント
先月発生した我が国におけるスタンピードは多くのエクスプローラの活躍によって、モンスターの地上流出は防ぎことができた。
とはいえ、今後のスタンピード対策のために、自衛隊をエクスプローラとし、各協会へ常駐させることを検討したい。
『防衛省の機密文書』より
 




