第31話「相対する目隠れアイドルと、クーデレお嬢様」
「もう、会わせたい人たちは中にいるから」
会わせたい人たち、かぁ……。
どうやら、相手には連れ子がいるようだ。
母親が父さんと同じ年齢くらいなら、その子は俺と同じくらいなのだろうか?
男子だといいけど、女子だと今後が気まずくなるな……。
「わかった、心の準備はできてるから」
「そうか。夜見さんも問題ないですか?」
「んっ、もちろん」
父さんはなぜか、夜見さんのことを確認した。
話はついていると聞いていたけど、まさか本当に会わせるつもりとは……。
もしかして父さんは、夜見さんを俺の相手に考えているとか?
――いや、さすがにそれはないか。
俺と夜見さんは幼馴染みで一緒にいるような関係だけど、立場が全然違う。
そんな相手を結婚相手には考えないだろう。
やっぱり、今後付き合いが出てくる相手だから早めに紹介しておきたいってところか。
俺がそんなふうに結論づけていると、父さんの手によってゆっくりと襖が開かれた。
中は和室で、二人の女性が座布団に座っている。
片方は、黒髪を長く伸ばした二十歳くらいの綺麗な女性。
もう一人は、ボブヘアーだけど前髪が隠れている、小柄な女の子だった。
いや、というか、ボブヘアーの女の子って……。
「早乙女、さん……?」
「――っ!?」
名前を呼ぶと、緊張したようにガチガチに固まっていた女の子の顔が、こちらを向いた。
そして、驚いたように立ち上がって俺に近寄ってきた。
「な、なんで……。なんで、風早君がここに……?」
俺が驚いているように、早乙女さんも驚いているようだ。
まさか、父さんの再婚相手の連れ子が早乙女さんだったなんて……こんな偶然、あるんだな。
「えっと、表札は見てないのかな?」
質問をすると、早乙女さんはブンブンと首を左右に振った。
おそらく、緊張しすぎて見る余裕がなかったのだろう。
「頼人」
「あっ、ごめん……」
父さんに名前を呼ばれ、俺は順序を間違えていたことに気が付く。
だから一旦早乙女さんから離れ、父さんの紹介を待つことにした。
「春華さん、息子の頼人だ」
父さんは俺の頭に手を置くと、二十歳くらいの若い女の人に紹介をした。
いや、というか……この人が、父さんの再婚相手……?
あれ、どう見ても若いよな……?
早乙女さんのお母さんじゃなくて、お姉さんが再婚相手ってこと……?
父さん、どれだけ年下に手を出しているんだ……。
「おい、頼人。挨拶をしないか」
「ご、ごめん。春華さん、頼人と申します。いつも父がお世話になっております」
父さんに注意をされた俺は、慌てて春華さんへと頭を下げる。
すると、春華さんはニコッと笑顔を返してくれた。
「初めまして、頼人君。早乙女春華です。どこまでお話を聞かれているかはわからないのですけど……お父さんと、お付き合いさせて頂いています」
やはり、この人は父さんの恋人だった。
よくこんな綺麗な人を捕まえられたな、と思うと同時に、これから先の生活が少しだけ心配になってしまう。
俺がそんなことを考えていると、春華さんが早乙女さんの体を両手で掴み、俺の前へと連れてきてしまった。
「それで、こちらが娘の華恋です。少し訳があって目を隠していたり、自分から喋ることができなかったりしますが、仲良くしてください」
「あっ、それは理解して――というか、娘!?」
早乙女さんの事情は既にだいたい察しているのでそのことを伝えようとしたのだが、早乙女さんが春華さんの娘だと聞いて驚いてしまった。
「おかしいですか? よく似ていると思いますが……」
確かに、早乙女さんと春華さんはよく似ているのだろう。
早乙女さんの顔は隠れてしまっているけれど、ネコトちゃんの面影が春華さんにはある。
しかし、俺が驚いたのはそういうことではない。
「いえ、随分とお若く見えますね……」
「まぁ、ありがとうございます……! 昔は童顔をとても弄られて気にしていましたが、今は何年経っても若く見て頂けるのでお得な気分です」
うん、どうやら見た目と年齢は釣り合っていないようだ。
早乙女さんのお母さんということは、結構父さんと年齢が近そうな気がする。
まぁネコトちゃんも年齢より結構幼く見えるし……そういうものなのだろう。
よかった、迂闊なことを口走らなくて。
「やはり、若いままでいたいですもんね」
「おい、それは喧嘩を売っているのか?」
「なんでそうなるんだ……。さすがに違うよ」
なんだか父さんが殺気を秘めた目を向けてきたため、俺は苦笑いをして首を横に振った。
さすがに父さんを煽ることはしないので、これは完全に勘違いだ。
「それよりも、実は華恋さんとは面識があるんです」
「あっ、そうでしたね。同じクラスとお聞きしています」
あれ、知ってるんだ?
「それは誰にでしょうか?」
「もちろん――」
そう言った春華さんが見たのは、早乙女さんではなく父さんのほうだった。
うん、なんで父さんが知ってるんだ?
「仲良し、なのですよね?」
そして、なぜか期待したような目を春華さんが向けてきた。
父さん、いったいどんなふうに伝えたんだ……?
「えっと……そうですね」
正直、早乙女さんとも、ネコトちゃんとも仲良しといえる間柄とは思えない。
だけど、ここで曖昧な答えを返してしまうと、早乙女さんを傷つける可能性があったので肯定しておいた。
それがよかったのか、ソワソワとしていた早乙女さんの表情がパァッと輝く。
口元しか見えないのに、喜んでいるのがわかった。
「そろそろ、話を進めたほうがいい」
そうして話をしていると、俺の後ろに無言で立っていた夜見さんが口を挟んできた。
「あっ、夜見さんの紹介をしないと」
「いい、多分必要ないから」
夜見さんはジッと早乙女さんのことを見つめながら、そう言ってきた。
「あぁ……夜見さん、なにげに人見知りしますもんね」
夜見さんは普段の態度を見ていればなんとなくわかるけど、結構人付き合いが苦手だ。
だからいつもは、信頼がおける人間を傍において、その人に全ての指示を伝えている。
まぁそれなら、付いてこなければよかったのに……と思うけど。
しかし、俺の発言を聞いた夜見さんの機嫌は一気に悪くなった。
首を傾げて俺の顔を見上げ、光を失った瞳でジッと見つめてくる。
「おしおき、されたいの?」
そして、発せられた言葉は普段の数段トーンが低かった。
「え、遠慮しておきます……」
「会ってない、少しの間で随分と生意気になってる。どうやら、これから思い知らせていく必要があるようだね」
「あの、不穏なことを言わないでください。早乙女さんが怯えているので……」
夜見さんが殺気を放ちながら脅しのようなことを言ってきたので、早乙女さんがガクガクと震えながら俺の服の袖をギュッと握ってきていた。
おそらくこれからは夜見さんと早乙女さんも付き合っていかないといけないのに、幸先が不安すぎる。
「大丈夫、夜見は頼人以外にはとっても優しいから」
「どの口が……」
「ん?」
早乙女さんに笑顔を向けた夜見さんに対して反射的に突っ込んでしまうと、とても素敵な笑顔で見上げられてしまった。
その背後には、なんだかとても黒いものが見えた、というのはここだけの話だ。