交通事故で死んだわけだが、現れた女神に『44回フラれたら生き返れますよ』と無茶振りされた
この世界は神様の遊び心によって作られている。
偉人の言葉? いや、漫画のセリフだっただろうか? それともゲームのナレーションで見たのだろうか……覚えていない。
だが――俺は今、その言葉の真実を目の当たりにしていた。
「……もう一回言ってもらえますか?」
「仕方ありませんね。よく聞いてください。
あなたは44人の女性にフラれることで生き返ることが出来ます。期限は14日間ですので頑張ってくださいね」
誰もが見惚れる美貌を持った妙齢の女性は、まるで子供をあやすような優しい笑顔で言い切った。
バイトの帰り。原付でコーナーを曲がり切れずにガードレールへ頭からダイブして死亡。
うん。それは理解している。
だって俺のすぐ横で救急隊員の人が、血だらけで関節がおかしな方向に曲がった死体を見て首を横に振っているから。
19年……短い人生だったと思う。
人間死ぬときはあっさり逝くもんだと実感したが、今問題なのは女神を名乗る目の前の女性だ。
烏の濡れ羽色の下げ髪に、非の打ち所もない整った顔立ち。白を基調とした装束は、歴史の教科書とかに載っていたどこぞの大国の巫女さんを連想させる。
確かに日本神話の女神を想像するのなら、彼女こそがそうだと言えるかもしれない。
もちろん、生き返るって話だけなら「神様ってホントにいたんだ」と感謝するだろう。
だが「44人にフラれたら生き返ります」ときたもんだ。
まだライトノベルにあるような異世界転生の方が現実味があるぞ。
「質問いいですか?」
「どうぞ。なんでも聞いてください。
納得して頂いた方が盛り上がりますからね」
盛り上がり……。絶対俺で遊んでるだろ?
「このまま何もしなかったらどうなります?」
「地獄に落ちます。
阿鼻地獄です!」
返答早っ!
しかも地獄の最下層確定!?
いやいやいや、俺がいったい何をしたと?
俺はごく平凡な人生を送ってきた自信しかないんだが。
「じ、地獄ですか。じゃあ、なんで44人にフラれないといけないんです?」
「そうですね。まず44という数字ですが、これはあなたが今までに積み重ねた悪行の数です。
古来よりフラれるという行為は、悔い改め、禊ぐこと。1人にフラれる度に、1つの悪行が浄化されることになります」
「い、いや俺、悪いことなんかしてないし、他の誰かと間違ってません?」
「おや、自らの行いを認めないのですか?
——いいでしょう。
5歳の時、保育園で同じクラスだったみよちゃんに、後ろから抱きつき泣かせましたね。
7歳の時は隣のクラスのみよちゃんのスカートをめくり、8歳では人気のない教室でみよちゃんのソプラノリコーダーを取り出して――」
「ちょっと待ったぁぁ!!」
女神のあげた手の先には、過去の恥ずかしい立体映像が流される。
この位置からだとみよちゃん(7)のスカートの中身に住むくまさんが丸見えだ。細部までこだわった作品といえる。
——いやいやいや、そこじゃない!
それで地獄行きなら人類ほぼアウトだろ!?
普通に子供あるあるだろ?
しかも全部みよちゃん絡みだと!?
みよちゃんは俺の幼馴染であり初恋の女の子だが、相当に恨まれてたってことなの?
「それって悪行です?」
「悪行です。ちゃんと閻魔大王直筆の証文もあります」
女神は裁判結果を知らせる判決等即報用手持幡のようなものを両手で広げたが、『極悪』と書かれたそれで、どう納得しろというのだろうか?
隅の方に小さく「えんま」と読める捺印にイラッとしてしまう。
突っ込みどころは盛りだくさんだが、問答を続けたところで無意味だろう。
建設的な話をしなければ先に進みそうにない。
「じゃ、じゃあ、フラれる定義は?」
「私が判断します。ちなみに一回でも成功、つまり女性から快諾を受けた場合はおしまいDea――」
「スト——————ップ!!」
俺は腹の底から声を絞り出した。
何故だか分からないが、このまま女神に話させると俺の死どころか、世界が滅亡してしまう嫌な予感がしたのだ。
ちっ。キョトンとした顔で首を傾げた女神は、俺が世界を救ったことに気付いていないようだ。
「……つまりフラれ続けなきゃいけないと」
「はい。成功したらおしまいDe——」
「Stoooo――――p!!」
くそ女神め!
話題を変えないと本当におしまいだ。
「その成功とか、失敗ってのは俺にも分かるのか?」
「そこは良心設計ですよ。
右の手の平が赤く光ればフラれたと確定されます。
青く光るとおしま————」
「チェ——スト——!
と、とにかく分かるんだな」
「はい。あなた、人が喋っている時に割り込むのはよくないですよ?」
「ぐっ!」
あぁ、このボケ女神を殴りたい。
神だか女神だか知らないが殴りたい!
俺は拳をプルプルと震わせながら、ぐっと堪える。
「で、どうすればいい? このまま幽霊みたいな体で告白しろってわけじゃないんだろ?」
「はい。今から2週間前のあなたの肉体に幽体を飛ばします。つまり2週間前のあなたに戻るってことです。
それから現在の時刻になるまでが、あなたに与えられた猶予となります。
その時間内に44人にフラれなければ、事故に関係なく、あなたはそのまま安らかに眠りにつくでしょう」
安らかな眠りって、あんた阿鼻地獄に落ちるって言ったよね?
安らかどころか眠ることを許されない苦悶が始まるから!
「他に聞きたいことはありますか?」
「もういい。早くしてくれ」
「もう、せっかちさんですね。
——それでは逝きますよ」
小さく息を吐いた女神は、俺の目を塞ぐように手をかざす。
視界が暗くなると強烈な眠気が脳内に広がり、俺は意識を手放した。
——
————
——————
————————
ピピピッ——ピピピッ——
繰り返される電子音で目が覚めると、枕元に置かれた携帯のアラームを解除する。
やけに頭が重く、体がスッキリしない。
嫌な夢を見たせいか、眠りが浅かったのかもしれない。
——嫌な夢?
俺はガバリと上体を起こすと、携帯で日付を確認した。
悪夢がリンクされ、嫌な汗が背中をつたう。
あれは夢だと自分に言い聞かせるが、携帯で隠れていた左の手のひらに、黒いなにかが見える。
ゆっくりと右手で携帯を上にズラしていくと、現れたのは『44』の数字。
夢じゃなかった。
俺は1度死に、2週間前である今にタイムスリップしたのだ。
そして死んだ時刻までに44人にフラれなければ地獄に落ちる。
あのクソ女神と話していたときは感じなかった恐怖が、体の底から押し寄せる。
――死にたくない。
死んだはずなのに、もう俺の人生は終わったはずなのに、強くそう思ってしまう。
どれくらいそのまま固まっていただろう。
ふっ、ふふふっ、ふははは!
不意に腹から笑いがこみ上げる。
44人にフラれる?
上等だ。
自慢じゃないが、19年間、彼女なし、告白されたことなしの俺を舐めるな!
たかが44人に声をかけてフラれるだけのこと。
このまま街で声がけして、1日で終わらせてやる!
大学? バイト?
そんなものは生き返ってからの話だ!
女神に目にもの見せてやろうと、パンツ一丁の俺は立ち上がり、拳を突き上げた。
「——クソ兄貴、キモい! 死ねっ!」
わずかに開いていたドアの隙間から、軽蔑の眼差しを向けた凛は、中指を突き立てて去っていった。
着替え終えた俺は、市街地へと向かうバスに乗り込んだ。
原付で行こうかと思ったのだが、あの事故を思い出し、体が拒否反応を起こすように震えてしまうのだ。
バス内には学生や社会人、それぞれの目的地に向かう人達で混み合っている。
座席がいっぱいだったので吊革に掴まるのだが、やけに視線を感じる。
いや、奇妙な体験をしているので過敏になっているのだろう。
目的地である駅前に到着し、俺は小銭を払って外に出る。
通学、通勤時間とあって、行き交う人の数は多い。
改めて冷静に考えると、朝っぱらから「付き合って下さい」などと声をかけるのは中々にハードルが高いと気付いた。
いくらフラれるためとは言え、人生初告白だ。
しかも好きでもない人に。
心臓がバクバクとうるさいし、足がカタカタと震える。
だが命がかかっているのだ。
俺は辺りを見渡して美人OLを探した。
同じフラれるにしても、美人にフラれた方がダメージが少ない気がする。
俺の前方から20代前半くらいで、紺のパンツスーツが似合うキャリアウーマン風の女性が歩いてくる。
美人で目元が涼しげな彼女ならば、俺の初めて(の告白)を捧げるにふさわしい。
徐々に近づく距離に比例して、緊張が高まる。
あと5メートル、4メートル……。
「しゅ、しゅいません!」
裏がえる声で、彼女の歩みはピタリと止まる。
怪訝な表情をこちらに向けるが、そりゃそうだろう。
震えながらも俺は、一気に言葉にした。
「あ、あの。俺と付き合ってくだひゃい!」
「はぁ? ——急いでるんで」
軽蔑の眼差しを送った彼女は、スタスタと歩いていってしまう。
これはハードな作業だが、とりあえず1人クリアだ。
だが、左手の数字は44のままだった。
そういえば右手も赤く光っていない。
——今のはノーカンですか?
確かにフラれていないと言われれば、フラれていない。
どちらかといえば無視されたに近いだろう。
俺は街行く人に『付き合って下さい』『えっ、ごめんなさい』で44人をクリアするつもりだったのだ。
その計画が音を立てて崩れ去る。
——まずい。
あのクソ女神の判断基準は分からないが、今のことを繰り返しても俺のダメージが蓄積されるだけで1人もクリア出来ない。
文言を変えるか……。
俺は大きく深呼吸をして、バス停の前でスマホを弄るOLに目をつけ、声をかけた。
「あっ、あの。と、突然ですが、ず、ずっと前からす、好きでした。お、俺と付き合ってくれませんか!」
「えっ、あっ、私ですか?」
自身を指差して顔を赤くするOLに「はい」と頷く。
「ご、ごめんなさい。私、彼氏がいるんです」
突然右手が熱くなる。
視線を向ければ、確かに手の平が赤く光っているのだ。
「あ、ありがとうございます!」
突然のお礼にハテナ顔をする女性を置いて、俺はその場を走り去った。
フラれて「ありがとう」とは変な話だが、紛うことなく本心なので仕方がないだろう。
バス停から離れた場所で左手を確認すれば、数字は43に減っていた。
イケる!
これでイケる!
それから俺は何度も何度も声をかけ続けた。
左手の数字が35になる頃には俺も慣れたもので、その法則もあらかた掴んでいた。
俺が告白してると相手に認識されること。それに対してキチンと断られること。これが大前提。
女性が結婚している(結婚指輪をしているかで判断)とカウントされず、明らかに年の離れてる女性もダメだった。
たまに右手が冷えだし、ほのかに青く光る時もあったが、誤魔化し逃げることでことなきを得る。
見知らぬ男からの告白にオッケーを出そうとする女性がいるとは、世の中そんなに甘いものだったのだろうか?
今まで彼女を作れなかった俺はなんだったのだろうと考えてしまう。
少しへこみはしたものの、法則さえ見つけてしまえばこっちのもの。
明日には、いや下手すれば今日にでもクリア出来るだろう。
——そう考えていた。
だが、その後も声をかけ続けたのだが、22になってから一向に数字が減らない。
今までカウントされてた時と同じシチュエーションでも無効扱いになったのだ。
考えられるのは……あのクソ女神が基準を変えやがった!
確かにあいつは『私が判断します』と言った。
『判断基準を変えません』とは言ってないのだ。
もう一回言おう。
——あのクソ女神!
打つ手の無くなった俺は作戦を練り直す為に、家へと戻るのだった。
ベッドに倒れ込んだ俺は左の手の平を広げ見る。
——22。
初日に半分終わったと喜ぶべきだろう。
ハードルが上がったとはいえ、新たな法則さえ見つければ大丈夫。
まだ13日も残っているのだ。
明日は場所を変え、文言を変えて再チャレンジだ。
そんな作戦を練っていると、下からバタバタと音がする。
妹が帰って来たのだろう。
そもそもこの家に住んでいるのは俺と妹だけ。
親父もお袋も海外を飛び回る商社マンなので、ほとんど家に帰ってくることはない。
その妹——凛だが、昔は俺にとても懐いていた。
俺が高校に、凛が中学に上がると、俺たちの面倒を見ていたお袋も職場に復帰。
俺と凛の2人の生活が始まった。
その時から妹は露骨に俺を嫌がった。
何かといえば「クソ兄貴」「キモい」「死ね!」である。
思春期の女の子が突然兄と2人暮らしとなれば、戸惑うだろう。
反抗期のイライラが俺に向くのは仕方ない。
だが、分かっていても常に嫌悪感をあらわにされるのは辛いものだ。
凛は兄である俺から見ても容姿が整っている。
実際学校などでは人気があるらしい。
友達などは「あの凛ちゃんと一つ屋根の下で2人きりかよ!」と羨ましがっているが、まさか俺がこれほどに辛辣な態度を取られているとは思ってもいないだろう。
ほら、一階から怒りに満ちた叫びが聞こえてくる。
「おいクソ兄貴! 手前ぇ、先に風呂に入りやがったな! せめてお湯抜いて掃除しとけよ! あー、もう最悪。キモい」
あっ、ヤベッ。忘れてた。
いわゆる「お父さんの浸かったお風呂には入れない現象」だ。
これに返事をすれば倍返しされるので、俺は沈黙を守る。
寂しい話だが、触らぬ神に祟りなしだ。
俺はそっと布団を頭から被ると、蓄積されたダメージを癒すように、泥のように眠りにつくのだった。
——12日後。
俺は焦っていた。
あの手この手を使い、左手の数字は1。
明日の期限までに、たった1人にフラれるだけ。
だがその1人が果てしなく俺を苦しめる。
度重なる女神の判断基準はハードルを上げていた。
文言を変えるシステムは「付き合って下さい」に始まり、「君と愛し合いたい」「I LOVE YOU」、最終的には「結婚して下さい」までいったのにカウントが止まってしまったのだ。
繰り返すうちに女神の判断基準が変わる傾向は掴んだ。いや、一貫していたと言えるだろう。
ようは俺が精神的ダメージを受けなければカウントされないのだ。
フラれることに慣れてしまうと数字は減らない。
そこで俺は徐々に繋がりのある女性への告白に路線変更していった。
中学や高校時代の先輩・後輩。カウントが止まると同級生やクラスメイトなど、さらに近くにいた存在に手を出していく。
見知った相手への告白は、さすがにキツかった。
しかも何故かフラれる確率はおよそ75%。
つまり4人に1人は成功しかける始末。
その度に誤魔化し、逃げたのだがおかしすぎる。
彼女いない歴19年はなんだったのだろうか?
俺がちゃんと求めていれば、薔薇色の青春を送っていたんじゃないかと想像してしまう。
それでも俺は頑張った。
初恋のみよちゃんにも盛大にフラれ、甚大なダメージを受けつつも残り1人までこぎつけたのだ。
だが、もう告白出来る女性がいない。
俺が告白しまくってることは噂になっているし、そもそも接点があった女性の数は少ない。
切り札であったみよちゃんの時に、数字が2だった時点で詰んでいたのだ。
厳密に言えば、あと1人だけ告白していない女性はいる。
間違いなく俺と深い繋がりがあるし、100%フラれる自信はある。
それでも告白出来ない存在……凛だ。
残りカウントが1で、凛だけが残った状況をクソ女神はほくそ笑んでいるだろう。
告白すれば罵詈雑言の嵐を呼ぶ姿が簡単に想像出来る。
そして俺は居場所を無くし、『妹に告った男』として後ろ指を差される人生を送るだろう。
つまり妹に告白することは別の意味で、俺の死を表す。
肉体的な死か、立場的、精神的な死か。
一晩中悩んだ俺は期限最後の日の夜……妹の部屋をノックした。
「凛、いるか? おーい」
何度もノックを繰り返すと、部屋の中から「あーっ、もう、クソ兄貴が」と叫びが聞こえ、しばらく賑やかしい音がした後、乱暴に扉が開かれた。
「ほんっと、妹の部屋に来るとか、キモいからやめて欲しいんだけど!」
不機嫌をあらわにした凛は、犯罪者を見るような目で睨みつけてくる。
よほどの怒りで血が頭に上っているのだろう。湯気でも出そうなほど顔が真っ赤だ。
「で、なに?」
「あぁ、ほら、これ昔、凛が欲しがってただろ?
渡しておこうと思って」
俺は手に持っていた懐中時計を凛に差し出す。
少し手が触れると過剰な動きで払われたが、受け取ってくれた。
これは俺が死んだ爺ちゃんから貰ったもので、当時小学生だった凛が「私が欲しい」と何度もねだっていたものだ。
凛と仲良かった頃は、よく2人でこれで『時間停止』などといって遊んだものだ。
兄妹仲が良かった時の思い出が詰まった懐中時計。
「ったく、いつの時代の話だよ。ま、まぁ、クソ兄貴が持ってちゃ爺ちゃんもかわいそうだからな。も、貰ってやるよ」
「あぁ、大事にしてくれ」
俺が笑うと少し照れたようにそっぽを向く凛。
こんな表情を見るのは久しぶりだ。
懐中時計は俺の形見にもなってしまうが、俺の心は軽くなっていた。
そう、俺が出した答えは——告白しないだ。
邪険にされても俺の可愛い妹。
散々クソ女神に振り回されて、43人……いや、それ以上の女性を告白してきた俺だが、譲れないプライドってものがある。
凛に兄に告白されたというトラウマを与えるぐらいなら、死んだほうがマシだ。
「な、なんだよ。用事は済んだんだろ?
もういいだろ?」
「んっ、あぁ。
凛……じゃあな」
俺が部屋に戻ろうとした時——
「あっ————
あ、ありがと」
凛はそうやってバツが悪そうに俯いた。
俺は小さく笑って、歩き出した。
不思議なもので、間もなく死を迎えるというのに俺の心は静かだった。
もともとは事故で死んでいた身だ。
この2週間で一生分……いや、来世、そのまた来世の分まで告白しただろう。
でも最後に久々に見た柔らかな表情の凛。
俺は思い残すことはない。
……
…………
………………いや、あった!
あのクソ女神にたっぷりと文句を言ってやりたい!
そんなことを考えてベッドの上で仰向けで寝ていると、やけに自分の呼吸音が耳につく。
徐々に体の力が抜けていく感覚。
視線が宙を彷徨うと、暗闇の中で光の粒が一つ、また一つと増え、ゆっくりと女性を形取る。
あの憎々しいクソ女神だ。
「もう時間になりますね。とても残念ですが、あと1人足りませんでしたね」
ちっとも残念そうな顔を見せない女神。
むしろ息も絶え絶えの俺を見て、あざ笑っているようにも感じてしまう。
この14日間、俺は頑張った。
恥を晒してフラれにフラれ、自尊心を失った。
それでも届かなかったあと1人。
もし44人達成していたら、この女神はどんな顔をしただろうか?
きっと喜ばなかっただろう。
面白くない顔をしたり、冷たい視線を浴びせたり、あからさまに嫌そうな顔をしたかもしれない。
俺はこの無茶振りクソ女神にギャフンと言わせたかったが、もう遅い。
眠気が広がり、指先を動かす力さえも残っていないのだから。
「そろそろ時間になります。
最後に何か言い残したいことはありますか?」
せめて女神を罵倒して死んでやろうか?
そう考えていると口元が緩んだ。
最後の最後、俺は思いついたのだ。
女神をギャフンと言わせる起死回生の言葉を。
それは————。
「ぉれ……と……けっこん……してくだ……さい」
掠れた途切れ途切れの言葉に、パチパチと瞬きを繰り返す女神。
まだ告白する相手が残っていたのだ。
クソ女神にフラれることでカウント扱いになるのなら俺の死は免れる。
まぁ、そんなにうまく行くわけがないし、俺に苦痛がないのでノーカウントだろう。
だがクソ女神にパンチ1発くらいは返せたのではないだろうか?
試合に負けて勝負に勝つ。
体が冷たくなっていくのが分かる。
もう時間のようだ。
俺は死にゆくまで、屈辱に歪む女神の顔を見て————
「あっ、はい。不束者ですが、よろしくお願いします」
——えっ!?
女神は頬を上気させて、上からこちらを覗き込む。
まさかの二つ返事。
俺の完敗だった。
薄れゆく意識の中、俺は完全敗北を悟り、静かに目を閉じた。
「で、なんで俺は生きてるんですかねぇ?」
「人としては死んでますよ。あなたは私と結婚して祝福を受けた、神の眷族ですから」
俺の部屋のベッドの上。
腕に柔らかな感触を押し付けながら、女神は恍惚の表情をして頭を肩に乗せてくる。
どうやら俺は彼女と結婚したことで、天国でも地獄でもなく神の眷族としての生を与えられたようだ。
人生なにがあるかは分からないが、まさかこうなるなど神様も予想出来なかっただろう。
こうして俺は美貌の妻を手に入れたのだが、あくまで目標はこの妻にギャフンと言わせること。
だが、正攻法は通じそうにない。
仕方がないので今晩あたり、ベッドの上で攻勢に出ようと思う。
だがその時の俺は、5分後に部屋に現れる凛とクソ女神による『人と神の争奪戦』が始まるなど、知る由もなかった。
主人公(クソ兄貴)……19歳でこの世を去った青年。現在は神の眷属として蘇り、至って普通に生活中。決してモテない容姿や性格ではないが、あらゆるフラグが妹によって潰されていたことを本人は知らない。なし崩し的に女神と結婚。
女神(クソ女神)……もともとは生と死を司る偉い女神。偶然目にした死にかけの主人公を気に入り、生き返るための道を示した。ただの気まぐれのはずが、死を目前にした主人公の告白に心を撃ち抜かれ、あえなく陥落。人間の肉体を作り上げると地上に降り、主人公の家に転がり込む。後に神話で語られる好敵手、凛と出会う。
凛……花の高校2年生。兄(主人公)が好きすぎるブラコン。暴言やつれない態度を取ることでなんとか理性を保っている。兄の恋愛フラグクラッシャーであり、『妹バリア』『地獄の番犬』の異名をもつ。家に転がり込んで来た女神(義姉)に、時間停止能力を持つ懐中時計を片手に戦いに挑む。
妹語録……表の声と心の声のギャップを記したもの。
クソ兄貴=大好きお兄ちゃん
キモい=カッコいい
死ね=愛してる
みよちゃん……主人公の初恋の人。ドラマティックな告白劇が作中に出る予定だったが、「あっ、ごめーん。あたし年収800万以下の人は無理なんで」と、現実味あふれる断りを入れたために没に。凛の恋愛フラグクラッシャー被害者第1号。
お読み頂きありがとうございました。
↓の評価を押していただけると、懐中時計の『時間停止能力』がスキルアップする気がします。