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幼馴染は恋愛対象外だと思ってました

作者: 安西 恵美

「ごめん……ちゃんと好きだった筈なんだ……」


 そう言う声は酷く掠れていて、頼りなげで。

 ゆらゆらと揺れるろうそくの火みたいに、ふっと息を吹き掛けて消してしまいたくなった。それでも、そんな風に一蹴しなかったのは、私は彼のことを好きだった筈ではなく、ちゃんと好きだったから。


「本当にごめん……俺、やっぱり彼女が好きなんだ……」


 彼が言う彼女とは、彼の幼馴染。

 ついこの間その子は、付き合っている恋人の浮気という裏切りを知り、彼氏と別れたらしい。


 だから? 正直、そう思った。

 ずっと想っていた女の子がフリーになったからって、今、付き合ってる彼女と別れようなんて思うか? 思わねぇだろ? 普通。


 あっさり、別れようってなってる時点で、好きだった筈も何もないじゃん。

 思いっきり二番手じゃん。

 繋ぎじゃん。


 でも、まぁ安心してよ。


 私はニコリと微笑む。それこそ、聖母マリアのように慈愛に満ちた、懐深い微笑みで。


「うん、分かった。別れよっか?」


 引き止めたりなんてしない。

 理解ある良い女を演じてやる。だから。


「……幸せになってね」


 なんて、心にもないことを口にしながら。


 その面、二度と私に見せんなよ?このサイテー男!! そう心の中で、私は目の前のクズを罵倒した。



 数時間後。


「はっ? 何だ、そりゃ。そんなモン、口に出しちまえば良かったじゃん。らしくねぇ」

「煩いなぁ。そうしてやろうと思ったけど、出来なかったんだよ! しょうがないじゃん……」


 カラコロと笑って、他人事感満載の男の隣で、私はうぅっと嘆くように呻いていた。


「しょうがないって? 何で?」

「……マジで好きだったからに決まってんでしょっ!? 言わせんなっ!」

「へぇー、そうだったんだ? それは、御愁傷様」

「アンタねぇ、ホントに慰める気ある? 私、彼氏にフラれたから慰めろーって、アンタのこと、呼び出したよね?」

「分かってるって。だからこうして、今、紗星(サホ)の隣で、愚痴聞いてるんだろ?」

「だったら、もうちょい優しくしろ! バカ広!」

「バカって言うなよ。俺もお前のことアホって呼ぶぞ?」

「はぁ? んなこと、許すワケないでしょ? バカ広の分際で」


 なんて、子供じみた言い合いを出来る相手は、私にとって世界でただ一人、コイツだけだろう。


 バカ広こと、渋谷(シブヤ) 高広(タカヒロ)は、私の幼馴染。


 幼馴染の存在を理由にフラれたっていうのに、皮肉なものだ。何かあった時、私が一番に話す相手は高校時代からの親友でもなく、姉や母親でもなく、この幼馴染なんだから。


「……幼馴染の何がそんなに良いんだろうね」


 元カレに対してなのか、無神経な幼馴染に対してなのか、最早分からなくなっていた怒りが収まりだしたころ、私はポツリと零した。


「それ、幼馴染の前で言うか?」


 呆れたように、心外そうに言う高広を無視して、私は続ける。


「そんなに良いモンでもないと思うけどね。幼馴染なんて」


 少なくとも恋をしてしまうような、素敵な関係じゃないと私は思う。

 それとも、私と高広だけが例外で、男女の幼馴染はみんな恋に落ちると決まってるんだろうか。なんて、元カレに対して理解に苦しんでいると、


「うーん、まっ、俺は分からんでもないけどね。クズカレの気持ち」


 今度は高広が、ポツリと呟くような調子でそう言った。


 クズカレって。面白い呼び方するな、この幼馴染は。


 私はヘラヘラと笑った。

 自分を傷付けた相手を、自分と同じようにクズだと言ってくれる人がいるというのは、心強くて気分が良い。


 けれど、高広は笑っていなかった。

 正確には、私と同じバカ笑いをしていないというだけで、無表情でも難しい顔をしているワケじゃない。ちゃんと笑ってくれている。


 今まで、見たことのない微笑み。

 コイツも男なんだな、なんて当たり前のことを意識させるような微笑みにドキリとする。


「高、広……?」


 動揺で掠れた声は、あなたを意識してドキドキしてますよ、と言っているようなものでイヤだ。


 あれ? どうしてしまったんだ、私。さっき、自分で言ってたでしょ? 幼馴染なんて、そんな良いモンじゃないって。


 そんな私の動揺と混乱を楽しむように、いつもは軽口をポンポン叩くお喋りな幼馴染が、無言で微笑んでいる。

 私を見詰める視線は、相変わらず甘い。


「何か……言って、よ」

「紗星のタイプって、無口っつうか、クールっての? あんま喋んないヤツが良いんだろ? 何、考えてんのか分かんないとこが、ミステリアスで良い!! とか言って」


 だから、ちょっと黙ってみた。


 なんてカラコロと笑って言う高広は、もういつも通りだ。小さいころから、一緒にふざけたり、バカやったりしていた時と同じ。


 それに、何故がホッとしつつ思う。


 確かに、彼は無口な人だった。でも、別れ話をした時はよく喋っていた。

 まぁ、言い訳としか思えないけど、真剣だったことは分かる。勿論、私に対してじゃなくて、幼馴染の彼女に対してだけど。


「そうだね、昔からそうだったかも」


 歴代の彼氏たちを思い返してみると、そうかもしれない。

 納得した風に私が頷いていると、高広がはぁっと溜息を吐いた。


「やっぱり、お前、俺のこと見てないよな」

「見てないって? 無視してるってこと? 返事してるじゃん。ちゃんと」


 高広がもう一度、溜息を吐く。

 その溜息があまりにも、遣る瀬無さそうだから、私はぎょっとした。


 思わず、まじまじと高広を見詰める。

 高広は私の視線から目を逸らすことはせず、何故か同じように見つめ返してくる。


 それも真顔で。


 ん? 何だ? と思ってバカみたいに見詰め続けていると、高広が不意に言った。


「俺、紗星のことが好き」

「は?」

「あっ、幼馴染としてって意味じゃないからな。さっき見てないって言ったのは、男として見てないって意味だし」


 だったら、あんたは私のことを女として見てるの? なんて、言葉が一瞬過ぎったけど、そんなこと聞く必要なんてないと気付くのに一瞬遅れた。


『俺、紗星のことが好き』


 え? え? マジか? マジなのか?


 脳裏で再生した高広からの告白が、凄い勢いで浮かんでくる疑問符で埋め尽くされていく。

 自分の気持ちとか、返事とか、何て言えば良いのかとか、何にも考えらんない。


 私、まだ『は?』しか言ってないし。


 どうやら、かなりテンパってるらしい私は、何て伝えようか言葉を考えている。その前に、そもそも高広の告白にどう感じたのか、それを考えるべきだろう。


 順番がめちゃくちゃだ。

 こんな状態で、一体、私は何を言うつもりだ?


 私の頭がやっとまともに思考をし始めようとした時。


 考えるなんてバカバカしいじゃん。


 そう言わんばかりに高広は、漸く混乱から復活しようとしていた私を、更に混乱させるようなことを言うのだ。


「なぁ、紗星。キスしようよ」

「……は?」


 何、言ってるんだ、コイツは。そういうことは、私が告白の返事をしてから言えよ。


「だって、お前、俺のこと好きじゃん。好きか嫌いなら、絶対好きだと思う」


 凄い自信だね。

 そう思わないでもないけど、その通りだから素直に頷く。


「けどさ、それって、幼馴染として好きなだけじゃない? とか思いそうじゃん」


 紗星さん、俺のことさりげなく恋愛対象外にしてたみたいですし。


 なんて、ふざけた敬語で高広が言う。


「だから、ね? キスしよ? そう言われて、どう思った? アリかナシか。アリって思ったら、それは恋愛対象でしょ。分かりやすくない?」


 キスは幼馴染とすることじゃない。彼氏と彼女がすることだ。


 うん。

 確かに、分かりやすい。


 私は。


「……まぁ、ナシではないかな?」


  やっと、『は?』以外のことが言えた。


 正直、全然アリだと思った。素直にそうは言えないけど。


 そう。高広は顔だけはカッコイイ。黙ってれば、ちょっと見惚れてしまうくらいには。


「よし。じゃあ、付き合おう」

「うわー、軽いなー」


 こんなノリみたいな感じで、今までの関係を変えてしまって大丈夫なのか。上手くいかなくなっても、ハイさよなら、と簡単に別れるなんて出来ない。


 だって、その後、私は誰に話を聞いてもらえば良いんだ? 彼氏だけじゃなく、幼馴染を失うのはイヤだ。でも。


「えー? 別に良いじゃん。そっちこそ、好きだとは言ってくれてないし」


 そう相変わらず軽い調子で言う高広の顔がちょっと赤くて、耳まで赤いから、まぁこれで良いやと思えた。


 飄々としていた高広も、実は緊張とか照れとかあったのかな。なんか、高広が可愛く見えてきたかも。


 私のタイプは、クールでカッコイイ人だけど、可愛いと思える彼氏も悪くない。なんて、思っていたら、また高広の雰囲気が変わって、ドキリとする。


「好きだよ、紗星」


 さっきまで、悪ガキみたいな感じだったのに、甘い微笑みが様になっていて、ずるい。


 高広の顔が近付く。


 あっ、と思っている内に、唇が重なって。

 私は目を閉じた。


 唇が塞がれて言えなかった言葉を、心の中で呟く。


 私も好きだよ、高広。


 数時間前、幼馴染の存在を理由に彼氏にフラれた時は、こんな展開になるなんて考えられなかった。


 幼馴染が何だよ。

 そう苛立ちながら、いつものように幼馴染を呼び出して、幼馴染を理由にフラれた私が、幼馴染に愚痴ってるなんてねー? と、自分を嘲笑いながら、ストレス発散に愚痴愚痴と幼馴染に絡んでやろうと思っていたのに。


 まさか、腐れ縁の幼馴染に告白されて、キスしてるとか。私も元カレのことを悪く言えないな。


 幼馴染って凄い。

 何か特別なのかもしれない。


 元カレの幼馴染さん。顔も知らないけれど、今頃、アナタも私と同じように、恋愛対象外だった幼馴染に告白されて驚いたりしてるのかな?


 だったら、良いな。と素直に思う。


 そりゃ、元カレにはちょっと腹立たしく思ってるけど、アナタは私と一緒。男に裏切られた罪なき乙女なんだから。

 アナタの幸せくらいは、素直に祈ろう。

 ついでに元カレも幸せにしてやって。


 まぁ、元カレが告白しないかもしれないし、幼馴染の彼女がフッてしまうかもしれないけれど。それはそれで良い。


 とりあえず、何が言いたいかっていうと、私は今、誰かの幸せを願えるくらいに幸せだってこと。


 失恋の傷は新しい恋でしか癒せない。なんて聞いたことはあるけれど、まさか新しい恋の相手が幼馴染になるとは思いもしなかったけど。


「高広、あんたキスしたかっただけじゃないでしょうね?」

「あっ、バレた? うん。したかったよ」


 そう言って、高広はまた悪ガキの顔に戻ってしまう。


「はぁっ? じゃ、やっぱり……」


 付き合うのはナシ。


 言いかけた言葉は、また高広の唇に塞がれて声にならなかった。

 次に唇が離れた時、高広が私の耳元で囁く。


「紗星と、ずっとね」

「〜っ!?」


 かぁーっと、顔が熱くなる。


 ヤバイ。これは赤面してるな。と思ってたら、高広が自分で作り出した良い雰囲気を壊すように、ケラケラと笑う。


「紗星、その顔。タコみたい」


 おい。そこは、可愛らしく林檎に例えろよ。


 グーで殴ってやろうかと思ったけど、


「俺にとって紗星は、ずっと恋愛対象だったよ」


 なんて、不意に私を映した高広の瞳が、まるで眩しいモノを見るように細くなって、笑う顔があまりにも幸せそうだから殴れなかった。


 幼馴染なんて、そんな良いモンじゃないなんて言って、何かゴメン。


 そう言う代わりに、


「好きだよ、高広」


 さっき言えなかった言葉を伝える。

 また私の唇は、高広の唇に塞がれてしまった。

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