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55.皆既月食。

***前回のあらすじ***

あれから何度もあの雑木林に足を運んだ。シンや千佳も、すっかり乾さんや森本さんと打ち解けていた。いつもの様に俺が雑木林に向かおうとするとお袋が声を掛けて来た。俺の突拍子もない話を、お袋は信じてくれたみたいだった。

 ──一年は、あっという間だ。毎日、チャリであっちこっち走り写真を撮った。

 時々、電車を乗り継ぎ、渋谷だとか都庁なんかにも足を運んだ。

 毎日素振りをして、スリングの練習をして、雑木林に足を運ぶ。赤い月が登らない日も、毎日何かに呼ばれるようにあの場所に通った。

 乾さんも同じように毎日あの場所へ行っているらしい。時々向こうでばったり会って、暫し話し込んだりもした。


 これだ、という日はやって来ないままに時間だけが流れて行き、俺は3年に進級、シン達、前のクラスメイトは皆巣立っていった。

 シンも今は大学生だ。なんか負けた感。


***


『──日本で観測できるのはゆうに4年ぶりだそうなんですよ!』

『楽しみですねぇ』


 テレビから流れて来る声に俺は足を止めた。ひょぃっと部屋を覗きこむ。テレビにはぞくりとするほど赤い月が映し出されていた。

 俺は思わず息を飲む。赤い、赤い丸い月。

 俺はふらりとお袋の隣に腰を下ろした。お袋が目を丸くして俺を見る。


 ──何だろう。この感じ。

 テレビの中のコメンテーターが興奮気味に日本の各地で見られる天体ショーについて何かしゃべっているけど、頭の中を素通りする。

 4年ぶりの、皆既月食だった。


 皆既月食だから、なんだろうか。俺が異世界に行った日は普通の満月だったはずだ。月食は関係ないと思ってた。でも、画面に映し出される錆びた様な赤い月は、俺に訴えかけている気がする。言って画面に映し出されているのは、4年前の皆既月食の時の映像なんだけど。


 この日だ、と思った。心臓がバクバクする。きっと、この日だ。この日、異世界への扉が開く。

 俺が息を飲んでテレビに見入っていると、スマホの着信音が鳴り響き、俺は思わず飛び上がった。慌ててスマホを見ると、乾さんだった。


「もしもし、乾さん?!」

『悠哉くん!?』


 焦って早口になった俺と同時、乾さんの声が被った。向こうも興奮気味だ。


「あのっ、今、あの月食の…」

『うん、私も今見てた』

「やっぱり?」

『あ、いや、判らない。判らないんだけど、なんか…、これだと思ってしまって』

「俺もです!」


 感覚が確信めいたものに変わる。電話の向こうの乾さんの声も上ずっていた。俺はテレビに視線を向ける。


「一週間後、月食が一番大きくなるのは22時半、だそうです」

『そこだね』

「うん、多分」


 隣に座ってたお袋が、俺の手をぽんぽんっと叩く。まるであやす様に。気づいたのかな。


 皆既月食まで、後数日──


***


 俺は残りの日数、生き急ぐようにこっちでやりたい事を片っ端からやることにした。

 親父やお袋とも、沢山写真を撮った。親父愛用のトラックにも乗せて貰った。

 近所のスーパー銭湯にも家族で行った。

 千佳と一緒にゲーセンに行って大きなぬいぐるみを取ってやったら凄く喜んでくれた。

 部屋の中を片付けて、不要なものはバンバン捨てて、準備は万端だ。


 最初に話した時はぶん殴られたけど、俺はもう一度親父にも異世界の話をした。

 怒り出した親父を宥めてくれたのはお袋だった。

 親父も流石に俺の異質さを感じ取っていたみたいで、最後はきちんと話を聞いてくれた。

 時間を惜しむように、俺達は沢山、沢山話をした。


 そして、その日がやって来る。


 俺は大きめのリュックに、下着や着替えを数枚押し込み、動きやすいジャージに着替える。

 充電器は3つ。スマホもばっちり充電済みだ。ゲーセンで取ったぬいぐるみが1つ。

 土産のお菓子もリュックに詰め込んで、ベルトを巻いてスリングとナイフをベルトに挟む。


 時刻はもうすぐ21時になる所だ。少し早いけど、そわそわしてじっとしていられない。

 皆既月食は既に始まっている。階段を下りると、親父やお袋、千佳も玄関で靴を履いていた。


「──え、何やってんの?」

「今日なんだろ? 見送りに決まってるだろうが」

「ああ、うん」


 更に人数が増えそうだ。大丈夫かなぁ。これで道が開かなかったら大分恥ずかしい。居た堪れない。

 俺達はゆっくり歩いて西高まで向かう。

 何となく誤魔化すように、どうでも良い話をした。夕飯の唐揚げが美味かっただの、小さい頃の俺の失敗談だの。

 あっちこっち、家の前に人が居る。皆ぽかっと口を開け、空を見上げたりスマホを掲げたりしている。

 空にはぽっかりと赤みを帯びて欠ける月。皆既月食だ。


「日記は母さんにやるよ」

「ありがと」

「おにいちゃん、これあげる」


 千佳が差し出したのは、千佳がお気に入りにしているヘアピンだった。オレンジ色の花が可愛らしい。


「良いの? お前これお気に入りだったんじゃねーの?」

「良いの。 これ見たらあたしの事も嫌でも思い出すでしょ?」

「サンキュ」


 ヘアピンは流石に使えないけどな。俺はジャージの襟首にヘアピンを挟む。


「けどこれでハズレだったらめっちゃ恥ずいね」


 ──それは言わないだげて。


***


 西高の校庭には人が集まっている。

 皆月食を見に来たらしい。先生の好意で校門が開かれてるっぽい。粋な事するなー。

 俺達が向かうのは、そんな西高の裏手。流石に雑木林の周囲に人は──居るよな。乾さんに、森本さん。それから──


「おーい、ユウヤぁー!」


 雑木林に近づくと、シンが大きく手を振り、ぴょんぴょんと跳ねた。止めろ、恥ずかしい。


「大声出すなって」

「へへっ。おじさん、おばさん、こんばんは」


 シンはいつも通りだ。わざとかもしれないけど。何となくほっとする。


「此処か?」

「うん」


 親父の少し困惑気味の声に俺は頷く。

 胸の中がざわざわする。あの日と同じ、校舎は墓標の様に佇んでいる。人は結構多いけど。話声や歓声も聞こえて、あの日と雰囲気は大分違うけど。

 でも、雑木林を前にすると、せり上がるような感覚。まるで何かに呼ばれているみたいな。


 乾さんも親父やお袋に挨拶をしながらも、そわそわと落ち着きなく雑木林をちらちらと見ている。彼もやっぱり何かを感じ取っているっぽい。

 見上げる空には、赤い月。あの日よりも大分高い位置で赤く空に浮かんでいる。少し欠けたくらいで、気味が悪い程赤い月。


 親父やお袋は森本さんと挨拶を交わしている。シンと千佳も何かを話している。周囲の人は皆月に魅入られていた。


 俺は乾さんと顔を見合せ、雑木林へと分け入る。


「もう行くのか?」


 雑木林の茂みを掻き分け踏み込むと、親父が声を掛けて来た。はっとしたようにお袋も千佳も俺を見る。

 親父の声は少し辛そうだ。俺は親父を振り返って肩を竦める。


「や、判んないけど。今日だってのは何となく感じるんだけど今直ぐかは判んないって。ちょっと見て来るだけ」


 まだ判んないのに今生の別れ、みたいにされると結構恥ずかしいというか。

 今生の別れになるかもしれないんだけどさ。


「ユウ」

「ん?」

「持っていけ」


 更に進みかけて、親父に呼ばれて足を止める。親父は俺に近づいて、自分の嵌めていた時計を外して俺の手首に付けてくれた。

 親父が大事にしていた、自動巻き時計だ。確かめちゃ高かったつってなかったか?


 良いの?と俺が親父を見ると、泣き笑いみたいな顔で親父が俺を見つめていた。

 そんな親父に寄り添うようにしてお袋が持っていた手提げから弁当の包みを取り出す。


「一応ね、持って行きなさい」


 受け取ると柔らかい感触。おにぎりだ。お袋らしいなぁ。こういうとこ。


「ん、ありがと」


 おにぎりはまだ少し暖かい。俺は何にも残せないなぁ。渡せたのは日記と、俺が撮りためた写真だけだ。

 俺は礼を言ってから、雑木林の中を一歩一歩進んだ。

 はっとしたようにシンと千佳が慌ててついてきた。森本さんも親父とお袋にすみませんという様に頭を下げてから俺達の後に付いて来る。

 てか親父とお袋以外皆来るのかよ。巻き込まれても知らないぞ。


 一歩。二歩。まだ、何も起こらない。

 あの時ももう少し奥まで進んだっけ。

 暗がりで見えにくい中、あの時と同じように俺はスマホのライトで地面を照らし、ゆっくりと進む。


 ──ふと、異変に気が付いて足を止める。


 ──静かじゃね?

 さっきまで、皆既月食を見上げて人の歓声が上がっていた筈だ。なのに今は人の声が聞こえない。

 通りの向こうを走っていた車のライトも今は見えない。

 草を踏む音と風に揺れる葉擦の音以外、何も聞こえない。


 振り返ると、まだ雑木林の向こうにお袋と親父の姿も、西高の校舎の影も見えた。

 でも、判る。此処は、入口だ。あの時もそうだった。あの時も──


 そこまで考えてはっとする。

 ──喉元まで出かかって、思い出せなかった事が、まるで今までもそこにあったかの様に、思い出せなかったことが夢だったみたいに、自然と、するっと思い出せていた。


「森本さん、千佳、シン、そこで止まって。それ以上来ちゃ駄目だ」

「え?」


 俺の隣で、乾さんが震えている。浅い呼吸音。嗚咽の様な声。


「あの日、俺は此処で真っ黒い大きな化け物を見たんだ」


 そう。化け物をみた。それは日記で知っていたけれど。これは俺の記憶だ。ちゃんと、覚えてる。

 俺の言葉にシンが小さく、「あ」っと声を上げる。シンも思い出したみたいだ。


「びっくりしてシンを置いて逃げ出した。あの時はごめんな、シン」

「ユウ…」

「逃げ回って、おかしいって思ったんだ。道路にも出れなくて、どこまでも続く広大な森だった。疲れ果てて眠っちゃって、俺はイング達に助けられたんだ」

「そう…。そうだ、私も…。あの日、猫を追って庭に潜り込んで…。バケモノを見たんだ。驚いて逃げ出して、やっと抜けたと思って駆けこんだ小さな家に、ビアンカが居たんだ…」

「この先が、俺が戻りたかった場所なんだ。だから、そのまま後ろに下がって。こっちに来ちゃ駄目だ。千佳。親父とお袋頼んだ! 親父、お袋、育ててくれてありがと!迷惑かけてごめんな! シン、千佳の事お前に任せるわ、宜しくな! 森本さん、今までありがと! 皆元気でな!」


 俺が肩越しに振り返り、そう声を上げるのとほぼ同時。


 

 ─── ウォォォォ───ン… ────


 明らかに、犬じゃない、何かの遠吠えが響き渡った。

いつもご閲覧有難うございます!今日はもう1本上げれると思います!

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