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52.ひぐらしが哭く。

***前回のあらすじ***

1週間が終わり、俺は留年した格好で学校に登校した。帰りにあの雑木林に行ってみたけれど、何の変哲もない雑木林は、異世界の事も俺の妄想だったんじゃないかって気分になっただけだった。

 学校に通いだすと、あっという間に『日常』に飲み込まれて行く。繰り返し、繰り返し、特に大きな何かがあるでもなく、惰性の様に時間が流れていく。


 少しずつ、頭の中が冷えていく。まるで強い酒でも飲んだみたいに、俺は状況に酔っぱらっていたのかもしれない。いや、未成年だし酒は飲んだ事無いよ。無いんだけど、一番それがしっくりくる表現な気がする。


 何処かで俺は勘違いしていたのかもしれない。

 覚えて居ないとはいえ、俺は異世界から帰って来て、ファンタジーの世界で冒険をして、恋をして。

 それは、物心ついた時からずっと『モブ』だった俺にとっては、初めての『主人公』だった。


 今までの自分が嘘みたいに、あれこれと調べ周り、森本さんや乾さんに会いに行ったりもして、俺からすれば物凄い行動力だったと思う。

 面倒な事には極力関わらない様に生きて来て、当たり障りなく生きて来た俺が、初めて自分から首を突っ込みに行くなんて、自分でも『どうした俺?!』と思う。

 凄く気分は高揚したし、自分が特別になった様な気がしていた。


 でも、良く小説であるじゃん?

 元はポンコツだったヤツが、気づくとすっげぇ美形になったり、すっげぇヤツ──精霊だったり、聖獣だったり、神だったり魔王だったり──に愛されたりして、凄くなるパターン。

 が、俺は相変わらず魔法は勿論、何か凄いスキルが身に付いたわけでもイケメンに変身したわけでも、ハイパースキルを手に入れたりもしていない。

 安定のモブだ。劇的にビフォーアフターにはなってない。


 そりゃね。異世界の記憶でもあれば、多少は変化もあったのかもしれないけど、いかんせん俺何にも覚えてないもんね。

 1年の浦島太郎を経験したところで、俺からすればほんの数時間居眠りこいた程度なわけよ。数時間で別人に変化なんて出来る訳ないだろ?

 舞い上がってた1週間が終われば、嫌でも現実を見ちゃうわけだよ。


 こうして日常に戻ると、やっぱり俺は女子とは上手く話せないし苦手なまま。

 しかも今までクラスメイトだった女子じゃなく、振出しに戻って知らない子ばっかりで話せるようになるわけが無い。

 最初の一週間くらいは興味芯々な様子で俺に声を掛けてきたり、遠巻きに見ていた連中も、今はもう俺の存在なんて歯牙にもかけない。

 女子達曰く、「なんか普通」なんだそうだ。

 何故知ってるのか。聞こえて来るからだよ。きゃっきゃきゃっきゃやってる声が。女子のこういう所も俺は苦手なんだ。


 運動は前よりも成績が上がったと思う。持久力が付いた。腕力も上がった。でも、それだけだ。

 特別凄くはなっていない。勉強も相変わらず中の中だ。何も、変わらない。

 日記や持ち帰ったアイテムが無ければ、俺はこのまま日常に淘汰されていたと思う。


 胸の中にだけ、しこりみたいに、『早く帰らないと』だの『逢いたい』だの、行き場の無い気持ちだけが取り残されて、俺は感情を持て余していた。


***


 夕暮れの空に、ひぐらしの鳴く声が寂し気に響く。

 俺は学校が終わると、そのままチャリで西高に向かった。

 西高の野球部は県大会敗退。少し前まで気合いの入った掛け声が響いていた校庭に、これまた何処か寂し気なノックの音が響く。

 部員の声も何処か投げやりに聞こえるのは俺の気のせいなのかもしれないけど。


 西高の裏でチャリを止めて、俺は雑木林の前に立つ。『自然保護区』と書かれた、薄汚れた小さな看板。

 乾さんよりは、マシなのかもな。自然保護区って事は、市が保護してる場所って事っぽいし、多分ニュアンス的に家が建つ心配は無さそうだ。

 此処がもし、マンションとかになってたら。そう考えると、胸がギュっと苦しくなる。

 いっそ、全部忘れて、時間の流れに、日常に淘汰されちまえば良いのに。何で半端に気持ちだけが残るんだろう。神様ってヤツは何がしたいんだ。

 忘れられれば、楽なんだろうな。でも、忘れたくない。感情だけでも、忘れたくない。苦しいけれど、切ないけれど、この感覚は手放したくない。


「アシュリー」


 大声は流石に恥ずかしい。あたりを見渡して、人が居ないのを確認し、俺は小声で呼びかける。

 アシュリー。どんな子なのかな。日記には、アーチャーだって書かれていた。想像力が乏しいから、水色の髪って書かれてあってイメージ出来たのはかなり浮いた感じの水色の髪、だった。

 地毛らしいから、もっと自然なんだろうな。自然な水色の髪。うーん。イメージ出来ない。

 明るくて、元気な子らしい。どんな声なんだろう。どんな顔なのかな。

 喉元まで出かかってるのに思い出せないもどかしさ。

 名前を呼ぶだけで、こんなにも胸が苦しくなるのに。


「アシュリー…」


 カナカナと、寂し気なひぐらしの鳴く声。夕暮れも伴って、悲しい程に切なくなる。

 もうすぐ、夏が終わる。見上げた空に浮かぶのは刃の様な、白い三日月だ。後半月は、赤い月は登らないんだろう。夏が終われば、後1年は戻れないらしい。1年も待つのは、正直苦しい。

 アシュリーは、待っててくれるかな。てか本当に彼女なのか? 不安になる。


 乾さんは、もう何年も、何十年も、こんな気持ちを抱え続けたんだろうな。


 俺は少し考えて居た事を実行することにした。誰かに見つかったら怒られそうだけど。

 ボディバッグから、スリングを取り出す。俺が向こうの世界から持ち帰ったものだ。


 小石を拾うと、油性マジックの細いヤツで文字を書く。覚えて居ない筈なのに、なぜか書ける知らない文字。

 『必ず帰る。待っていて。 ユウヤ』


 マジックを口に咥え、スリングに小石を宛がって、力いっぱいゴムを引く。妙に手に馴染むこの感覚。

 届け── アシュリーの許へ。


 ギリギリと引き絞ってから指を離すと、パンっと音と共に小石は茂みを貫いて雑木林の中へと吸い込まれて行った。

いつもご閲覧有難うございます!更新遅くなってしまって申し訳ないです!久々に思いっきり風邪拗らせちゃいました…。やっとこ復活です。

次の更新は明日を予定しています。60話完結予定、ラストスパートです。がんばりまっす!

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