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50.妹。

***前回のあらすじ***

俺は探していた乾尚之と会う事が出来た。彼もまた俺と同じように、ずっとあの世界に戻りたくて焦がれている人だった。

「──まるで、今流行りの小説みたいな話だな…」


 俺の日記をざっと読んだ乾さんは、老眼鏡を外して息を付き日記を閉じた。


「そーっすね。他人が見たら笑い飛ばすような話だって俺も思います」

「──俺も見て良い?」

「どぞ」


 乾さんから日記を受け取り、森本さんも日記に目を通しだす。


「…まぁ、普通は俺の作り話だって思うでしょうね。馬鹿らしいって一蹴されても仕方がないかなって」

「──信じるよ。彼女も、まだ独り身なんだね」

「乾さんは?」

「独身だよ。誰かと一緒になる気にはどうしてもなれなかったんだ。恋人も居ない」


 …なんか、凄いな。今時何十年もたった1人の、居るか居ないかも判らない人を想い続けているなんて。

 森本さんが日記を読んでいる間、乾さんは自分の事を話しだした。

 こっちに戻った時には、大学は中退になっていたそうだ。乾さんが行方不明になった大きな家は取り壊され、今はマンションになってしまったらしい。

 何度も、失った記憶を取り戻そうと、記憶を無くした場所へと足を運んだが、何も起こらなかった。

 同じ経験をした人を探しては戻る方法を模索したが、それも叶わなかった。

 ただ、身を切られるような喪失感と、丁度俺がそうであるように、早く帰らなくてはと急くばかりで、今に至っているらしい。


 日記を読み終えた森本さんが顔を上げる。


「んー、幾つかキーワードめいたもんがあるよね。満月に近い晴れた日の月の出入りで月が赤く見える時。時刻は夕方から夜。俺が知っているケースは、皆木々が密集している場所。消えた日の時刻と戻った時の時刻」

「時間?」

「ああ、高橋君にはまだ言って無かったね。君がこっちに戻ってきた時間って何時くらいだった?」

「えーと、夜の10時半くらいっすね」

「異世界に行っちゃった時は?」

「えっと、10時に友達と待ち合わせて、それから──」


 …あれ?丁度同じくらいの時間だ。俺は乾さんを見た。彼もゆっくり頷く。


「私も、あの日は夜の8時くらいだった」

「春に消えた者は春に戻って来る。夏に消えた者は夏に戻って来る。数日で戻る場合は季節は同じだね」


 確かに、俺がシンと雑木林に向かったのは夏だった。そして今も夏だ。でも、行く分には季節は関係ない、かな?

 つまり、俺のケースなら、月の出入りが夜10時前くらい、晴れていて、満月の前後。その時にあの場所へ行けば向こうに帰れる可能性があるって事か。

 …え? いや、待って。そんなドンピシャで満月の時間と月の出入りの時間が重なる時なんてあるのか? 物凄い確率なんじゃないのか?


「取りあえず、確率は低いと思うけど、調べてみようか。 ピタリと合う時が判れば、その日にその場所に行けば戻れるかもしれないよ」


***


 家に帰ると、皆居間で俺を待っていた。心配をしていたらしい。申し訳ないと思う。これで俺が向こうに帰るなんて言い出したら大騒ぎになりそうだ。

 両親は安心したみたいで部屋に戻って行ったけど、千佳だけは居間に残った。


「どした?」

「おにいちゃん、何考えてるの?」


 泣くのを堪えるような顔で千佳が俺を睨んでくる。どきりとした。俺はいつもの俺の席に腰を下ろす。千佳が向かい合う様に座った。俺はテーブルに置かれた麦茶をグラスに2つ淹れる。


「今から話す事は、千佳には信じられないだろうなー」


 怪訝そうな千佳の顔を見ながら、俺はボディバッグの中の剣を取り出しテーブルに置いた。千佳が息を飲む。


「綺麗っしょ? 俺ね。行方不明になってた間、異世界に行ってたんだぜ?」

「おにいちゃん!」


 真面目に話して!と声を荒げる千佳を、俺は真っすぐに見つめた。俺の目がマジなのに気づいたように千佳が息を飲んだ。


「──冗談じゃないんだよ。マジな話なんだ。信じられないの当たり前だよな。けど、俺が1年居なくなったのは事実だろ? 誰も見つけられなかっただろ? 当たり前だ。俺はこの世界に居なかったんだから。馬鹿みたいだと思うかもしれないけど、全部本当の事なんだよ。これはその異世界から持ってきたんだ」


 何か言いたげな顔をしたけれど、千佳はそのまま黙って俺を見つめていた。


「小説みたいに、チートの能力もなーんにも無くてさ。魔物に出くわして腰抜かしたり、してたんだ」


 千佳は黙って剣を手に取った。


「俺なぁ。向こうで彼女が出来たんだよ。アシュリーっての。俺と同い年の子」

「…おにいちゃん、その人のとこに帰りたいの…?」

「…うん。ごめんな」


 千佳の眼から、涙が零れ落ちた。可愛げのない妹だと思ってたけど、千佳が愛おしくて胸がギュっとなる。こんな話、信じてくれたんだ。

 小さい頃は俺の後、付いて回ってたんだよな。コイツ。

 生まれて少ししてお袋が千佳を連れて帰って来た時、俺は凄く嬉しかったっけ。

 小さな手を突くと、きゅってちっちゃな手で俺の指を握って。俺が千佳を守るんだって、そう幼いながらに思ったっけ。


「あたし、可愛くない妹だったもんね。でも、お父さんやお母さんは? 家族の事よりも大事なの?」

「…悪いとは、思ってるんだ。千佳の事も大事だよ。可愛い妹だと思ってるよ。お袋や親父も大事だよ。大事な家族だと今は思ってるよ。凄い心配かけたのも判ってる」


 千佳の頬を涙が伝う。俺の事なんてどうでも良いと思っていた筈の千佳が、こんな風に泣くなんて。俺は、それでも判って欲しいと、そう思った。


「でもな、1年前にはもう戻れないんだ。俺が覚えて無くても、たった1年の事でも、俺はあの世界に焦がれてる。俺は、アシュリーが待つ世界に戻りたいんだ」

「そんなに簡単に、戻れるもんなの?」

「わかんない。多分難しいだろうね。今日、俺と同じように異世界から戻ったって人に逢って来たんだ。その人は、もう何十年もあの世界に戻る方法を探していたんだよ。もし、俺があの世界に戻れなかったら、俺はあの人と同じようにずっとあの世界に戻る方法を探しながら生きていくと思う」

「…そんなにもかー」


 やっと、千佳が小さく笑った。


「いーよ。判ったよ。あたしも、協力する。でも、行くときは黙って居なくなんないで。ちゃんと、見送るから。家の事も、あたしが面倒見てあげる。おにいちゃんじゃ頼りになんないしね」


 冗談めかした口調だけど、千佳の眼は、まだ涙で潤んでいる。


「ん、約束する。いつ戻れるかはわかんねーけど、戻る手を打つ時は千佳に言うよ。頼りにしてるわ。ありがとな、千佳」


 俺はつい、そのまま手を伸ばし千佳の頭を撫でた。

 前なら全力で拒まれただろうに、千佳は大人しく頭を撫でられてくれた。



いつもご閲覧有難うございます!次の更新は明日を予定しています。

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