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48.錯覚。

***前回のあらすじ***

俺が知らなかっただけで、日常の至る所で人が消えている。大半は家出だったり失踪だったりらしいけど。俺は向こうの世界の日記を餌に乾という人の情報を得て、森本さんと一緒に彼に逢いに行く事になった。

 森本さんに連れられて駅へと向かい、そこから3つ先で新幹線に乗り換える。

 気分はドナドナだ。俺どこまで連れて行かれるんだろう。


 LINEの通知が入る。妹の千佳だった。戻ったと思ったらまた帰って来ないってんで心配したっぽい。急いで返信を返す。


「彼女?」

「いや、妹ですよ」

「ふーん。彼女とか居ないの?」

「いま──」


 いません、って言いかけて、口を噤む。居ないわけあるか。こんなに、心が引き裂かれそうな程、焦がれているのに。これが恋じゃないなら、何を恋と呼ぶんだ。


「──居ますよ。…つっても、覚えて無いんですけどね」

「…それって君が言ってた『向こうの世界に居る』彼女? 覚えて無いのに? 居るかどうかも判らないんじゃないの? 何で好きって判んのかな?」

「居ますよ。アシュリーは居ます。記憶は覚えて無くても、心はちゃんとその子の事覚えてるんで」

「──そっか。甘いセリフだねぇ、彼女聞いたら喜ぶんじゃない?」

「伝えられなきゃ、意味無いっすよ」


 そうだ。伝えられなきゃ意味が無い。どんなに好きでも焦がれても、その子には伝わらない。

 アシュリー。それが、俺の恋人の名前。名前を思い浮かべるだけでも、息苦しい程好きだって気持ちが沸き上がるのに、彼女にそれを伝える術を、俺は今はまだ持たない。


「取りあえず目的地までまだあるし、折角だから聞かせてよ。君の知っている事」

「ええと──」


 俺は思いつくままに、森本さんに話し始めた。


 学校の帰り道、シンに誘われ、西高のヤツが神隠しに遭ったっていう雑木林に向かった事。

 月が異様に赤かった事。

 何か、とても怖いものを見た事。ただ、それは喉元まで出かかっているのに何を見たのか思い出せない事。シンも同じようにそれを見たはずだけど彼も覚えて居なかった事。

 夢の中で、何かを忘れたくないと思った事。目が覚めたら妹とシンが目の前に居て、1年が過ぎて居た事。


「んー。赤い月、ねぇ」

「ええ、凄く大きな、何ていうか、禍々しいっていうか」

「月が赤く見えるのってぶっちゃけ珍しくないんだよなぁ。晴れた日なら大抵赤く見えるんだよ」

「え?そうなんっすか? でもよくテレビでやってますよね? 今日はストロベリームーンだだの、ブラッドムーンだだのって」

「あー、それ意味違うから。月が赤くなるんじゃなくて、6月の満月をストロベリームーンっていうの。色じゃない。ブラッドムーンは、赤い月を指すっちゃ指すけどあれ皆既月食で赤くなる月だから別ものね」


 ──え。そうなの? テレビで取り上げられるときに赤い月が紹介されてた気がするんだけど。なんつう紛らわしい。


「え、でもマジでめちゃデカくて赤い月だったんっすよ?」

「それ、月の出だからだね。満月の前後で天気が良い日だとね、月の出入りって異様に赤くてでかく見えるの。夕日なんかもでかくて赤いっしょ?」

「いや、でも結構時間も遅かったんですよ? 夕方じゃなかったし。それにマジでめっちゃでかかったんですって」

「月は夕方だけに登るわけじゃないからねー」


 …あ、そうか。何となくプラネタリウムとかのイメージで夕方に登る印象だったけど、昼間に月が見えたりとかもあるもんな。


「因みに月がやたらでかく見えるのはそう見えてるだけだから。ただの錯覚」

「んな馬鹿な」

「いや、マジで。錯視って言うんだけどね。ちょい待ち」


 森本さんがノートパソコン出して何かを検索している。直ぐにHITしたページを俺に見せた。大きな丸の周りに小さな丸が描かれた絵と、小さな丸の周りに大きな丸の描かれた絵。


「これさ、こっちの方が大きく見えるっしょ?」


 森本さんが小さな丸の中に大きな丸が描かれた方を指さした。うん。明らかにそっちの方が大きい。


「けどこれ、こうすると──」


 森本さんが画像をドラッグ&ドロップで重ねる。と、真ん中の丸がピタリと重なった。同じ大きさだ。


「え、何で!?」

「な? こういう仕組み。目の錯覚」


 …えー。何でだ? どう見ても大きさ違うのに。意味が分からん。人間の目って案外いい加減なのかもしれない。


 でも、晴れた日ならって言ったら、何の参考にもならないじゃないか。ほぼ毎日だ。むぅ、と俺が眉を下げると、森本さんが可笑しそうに笑う。


「いや、参考にはなると思うよ。確かに君と同じように、俺が接触した人の8割が月が異様に赤くて不気味だったって証言しているんだ。残りの2割は月を見ていなくて判らないって答え。つまり、消えた日時、天気は快晴、月齢は満月に近くて、月の出の時刻若しくは月の入りの時刻に行方不明になった人は、神隠しに遭っている可能性が高い」

「あ、そうか」


 なら、俺の覚えてた事も、案外無駄とまでは行かなかったみたいだ。判ったところで、多分都市伝説どまりだろうけど。でも、こう考えてみると、月が錯覚ででかく見えるみたいに、俺達の眼には入らないだけで、直ぐとなりにあの世界があるのかもしれない。俺から見えないだけで、彼女は今直ぐ隣に居るのかもしれない。

 ──でも。俺のこの苦しい感覚も、焦がれて仕方がない感覚も、錯覚だったんじゃないかって不安になって来る。本当は全部俺の妄想で、俺は誰かの家に転がり込んでいて、都合の良い妄想に浸って自分を美化したがっているんじゃないかって。

 あの子の事も、彼女居ない歴=年齢の俺の妄想なんじゃないかって。


「よし、到着、行くよ」


 俺がぼんやり窓の外に視線を向けて居たら、森本さんが荷物を持ってさっさと歩きだしてしまった。俺は慌てて後を追いかけた。

いつもご閲覧有難うございます!次の更新は明日を予定しています。

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