46.ゴシップライター。
***前回のあらすじ***
俺はシンが話していた西高の元野球部員だった人に会う事が出来た。が、彼はその時の事を思い出したくないらしい。代わりに俺に1枚の名刺を残してくれた。
「あ、ども。俺、高橋って言います。高橋悠哉」
『あー、はい、どーも?』
すげー面倒くさそうな声。あてになるのか? この人。
「えーと、数年前の話なんっすけど、ある高校生が部活中に行方不明になって戻ってきたー、…って話知ってます?」
『…あー、あれね。ハイハイハイ』
「その行方不明になってたって人に会って来てあなたの名刺貰っちゃったもんで」
『はぁ』
「俺も数日前まで行方不明になってたんっすよ」
『はぁ』
「んで、その人と同じように俺も記憶無くって」
『はぁ』
…駄目だこりゃ。もう良いわ、電話切っちゃうか。
「あー、いや、いいっす。失礼しました」
『あー、タンマ、ちょい待った、切らないで切らないで!』
俺が電話を切ろうとすると少し大きな声で引き留められた。
俺は耳から離しかけたスマホをまた耳に当てる。
『えーと、タカハシ君だっけ? 明日暇?』
「はぁ、一応暇っすけど」
『じゃ、明日の昼そっち行くわ。話聞かせて』
あっさり切れそうだった縁って名前の糸が辛うじて繋がった。
***
翌日の昼、ルポライターの森本さんと待ち合わせたファミレスに向かう。こっちから行くつもりだったけど家の傍まで来てくれた。
ファミレスに入ると、そこそこの客。居るかなと見渡すと、一人の男が俺に気づいたように立ち上がった。ヨレヨレのジャケットに白いTシャツに無精ひげ。30代半ばくらいのオッサンだった。俺は案内に出て来た店員を制してからその人の傍へと近づく。
「タカハシくん?」
「はい」
「ども、森本ですー」
もう持ってるんだけどな。名刺差し出されて受け取ると、座って、と促され、俺は向かい側に腰かける。
「取りあえず腹減ってるでしょ。奢るから適当に注文して」
森本さんはリュックをごそごそと漁っている。俺は注文を取りに来た店員に遠慮なくがっつり系のランチメニュードリンクバー付き注文して、失礼、と先にドリンクだけ取りに行く。ついでだから森本さんの分の珈琲のお代わりも入れてくる。戻ると森本さんの前にはノートパソコンが置かれていた。見事なブラインドタッチで高速でタイピングをしている。
「でー、タカハシ君も神隠しにあったんだっけ?」
「そーいう事になりますね」
「で、俺に何が聞きたかったの? ネタの提供ってわけじゃないんでしょ?」
…意外。こっちの話聞くつもりで居たのか。森本さんは俺の方を見ないでタイピングしながら話をしてる。器用な人だ。俺無理なんだよね。しゃべると手が止まる。同時に出来ないんだ。俺はタイピングの音に耳を傾けながら、深呼吸を1つする。
言うのは少し勇気が要る。大分電波な内容だからな。幾ら相手がゴシップ専門のルポライターだったとしても。俺は珈琲一口飲んでから開き直ることにした。
「えっと、俺、昨日話した部活の途中で行方不明になった人の話、友達に聞いて、彼が行方不明になった場所にソイツと一緒に行ったんですよ」
「うんうん」
「で、夜雑木林の中に入って、何か見た気がするんですけど、びっくりして逃げ出して、そこで友人と逸れちゃって」
「雑木林の中で?」
「そう。駆けまわったのは何となく覚えてるんですけどね、気づいたら友人と妹が居て、俺は1年行方不明になってたそうなんです」
「ふんふん」
「で、どうも俺、その1年の間、異世界に行ってたっぽいんっすよ」
「そりゃすげぇー」
あはは、っと森本さんがノーパソ打ちながらけらっと笑う。まぁ、そうだよな。俺でもこうなる前ならそういう反応だったと思うよ。でも開き直ればなんてことない。この程度なら想定内だ。そのまま俺は話を続ける。
「森本さん、いぬいなおゆき、って人に心当たりありませんか?」
「…は?」
森本さんが手を止めた。方眉を上げて俺を眺める様は結構渋い。
「歳は多分50代くらい。俺と同じように神隠しにあった事のある人なんですけど」
「その人が?」
まぁ、唐突に話変わったからなー。意味判らんのも当然か。
「判りません。ただ、その人に会って伝えなきゃいけない事があるんです。異世界で、その人を待ってる人が居るんで」
「いや、待って。君ねぇ。記憶無いんじゃなかったの? 辻褄合わないねー。 流石にね、幾らゴシップ扱ってるとはいえおじさんこれでも大人だからね? おちょくるにしてももうちょっと捻りは欲しいかなー。 その人探して何するつもりなの」
森本さんがノートパソコンを閉じる。この顔は警戒されたか? そりゃこんな変な話で実在する人を探してるなんて言われりゃ、痛いだけじゃなく良からぬ事考えてると思われても無理もないかもしれない。
「無いですよ。けど、俺…」
出しても大丈夫かな。俺のカード。あんま言わない方が良い事だろうけど、多分この人は何か知ってそうなんだよな。ネタにされるのは嫌だけど、何もしないのはもっと嫌だ。
「俺、異世界から色々持ち帰ってるんっすよ。その中に、消えてた間の俺から俺に宛てた日記があったんです」
「え!? マジで?!」
めっちゃ食いついた。チョロすぎんだろ。
「マジです。俺が忘れてる記憶の中の俺は、こっちに戻った俺が記憶無くすの知ってたみたいで。その日記の中で、俺にその人を探せって書いてあったんっすよ。 …って事で、交換条件なんてどうです?」
「俺の持ってる情報と交換って事か」
「はい。森本さんがいぬいって人の事を知ってるなら。他にも何か情報を持ってるなら。それ全部出してくれるんなら、俺も異世界から持ち帰ったもの、森本さんに見せます。…今持ってきてますし」
「マジで?!」
「上げませんけど。見せるだけっすよ?」
「──OK、判った」
ホールドアップ。欧米かって感じで森本さんが両手を上げて肩を竦めて見せる。
それから、森本さんはノートパソコンを脇に避け、今度は俺と向きなおり、ゆっくりと話し出した。
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