37.ビアンカの過去。
***前回のあらすじ***
アシュリーに誘われて俺は屋根の上でアシュリーからデュォフォルツェンが神の与えた試練だと聞いた。なら、乗り越えて見せる。そうして神様にざまぁって言ってやる、俺はそう心に誓った。
アシュリーと別れてから、俺は部屋で夜遅くまで、じっくりと考えた。青天の霹靂とはこういうのを言うんだろうな。何からすればいいのかもわからない。俺に出来る事は、何があるだろう。
そう言えば、この世界は外国人レベルで人が落ちて来るんだよな? という事は、このギルドでは俺が初デュォフォルツェンでも、他にもデュォフォルツェンと関わった人が居るんじゃないか?
そういう人から何か聞けないかな。それに俺以外のデュォフォルツェンだとか、ひょっとしたら戻ってきたヤツだとか、何十年もこの世界に居る人とかも居るかもしれない。
探し物とか人探しなら俺も何度もやっているし、いけそうな気がする。
***
翌朝、俺は薪割を終えてから、イングとビアンカを呼び止めて、話をすることにした。デュォフォルツェンが、いつか元の世界に戻ってしまう事を知った事、俺はこの世界に残りたい事、仮に戻ったとしてもこの世界に戻って来たい事を伝えた。
「俺は余所者かもしれないけど、本当にこのギルドが好きなんだ。お願いします。俺をずっとここにおいてください」
俺は深く頭を下げる。イングとビアンカが顔を見合わせた。
「ユウヤ。俺達にとってお前は最初からずっと仲間だ。今までもそのつもりだったんだけどな? お前の部屋もお前以外に使わせるつもりは無い」
「イング…」
イングの言葉に泣きそうになる。アシュリーが俺の手をテーブルの下でぎゅっと握ってくれた。胸の中が暖かくなる。気持ちがすっと楽になる。
「俺、探してみようと思うんだ。こっちに落ちて来た他のデュォフォルツェンを。デュォフォルツェンを知る人を」
「俺も手伝う」
「勿論俺達も手伝うよ」
俺の言葉に即アシュリーが反応する。イングとビアンカも頷いてくれた。
「あのねぇ、ユウヤ。これはイングとゴッドしか知らない事なんだけどね。あたしも、むかぁし、デュォフォルツェンに逢ったことがあるんだよ」
ふんわりと穏やかな笑みを浮かべ、ビアンカがそう切り出した。俺は息が止まるほど驚いた。アシュリーも目を丸くしている。ビアンカは懐かしむ様に、話して聞かせてくれる。
今から20年以上前の話。ビアンカの居た村に、一人の青年がある日突然現れたんだそうだ。言葉の通じない彼は、夜も遅い時間にビアンカの家の戸を叩いた。当時両親を失い、一人で暮らしていたビアンカは、そのまま放り出すわけにも行かずにその青年を家へと招き入れ、教会でシスターとして働きながら彼の世話をしたのだそうだ。
言葉を教え、村で育てていた家畜の世話を教え、やがて二人は恋仲になった。
けれど、ある日突然、彼は消えてしまった。いつもの様にお休みを言って別々の部屋へ戻り、朝起きて来ない彼を呼びに行くと、そこに彼の姿はもう無かった。荷物も残ったまま、まるで彼だけが幻だったかのように。
ビアンカは必死に彼の行方を捜した。夜の間に何かあったのではないか。そんな僅かな期待も、1年、2年と過ぎていくうちに、彼もまた元の世界に帰ったのだと、静かに思える様になったのだとか。
「それでもねぇ、もしかしたらね。いつか彼が帰って来るんじゃないかってねぇ、思っちゃうんだよ。だからあたしはこのギルドに来たんだ。此処であっちこっち行ってたら、いつか彼に逢えるんじゃないかってね。探して探して、気づいたらこんなおばちゃんになっちゃったてたんだけどさ。あんたが此処に残る為にすることは、あたしとあの人をもう一度繋いでくれるかもしれないね」
…そうか。ビアンカの大事な人は、帰ってしまった人なのか。だから、ビアンカはずっと独身だったんだ。今でもその人の事を想って。
あははっと軽やかに笑うビアンカに、俺は笑う事は出来なかった。あの日俺を最初に見つけたのはビアンカだったらしい。きっと俺をその人と間違えたんだろうな。がっかりしただろうに、俺にずっと親身になってくれてたのか。
いつも明るくてほっこり笑ってるビアンカに、そんな過去があったなんて。でも、恋人のビアンカをここに残して、その人は今どうしているんだろう。ビアンカと同じように彼も戻る方法を探してるんだろうか。何十年も? それ程に難しい事なんだろうか。不安が込み上げて来たけれど、俺よりもアシュリーの気持ちを想うと胸が詰まった。アシュリーは黙って話に耳を傾けている。繋いだ手が、少し震えていると思うのは、多分気のせいじゃない。そこまで想ってくれるのが嬉しいって気持ちと、不安な気持ちにさせて申し訳なく思う気持ちが混ざり合う。
ラルフが何故ユウヤなんだって言った意味が良く分かる。アシュリーを想う気持ちも本当だろうけど、アシュリーがビアンカみたいになるのを憂いていたんじゃないかな。
「その人、名前は…?」
「ナオ。イヌイ・ナオユキ」
いぬい なおゆき! 日本人だ!
「俺の国の人だ…! ビアンカ、もし俺が元の世界に帰されたら、その人を探すよ。それで一緒にこっちに連れて帰って来るよ!」
「あの人が幸せなら、あたしはそれでいいんだからね?」
ビアンカは、それでもふんわり、嬉しそうに笑ってくれた。
ご閲覧・ブクマ・ご感想有難うございます!次の更新は明日を予定しています。




