36.ざまぁって言ってやる。
***前回のあらすじ***
アシュリー達から逃げ出した俺は、樹の上に上がり、一人で考え込んでいた。アシュリーに気持ちを伝えないまま帰されたら何よりも後悔するだろう。迎えに来たアシュリーに、俺はアシュリーが好きだから、元の世界には帰らない。そう告げた。
俺はアシュリーと一緒にギルドへと戻った。イング達に、話そうかとも思ったけれど、何て言えば良いのか分からない。此処に留まるにはどうすれば良いのか、何をすればいいのか、何も判らない。
ただ、隣にアシュリーが居て、俺の手を握っていてくれると、気持ちがすっと落ち着いた。手を繋いでギルドに入ると何人かが俺達を見て茶化そうとしかけて口を噤む。何か感じ取ってくれたみたいだ。今は茶化されて照れる気分じゃないから助かった。アシュリーに誘われて、俺は階段を上がっていく。そう言えば部屋のある3階より上は行ったことが無かったんだ。
アシュリーが案内をしてくれたのは、屋根裏みたいな所だった。窓が1つで床は板張り。窓の外はもう夜の闇が広がっている。アシュリーに誘われるままに、俺は窓の傍へと歩み寄る。何だろうと思っていると、アシュリーはそのまま窓を跨いでその向こうの屋根の上へと降りてしまった。
お転婆だなぁ。でも、こういうアシュリーっぽいところが俺は凄く好きなんだ。俺もアシュリーに付いて窓を乗り越える。屋根の上に出るなんて経験は初めてだ。足場が不安定で滑りそうでちょっと怖い。暗くて良く見えないし、足を踏み外したらヤバイな。
だけど、夜風が涼しくて気持ちが良い。アシュリーが瓦に座るのに倣って、俺も並んで腰を下ろした。
ふわっとアシュリーが俺の肩に頭を預ける。ドキっと鼓動が跳ねた。こんなに無防備なアシュリーは初めてな気がする。最初の頃にも思ったけれど、アシュリーって猫みたいだ。最初はフシャーって怒ってばかりいて、遊びだすと目を輝かせて一緒に遊んで、懐くとこうも信用しきった様に無防備になる。甘えてくれる。俺もアシュリーの肩へと手を回し、髪を撫でる。柔らかい髪の感触はとても心地よくて、その手触りを楽しむ。
何も解決していないんだけどな。アシュリーとこうして居ると、時間が優しく流れていく。俺が聞いてしまった事も、俺が元の世界に戻らされるっていう事も、全部夢だったんじゃないかって思ってしまうくらいに、実感が沸かない。でも、もし本当に帰されるのだとしたら、何か手を打たないと絶対に後悔してしまう。
「アリュリー。お前が知っているデュォフォルツェンの事、教えてくれないか?」
「俺が知っているのは、さっき話した事だけなんだ。赤い月の夜、神は向こう側の世界から人を連れて来る。時が至ると神は落とした人を連れ去っていく。神が何のために向こうの世界から人を落とすのか、落として置いて連れて帰るのか、判らない。だけど、神様が人間を試しているんだって言われているんだ」
「試す?」
「うん。試練だってね。……ユウヤは、この世界に落とされた事、後悔してる?」
「…後悔して、居ない」
…そうだ。後悔なんて、していない。
「最初は何でだって思った。俺の世界じゃ、事故だったり病気だったりで死んだヤツが異世界で生まれ変わったりして、カミサマから凄い力を貰ってさ。それで大活躍するって話が若いヤツに人気あるんだよね。最初は俺もそういうのかって思ったけど、俺はこっちに来ても俺のまま。凄い力も無くて、物語では異世界に行ったヤツは何故か異世界の言葉も通じるってのがセオリーなのに、俺は言葉も判らない。何でだよって思ったよ」
けど、俺は俺のままで良かったと思った。もし、俺が凄かったら、気づかなかっただろうって事が沢山あったんだ。格好悪くてもみっとも無くても、凄くない、俺のままで良かったと思った。
俺の話に耳を傾けていたアシュリーが頷いた。
「俺もね。最初は何でだって思った。イングがギルドに連れ帰るって言った時、どうせ居なくなるヤツを仲間に入れてどうするんだって。放っておいてもすぐに神が連れ帰るのにって。直ぐに別れるのに何でって思ったよ」
最初にしていた口論はこれか。でも、とアシュリーは言葉を続けた。
「俺も、落ちて来たのがお前で良かったよ。お前は次々に変な事やり始めて、お前と居ると楽しくて、お前とずっと一緒に居たいって思う様になった。お前の事が──」
…ん?最後の所だけ声が小さすぎて聞こえない。
「なんて?ごめん、聞こえなかった」
「だからっ!」
がぅっと噛みつく様にアシュリーが俺の方に身を乗り出す。
「だから、俺もお前の事がすきっ! …に、なった、って、言ってん、のっ!何度も言わせんなばかっ!」
かぁっと真っ赤になってアシュリーがそっぽを向く。ぐはぁ。ヤバイ。可愛い。俺も顔から火が出そうだ。
「だっ…だから、これが試練なら、乗り越える事も、きっと出来るって…。俺もお前も諦めなければ、きっと神は祝福をしてくれるって…」
後ろを向いて居て顔は見えないけれど、暗がりでも判るくらい、アシュリーの耳が真っ赤だ。俺はアシュリーを後ろから抱きしめた。
「うん。アシュリーと一緒なら、俺も乗り越えられる気ぃしてきたわ」
そうだ。俺の世界でも言うじゃないか。神は乗り越えられる試練しか与えない、って。
なら、受けてやる。その試練乗り越えて、神様にざまぁ見ろって言ってやるんだ。
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