30.お邪魔虫。
***前回のあらすじ***
ラルフは翌日もやってきた。グィグィ迫るラルフに、俺はアシュリーの相棒として徹底的に邪魔をしてやった。
あれからもラルフはめげる様子もなく毎日やってきた。祭りまで後2日。アシュリーはラルフが来るとあからさまにうげっと言う顔をしている。最早こうなってくるとストーカーじゃねぇか。此処まで嫌がられると流石に可哀想な気もするが、元を正せばラルフが悪い。
それに、ラルフの誘い方ってナンパにしか見えないんだよな。何ていうか、アシュリーを揶揄ってるっていうか、アシュリーが嫌がってるのを判っててちょっかい出してきているようにも見える。状況的にはただのDQNだ。ワザとらしく求愛をして見せたりして、アシュリーが嫌がりそうな所を付いて来るあたり、好かれたいのか嫌われたいのか何がしたいのか、いまいち判らないんだよな。贈ってきた物もドレスだのヒールの高い靴だの、明らかにアシュリーは着ないだろって代物だったし。
あれでただアシュリーが嫌がってるのを見て遊んでるんだとしたら、残念なイケメンだ。
***
朝、日課の薪割をしに表に出ると、早速ラルフがアシュリーを捕まえていた。礼によって大きな薔薇の花束を手にアシュリーに詰め寄り、アシュリーが断ってる図なのは遠目でも判る。
しょうがねぇなぁ。俺は肩を竦め、ラルフのアタックの邪魔に向かって──足が、凍り付いたように止まった。
息を、飲んだ。
腕を組んで口を尖らせそっぽを向いたアシュリーを笑って見つめたラルフのその顔が一瞬緩むのを見てしまったから。
いつものキザったらしい笑い方じゃなくて、ふわりと細めた目が、うっすらと赤くなった頬が、その表情が、愛しいものを見る様な、優しい笑みだったから。
──違う。嫌がらせじゃ、ない。揶揄ってるわけじゃない。恋愛には疎い俺だけど、それでも判るくらいに、あれはマジな顔だ。胸の奥がざわっとなる。
じゃあ、もしかして、今までの態度は、ラルフにとっては俺がアシュリーとじゃれ合う様なものだったのか? それとも本気でアシュリーへのプレゼントなのか?
ラルフが本気なら、俺は邪魔するべきじゃない。これはアシュリーとラルフの問題なんだから。
でも、何だろう。ふて腐れた様に口を尖らせるアシュリーと、笑いながら宥める様にのぞき込んでアシュリーを見つめるラルフが、あんまりお似合いに見えて、凄く仲良さげに見えて、本当のお邪魔虫は俺なんじゃないかって思ったら、ズキンと胸が凄く痛んだ。
そうだ。そうだよ。ラルフは俺がこっちに落ちるよりもずっと前から、アシュリーを見て来たんだ。俺の知らない時間が二人の間には流れてて、その時間で築いた関係があるんじゃないのか?
ずっと男だと思ってて、今でも弟みたいに思ってる俺にラルフの邪魔する権利なんて無いんじゃないだろうか。
──だけど……。嫌だ、な。嫌だ。見て居たくない。
俺はそのまま声も掛けられず、踵を返した。ああ、これじゃ負け犬みたいだ。アシュリーの相棒は俺だって言ったのに。邪魔してやるって言ったのに。アシュリーを守ってもやらずに逃げ出している。
心臓が嫌な音を立てている。兎に角、2人の姿が見えない所に行きたくて、今は誰にも会いたくなくて、俺はそのまま水場に向かった。水場の周辺の空気はひんやりとしている。サラサラと流れる川の縁に膝を付いて、俺はそのまま川の中に頭を突っ込んだ。
水場の水は冷たくて、ゾクっとなる。でも、キンキンに冷えてる水で頭も少しスッキリする気がした。俺はずぶ濡れの頭を振って水気を払う。そのまま足を投げ出す様にして川岸に座り込んだ。
そう言えば良くドラマなんかでも、落ち込んでるヤツが良く河原で黄昏てるシーンが出て来たよな。
川の近くって何か癒し効果でもあるのかな。せせらぎの音が気持ちを癒してくれるからだろうか。それとも、もやもやした気持ちを洗い流す気がするからだろうか。
何で俺、こんなにモヤモヤしているんだろう。アシュリーは、弟みたいな感情だったはずだ。ずっと弟みたいで可愛いって思ってた。弟が取られそうで寂しいのかな。
***
「おや。こんなところに居たのかい?ユウヤ」
「ビアンカ」
背中から掛かった声に俺は顔を上げた。ビアンカはほんわりと笑うと俺の隣にすとんと腰を下ろす。俺は視線をサラサラ流れる川に戻した。
「ラルフってさ。アシュリーの事、本気で好きっぽいね」
「そうだねぇ」
「ビアンカは知ってたんだ?」
「そりゃあね。あたしはあの子達がこぉんなチビの頃から知っているからねぇ」
ビアンカは低い位置で手をひらひらと振って見せる。流石にそこまでちっこくはねぇよ。30cmくらいじゃねえか。…って思ったけど突っ込む気分じゃ無かった。
ビアンカの話だと、ラルフはしょっちゅうアシュリーを揶揄ってはビアンカに怒られていたそうだ。その度にビアンカが『好きなら意地悪なんてしないで優しくする方が良いよ』っていうと、判りやすく顔を真っ赤にして逃げていたらしい。その頃から、ラルフはずっとビアンカが好きだったんだな。
「だけどねぇ。アシュリーにとってはラルフはいつまで経ってもいじめっ子のままなのさ。親に捨てられたなんて言われて傷つかない子は居ないからねぇ。特にアシュリーはあの髪の色だろ? この世界ではね、ああいう色を持つ子が極稀に生まれるんだよ。色を持つ子は、大抵金持ちに高い金で買われて行く。見目の良い奴隷を持つのは一種のステイタスでもあるからね。アシュリーはね。そうやって奴隷として売られた所をイングが引き取ったんだよ。だから奴隷だって揶揄われもしたんだ。幼い頃に言われた傷っていうのは、簡単には消えないからね。悪気が無ければ傷つけて良いという事にはならないだろ?」
それが本当なら、とんだ大馬鹿野郎だ。俺は虐めて喜ぶヤツの気持ちなんて理解が出来ない。…アイツ、ちゃんとアシュリーに謝ったのかな。謝りもしないでああやって言い寄ってるんだとしたら、やっぱり俺は許したくない。でも──。
「俺に、ラルフに文句言う資格なんてあるのかな」
「そいつはあんた次第なんじゃないかい? ただね、兄貴気取りで邪魔するっていうなら、あたしゃやめとく方が良いと思うよ。意地悪をしてるっていうなら別だけど、今回はそうじゃ無さそうだしねぇ。言ってあの子も年頃だし、そろそろ結婚してもおかしくない歳だからね。妹のすることに兄貴が口出しなんてするもんじゃないだろう? あんたとアシュリーが相棒なのは、恋愛にゃ関係の無い事だからね。アシュリーだって嫌そうな顔はしてても、逃げ出したりガンと拒んだりはしていないだろ? アシュリーが助けてって言ったわけでもないんだろ?」
──そう言えば、そうだ。ビアンカの言葉が胸に突き刺さる。
アシュリーは、嫌そうな顔はしても、ラルフを追い払おうとはしていない。プレゼントはしっかり断っているのに。って事は、アシュリーはまんざらでもないのかな。慣れてなくて困っているだけで。心臓が、ギュゥっと絞られるみたいだ。
……なんだ。勝手に兄貴面して首突っ込んで、戦争だなんて息巻いた癖に、とんだピエロじゃないか。
折角アシュリーを取り戻せたと思ったのに。アシュリーと俺は何も変わらないのに、ラルフの存在1つで、あっという間に遠く感じてしまう。
アシュリーを取られたくない。でも、元々アシュリーは俺のなわけじゃない。そもそも、1人で焦ってるだけで、俺はぽっと出の部外者じゃないか。 だけど、このまま見てるだけなのは、嫌だ。仲良さそうな二人を見るのは嫌だ。我慢が出来なくなってしまう。だけど邪魔なのはきっと俺の方だ。
どうするのが良いんだろう。どうすれば良いんだろう。俺は、すっかり途方に暮れてしまった。
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