27.素直になるのって大事な事かもしれない。
***前回のあらすじ***
あれからどうもアシュリーと気まずくなってしまった。へこんでいる俺をビアンカが慰めてくれる。今のまま距離が出来てしまうのは嫌だった俺は、一度頭を冷やそうと訓練に向かう事にした。
夕方、訓練を終えてギルドに戻ってくると、ギルドの脇にある大きな木の枝の上にアシュリーが座っているのが見えた。
あいつは猿か。木の傍に近づいて、上を見上げてみたけれどアシュリーは気づいていないみたいだ。
気まずさは、まだ消えない。何を話せばいいのか、まだ判らない。何て声を掛けて良いかもわからない。
だけど、このままは嫌だ。このまま何となく距離が離れていくのは嫌だ。もやもやした気持ちを、きっと俺は引きずるし、アシュリーも引きずるんじゃないだろうか。どうでも良い可能性もあるけど、気にしてくれると思いたい。どうするのが正しいのか分からないけれど、何も言わずにいたら、何も伝わらないんだ。判らないなら、もういっそ当たって砕ける方がマシだ。思っている事そのまま、アシュリーにぶつけてしまえ。
そのまま登ろうかと思ったけれど、俺はふと思いついて、そっとそのまま一旦倉庫へと向かった。時刻は夕方。このまま樹をよじ登れば、また降りられなくなる予感しかしない。流石にイングにまたおんぶで下ろして貰うのは学習しなさすぎだ。
俺の知識なんて役に立つようなもの何もないと思っていたけれど、何気なく煎餅食いながら見ていたTVが、ポテチ食いながら見てた動画が、暇つぶしに眺めてたtwitterが、マンガが、俺に少しずつだけどちゃんと知識を授けてくれていた。
倉庫からロープを1本拝借して、木の下へと戻る。戻る時に見えたアシュリーは何してるんだコイツって顔で怪訝そうに俺を見下ろしていた。
そう言えばアシュリーって俺が何かすると、いつも楽しそうにのぞき込んできていたっけ。こういうの好きなんだろうな。
俺はロープに一定間隔で結び目を作り、端に木の枝と落ちていた石を結び付けた。ブンっと振ってからアシュリーの座る枝の後ろ側の枝目がけロープを投げる。枝と石を結び付けたロープは枝の上を通過して、くるっと回転し枝にロープが絡みつく。
グィグィと引いてみてしっかり絡まっているのを確認してから、俺はロープを使って1つ目の枝まで登った。
1つ目の枝にさえつけば、後は右に左にニョキニョキ生えている枝を伝えば登っていける。アシュリーはそんな俺を眉を寄せて眺めて居た。
「よ」
「おー。お帰り」
俺は枝を跨いでアシュリーの腰かけた枝へと移動してアシュリーの隣へ並んで座る。日本じゃこういう木って見たことないよなぁ。物凄く大きくて、物凄く太くて、枝の太さが丸太程はある。夕日はまだ結構高いけど、周囲は金色に染まり始めていた。街の綺麗に並んだオレンジ色の屋根が凄く綺麗だ。
「前にもこんな事あったな」
「あー。ユウヤ、降りられなくなってイングにおんぶされた時な」
可笑しそうに笑うアシュリーは、いつものアシュリーだった。嬉しいな。
「あのな。俺、実はアシュリーの事ずっと男だと思ってたんだ」
「──うん、知ってる」
「ぇ。マジで?」
「そりゃ判るだろ」
ケラっとアシュリーは笑った。何でだろう。夕暮れだからかな。少しだけ、アシュリーが寂しそうに見えるのは。
「そっか。ごめんな」
「ユウヤは鈍感だもんな」
「うん、マジでごめん」
「良いって。俺だってユウヤに女扱いとかされたら調子狂うし」
「ん。あのな。アシュリー」
俺は、ゆっくり沈んでいく夕日を眺めた。
「俺はね。アシュリーが男だとか、女だとか、酷いかもしんないけど、どっちでもいいんだ。俺みたいな新米が生意気だって思うかもしんないけどさ。アシュリーの事は、相棒だって思ってるんだよ。俺がこっちに落っこちて来てから俺の隣にはいつもアシュリーが居たから、アシュリーが隣に居ないと落ち着かない」
「ふーん。ユウヤ、俺が居ないと寂しいんだ?」
揶揄う様にアシュリーが俺を覗きこんだ。アシュリーの髪に、瞳に、夕焼けのオレンジ色が映る。ああ、綺麗だな。
「そーだよ。寂しいよ」
真顔で返すと、アシュリーは目を丸くした。
「お前とぎこちなくなんのも何となく気まずくなんのも、傍に居ないのも寂しいんだよ。嫌なんだよ。アシュリーが女だったからって関係変わるの嫌なんだよ。お前と遊べなくなるの嫌なんだよ」
「──お前は駄々っ子か」
「駄々っ子だよ」
だって、これが俺の本心だ。アシュリーと距離が出来て寂しかったのも本当だ。傍に居ないのが嫌なのも本当だ。俺の隣にはアシュリーが居て、アシュリーの隣に居るのは俺でありたい。今までもこれからも、俺の隣にはアシュリーが居ないと嫌なんだ。
「しかたねぇな。面倒見てやっか」
アシュリーが、にーっと笑って、俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。それから、ぽすっと俺の肩に寄りかかった。ドキっとしたのは、やっぱり俺の中でも何かが変わったのかな。泣きたいほどに切なくなるのは何でだろう。胸の奥がぎゅっとなる。ああ、でも、距離が近い。もう、遠く感じない。肩に掛かる重みと体温。小さな、息遣い。足りなかったパズルのピースが、ぴたっと嵌ったみたいな気分だ。俺もアシュリーの髪に頬を寄せる。アシュリーは、一瞬ピクっとしたけれど、嫌がるそぶりは見せなかった。
ちっちぇー頭。シャンプーなんて無いはずなのに良い匂いがする。何だか無防備な小動物みたいだ。小動物って癒しのパワーがあるって何処かで聞いた。アシュリーもそういう力があるのかも。頬をくっ付けていると妙に癒される。
並んで夕日を眺める。空は鮮やかなオレンジから黄色へ、そうして青へのグラデーション。夕日を受けた雲が逆光で金色の縁どられて、ゆっくりと流れていく。街の姿がシルエットに浮かび上がっている。木の下ではガキ共がまだ遊んでいる。イング達が剣を打ち合う音が聞こえる。街の何処か、教会かな。鐘の音が聞こえる。何か、良いな。こういうの。
あの日から、胸の中にあった喪失感が、今はその感覚さえ思い出せないほど、満たされた気分だった。
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