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24.侮るなかれ。

***前回のあらすじ***

ずっと何処かファンタジーの世界に来たと思っていた俺は、此処が俺の生きていた世界と変わらない現実だと気が付いた。今のままじゃ役に立てないと思った俺は、アシュリーと特訓をすることにした。

「……ナニコレ」

「虫」


 ……いや、そりゃ見たら判るけど。

 大きい瓶の中に、たっぷりと詰まったかなりデカいコオロギみたいな見た目の真っ黒い虫は夏に出る()()並みの気色悪さだ。

 俺はカサカサ動いて時々ビョンビョン跳ねてるそれを見て鳥肌が立った腕を擦る。もう帰って良いですか。


 良く平気な面してるなぁ、コイツ。俺は呆れ半分にアシュリーを横目で眺めた。アシュリーはケロっとした顔で俺をある場所に案内をした。そこはギルドのある街の職人通りと呼ばれる工房がひしめき合った一角にある、石造りの倉庫の様な所だった。


 アシュリーが鍵を取り出して木製の大きな両開きの扉を開ける。中は埃とカビが入り混じった様な匂いに、独特な酢の様な酸っぱい匂いがした。中には何もなくて、ガランとしている。アシュリーが中に入ってランプの明りを灯して回った。多少薄暗いけど大分マシ。何となく察しがついた。


「つまり──。そいつを此処で放って、俺がそいつを撃って仕留める?」

「あたり」


 なるほど。これ結構難しそうだぞ。アシュリーの話だと、この虫はガザと言って、イナゴみたいなものらしい。集団で飛んで来て作物を根こそぎ食っちまう害虫なのだそうだ。このサイズで襲って来られたらひとたまりも無さそうだ。


 アシュリーが扉を閉めて閂を掛ける。窓の無い倉庫は密閉状態になった。


「そんじゃ、行くぞ?」

「おー」


 俺はスリングを構えた。


***


 こりゃ思っていた以上に難しい。10発以上打ちまくって当たったのは1匹だけだ。それも狙って命中したと言うより流れ弾に偶々当たっただけと言う。大分慣れてはいたけれど、手がめちゃくちゃしんどくなってくる。


「駄目だー、当たんねーっ!」

「音上げんの早すぎだぞこの貧弱!まだ全然当たってねーじゃねーか!」


 ちくしょー! こうなったら意地でも1匹! 1匹だけでも仕留めてやる! 締め切った倉庫の中はクソ暑い。俺はシャツを脱ぎ捨てて、スリングを引き絞った。

 あっちこっちビョンビョン跳ねるのを見ると意識が散漫になるんだ。1匹。まずは1匹だけに狙いを付けて、その1匹を只管目で追う事にした。スリングを構えた腕がぶるぶるしてくる。流れて来る汗が気持ち悪い。じっと見つめて、段々他のガザが視界に入らなくなってくる。ビョン、と跳ねたガザが着地するタイミングを狙い、スリングを放った。パンっとガザが弾に当たって吹き飛ぶ。

 やった!!


 よっしゃ!っとガッツポーズをする俺の脇で、アシュリーがしゃがみながらサラっと「まだ1匹な」と突っ込んできた。うっせぇ、判ってるよ!

 段々コツが掴めてきたぞ。当てるのは時間が掛かるけれど、狙ったガザを外す回数が減ってくる。時々アシュリーがガザを追い払いながら散らばった石の弾を集めて来てくれた。時々5分ほどの休憩を取りながら、俺はひたすらガザを追った。


***


「よし、これで全部だな、お疲れさん」


 アシュリーがケラっと笑って言った。俺はもう喋る気力も残っていない。暑いのがマジできつい。すげぇ勢いで体力がゴリゴリ削られる。


「お願い…。空気……。外の空気吸わせて、死んじゃいそう……」


 汗だくなのはアシュリーもなんだが、俺の方が先に弱音を吐いてしまう。仕方ねぇなとアシュリーが扉を開けた。

 ひやりとした空気が倉庫の中に流れ込む。うっはぁ、すっげぇ気持ち良い!! その風を受けて気が付いた。そう言えば、こっちの世界って蒸し暑さが無い気がする。暑い事は暑いんだが、カラっとした暑さだ。この倉庫の中の蒸し暑さは、俺には馴染みのある暑さだけど、アシュリーは流石に慣れてないんじゃないか?

 ケロッとしてる声出してたし、俺よりも全然強くてこの世界の先輩でもあるから、大丈夫なもんだろうと思っていたけれど、向こうの暑さに慣れてる俺でも暑くてヤバイってのに。大分この中に籠ってたぞ?コイツまさか俺の邪魔しない様にやせ我慢してたんじゃないだろうな?


 俺はアシュリーを覗き見た。

 ……あ。ヤバイ気がする。アシュリーの顔は物凄く赤かった。目が虚ろじゃねぇか!


「アシュリー! お前顔! 真っ赤じゃねーか!」

「あー、頭痛いけど大丈──」


 大丈夫と言いかけて、アシュリーは額を押さえてずるずるとしゃがみ込んでしまった。

 ああああ、熱中症!!


 俺は慌ててアシュリーの前にしゃがんだ。


「おぶされ!」

「ぁ? 大丈夫だって、ちょっと眩暈しただけ──」

「良いから早く!」


 怪訝そうなアシュリーを急かす。前にクラスメイトのヤツが熱中症で倒れてそのまま入院になって、結構やばかったらしいと後から聞かされたことがある。

 たかが熱中症、されど熱中症。多分勘だけど、こっちの連中はそこまでこういう病気とかに対しての知識は高くない気がするんだ。


 俺の剣幕に押された様にアシュリーが背中におぶさると、俺は急いで走ってギルドへと駆け戻った。


***


「おいユウヤ、お前ちょっと落ち着けよ、大げさだって」

「じゃかしーわ、俺は平成生まれの日本人で熱中症で人が何人も死んでる様な世界から来てんだ、21世紀の医学知識舐めんなよ!」

「わ、馬鹿ヤメロ何すんだ!?」


 アシュリーの肌は異様な程に熱く、拭いても拭いても汗が吹きだしてくる。支えてないと歩けない状態だ。さっきも足がつったって騒いでいたし、これ熱中症の症状だ。割としょっちゅう熱中症情報がtwitterに流れて来ていて、怖ぇなと思いながらも流し読みしていたつもりで、意外にも俺の頭はその時に教わった危険サインを覚えて居た。嫌がるアシュリーのシャツを強引に脱がせ、ビアンカに頼んで冷たい水を運んで貰い、布を浸してから首やらわきの下に突っ込んでいく。スケベだのなんだのと騒いでいたが知ったこっちゃない。大体男同士でスケベもクソもあるか。


 後は、そう、水分。流石にポカリは無理だけど、こうなったら勘で行く。ビアンカに湯を沸かして貰って、それに砂糖と塩を少量ずつ混ぜて貰って、味を見ながらポカリっぽい味になる様に調節をしていく。その辺に居たヤツとっ捕まえて窓を全開にさせ、ひたすら仰がせた。向こうと違って外気だけでもこっちは大分涼しい。仰ぐだけでも結構体温は下げられそうだ。ポカリもどきはちょっと味は薄いけどそれっぽくなった。合ってるか間違ってるかは判らないけど、水と塩。これが必要なのは確かだから、多少違っていても普通の水だけ取るよりはマシなはず。ポカリもどきも仰ぎまくって少し温めだけど大分冷えたし、このくらいならセーフだろう。


「体起こせるか? これ飲め!」


 俺はアシュリーの背を支え、カップも支える様にしてアシュリーに飲ませる。自分で飲めると手を伸ばしたアシュリーの手は、ぷるぷる震えていた。全然大丈夫じゃないじゃないか。アシュリーは少しポカリもどきを口に含むと、勢いよく飲みだした。あっという間に一気飲み。もう1杯ビアンカに作って貰って、その間に俺はせっせと顔や首やわきの下を冷やしていく。少しずつ、アシュリーの汗が止まって、赤黒く見える程に真っ赤になっていた顔も元の色に戻ってきた。


 っは──、焦った……。 俺はその場にしゃがみ込んだ。此処まで落ち着けばもう大丈夫だろう。俺はほっとして顔を上げる。アシュリーと目が合った。俺が良かったなってにこっと笑ってんのに、礼を言われると思った俺は、は?っとなった。


 え?なんか怒ってる? 助けてやったのになんで俺そんな目で見られてんの? 俺が目をぱちくりした瞬間、アシュリーの拳固が顔面に突き刺さった。

いつもご閲覧有難うございます。 次の更新は明日を予定しています。

地震の被災に合われた皆様、心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧をお祈り致します。

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