22.お休み、相棒。
***前回のあらすじ***
猪狩りを終え、イングから魔物の討伐に加わらないかと持ち掛けられた。俺をじっと見つめていた猪のあの目が、やってみろと言ってくれた気がして、俺は初の魔物退治に加わることになった。
待ち合わせの時刻よりも少し早く、俺は寝間着にしていたジャージに着替えてポケットに充電切れ寸前のスマホをポケットへと忍ばせて、待ち合わせのホールへと降りた。どうのこうのでやっぱりジャージって動きやすいんだよな。この世界では浮いてても。ちょっと不格好ではあるけれど、ジャージにベルトを巻いて、巻いたベルトにスリングとナイフを装着する。これ、どっちも革製のケースをホセが作ってくれて、留め具でぱちんっと止められる仕様。凄い便利だ。ジャージの上のポケットにはスリングの弾。中身は香辛料だったりトリモチだったり3種類ばかりを適当に放り込んだ。何が効くかやってみないと分からないし、此処は思い切ってランダムで行く事にする。
今は大体夜の9時。ホールに居るのはカウンターの中のエレナだけだ。こっちは夜がかなり早い。7時を回るとあっという間に人がはける。このギルドには、半数くらいが此処に住んでいて、残りは家を持っているんだそうだ。まぁ、オッサン率高いからなぁ。世帯者も多そうだ。
俺は頭の中で繰り返しイメージをする。上手く行くかはやってみないと分からない。怖い気持ちはあるけれど、初めて魔物を見た時ほどじゃない。落ち着いている。って事は、自分じゃいまいち判らないけれど、俺は俺なりに成長してるって事かな。
バサっと布の翻る音がして、カツカツと複数の靴音が響いて来て、イングを先頭に今日のメンバーがぞろぞろとやってくる。俺は不覚にもその光景に見惚れてしまった。
……やばい。めちゃ格好いいかも。薄暗い蝋燭の明りに浮かび上がるイングの暗褐色のマントが、歩く度にふわりと靡く。黒人特有の彫像の様に引き締まった美しい筋肉が蝋燭の明りの中陰影を浮かび上がらせる。一際鮮やかな青い目に吸い込まれそうだ。そのイングのすぐ後ろを、髭面の筋骨隆々のゴッド。ゴッドの手にはゴツいバトルアックスが握られていてやたら似合っていてド迫力だ。細身の暗殺者を思わせる剣士、キリクも黒っぽい服に同系色のマントを靡かせ、その後ろに続き、長身でイケメンアーチャーのクロードとまだ幼さの残る少年、俺の相棒(と勝手に決めている)アシュリー。その後ろには初めて見る細身の、長い銀色の杖を持ったプラチナブロンドのストレートの長髪を靡かせた気が強そうな女性と屈強な男のお陰で全く見えなかったビアンカ。
マント一枚羽織るだけで印象ががらりと変わる。いかにもこれから討伐に向かうと言った風情で、俺はドキドキしてしまった。この連中の中に俺が入っていいんだろうか。場違い感が凄い。
「──ユウヤ、早かったな!」
アシュリーが俺に気づいて駆け寄ってきた。アシュリーのマントは腰辺りまでの短いものだった。俺はよう、っと片手を上げて返す。ずいっと何か差し出された。布?
「コイツ引っ掛けて行きな。これから向かうのは洞窟だから冷えるぞ」
ああ、なるほど。だから皆マント装備。そういう事か。
「Thanks」
俺がマントを受け取ると、アシュリーが、ん?って顔をする。……言い直し。
「テュスーパ」
わざとらしくありがとうございます、と言って頭を下げて見せると、ああ、とアシュリーが笑った。
***
目的の場所までは夜道ともあって1時間半くらい掛かった。イングの持つ小さなカンテラの明りが揺れる。俺は歩きながら手ごろな枝を拾って歩く。アシュリーの両手にも枝が抱えられていた。この討伐では結構重要なアイテムになるんだ。これが。
「そろそろ着くぞ。気ィ引き締めろよ」
イングの言葉に、俺は一度気合いを入れ直す。当たりは岩場が多くなっていた。足元に注意しながら進んでいく。空気がひんやりしてきた。俺はポケットの中の電源をオフにしたままのスマホに触れる。俺の推測通りなら、この世界じゃ意味が無いと思ったこのスマホ、多分役に立つはずなんだ。
「あれだな」
イングが声を潜め、足を止めた。岩肌にぽっかりと開いた下へと延びる大きな洞穴。高さは10mくらい、幅も5mはゆうにある。何となく洞窟のイメージって綺麗な半円を描いてるって印象だったけど、この洞窟は岩のひび割れみたいに見えて縦長に裂けた様な形だ。一見すると岩の影の様にも見える。木々の間から見ると、洞窟がある事を見逃しそうなくらいに分かりにくい。
イングが親指で俺とアシュリーに合図を送る。俺はアシュリーと顔を見合わせて、両手に抱えた枝を持って、イングからカンテラを受け取ると足音を忍ばせ洞窟の入口へと向かう。長身の杖を持った女性──魔術師のエルザが付いて来る。俺とアシュリーで枝を洞窟の入口へと置いて、俺はポケットに突っ込んでいたスリングの弾から赤い染料を塗った弾を石で割って詰んだ枝の上へ振りかけ火を付け、代わりにカンテラの明りを消す。暗がりに目を慣らす為だ。エルザに頷いて見せると、エルザも頷き返す。俺とアシュリーは後ろへ下がり、エルザが洞窟の中に杖の先を向けた。
エルザの声は、少しハスキーでぞくりとする様な色香がある。エルザの詠唱もビアンカの詠唱と同じく聞きなれない言葉だった。美しく歌う様な詠唱が紡がれて、その歌声は洞窟の中に響き渡る。サワ、と風が流れ始め、それは徐々に勢いを増し、エルザに向かって吸い込まれるように流れ出す。
しけった枝がくすぶる様に煙を上げて、煙はエルザの風により洞窟の中へと勢いよく渦巻いて吸い込まれて行く。俺はそっと洞窟のある岩山を見上げた。まるで、大きな岩山が生きて呼吸をしているみたいだ。
少し経つと、中からギギギ、とか、ギチギチギチとか言う、何かを擦り合わせるような声が小さく聞こえ始めた。エルザが詠唱を止めて下がり、イングとゴッドが前に出る。風は魔力を失い勢いを無くした。アシュリーが弓を手に矢を番える。俺もスリングに適当に掴んだ弾を宛がい、岩陰から様子を伺う。
猪の時に学んだ事だけれど、目だけに頼ると人間の眼は酷く弱い。耳を欹て、気配に神経を澄ます。集中をすると、僅かだが見えるし聞こえて来る。五感すべてを使って存在を感じ取る。
洞窟の中から、何かが1匹、2匹、這い出して来るのが見えた。あれがバラガ──。
鼻を突く様な、酷い匂いがしてきた。腐った魚の様な匂いだ。思わずオエっとなりそうになりながら、俺はギリギリとスリングを引き絞る。バラガの1匹がこっちを向いた。目いっぱい引き絞ったスリングを放つ。直ぐにポケットから2つ目の弾を手に取った。俺の横を高速でアシュリーの放つ矢が鋭い風切音を立てて飛ぶ。1匹目の額に命中した俺のスリングの弾は弾けて中の香辛料をぶちまけた。怯んだバラガの額にアシュリーの矢が突き刺さる。1匹目は撃破。残り4匹!
バラガが一斉にばらけ、バラバラに此方へ向かい、ホラー映画さながらにザカザカザカっと地べたを這う様に接近してきた。真っ白い目が見開かれ、耳まで裂けた口は、笑っているようにも見えてぞっとする。俺も急いでスリングを引き絞り弾を放つが当たらない。まるで弾が見えているかのように軽々と避けられてしまう。
クロードの矢が飛び、イングとゴッドが岩を縫う様に駆けだしていく。バラガは虫の様に細い手足をバッタの様に縮め、イングとバラガへと飛びかかかる様に襲いだした。イングの剣が弧を描き、バラガの身体を一刀両断する様に煌めく。が、バラガはイングの身体に長い足を着地する様につけ、ビョインっと後方に飛んで避ける。連携を取る様に1匹がイングの攻撃を避けると、残りの1匹がにイングへと飛びかかる。ゴッドが襲い掛かってきた1匹を斧で弾き、イングに襲い掛かるもう1匹をクロードが、残りのもう1匹をアシュリーが狙って矢を放つ。が、攻撃が当たったのはゴッドが振るった斧に腕を叩き切られた1匹のみで残りの2匹は矢が当たる直前にこいつらもイングの身体を足場に飛びのく。飛びのいたバラガをエルザの風が吹き飛ばした。吹き飛ばされた1匹はイングから少し離れて地面に落ちるが直ぐに身体をぐにゃりと捩って身体を起こしてしまう。身体を起こすまで1秒もかからない。
マジかよっ!? 初心者向けじゃなかったのか?! 俺は急いで次のスリングを宛がう。駄目だ、落ち着かないと。落ち着かなきゃ。そう思うのに、気ばかり焦る。
あれだけの至近距離に居たら、一つ間違えばイングに当たってしまう。飛び交う矢と魔法の邪魔になってしまう。こんな焦った状態じゃ当たらない。
──一か八か。俺は右側のポケットに仕込んでいたスマホをぎゅっと握った。スマホを取り出し電源を入れる。早く。早く起動しろ! 頼むからまだ電源切れないでくれ! 後少し、ほんの少しだけ頑張ってくれ! まだか? まだかよ!! 起動までの時間ってこんなに長かったか? 待ちきれずに俺は一度スマホをジャージのポケットに押し込んで、丁度アシュリーの矢を避けて後ろへ飛びのいたバラガ目がけてスリングを放った。当たった弾はベシャリと弾け、トリモチが鼻を塞ぐ。ギャっと悲鳴を上げて顔を掻き毟った1匹をクロードの矢が射抜いた。後3匹!
俺はスマホをもう一度取り出して確認する。よし!指を滑らせロックを解除する。音量をMAXまで上げた。どっちが効くか判らない。どっちも効かないかもしれない。上手く行ってくれよ。
「煩いけど我慢しろよ──ッ!」
俺のお気に入り、ゲームのバトルシーン!ど派手なギター音が大音量で響き渡った。直ぐにスワイプし、バラガに向けてライトをONにする! 光か音か! どっちか片方で良いから効いてくれ───っ!!
バラガだけをビビらせようと思ったのにイング達までこの大音量と光にビクっとなってしまった。後で謝ろう。が、光は微妙だったっぽいけど耳が良いバラガには効果は抜群だった。嫌がる様に下がり洞窟へと逃げ出した。灯りに照らし出され狙いが付けやすくなったバラガに、直ぐに立て直したクロードとアシュリーの矢が飛びバラガの身体を射ぬき、イングの剣が、ゴッドの斧が、残り2体のバラガを引き裂いた。
***
──パツン。唐突に音楽が止まり、スマホの画面が暗くなった。……あー。ついに電源切れ、か……。最近バッテリーの調子悪かったもんな。まだもう少し持つと思ったんだけど。
俺は向こうの世界とのつながりが切れた様な、何とも言えない気分になった。皆が俺に駆け寄って来てさっきのは何だったと聞かれたけど、説明するのも難しそうだし、俺の世界の魔法みたいなもの、と答えて置いた。
親父が買ってくれたんだよな。このスマホ。あるのが当たり前になってたんだよな。いつも必ずポケットに突っ込んで持ち歩いてた。よく考えればお前は俺の相棒だったんだよな。何度も落っことして画面割れちゃってたけどさ。大分雑に扱っちゃってたけどさ。お前もまさか異世界で魔物倒す武器になるなんて思わなかっただろ。最高にイカしてたぜ。お疲れさん。ありがとな。
俺は何となく、スマホが生きていたような、そいつが役目を終えて眠りに着いたような、そんな妙な気分になって、ひび割れた画面をそっと撫でた。
いつもご閲覧有難うございます! ちょっと長くなっちゃいました…。次回の更新は明日になります。




