21.神聖な目。
***前回のあらすじ***
俺は少し難易度の高い猪の討伐に行く事になった。襲われればこっちが危うい。猪を1匹仕留めた時、遠目で俺達を見ていた猪と目が合った。その猪の眼差しは俺の脳裏にいつまでもこびり付いた。
夕食のテーブルはかなり豪華だった。俺は、食事の前にいつもの様に頂きます、と手を合わせる。ふと、脳裏に別れ際のあの猪のあの目が浮かんだ。何でだろうな。あの目を見たら、スっと『命を奪う事』に対しての罪悪感だとか、恐怖心だとかが消えた気がするんだ。不謹慎な事かもしれない。なのに、何だか、あの猪の眼を見て居たら、命を奪う行為なのに酷く神聖なものに思えたんだ。ああ、これで良いんだって、すとんっと心に落ち着いたっていうか。
だからと言って、未だに俺はあの時の感触を忘れることは出来ないけれど。悪夢を見たりもするんだろうけれど。
その日は悪夢は見なかった。ただ、霧の掛かった幻想的な森の中、うすぼんやりした神々しい光に包まれてあの猪がこちらを静かに見ている、そんな夢を見た。
***
「クロードから聞いたよ。後2~3経験を積めば十分やれそうだってな。 どうだ? やってみるか? 魔物の討伐」
数日後、討伐に出ていたイングが声を掛けて来た。最初にこっちに来た時はびびって震えているしか出来なかったっけ。簡単に、返事は出来なかった。目を閉じて、考えてみる。あの怖いモノと、俺は向き合えるか。足を引っ張らず、ちゃんと立ち向かえるか。思い返すと、猪なんかとは目が全然違っていた。無機質な、禍々しい目。血に飢えた殺戮者の様な目。何かの眼に似てると思ったんだ。なんだっけ。多分、魚だとか、瞳孔が縦に割れた爬虫類だとか、そんな感情が全く見えない不気味な目だった。俺は静かに息を吸い込んだ。
「……やります」
あの猪の眼に後押しをされた気がする。俺の都合の良い解釈だっていうのは判ってる。でも、あの静かな目が、俺にやってみろと言ってくれてる、そう思った。
イングは一言、よし、と言って頷いた。
***
討伐の対象は、バラガっていう魔物の群だそうだ。5匹程度の小規模な群だが、バラガに襲われて命を落とすこともある。鋭い牙もあるし、危険が無いわけじゃないが、初心者向けではあるらしい。
「バラガってどんなの?」
「これだよ! バラガ!」
チビの一人が俺の方に図鑑を持って駆けて来た。話を盗み聞きしていたらしい。人参みたいな明るい茶色の巻き毛にそばかすの浮いた頬の青い目のこの子は、トッドと言う。お気に入りは図鑑で、俺も良くトッドに図鑑を見せて貰っていた。トッドの持っている分厚い図鑑は結構良いもので、魔物や植物、動物に鉱石、昆虫から魚に至るまで、物凄く丁寧に詳細に描かれている。俺が何か分からずに首を傾げていると、耳ざとく聞きつけてこうして図鑑を抱え教えに来てくれる。迷いもせずにページを開いて来るあたり、ほぼほぼ丸暗記してるんじゃないか? 多分そのうち学者とかになりそうだ。
トッドが自慢気に背伸びをしてテーブルに図鑑のページを開いて見せる。そこに描かれていたのは、蝙蝠に似た黒い獣で、手足が異様に細く、身体はボサボサの毛に覆われているけど手足には毛が無い。何処か人間にも似た輪郭で真っ黒い蝙蝠の様な顔にやたら大きな真っ白い目は瞳孔が無い様に見える。羽は生えてなくて地べたを這う様に走るらしい。大きさは大型犬くらい。口には鋭い牙が並び、ヒルの様な長い舌がうねって描かれていた。
うわぁ……。絵だって言うのにかなり気色悪い。ぞわっと鳥肌が立つ。
「昼間は洞窟の中に潜んでるんだ。バラガは歩くのは遅いんだけど、獲物に近づくとビョンビョン跳ねて飛びかかって来て首を狙って噛みついて来る。毒は無いけど結構な勢いで血を吸いに来るから、群で飛びかかられたらヤバイんだよ。猪なんかと違って逃げ出してはくれないしね」
一緒に図鑑を覗きこんでいたアシュリーが説明を加えてくれる。うわぁぁ。何それ。ホラーとしか思えない。
「匂いや音に敏感なんだ。代わりに目は殆ど見えてないな。牙で噛みついて開けた穴から舌を差し込んで、血を吸うんだよ。牛1頭がものの数分で血ぃ吸いつくされる。人間が捕まりゃ秒だな、秒」
「ひぃぃぃぃぃっ」
つまり、あれ? 飛ばない血吸蝙蝠的な?どっちにしても怖すぎる。俺が鳥肌立ちまくった腕を擦っていると、アシュリーが可笑しそうに笑った。
「額が弱点だから、狙うなら此処だな」
アシュリーが額をトントンと突いて見せた。
「地べたをのそのそ歩いてる時は狙いも付けれるけど、跳ねだしたら素早いぞ。速度自体はそこまで早くないけど狙いが絞りにくいんだ。仕留めるなら早めに、だな」
「コイツ……。香辛料効くのかなぁ……」
「香辛料投げつけた事ねぇから分かんねぇよ」
……ですよね。
「出発は明日の朝だってさ。昼の内に向かうって。お前も準備あるなら今のうちにしておけよ?時間あんま無いから」
「……アシュリーは?」
「仕方がねーから付き合ってやるよ」
にかっと笑うアシュリーは、とても年下とは思えないほど安定の頼もしさだった。
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