20.猪討伐。
***前回のあらすじ***
俺は初めてギルドに寄せられた依頼を受けた。仕事は農場の柵の修理だ。俺は付き添ってくれたフーゴに教わりながら、初めての依頼を何とかこなした。
「フーゴが褒めてたわよぉ。依頼主もねぇ、また貴方に頼みたいって言ってきたわ。アルテンさんの所の依頼はもう一人でも大丈夫そうねぇ」
夕飯時に、エルナが声を掛けて来てくれた。傍に居たイングがうんうんと頷いてくれる。俺は照れ臭くて、嬉しくて、頭を掻いた。
今日の飯には、アルテンじいちゃんがくれたバターをたっぷり使った料理が出ている。ヤクの干し肉を茹で戻したヤツにじゃがいもや人参をじいちゃんのバターと唐辛子で煮た料理で、トロトロになった玉ねぎにバターが染みて凄く濃厚で美味い。とうもろこしの粉で焼いたパンみたいなのを浸して食うんだけど凄く合う。
こういう仕事って良いな。仕事して、相手が喜んでくれてさ。なんか優しくて、胸の中がほっこりする。チートじゃなくても、丁寧に仕事すれば、ちゃんと役に立てるんだ。認めて貰えたみたいで、モチベーションが超上がる。やっぱ人間って褒められる方が伸びるのかもしれない。俺はもっと頑張ろうって思えたから。
俺は翌日からも仕事の依頼を受けた。最初の1日は誰かが付き添ってくれて、2回目以降は俺一人で仕事をこなす様になった。アルテンじいちゃんは本当に俺の事を気に入ってくれたらしい。ちょこちょこ俺を指名して仕事を入れてくれる様になった。アルテンじいちゃんは俺を孫みたいに思ってくれてんのかも。仕事に行くと、帰り際にチーズやバターを持たせてくれた。
朝起きて薪割と水汲みして、飯食って、それから依頼を受けて仕事して、帰って来てからスリングの練習をして飯食って少し勉強してから寝る。日本に居た時じゃ考えられないくらい、俺の生活は規則正しくなった。生活が規則正しくなると、身体の調子も良くなった。
不思議なもんで、ぐうたらしてた時は規則正しい生活とか無理って思っていたし、歩いて5分くらいのコンビニ行くのも面倒なくらいにものぐさだったんだけど、今は薪割だの水汲みだのが習慣になってて、やってないとかえって落ち着かなくなっている。
不便だけど、こっちの生活って凄く生きてる!って感じがするんだよな。ぐうたらだった俺が良く続いてるもんだと自分でも感心する。
***
「ユウヤ。明日の狩り、お前も来るか?」
俺がスリングの練習をしていたら、クロードが声を掛けて来た。クロードは俺の狩りの師匠みたいな人だ。でもわざわざ聞きに来るって事は、いつもと獲物が違うのか。
「何を狩るの?」
「猪だよ」
猪。日本じゃ時々人が襲われて死ぬこともあるくらい凶暴なヤツだ。俺はごくりと喉が鳴った。でも、と俺は視線をスリングに落とす。怖い。でも、やってみたい。俺は此処で獲物の命にも、自分の命にも、向き合いたいんだ。
「……行きます!」
「しょうがねぇなぁ。俺も付き合ってやるよ」
俺が頷くと、アシュリーも俺を覗きこんで、にっと笑う。頼もしいわー。アシュリー先輩。クロードは笑みを浮かべ、よし、と言う様に頷いて俺の背をばんっと叩いた。
***
狩りの前に、ガキンチョの一人、7歳のレネが俺に宝物の図鑑を貸してくれた。俺はレネから借りた図鑑を見ながら、アシュリーから猪に付いて色々と教わった。こっちの猪は鼻の上にも角があった。マジか。
こっちの猪は、普通に急ブレーキもするし曲がったりもするらしい。俺の世界の猪は猪突猛進っていうくらいだから真っすぐにしか走れないと思っていたけど、眉唾だったのかそれとも此処の猪が特殊なのかは判らない。最高速度は多分時速40キロくらい? めちゃくちゃ早かった。しかもヤツは飛ぶらしい。跳躍すると1mくらいジャンプするとか。角や牙に引っ掛けられると普通に死ねそうだ。でも、俺だから出来る戦い方ってのがありそうだよな。情報が溢れかえる世界に居た俺ならではの何か。俺は何度も猪のイメージを膨らませる。猪。猪か……。
よし、閃いた。俺は早速準備に取り掛かることにする。
***
「今度は何作ってんだ?」
楽しそうに目を輝かせ、俺を覗きこむのは、いつも通りアシュリーだ。ただいま俺は麻紐の先に小さな麻袋を括りつけて、その中に麻布にぴったり収まるサイズの石を詰め込んでいる。コイツを3つ作って、麻紐の長さを揃えた。長さは大体30cmくらい。見様見真似だからこんなもんかな?それを端でしっかり結んで完成。
「名前判んねーわ。なんかTVで見た事あった気がする」
「テベリ?」
「テレビ。ちと上手く説明できないわ」
俺は笑いながら作ったそれを持って立ち上がる。アシュリーが興味芯々に見ていた。いつの間にかユウヤがまた何か始めたぞとオッサン連中も集まってきている。どこがいいかな。よし。あれにしよう。俺は朝に切った薪を3本持ってきてボーリングみたいに立ててから立てた薪から距離を取る。結んだ所を指に引っ掛けてヒュンっと回した。遠心力が加わって結構勢いよく回る。タイミングを見てそいつを立てた薪目がけて投げる。俺が投げたその武器は薪に当たると一気に絡みつき、薪を倒した。
「っしゃ!」
「お───!」
歓声が上がる。よっしゃ、上手く行った。ちゃんと狙ったところに飛ぶか心配だったけど案外ちゃんと飛ぶ。確かこれも狩猟用の武器?だった筈。テレビで見たのか動画でUpされてたのか忘れたけど、案外上手く行った。こいつを使えば猪の足を止められるんじゃないだろうか。
俺は自分で気づいてなかっただけで、テレビで見た知識だったり、本で読んだ事だったり、適当に流していた様な事が結構頭に残ってるもんだなと思った。文明機器に感謝だ。テレビだの動画だのが無かったら、俺の知識はきっともっと少なかったはずだ。
***
猪は、柵を直しに行くアルテンじいちゃんの農場の辺りに出るらしい。あの辺の畑が頻繁に荒らされるのだそうだ。今回は依頼じゃないけど、街への貢献兼ねての猪狩りだそうだ。俺たちはここ最近毎晩の様に猪が出ると言う畑の持ち主に許可を得て、畑の近くで猪を待った。今日のメンバーは俺とアシュリーを含めて7人だ。
深夜0時近くなった頃に、がさがさと繁みが揺れた。緊張が走る。
繁みの中から姿を現したのは、結構大きな猪だった。その直後の光景に俺は全身が粟立つ。1匹姿を見せたと思ったら、ぞろぞろぞろぞろ、10匹くらい出て来た。1匹だと思っていたらとんでもなかった。
これは結構怖い。一斉に襲い掛かられたらかなりヤバイ。俺は静かに深呼吸を繰り返す。キリ、と音がして、傍でクロードが弓を引いた。合わせる様にアシュリーも弓を引く。俺は作った投与武器を握りこんだ。
パシュンッ!!
クロードの放った矢が、最初に出てきた猪の脇腹に命中する。猪がけたたましい悲鳴を上げた。他の猪たちは一斉に顔を上げると蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。脇腹を射抜かれた猪は怒り狂っている様だ。ザッシザッシと地面を掻き、鋭い牙を振りたて毛を逆立て、獰猛な唸り声を上げている。少し遠目で2匹ほど猪がこちらを伺っていた。
──来る!
猪が地面を蹴って此方に襲い掛かってきた。俺は立ち上がると猪の足目がけ、作った投与武器を思いっきり投げる。猪の足元を狙ったのがまずかったのか、武器は一度地面でバウンドした。失敗したかと肝が冷えたが、投げたそれは突っ込んできた猪の足に絡みつき、猪は前につんのめる。前足が短いからか顔から地面に突っ込んだ。耳が痛くなるほどの猪の声。後ろで様子を伺っていた猪も呼応する様に雄叫びを上げる。こっちが追いつめられている様な不安感が胸を締め付ける。
投与武器はあれ1つだ。俺はスリングを抜いて構える。次々にアシュリーから、クロードから矢が飛んでいく。遠目で見ていた猪が興奮したのか、此方に突っ込んでくるのが見えた。俺はスリングを引き絞り、猪目がけて放つ。これは前に皆で作った香辛料がたっぷり詰まった特製の弾だ。ぱんっと弾が弾け、猪から悲鳴が上がった。必死に振り払おうとする様に顔を振り、前足で顔を掻いている。
風の様に俺の傍に居た剣士が2人、スリングを受けた猪へと突っ込んだ。猪は目が見えないままにがむしゃらに牙を振り回し、木に何度も激突しながら闇雲に暴れている。暴れる猪の僅かな隙を縫い、剣士の持つ剣が深々と猪の首に突き刺さる。
残り二人の剣士はアシュリーとクロードの矢を受けた最初の一匹を仕留めに掛かっていた。
残りの猪は? 俺は汗で滑りそうになるスリングを構えた。目が、合った。もう1匹の、じっとこちらを伺っていた猪と俺は、暫しじっと見つめ合う格好になった。目が、逸らせない。不思議な目だった。静かな、こっちの胸の内を見透かすような、変な話、神々しくさえ感じる目だった。やがてその猪は、2匹の猪が動かなくなると、軽く頭を振り、静かにその場を去って行った。
他の猪も、もう逃げてしまったらしい。静寂が、訪れた。じっと気配を伺ったが、ざわざわと、風が木立を揺らす音だけが月明かりの中、静かに響いていた。
俺はほっと息を吐いて、その場にへたり込んだ。まだ心臓がバクバク言ってる。手が汗でびっしょりしていた。手が震えている。怖かった。でも、不思議な体験だとも思った。
戻ってきたアシュリーが、俺の背中をばんっと叩いた。顔を上げると、アシュリーが、ニっと笑ってサムズアップをして見せる。他の皆もやったなっていう様に俺に笑みを向けてくれる。
俺はぎこちない笑みを何とか浮かべ、やりました、とサムズアップをして見せた。
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