17.『いただきます』。
***前回のあらすじ***
俺はあの後、熱を出した。高熱は中々引かず、俺は毎晩魘される。そんな中、見舞いに来てくれたイングは、俺にその気持ちを忘れるなと教えてくれた。
やっと、熱が下がった。身体はまだだるいけど、いつまでも寝ているわけにも行かない。俺は薪割を再開した。少しでも身体を動かしている方が気がまぎれる。薪割は無心になれるのが良い。何も考えないで済む。ぼーっとしてると、直ぐに思い出してしまうから。
「ユウヤ」
「おはよ、アシュリー」
「もう動いて良いのか?」
「ああ。熱はもう下がったから」
「そっか」
アシュリーは俺が割った薪を1つ1つ拾い、薪置き場に積み上げていく。切った薪は暫く此処で乾燥させて使う。
「なぁ。アシュリー。此処で食う飯とかに出る肉ってさ、やっぱ肉屋とかで買ってんの?」
俺は薪割を続けながらアシュリーに問いかけた。汗が拭きだしてくる。こうやって動いて掻く汗は気持ちがいい。俺の中に溜まった淀みを、全部流してくれればいい。
「肉屋で買う事もあるし、狩ってくる事もあるけど……。なんで?」
「向き合いたいなって思って」
俺は頭に浮かぶまま、言葉にする。伝わるかな。自分でもこの気持ちが良く分かっていないんだ。
俺が住んでたとこにはさ。スーパーって言って大きな店があったわけ。その店には肉だの魚だの野菜や果物、何でも揃っててさ。俺は店に並んだ綺麗にカットされた肉しか見たことが無かったんだ。自分が食ってた肉が、元は生きてたものだって勿論知っては居たけど、俺は自分で動物を狩った事なんて無くてさ。俺の居た国は銃刀法違反つって、武器を持って歩いちゃいけないって法律があったわけ。だから俺にとって死って言うのは凄く遠い話で、自分が誰かを殺すなんて絶対ありえないって思ってて──ああ、何だろうな。上手く言えない。
「──うん、何となく、判るよ」
取り留めも無くて、脈略も無い俺の話から、アシュリーはくみ取ってくれたらしい。
「ユウヤが行きたいってなら、俺も付き合ってやるよ。でもまだ無理はすんなよ?」
「うん」
でも、今此処で逃げたら、多分今よりももっと怖くなる。そんな気がする。
「イングに聞いてみようぜ」
俺が薪割を終えるタイミングを見て、アシュリーがそう提案してくれた。
***
「ユウヤは馬の乗り方も覚えないとだなぁ」
けらりと笑うのは、俺がこの世界に落ちて来た時、一緒に旅をしたゴッドだ。俺はゴッドの後ろでゴッドにしがみ付く様にして馬に乗せられていた。馬高い! 揺れる、怖い! けど、景色が凄い! 馬の体温暖かい! 良いな、馬。俺基本動物好きなんだよね。吼える犬は苦手だけど。
俺が狩りについて行きたいという話をすると、イングは直ぐに手が空いてるやつに声を掛けてくれて、俺とアシュリーを含めて5人、今は狩場に向かう馬に揺られている。今回のパーティーは、アシュリーと俺、ゴッド、30代くらいの細身で浅黒い肌に金髪のアーチャー、クロード。もう一人剣士で黒髪に黒い瞳の20代半ばくらいの男、キリク。
狩場に選んだのは沼だった。此処には野鳥が居るらしい。狙うのは鴨。今日は俺は見学だ。格好悪くても良いんだ。まずはちゃんと見て、受け止める事から始める。
沼に着くと、ゴッドや他のメンバーは馬を繋ぎ、足音を忍ばせて葦の茂みに身を隠す。俺はアシュリーの隣で身を隠した。アシュリーが弓に矢を番える。葦の茂みの向こうには、鴨が3羽ほど寛いでいた。クロードが1羽に狙いを定め矢を放つ。驚いた鴨は一斉に飛び立った。飛び立つ鴨目がけ、アシュリーが矢を放つ。ピーっと甲高い声がして、バっと羽が散り、1羽が落ちて来る。ズキリと胸が痛んだが、此処で可哀想とかは、言って良い事じゃない。俺達はその鴨を狩る為に此処に来ているんだから。
「ユウヤ来い!」
「はい!」
駆け出したキリクの後に続いて俺も駆け出した。翼を貫く様に矢が突き刺さり、鴨はまだ生きていて必死に羽をバタつかせてもがいていた。キリクが鴨の首を押さえ、首の一部にナイフを付きたてると、直ぐに鴨はぐにゃりとして動かなくなった。ドックドックと鼓動が嫌な音を立てる。息が苦しくなってきた。それでも目は逸らさない。嫌な汗が拭きだしてくる。俺は喘ぐように息を吐いた。
「長引かせると可哀想だからな。早めに楽にしてやるんだ。それからこうして先に腸を取り除いておく」
キリクが鴨の肛門にナイフを入れて腸を取り出す。吐きそうになる。
「……俺、やります」
キリクが場所を譲ってくれる。俺は震えながら、キリクに教わって鴨の腸を取り除いた。ぞわりと全身に鳥肌が立つ。目を背けたくなるが、堪えた。もう一羽、仕留めたらしい。鴨が落ちるのを見ると、俺とキリクは取った鴨を持って2羽目の方へと駆け寄った。こっちは首を穿たれていて、既にぐたりと動かなかった。今度は俺がナイフを使い腸を取り出す。
キリクが俺の頭をくしゃっと撫でた。俺は大きく息を吐きだした。掌が汗でぐっしょりと湿っていた。
***
夕食に、俺達が取ってきた鴨が出た。俺がこのギルドに初めて来た日の夜も、これと同じ鴨料理が出ていたっけ。感慨深い。
皆が食い始めるのを見て、俺も食事に手を伸ばしかけ、手が止まった。
手を、合わせる。目を、閉じる。ただ、習慣で言っていた言葉だった。意味も特に考えずに。
鴨の処理をしてくれた料理長のオッサン、狩ってくれたアシュリー達が居たから、俺は今日この肉にありつけるんだ。
ありがとう。ごめんな。俺が殺した、この鴨の命、俺は大事に──
「──いただきます」
俺は、初めて心から、気持ちを込めてこの言葉を口にした。
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